傑作FPS『Quake』は“作る価値があった、でも会社は壊れた”と元スタッフが吐露。野心的すぎた3D化に、カーマック氏やロメロ氏も苦い反省

id Softwareの共同創業者として知られるJohn Carmack氏、そして同じく創業者のJohn Romero氏も投稿を引用して当時を振り返った。

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id Softwareが手掛けた伝説的FPS『Quake』は今年で30周年を迎える。『Quake』の周年にファンたちが湧き上がるなか、同作で共同デザイナーを担当したSandy Petersen氏が「いかにして『Quake』がid Softwareを滅茶苦茶にしたか」と題するポストを投稿。同氏のポストは波紋を呼び、id Softwareの共同創業者として知られるJohn Carmack氏、そして同じく創業者のJohn Romero氏も投稿を引用して当時を振り返った。期せずして始まった“同窓会”に注目が集まっている。

id Softwareはテキサスに拠点を置くゲーム開発会社だ。1991年にJohn Carmack氏やJohn Romero氏ら4名によって設立された。1992年に発売された『Wolfenstein 3D』はFPSの最初期の作品として知られている。続く1993年には同社の代表作となる『Doom』を発表。FPSの金字塔的な作品として、今も大きな知名度を誇っている。そして1996年に発売された『Quake』では、『Doom』からさらに洗練された3D表現が再び世間に衝撃を与えた。これら3作のシリーズを軸に開発を続け、2009年にはゼニマックス・メディアの傘下に入る。以降はベセスダ・ソフトワークスより作品が発売されている。

いかにしてid Softwareが崩壊したのか

今回はid Softwareで『Quake』の共同ゲームデザイナーを担当していたSandy Petersen氏の発言をきっかけに、同作の開発を巡る議論が巻き起こった。同氏はTRPGのゲームデザイナーとして知られている人物で、1993年にid Softwareへ入社。『Doom』などでレベルデザイン(マップ制作)に携わったあと、『Quake』でも複数のステージでレベルデザインを担当している。『Quake』が発売されたのち、1997年6月にid Softwareを退社。Ensemble Studiosに移籍し『エイジ オブ エンパイア』シリーズなどに携わっている。

そんなPetersen氏は6月24日、Xで「いかにして『Quake』がid Softwareを滅茶苦茶にしたか」とするポストを投稿。『Quake』の開発ではチーム全員が素晴らしい仕事をこなし、驚くべき偉業を成し遂げたと本作の成功を認める一方で、本作の過酷な開発によって同社の優秀なスタッフの多くが会社を去っていったことを明かした。

同氏は、『Quake』は芸術・プログラミング・デザインにおいて驚くべき偉業を達成し、開発チームの全員がすべての力を出し切って完璧に作り上げた作品だと振り返る。しかし、長時間にわたる過酷な労働によって、開発チームのみなが精神的に壊れてしまったとし、結果としてid Softwareは大きな代償を支払ったと述べた。

実際に、『Quake』の完成からわずか数年以内に多くの主要スタッフがid Softwareから退社している。Petersen氏は会社を去った主要人物として、John Romero氏、Shawn Green氏、Dave Taylor氏、Mike Abrash氏、American McGee氏を挙げている。これらの人物はみな、のちに自身の開発会社を立ち上げたり、著名なゲームデザイナーとして成功するなど、さまざまな道で活躍している実力者だ。とくに創業者のひとりにして優れたゲームデザイナーでもあるJohn Romero氏の離脱は、会社にとっても当然打撃だったとPetersen氏は語る。

こうした中心チームの大量離脱を経て、id Softwareはもはや以前とは別物になったと同氏は見解を語った。あくまで自身の意見としながらも、その後のid Softwareが開発したゲームで唯一傑作と言えるものは『Quake 3』だけだと主張。だがそれも『Quake』以前の水準に達するものではなかったそうだ。

