株式会社カプコンは2019年6月21日、『ストリートファイターV アーケードエディション』の公式大会群であるCAPCOM Pro Tour(以下、CPT)のコントローラーに関する規定を更新した。アメリカ イリノイ州で開催されている格闘ゲーム大会COMBO BREAKERから続く、一連の改造コントローラーの是非に関する騒動について、公式からの回答とルール改定という形で決着がついたという形になる(前回記事)。

COMBO BREAKERは今年開催された「Combo Breaker 2019」にて、移動行動を左右同時入力した場合、後に押された方が優先されるタイプのSOCD Cleanerを禁止するとの判断を下した(SOCD=Simultaneous Operation of Cardinal Direction。左右や上下など、反対の方向を同時に入力する操作を指す。詳細は前回記事参照)。そしてCOMBO BREAKERでの騒動の後、CPTは公式大会ルールに「CPTにおけるコントローラー利用の理念」を主とするコントローラーに関するルールを改訂。「左右の方向キーが同時に入力された場合は、両方の入力を維持、もしくは両方の入力を不成立とする必要がある」と定めた。

この改定の意図や、改造コントローラーに対する公式見解というのは、公に発信された情報だけでは読み取りきれない部分がある。今回、株式会社カプコンにて『ストリートファイター』シリーズのeスポーツシーンに長く関わってきたシリーズプロモーションプロデューサー兼eスポーツプロデューサーの綾野智章氏に、ルール改定について直接疑問をぶつける機会を頂いた。また、扱いの難しかった部分でもある日本のeスポーツシーンにおける賞金の問題についても質問をさせて頂いた。以下にインタビューの内容をお届けする。

 

COMBO BREAKERと、5月24日のCPT公式ツイートについて

『ストリートファイター』シリーズ プロモーションプロデューサー兼eスポーツプロデューサー 綾野智章氏

───COMBO BREAKER以前は、大会において(選手の持ち込む)コントローラーの扱いというのは、ある程度大会現場の柔軟な対応によって成り立っていた部分があると思っています。レバーレスコントローラーに代表される特殊なコントローラーについて、COMBO BREAKER以前はどのような認識/スタンスでいたのでしょうか?

綾野氏:
CPTの理念にも通じることなのですが、選手たちの自由と多様性を尊重し、好きなコントローラーで遊んでもらいたいというスタンスは変わっていません。改造するのをやめてほしいということは全くありません。みんながみんな同じように手足を動かせるわけではなく、またハンディキャップを抱えていても強い方というのはいらっしゃるので、年齢も人種も性別も関係ないeスポーツの可能性としても、改造を制限してはならないと思っています。

「健常者」「ハンディキャップ」のように大会を分けるのも、同じ条件でみんな楽しむeスポーツの良さや、「スポーツ」という言葉の持つ本来の形から遠ざかってしまうと思うので、できれば避けたいです。コントローラーの改造自体は許容したいですし、そうでなくとも選手たちにはそれぞれ好きなコントローラーを持ち込んで使って欲しいというのが、基本理念としてあります。

そんな中で、特に「これは新しいな」と印象に残った特殊なコントローラーがレバーレスコントローラーなのですが、そこまで問題視はしていませんでした。もちろん登場当初は「おや、これは後ろと前が同時に入るな」とは思いましたが、ニュートラル入力になりますし、そもそもPS4純正のDUALSHOCK4やキーボードでも前後同時入力は出来るので、ルールの改定までは必要ないだろうという認識でした。

───そして、COMBO BREAKER前後でコントローラー問題に対応する必要があると認識を改めたわけですよね。コントローラーの問題が浮上しつつあるなと認識したきっかけやタイミングはいつでしょうか?

綾野氏:
コントローラー関連の問題について初めて認識したのは、実はかなり遡って2012年になります。ストIVにコパ辻と呼ばれている特殊入力があります。まず、「辻式」と呼ばれる、ずらし押しというテクニックを説明すると、例えば中P→弱Pという風にずらし押しをしますと中Pが高速で2回入力された扱いになります。これを使うとコンボ精度を高められるのですが、入力優先度の関係で弱Pだけはこのずらし押しが使えません。

そのため、弱Pのコンボ精度を高めていくのは中々難しかったのですが、これを解消したのが小パン辻式です。もっとも優先度が低い弱Pをずらし押ししたい場合はPS3のセレクトボタンもしくはXbox360のBACKボタンなどを使えばいいというのを誰かが発見したのです。この小パン辻式というテクニックは一部のプロゲーマーに使われるようになりました。

