Harold Halibut』は、クレイアニメ風のグラフィックが特徴的なアドベンチャーゲームだ。対応プラットフォームはPS5/Xbox Series X|S/PC(Steam)。舞台は200年後の未来。巨大宇宙船「フェドラ1」は地球を脱出し、水の多い未知の惑星に不時着。海の奥深くに沈み、海底都市と化して人々は生き延びていた。主人公ハロルドは宇宙船内の問題解決に奔走し、人々と交流するうちに数奇な運命に巻き込まれていく。

本作の個性はなんといっても、開発元が10年以上の時を費やした点だろう。クレイアニメ風の演出を作り上げるために、とにかく時間を割いたという本作。その年月をかけて作ったクレイアニメは面白さに直結しているのか。今回プレイする機会に恵まれたので、その内容をお届けしたい。なお、本記事にはストーリーに関するネタバレは含まれていない。


映画とゲームの狭間に落とされる感覚

本作の一番の特徴は、計算されつくした調和がもたらす独特の没入感だ。本作のグラフィックは背景から小物一つにいたるまで工房で実際に手作りされ、ゲーム内で再現することで表現されている。途方もない作業を経た結果生まれたのが、目を疑うほど精巧なクレイアニメ風3DCGだ。人で賑わうアーケード街やハロルドの勤める研究所といった船内のロケーションは、どれも映画のセットと見まがうほどの作り込み。キャラクターたちは自然な挙動で動き、表情が細かく変化をする。長年じっくりと作られたグラフィックは互いに溶け込み、どこかが浮いて見えるような違和感は一切ない。


そのビジュアルに合わさるのが、丁寧に設計された環境音だ。換気扇の音や電灯の音、人々の会話、海中の水音などなど……。そうして一つの世界が、本作の中に完成している。プレイ中はまるで映画のセットにいて、映画のキャラクターを自分が動かしているような、奇妙な感覚に陥ってゆくのを感じた。ムービー後に登場人物が勝手に動き出すのでは、と感じて操作を忘れてしまう場面もたびたびあったのだ。

しかし、本作はあくまでゲーム。ストーリーはプレイヤー自らの手で進めるし、住人との会話では選択肢を選ぶ。会話やアイテムの入手を軸に進行し、たまにムービーが挟まれてはストーリーが展開される。システムそのものはオーソドックスなアドベンチャーゲームだ。

グラフィックの見た目も雰囲気も映画さながらなのに、実際にはゲームを遊んでいる。映画のようなゲームであり、ゲームのような映画でもある。気の遠くなるほどの月日をかけ、その境界線を忘れさせるような没入感がそこに生まれていた。後にも先にも体験したことのない、なんとも奇異な感覚だ。


映像作品のような軽やかなテンポ

映画的に感じられるのは、グラフィックのみではない。本作では無駄なゲーム的要素をバッサリと省き、プレイヤーの集中を逸らさないように作られている印象があるのだ。たとえば、アドベンチャーゲームによくある、部屋や街の隅々をチェックしては主人公が気の利いた一言を喋ってくれる、というようなことはない(ハロルドがブツブツと独り言を言ったりはするが……)。筆者が遊んだ最初の数時間では、アイテム管理や謎解きなどをする場面もなく、ストーリーの進行と世界の探索に重きが置かれているように感じられた。

そして本作はアドベンチャーゲームには珍しく、全体的に会話での選択肢が少なめだ。さらに、一度会話を終えてしまうと、再び同じ話題で話すことができない場面もある。まるで映画の登場人物かのように、一部のセリフは一度きりなのだ。とはいえ、ムービーではセリフがたくさんあるため、テキスト量が少ないとは感じなかった。全体的にテキストのテンポに緩急がしっかりつけられ、要点を押さえつつ簡素にならない程度に上手く調整されている印象だ。

さらに、会話シーンではカメラがキャラクターにフォーカスし、映像作品のような画角になる。本作の英語フルボイスと相まって、映画のような感触を生むのに一役買っている。

ゲームとしてのテンポも快適なものだ。住人との会話やサブクエストは任意のものが多く、メインストーリーに集中して比較的サクサク進めることも可能だ。さらに、現在おこなうべきタスクは、ハロルドが持っている端末でいつでも確認ができる。行き先が分からず迷うことも稀で、むしろプレイ中あちこち寄り道をしたぐらいだ。また、海中チューブによるロケーション間移動では、ロード中に海中チューブが起動する短い演出が入る。こうした細かい「気配り」もあり、プレイ中にストレスを感じることはなかった。

