株式会社ポケモンの海外事業を担う子会社The Pokémon Company Internationalは8月6日、海外メディアKotakuに対して多様なセクシュアリティに関する声明を送った。その背景には、『Pokémon UNITE(ポケモンユナイト)』開発元であるTiMi StudiosによるSNSでの不用意な発言に端を発する、一部ユーザーからの批判と報道の連鎖があった。
TiMi Studiosは、中国の深センに本社をもつゲーム開発スタジオだ。同社は『ポケットモンスター』シリーズから派生したオンラインアリーナ対戦ゲーム『ポケモンユナイト』の開発を担当している。このスタジオは任天堂および株式会社ポケモンの関連会社や子会社ではなく、あくまでも開発を担当している外部企業だ。なぜ、TiMi Studiosの公式SNS上での発言について、株式会社ポケモンが声明を出す運びとなったのか、その発端から紐解いていきたい。
今回の出来事の端緒となったのは、あるTwitterユーザーによるTiMi Studios公式Twitterアカウントへのリプライだった。その内容は「Can you say gay rights?(「同性愛者の権利」って言える?)」と問うものだ。この質問は「あなた(およびTiMi Studiosは)は同性愛者をサポートしますか?」という趣旨だと思われるものの、このリプライ自体がいささか唐突な印象がある。どうやら、この質問は一部SNSユーザーなどの間でにわかに流行っている、ミーム的な側面のある問いのようだ。
この質問形式の出自は判然としないものの、Twitter上では先月末頃から同様の質問をリプライするユーザーが散見される。最近では、『Halo』シリーズのマルチプレイモードでアナウンス音声を担当するJeff Steitzer氏が「Trans rights(トランスジェンダーの権利)」と口にする動画が話題となっていた。これはユーザーのTanis氏が、動画発注プラットフォームCameoにてSteitzer氏に依頼したものだ。同氏はシリーズファンにとってお馴染みのいい声で「Trans rights」と口にするのみならず、トランスジェンダー、および同性愛者などを強く支持するコメントを残している。このように、「○○の権利と言えるか」という質問は一部コミュニティでちょっとした流行りになっているようだ。
つまり、TiMi Studiosに質問を投げかけたユーザーも、やや流行に乗った文脈で前述のリプライを投稿したと考えられる。問題視されたのは、この質問に対するTiMi Studios公式Twitterの反応だ。TiMi Studiosの返答は「なんで?ヘテロセクシュアルのプレイヤーの権利も平等に大事だよ」というものだった。人によっては、一見当たり障りのない反応にも見えるかもしれない。しかし、この「ヘテロセクシュアルのプレイヤーの権利(Rights of heterosexual players)」という言葉は、かなり危うい言い回しだといえるのだ。
まず、「ヘテロセクシュアル」とは、異性に対して性的感情を抱く性的指向のことを指す。いわばセクシャルマイノリティ(性的少数者)に対してのマジョリティ(多数者)だ。そして、「Gay rights(同性愛者の権利)」という言葉の背景には、同性愛者たちが過去現在において、異性愛者と比較して十分な権利を得られていないという前提がある。そのため、「Rights of heterosexual(ヘテロセクシュアルの権利)」という言葉は、特に英語圏においてはかなり違和感のある表現なのだ。また、「ヘテロセクシュアルの権利(Heterosexual rights)」という言葉は、反同性愛グループのスローガンとして過去に利用された例もある。つまり、この言葉自体が「同性愛者を迫害する権利」などを示唆してしまう可能性のある言い回しなのだ。
さらにTiMi Studiosはこの後、火に油を注ぐリプライを重ねてしまった。別のユーザーが「なんて残念な返信だ」とコメントすると、同スタジオ担当者は「“平等”に扱われて残念に思う同性愛者がいるか聞きまわってみなよ」と反論のリプライを投じた。この返答が挑発的だと受け取れることは否定できず、スタジオを代表する公式Twitterアカウントの返答としては、いささか不適切といえるだろう。
不適切な言い回しと、挑発的とも取れる反論。このふたつが一部コミュニティから問題視され、TiMi Studiosは批判の対象となった。同スタジオ公式Twitterはその後、前述の一連のツイートを削除。そして新たに「あらゆる人々は平等であると言いたかった」と釈明するとともに、表現における失敗を謝罪するコメントを投稿した。Kotakuおよび各海外メディアは一連の不適切な投稿について報道し、この出来事はさらに注目を浴びることとなった。
Kotakuなどによる報道がおこなわれた後、株式会社ポケモンの子会社The Pokémon Company Internationalは同誌に声明を送った。声明のなかで同社は、同性愛者を含むあらゆるセクシュアリティを社内外において尊重していること、多様性および平等性の重要さを認識している旨を表明した。そして、TiMi Studios公式Twitter上での投稿は、「根本的に間違っている(Fundamentally wrong)」もので、同社の理念や価値観とまったく一致しないものであるとコメントして、外部パートナーとともにこの問題に取り組むとしている。
冒頭でも述べた通り、TiMi Studiosは株式会社ポケモンの関連会社ではない。だが、TiMi Studiosが『ポケモンユナイト』の開発元として情報発信している以上、ポケモンブランドのイメージに影響を与え得る立場にあることは間違いない。協業している株式会社ポケモンの姿勢が問われても不思議ではなく、企業倫理という側面で疑問を持たれることを避けるために、株式会社ポケモンが早急に立場を明確にしたとは考えられそうだ。
また、株式会社ポケモンがTiMi Studios公式Twitterアカウントの振る舞いに懸念を抱いている可能性もある。というのも、同アカウントの投稿にはかなり奔放なものが目立つ。ミーム画像をしばしば投稿したり、ユーザーに対しての返信もかなり砕けた調子でおこなっているようだ。また、「リプライ欄で彼/彼女に挨拶してマッチに誘うか、“出会い(Relationship)”を見つけてね」という、企業公式Twitterアカウントとしてはかなり際どい印象のある投稿もしている。今回の一件はその“フランクさ”が災いして、問題に発展してしまったとも見られる。
考慮したいのは、TiMi Studiosは中国の深センを拠点とするスタジオであり、Twitter担当者が英語を母語としているとは限らない点だ。したがって、「ヘテロセクシュアルのプレイヤーの権利(Rights of heterosexual players)」という言葉がもちうるニュアンスを捉え損ねてしまった可能性はある。また、TiMi Studios公式Twitterアカウントは、ツイートおよびリプライでユーザーへの謝罪と反省の意思を強く示している。しかし、社を代表する公式アカウントによるユーザーに対する挑発じみた返答は、どの文化圏でも不適切といわざるを得ないのは確かだ。
『ポケモンユナイト』Nintendo Switch版は先月7月にサービスインしたばかりであり、9月にはモバイル版のリリースも控えている。株式会社ポケモンの素早い反応を招き、対応を表明させた今回の不適切な言動は、同作ファンの懸念をも招きかねないものだ。今後、あらゆるファンが安心してプレイできるよう、TiMi Studiosには適切なSNS運用を期待したい。