そして、本来ならば弱P→セレクトという風にずらし押しするのはコントローラーの構造上結構難しいのですが、ボタンを好きにアサインできるタイプのアーケードコントローラー(以下、アケコン)だと弱Pの近くにセレクトボタンをアサインすることで、この小パン辻押しが楽にできたわけです。ですが、これもテクニックの一つではありますし、セレクトボタンを好きな位置に置けるくらいは特に問題ないだろうと思っていました。

次にコントローラー問題について意識したのは2014年です。天衝海轢刃というウルトラコンボのコマンドである「↑↑+弱中強K(同時押し)」を簡単に入力するために、改造されたコントローラーを使おうとしたプロゲーマーの方がいらっしゃいました。「これで出ようかな」と動画配信などでも意見を募っていたのですが、「CPTのルールには違反してなさそうだけども流石にNGではないか」という反応が多かったようです。

当時はプロゲーマーという肩書きが出てきたばかりでしたし、プロとして改造コントローラーを使って試合をして、仮に勝ったところで受け入れられるのか?という葛藤があったんじゃないですかね?結局その改造コントローラーがCPTで活躍したことはありませんでした。この時に正直ルールを変えようかなと思いました。でも、結局その方は改造コントローラーでは出場しませんでしたし、他の方も追従しなかったので、今までのルールでも大丈夫だろうとルール変更を見送りました。ただ、この段階で「いつかルールを変える必要が出てくるだろうな」とは既に考えていましたね。

そういう背景がありつつ、2019年のCOMBO BREAKERで「改造コントローラーで出ます」と宣言した選手が登場しました。実際に改造コントローラーについて使用可否の問い合わせは受けましたが、許諾していません。これはもうルール変更で対応しなければならないなと……。いつかこの日がくるだろうと認識していただけあって、ルール変更自体は素早くできたのではないかなと思っています。本当は1週間くらいで変更できると考えていたのですが、翻訳や社内共有の都合があり、変更すると決めてから結局2週間ほどでの対応となりました。COMBO BREAKER自体には間に合わなかったのですが、CEO 2019には間に合わせることができました。

───CPTの改定は、COMBO BREAKERには流石に間に合わなかったということで、大会側でコントローラーに関するレギュレーションの変更があったと思います。これは大会運営側が独自に判断したものなのでしょうか?

綾野氏:
いえ、COMBO BREAKERでルールの変更はされていません。レギュレーションとして、コントローラーのSOCDの取扱いについて最初から記載がありました。暫定的な措置として、このCOMBO BREAKERの規定に従ってくださいというのを、我々の方からコミュニティに向けて発信させてもらったという形になります。

───なるほど、勘違いしていました。つまりCOMBO BREAKERのルールには以前からSOCDの取扱いについての記述があり、その内容がある程度問題ないと確認した上で、大会ルールに従ってくださいという指示を出したということですね。

綾野氏:
そういうことになります。

───5月24日の@CapcomFighters(CPTの公式ツイッターアカウント)のツイートでは「CPTの精神に沿わないコントローラーの仕様を認めることができない」という表現が話題を呼びました。公式の対応を待つプレイヤーの間では、このやや曖昧な表現の真意を測りかねたプレイヤーが多かったように感じます。このような表現を選んだ理由や、こちらのツイートに関する補足などがあれば教えてください。

綾野氏:
「CPTの精神」の明確な内容は確かに書かれていませんが、そもそもこういったルールというのは、ある程度プレイヤーの皆さんの善意に基づいて成り立っている部分がありますので、こういう表現になっています。ただ、ルール化する時に精神論ではいけないと思ったので、このツイートでいう「CPTの精神」にあたる部分は、「CPTにおけるコントローラー利用の理念」という形でCPTのルールに記載させてもらっています。

CPTルールより引用:

CPTにおけるコントローラー利用の理念

CAPCOM MVはコントローラーを選択したり、またはカスタマイズしたりすることを阻害しない。これは選手の置かれた環境や、身体的な特徴、個性、その他やむを得ない理由によって、そうせざるを得ない事象が有ることを認めるからである。ただし、これは公平性が担保された範囲でのみ、その多様性が認められる。