本作の没入感は、このように無駄を削ぎ落した快適さや、会話やストーリー進行のテンポの良さからも来ている。ゲームや映画といった作品は「何を入れるかより、何を省くかの方が難しいもの」だという。本作はゲームでありながら、まるで映画を作るかのように、納得できる取捨選択を追い求め続けた産物のようだ。


ストーリーを彩る登場人物たち

キャラクターたち一人一人に肉付けがされ、丁寧に描写されているのも押さえておきたい点だ。陽気なお兄さん、気難しい学者、やんちゃないたずら小僧など、沈没宇宙船フェドラ1の住人たちは多種多様。真面目で人付き合いの少ないハロルドだが、船内の環境維持という仕事柄、知り合いが多く必然的に関わってくる人間は多い。そうした人物たちとの交流も本作の魅力だ。

本作の登場人物はそれぞれ性格や見た目、作中世界のどこで何をしているのか 、ハロルドとの距離感など、はっきりと異なった描かれ方をしている。そしてもちろん、キャラクターは全員模型から作られている。そのため、肌の質感から歩き方まで、その人物らしさが画面越しに伝わってくるのだ。会話内容も何気ない日常会話から真剣な相談、あるいは振り回されるハロルドといったコミカルなものなど、人となりが分かるものが多かった印象だ。

住民との交流を通して、彼らの悩みごとを解決したり、新たなイベントに立ち会ったりと、フェドラ1の様相が少しずつ分かってゆく。ネタバレになるため詳しくは書かないが、日々の人間関係が意外なところで役に立ったり、思わぬ友情を育む場面もあった。クリアする頃には、好きなキャラクターが一人や二人できていそうだ。

なお、プレイヤーが初めて会うキャラクターは、セリフから相手がどういう人間なのか推測がつくように書かれている。必要な情報をキャラクターのセリフを通して伝える手法も、実に映画的だ。さらに、それぞれ個性が立っているおかげで、誰が誰だか分からなくなるということ事態にもなりづらい。筆者みたく、他人の顔と名前を覚えるのが苦手でも大丈夫だ。住民との交流はいくらしても飽きない、楽しいものだった。


10年以上かかって完成したのはクレイアニメ映画のゲームか、ゲームのクレイアニメ映画か

いざ蓋を開けてみると、10年以上の歳月がかかったのも納得できる作品がそこにはあった。細部へのこだわりからくる没入感や、魅力的なキャラクターたちが織りなすテンポの良いストーリーはもちろん良いものだ。しかしなにより、まるでクレイアニメの映画に入り込んでキャラクターを自在に動かしている感覚。これこそが本作の真髄といえるだろう。

これほどまでに手間のかかる手法でゲーム内にクレイアニメの世界を作り上げ、違和感なく仕上げている作品は他にない(※同じく実写のクレイを利用したゲームとしてはPS1の『クレイマン・クレイマン』は存在している)。開発に何年かかろうと、その感覚をゲームを通して体験させ、作品世界に浸らせる。本作はそんな気概にあふれかえっている。

言い換えれば、本作はゲームである前にクレイアニメ作品でもあるのだ。まさに「遊べるクレイアニメ映画」。本作にとってその二つは不可分であり、ほかに類を見ない奇妙な同居をしている。このこだわりを実現し、クレイアニメを徹底的にゲームに落としこむには、長年にわたる膨大な作業が必要だったのだろう。10年以上費やされた開発期間は、確実に本作の面白さに、そして作品としての完成度の高さに還元されている。


ちなみに、今回は多く触れなかったものの、ハロルドの何気ない日常が変化し、運命が変化してゆくストーリーも本作の魅力の一つだ。現在配信中の体験版では、ストーリーの序盤を体験することができる。体験版を遊んだあとにぜひ本作を手に取って、続きをその目で確かめてほしい。本稿を通して、『Harold Halibut』の魅力が少しでも伝わったのであれば幸いだ。

『Harold Haribut』は、PS5/Xbox Series X|S/PC(Steam)向けに発売中。Xbox/PC Game Pass向けにも提供されている。