これほどまでにストレスが過大となる開発環境に至った原因の1つとして、John Carmack氏の方針で、誰も専用のオフィスを持たず、大きな広い部屋でみなが開発する手法を取った点を挙げている。これはチームを集中させることには役立ったが、息抜きしたり気を休める場所がなくなってしまったという。『Quake』の開発の頃には、みなが誰もお互いの顔をまったく見たくないという気持ちになっていたそうだ。また同氏がのちに働くEnsemble Studioでは、開発の完了後には、4週間から6週間ほどの休暇が与えられたが、id Softwareでは完成後もすぐさま次のプロジェクトに取り掛かっていたとのこと。当時の社員にとっては、ゲーム開発より面白いものはないという考えだったのだという。

こうした背景から、『Quake』の開発がid Softwareを破壊したとPetersen氏は認識しているようだ。ただし、それでも『Quake』には作る価値があったと同氏は述べ、ゲームはゲーム会社よりも重要であり、『Quake』はゲーム業界の巨大な象徴となったと、その功績を称えた。また、会社を去っていった人々もそれぞれの道でゲーム開発を続けており、みながゲーム業界に貢献していると伝えており、『Quake』をキッカケに生じた崩壊すべてを悲観的に捉えているわけではないようだ。ただし、もしあの時に会社がしっかりとまとまっていれば、あのドリームチームを維持できたはずだと悔しさを漏らした。

野心的すぎた『Quake』

こうしたPetersen氏の投稿について、id Softwareの共同創業者の1人であるJohn Carmack氏が投稿を引用するかたちで当時を振り返った。「私のミスだったと思い返すところがある」とPetersen氏に謝罪しながら、反省の弁を伝えている。

John Carmack氏はまず、『Quake』が技術的に過度に野心的すぎたところを反省点として挙げている。同作では従来のDoomエンジンに代わり、新たに開発したQuakeエンジンを使用している。Quakeエンジンの導入によって、『Doom』では実現できなかった、上下移動を含む、ポリゴンによる3D空間や3Dキャラクター表現を本格的に実現している。しかし、John Carmack氏は従来のDoomエンジンを発展させるだけで、あらゆる素晴らしいマルチプレイヤーとモデリング作業を完結できたはずと説明。ゲームデザイナーはすべてを台無しにするような事態に何度も直面することもなく、安定した基盤で作業できていただろうと語る。そのため『Quake』ではそこまで無理をすることなく、前後・左右・上下移動や回転まで含めて自由に動けるような完全な6DoF環境と3Dキャラクター表現については続編に回せばよかったとの見解を伝えた。

また、こうしたJohn Carmack氏の見解については、同じく共同創業者にしてゲームデザイナーのJohn Romero氏も同調。新たなエンジンが安定するまでは、Doomエンジンのアップデート版「Doom++」を作って開発を続け、その後に完全な3D表現へとステップを踏むべきだったと反省を述べている。『Quake』は野心的過ぎたかも知れないと伝えつつ、その野心をチーム全員が信じていたとも語る。誰一人としてこれまでやってこなかったことを実現するのは、道を作りながらその道を走る車を作るようなものだったと、開発の困難さを共有した。

また、John Carmack氏は続けて労働環境についても、皆に無理をさせすぎたと責任を認めている。成熟期の企業には余裕が必要だったのにもかかわらず、スタートアップ並みの激務が常態化しており、社員を消耗させてしまっていたと語る。また『Quake』では自身も限界まで取り組んでいたが、それでも目標点を逃し続けていたとしている。本作の開発ハードルの高さが結果的に社員全員を疲弊させていたことがうかがえる。Romero氏も同様に、『Quake』の功績を称えつつも、開発体制には課題があったことを認めている。

ちなみにJohn Carmack氏は唯一誤りだったと考えていない側面として、同氏がスタッフに求めていた能力を挙げている。同氏は、レベルデザイナーは単なるゲームデザイナーとしての能力だけでなく、優れたビジュアルを提供する美的センスも必要だと考えているそうだ。その点では、Romero氏はうまくこなしていたという。ただ、ビジュアルをうまく扱えるゲームデザイナーがそうでない者を軽蔑する文化が広がっていたといい、アーティストとゲームデザイナーの連帯方法をもっと早い段階で見極めるべきだったと振り返っている。