カスタマイズとはボタンやレバーの物理的な場所の変更や、コントローラーそのものを作り出すことを指す。その場合PS4標準コントローラーである、DUALSHOCK 4の機械的な能力を超えたカスタマイズは推奨されない。

もしもCPT大会会場でコントローラー利用の理念に反する物が見受けられた場合は、現地大会運営者の判断により該当コントローラーの使用停止と、コントローラー利用概要に準じた代替コントローラーの提案がなされる場合がある。その際、大会運営者は選手に対して十分な説明を行う必要がある。

 

コントローラーに関するCPTルール改定について

───まずは6月のルール改定内容に対する理解が間違っていないことを確認させてください。SOCDに関する規定で「左右の方向キーが同時に入力された場合は、両方の入力を維持、もしくは両方の入力を不成立とする必要がある」とあります。表現としてはひとまとめになっていますが、「両方の入力を維持」「両方の入力を不成立」の2つはコントローラーの挙動としてはかなり違うものです。両方の入力を維持する場合は入力が全てそのままソフトに送られていますが、両方の入力を不成立とするにはコントローラー側でプレイヤーの入力を破棄する必要があります。このような挙動は問題がないという認識でいいのでしょうか?

綾野氏:
「今のところは」問題ない……ということになります。現状は弊害が出ていないのと、『ストリートファイターIV』の頃に登場し、今まで問題がなかったレバーレスコントローラーが突然NGとなってしまうのはなるべく避けたいということです。しかし、まだ転換期なのかなと思います。ですので、本当はソフト(ゲーム側)に右も左も送らないといけないのにコントローラー側でそれをニュートラルに変更してしまうという挙動については良くなく、本来であれば左右の入力どちらもソフトに渡すべきではあるのです。でも今のところは(両方維持か両方不成立の)どちらかにしてください、ということにさせてもらっています。ただ、特定のレバーレスコントローラーに対して「OKです」という宣言を出したものではありませんので、今後のルール改定や、レバーレスコントローラー自体の仕様変更次第で将来的に、今OKのレバーレスコントローラーがNGになる可能性というのは十分存在します。

───理想としては、やはり全ての入力をソフトに渡してほしいと。

綾野氏:
そうですね。ソフトできちんと扱えますので、できればソフト側で処理させてほしいです。

───ルール改定により「上下の方向キーが同時に入力された場合は両方の入力を維持、もしくは両方の入力を不成立とすることが推奨される。しかし、上方向のみの入力として出力されることは、ファイティングゲームコミュニティやCPTの運営の歴史に鑑みると排除されるべきではないため、特例的に認める」との記載も追加されました。上下の同時入力を上入力として扱っても良いというのには、どういう理由があるのでしょうか?

綾野氏:
これも同じように、主流のレバーレスコントローラーの仕様がそうなっていまして、今までNGではなかったからです。これをダメとしてしまうと、特定レバーレスコントローラーを狙い撃ちしてNGにしているような形になってしまうので、今のところは問題ないというふうにさせてもらっています。もちろん、この仕様が著しく有利に働くようでしたら今後のルール改定はありえます。繰り返すようですが、一番いいのは全てのキー入力をソフト側に送ってもらうことなので、できればそうしてもらいたいところではあります。

「ボタンを複数押しているけど、押していないことにしよう」とか「複数ボタンを押しているけど、最後におしたボタンだけが押されているようにしよう」とハードウェア側で挙動を変更してほしくはないのが本音です。

───今回の改定は、表現が一般的なものになっていますが、ことHit Boxの仕様に当てはめるならば「左右同時押しをニュートラルとする純正Hit Boxのような挙動」はOKだが、「左右同時押しを後押し優先とする改造コントローラーの挙動」はNGということになりますよね。

綾野氏:
特定のコントローラーを指して、「OKである」という宣言はしません。

───ここからは私の個人的な意見も入るのですが、この2つの仕様はどちらかが著しくゲームに対して有利というものではなく、それぞれにDUALSHOCK4や従来のアケコンにはないようなメリットがあるものだと感じています。ニュートラルとなる仕様のみがOKとなったのには、どういった理由があるのでしょうか?

綾野氏:
まず前提として、レバーレスコントローラーにおいてSOCDがニュートラルとなる仕様が採用されたのは、左右同時押しをそのまま送るとゲームが停止してしまうゲームがあったからだと思っています。ゲームを動作停止に追い込んでしまうようなコントローラーは問題だろうということで、レバーレスコントローラーの挙動はああいう仕様になったのかなと思います。そういったレバーレスコントローラーの判断を尊重したという側面があります。

それに加えて、今のところはSOCDがニュートラルとなる仕様を、ゲームに対して大幅に有利になるレベルまで利用しているプレイヤーやテクニックが存在していないというのもあります。たとえば真空波動拳コマンドなどはSOCDのニュートラル仕様を利用すると非常に簡単に出せるのですが、それが本当にゲームに対して非常に有利に働くかといえば、まだそういう選手は出てきていません。ですので、今はそこまで制限する必要はないだろうということで、こういう判断に至りました。

───なるほど。SOCDニュートラル仕様は、あくまでゲームをバグらせないためのものであって、それを利用した有利な入力方法というのは、副次的な産物であると。

綾野氏:
SOCDクリーナーの歴史としては、その通りです。

───『ストリートファイターV アーケードエディション』のソフト自体はどういう風にSOCDを扱っているのでしょうか。また、それを今後変更する予定はありますか?

綾野氏:
ソフト側では、左右同時入力は1P側でも2P側でも「前入力」という風に扱われます。これは変更する予定はなく、その必要もないと考えています。左右同時入力自体は決して想定外の入力というわけではなく、きちんとそれありきで開発がされています。『ストリートファイターV』はPCとPS4で開発していますから、当然(左右同時入力が可能な)DUALSHOCK4やキーボードでの入力を視野に入れて開発されています。今回のルール改定もそれをベースとしたものですので、ソフト側での挙動を今から(ニュートラルなどに)変更するといった予定は現状ありません。

───今後のSOCDの扱いについて、何か補足などはありますか?

綾野氏:
繰り返しになりますが、DUALSHOCK4とキーボードが開発キットに含まれていますので、これらのコントローラーで利用できるテクニックを否定するようなルールにはしません。ただ、補足としては「機械機能の変換」にあたる改造はやめてほしいというのがあります。原則として、DUALSHOCK4のようにレバー入力とアナログ入力が共存することは問題ありません。しかし、あくまでレバー入力(もしくはそれを置換する移動ボタンによる入力)は「入っているか入っていないか」だけを判断する装置です。一方のアナログ入力は段階的に入力の判断ができる装置です。レバー入力をアナログ入力のように見せかけることや、逆にアナログ入力をレバー入力に見せかけるような機械機能の変換は、NGということになります。

───開示できるデータがあるならばでいいのですが、大会の参加者でDUALSHOCK4もしくは旧来のアケコンではない特殊なコントローラー(キーボード、レバーレス含む)を使用するプレイヤーはどの程度存在するのでしょうか?

綾野氏:
国によってまちまちで、特にキーボードプレイヤーが多いのは中国ですね。キーボード同士の対戦は、OSがキーボードを2つ認識してくれないためオンライン対戦するしかないのですが、基本的に大会自体はキーボードでの参加は問題ありません。特殊なコントローラーを利用するプレイヤーは、具体的な数字は控えさせて貰いたいのですけれども、だいぶ少ないです。

───特殊なコントローラーを利用するプレイヤーで、今回の改定内容を見て「結局自分の使っているコントローラーはセーフなのか?アウトなのか?」と不安になった方は多いのではないかと思っています。具体的に、市販品などの中で「これはOK」「これはNG」というものを教えていただけますか?

綾野氏:
そういった具体的なリストがあったほうが参照しやすくて分かりやすいというのは承知しているのですが、いわゆるブラックリストやホワイトリストのようなものは作りたくないと思っています。ホワイトリストを作るにしてもコントローラーの種類は膨大にありますし、ブラックリストを作るにしてもいたちごっこでしょう。社内では一応「こういう場合はこう」という風にルール化したものが共有されているのですが、そのリストの公表はすべきではないと思っています。

───「このコントローラーは大丈夫ですか?」と問い合わせた時などに個別の対応はして頂けるのでしょうか?