これについてはRomero氏も、id Softwareではレベルデザイナーが強いビジュアルセンスを持っていることが当然のように考えられていたと伝えている。マップは楽しく遊べることはもちろん、見栄えも素晴らしいものを作ることがレベルデザイナーに求められていたそうだ。ただし『Quake』では、マップ全体をゲームプレイ可能な空間として機能させつつ、それを説得力のあるビジュアルとして完成させることが求められたことで、極めて高い開発難度となっていたとのこと。こうした高水準のゲーム表現への挑戦が、結果として多くの社員を疲弊させていったのかもしれない。

それでも『Quake』は必要だった

Romero氏はこうした当時の開発環境を回顧し、もっと違う開発の方向がいくらでもあっただろうとしながらも、当時の知識でできる最善を尽くした結果だと語る。そして、id Softwareは今も存続しており、皆で作り上げた『Wolfenstein』『Doom』『Quake』といったシリーズもまだ継続していると指摘。これはどんなゲーム開発や、チームや、人生にとっても十分過ぎる経験だと、Romero氏はid Softwareの日々を振り返った。

こうしたRomero氏のポストに対し、Petersen氏が「『Quake』は素晴らしかったし、君は信じられないほど素晴らしい仕事をしたよ」と返信。Romero氏は、『Quake』は本当に“とんでもない”ゲームだったと伝えながら、Petersen氏に議論のきっかけを作ってくれたことへの感謝を述べた。

また、Petersen氏は自身に対して謝罪の言葉を口にしたJohn Carmack氏に対して、「あなたを責めることはしない」と返信。John Carmack氏にとってのリラックス法は狂ったようにコーディングすることだったとし、普通の人々が休息を必要とすることに気付かなかったのも無理はないと伝えた。そして、結果としてid Softwareは、チーム全員が誇りに思えるような勝利をもたらしたとも述べた。同社の“崩壊”が熱心な開発者たちによってもたらされたことは、正直新鮮だとも伝えて、今回の話が他の開発者たちの教訓になるよう願っていると議論を締めくくった。

このたびは、id Softwareでゲームデザイナーを担当していたPetersen氏の報告をキッカケに、『Quake』を巡る当時の混乱した開発環境の内情があらためて明かされた。『Quake』という前人未到のゲーム開発に対して、社内では多くの天才プログラマーやデザイナーが全力で取り組んでいた様子が伝えられた。一方で、そうした過酷な労働環境は社内環境を蝕み、主要スタッフの大量離脱という悲劇を招いてしまったようだ。また、チームの中心を担ったJohn Carmack氏がゲーム開発が好き過ぎるあまり、過重労働に気付けなかったというid Software特有の現象も興味深いところだ。

ゲーム業界では長らく「クランチ」と呼ばれる継続的な長時間労働が表面化し、問題視されてきた。強い圧力のもとで過重労働が発生していたとみられる『Quake』の開発体制については特に現代では問題視されうるが、当事者らが当時の開発体制を反省し、そしてid Softwareで得られた体験を誇りに思っていることはなによりと言えるだろう。またそうして生み出された『Quake』は多くのプレイヤーや開発者に衝撃を与え、その後のFPS作品に大きな影響を残している。なお、今回開発者から、本格的な3D化を続編に回せばよかったのではないかとの見解が伝えられた点は興味深い。『Quake』は野心的すぎたゲームなのか、それとも無理してでもあの時代に生み出されたからこそ今日に語り継がれる存在になったのか。あとから結論付けるのは難しい問いだろう。

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Kousetsu Taguchi
Kousetsu Taguchi

レトロゲームショップに入ると真っ先にセガサターンのコーナーを確認するタイプです。

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