綾野氏:
明確に抵触している場合、NGは出させてもらいます。OKな時は、「現在のルールの範囲内では問題ありません」という言い方をさせていただいています。プレイヤーではなくメーカーさんからの問い合わせもありまして、それには都度個別に対応をさせていただいています。

個別の判断基準を公表しない理由の一つとしては、厳密なチェックを毎回して、「どれはNGでどれはOK」と指定されているような窮屈な大会のルールにしたくはないという考えがあります。大会の運営は、やはりある程度プレイヤーの皆さんの善意によって成り立っている部分があります。

今のところは「ルールに違反するような設定にしていなければ大丈夫」という風にしてありますが、もちろんこれを悪用することもできるわけですよね。運営側がチェックする時だけ設定のスイッチを変えておく、みたいな。もしくはチェックをすり抜けるように巧妙に隠されたボタンがあるだとか。こういったことを考え始めると、もう一段階制限を厳しく、例えば「設定を切り替えるスイッチがあるだけでNG」といったようなルールにする必要が出てくるわけです。まだ、そういう窮屈なルールにはしたくないと考えていまして、気軽に参加してもらえるほうがいいのではないかなと。選手の皆さんも今まである程度空気を読んでやってきてくださったと思うのですが、COMBO BREAKERの時はルールを一段階引き締め、明確化することを皆が望んでいたと思うので、こういう形での改定となりました。

もちろん、将来eスポーツが成長して賞金額などが膨れ上がってくると、選手がルールの穴を突いてくるような、突かざるをえないような状況というのも、残念ながらいつかは出てくるでしょう。eスポーツがそういったルールの厳密性を要求するような成長をした時には、またそれに適したルール改定をしなければならないとは考えています。ですが、それは今年や来年の話ではないと思いますし、今のところは全員が別け隔てなく参加できるよう、参加のハードルを上げすぎないようにするべきだというスタンスを、なるべく維持したいと思っています。

 

日本のeスポーツの賞金問題について

───日本のeスポーツ大会の頻度が低く、期待されているほど盛り上がらない理由のひとつとして、よく賞金の問題があげられます。「景表法の規制によりゲームの販売元が賞金を出すことができない」「風営法の規制によりゲームセンターが賞金付き大会を開催することができない」「刑法の賭博罪に該当し得るため参加費から賞金を出す方式を取ることができない」の3点が存在するというのが私の朧気な理解なのですが、日本で賞金を出すにはどういう問題と課題があり、カプコン様がそれに今までそしてこれからどういうふうなアプローチを取るのか教えてください。

綾野氏:
前提として、カプコンの考える法的解釈というのは、残念ながら立場上言えません。ただ大会運営にあたって気をつけている部分などはお答えすることができます。

まず刑法(賭博罪)についてなのですが、おっしゃる通り参加者から集めた参加金を賞金に充てることは絶対に出来ません。これは刑法に限ったことではないのですが、カプコンとしては完全にクリーンでホワイトな仕組みで大会を運営したいと思っています。ですので、プレイヤーから参加費はもらっていませんし、参加金が賞金に充てられることも絶対にありません。

これは会社の見解ではなく私の個人的な意見なのですが、今の日本のeスポーツシーンで「プレイヤーからもある程度参加費をもらわないと大会の運営がちょっと厳しいよね」と思われているような空気感を、できれば打破したいと考えています。ではどうするかというと、やはりそこは観客の皆さんではないかと。プレイヤーには無料で参加してもらって、賞金も出る状態で「ではどうやってお金を捻出するか」というと、プレイヤー以外に頼るしかないです。「プレイヤーとして絶対に参加しない」オーディエンスの方から、支援していただくという形を取るのが一番じゃないかなと、そう考えています。

日本の大会シーンでは、採算的な問題でプレイヤーから参加費を取らざるをえないのではないかと考えられている雰囲気があります。確かに大会の運営にはどうしてもお金がかかりますが、それを競技者にある程度負担してもらうというのは、やはりスポーツ興行としては未成熟な構造じゃないかなと思います。リアルのスポーツ興行は、やはり観客やスポンサー、放映権など、競技者以外からお金が集まって、それが競技者に渡される構造になっていますので、日本のeスポーツにもそういうビジネスへの成長を遂げてほしいです。

続いて景表法についてですが、これに関しては消費者庁のページを見ていただくのが一番ではないかなと。付け加えるならば、我々はJeSU(一般社団法人日本eスポーツ連合)の正会員でして、JeSUの規約に記載されている手順では、JeSU公認のプロライセンスを取得しているプレイヤーには賞金を渡しても問題ないということになっています。

───JeSUを経由すると問題ないというのは一体どういう仕組みなのでしょうか?

綾野氏:
JeSUの法解釈に関しては、私からは答えられません。JeSUの規約には、プロライセンスを持っている方には賞金をお渡しして問題ないと記載されていますので、渡させてもらっています。

───風営法に関してはいかがでしょう。

綾野氏:
風営法には「遊戯の結果に応じて賞品は提供してはならない」とありまして、仮に何らかの手段で景表法と刑法をどちらも回避しても、賞金を提供してしまうと風営法的にはアウトということになります。なのでゲームセンターで大会は開けますが、賞品や賞金は一切提供できません。

───ちなみに、こういった問題は日本特有のものだと思っているのですが、海外で大会を開催する場合はその都度、開催地の法律に則って賞金を提供しているわけですよね。

綾野氏:
そうですね。例えばブラジルでは現地の法律の関係で賞金をあげられなかったりします。

賞金の問題について話しておきたいことなのですが、EVOが開催される8月までに、賞金についてのルール改定をする予定です(※)。CPTを運営しているCAPCOM Media Ventureのサポートしている賞金の金額というのは、大会のグレードによって決まっています。去年まではCAPCOM CUPとジャパンプレミアについてのみ、非プロライセンスプレイヤーの賞金の上限が10万円に設定されていました。今回予定している改定では、この制限が世界中の大会、つまりプレミア大会とスーパープレミア大会にも適用されます。なので、是非プロライセンスを取っていただきたいなと。

※本インタビュー実施後の7月18日、CPT公式規定の「13. 褒賞」が更新され、賞金受領権を獲得した者が日本国内の在住者であった場合の賞金額が定められた。JeSUが発行する「ジャパン・eスポーツ・プロライセンス」を保有している場合は大会規定の金額が支払われ、保有していない場合は10万円が賞金最高額となる。

───日本在住の非ライセンスプレイヤーは、世界のどの大会であっても、CPTからの賞金は10万円が上限になってしまうと。

綾野氏:
ランキング大会は別なのですけど、そうですね。例えばEVOには、EVO独自で設定されている賞金があります。それに我々は口出ししません。あくまでカプコンから提供される賞金について、例えばEVOなら2万ドルが設定されているのですが、これが非ライセンスプレイヤーだと上限の10万円になってしまうということになります。

───賞金について、何か他に補足はありますでしょうか。

綾野氏:
大会を運営するにあたって、法令の遵守というのは非常に重視している点です。いざ大会に法的な問題があったら、誰よりも参加している皆さんが残念がると思いますので、そういったことがないように非常に慎重に運営をしています。「去年大丈夫だったから今年も大丈夫だろう」といった考え方もしておらず、常に検討し続けて、よりクリーンな大会にしようと努力し続けています。賞金に関してのルール改定も、そういった理由からのものですので、競技者の皆様にも重々ご了承していただければなと。

───ちなみに今回の賞金についてのルール改訂はEVOに適用されますか?

綾野氏:
ルール改訂次第の適応となります。

───最後に、目前に迫っているEVOについてなど、なにか格闘ゲームコミュニティに伝えたいことがあればお願いします。

綾野氏:
競技者ではなく、イベントの主催/運営側になってみたいけど、色々な法律の問題などがあって難しい。そう考えていらっしゃる方は多いと思っています。競技者として参加する方も、どれがカプコン公式でどれが非公式か、分からないことが多いのではないかなと。我々はこれを解決すべき問題だと認識していて、カプコン公認のイベントであることが分かりやすいように「公認証」のようなものを発行しようと考えています。近い将来、この公認証を発行できるようになるのではないかなと思っています。

───この公認証というのは、ユーザー主催のものであっても、ある程度の規模があれば発行されるのでしょうか?

綾野氏:
参加人数が2、3人とかだと分かりませんが、基本的にはどのような規模であっても発行できるようにするつもりです。ある程度、大会やイベントと言われるような規模でしたらお気軽に連絡できるようなフォームを用意するつもりですので、是非使っていただければなと。「これを使ってもいいですよ」「せっかく大きな大会ですので、こうしませんか」といったビジネス的な提案もさせていただく可能性はあります。

我々もコミュニティを盛り上げたいと思っていますので、カプコンからの公認証が大会運営の手伝いになったり、参加のハードルを下げる方向に働いたりするのであればお気軽に申請してください。『ストリートファイターV』に限らずカプコンのゲームであれば幅広く受け付ける予定です。近い未来に発表できると思いますので、大会をやりたいと考えているオーガナイザーの方なども楽しみに待っていただければと思います。

───なるほど。質問は以上となります。本日は貴重なお時間を頂き、ありがとうございました。