任天堂を代表するヒロイン「ピーチ姫」の39年の歩みを振り返る。これまでの多様な解釈と、『プリンセスピーチ Showtime!』にみるこれからのポテンシャルの広がりについて

 

ミスタービデオゲーム、マリオが冒険のラストに救い出すヒロインといえば、鮮やかなピンクのドレスに身を包んだ金髪の女性「ピーチ姫」である。彼女はビデオゲームでもっとも有名なヒロインと言っても過言ではないキャラクターだが、同時に少し特徴に乏しいキャラクターでもある。「マリオ」フランチャイズは、長らくピーチ姫が、悪役の元で助けを待つステレオタイプなヒロインとしての役割を持つキャラクターであることに自覚的であり、それゆえに彼女にはあまり特徴的な色づけはなされなかった。


しかしながら、近年にかけて、ピーチはそういったステレオタイプな姫像からの脱却が図られていると感じる。直近の『スーパーマリオ』シリーズでは、彼女はプレイアブルキャラクターの側に回ることが増えてきているし、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」で描かれた新たなピーチ像にグッと来たという人も多いだろう。発売が迫る『プリンセスピーチ Showtime!』での活躍も含め、ピーチ姫のブランディングは、彼女のアクティブな姿がより前面に押し出されたものへと変わりつつあるのではないだろうか。

誰もが知っているけれど、意外と顧みられることのないピーチ姫というキャラクターに本稿ではあらためてスポットライトを当てたい。今まで各マリオ作品で彼女はどのように描かれてきたのか、その変遷をたどりつつ、『プリンセスピーチ Showtime!』と、その先のピーチ姫への期待をつづろうと思う。なお、彼女の描かれ方の例として取り上げるものの中には、作品の展開のネタバレになるものもあるため、あらかじめご留意いただきたい。

さまざまな解釈で描かれるピーチ姫

「マリオ」シリーズは、アクションゲームだけにとどまらず、スポーツゲームやパーティゲーム、RPGなども扱う巨大なIPである。そのため、マリオのIPを扱う開発会社やチームは多岐にわたる。しかし、そんな中でいまいち指標となるようなキャラクターのイメージに乏しいピーチ姫は、開発会社やチームによって若干キャラ付けが異なる傾向にある。たとえば、わかりやすいもので言うと『スーパーマリオオデッセイ』でのピーチ姫の一人称は「わたくし」だが、『ペーパーマリオ』シリーズでは「わたし」だったり、『いただきストリート』シリーズではセリフがお嬢様口調だったりしている。

『ペーパーマリオ』シリーズに登場するピーチ姫は、『スーパーマリオRPG』のおてんばな一面を引き継ぎつつも、もう少し落ち着いた優しい姫として描かれている。ピーチ姫はケーキ作りが得意という設定があるが、『マリオストーリー』や『ペーパーマリオRPG』では実際にピーチ姫を操作してケーキ作りをするシーケンスが出てくるのも印象的だ。『スーパーマリオ』シリーズ本編ではテキストが少なめで、わりと当たり障りのないことしか言わないピーチ姫も、RPG系列の作品はストーリーの展開が豊富なためにさまざまな一面を見せてくれる。そのため、筆者のピーチ姫の性格に対する印象はだいたい『ペーパーマリオ』シリーズあたりにある。


『大乱闘スマッシュブラザーズX』のストーリーモード「亜空の使者」で描かれるピーチ姫は、オールスターゲームならではの味付けがなされている。世界を亜空に引きずり込むために暗躍する亜空軍を止めるため、それぞれに行動原理のあるファイターたちが徐々に集結していく、緊迫したストーリーが展開される本作。中盤以降、亜空軍に捕まっていたピーチ姫はほかのファイターたちによって救助されるが、その様子はどこかこの状況を楽しんでいるかのようで、対立するファイターたちをなだめるために紅茶を差し出すような余裕をみせる。数多くのゲームキャラクターが集結する本作において、特に歴史あるヒロインであるピーチ姫は、堂々とした貫禄あるキャラクターとして描かれている。激しい弾幕にさらされている戦艦ハルバードの上で優雅にお散歩をするかのようなシーンまで出てくるほどだ。

ピーチ姫の初の単独主人公作品となる、『スーパープリンセスピーチ』は「喜怒哀楽」がテーマの作品となっている。ピーチ姫の喜怒哀楽を駆使して攻略するという変わったシステムの2Dアクションとなっており、大粒の涙を流して号泣するピーチ姫から、カンカンに怒ったピーチ姫までみることができるかなり貴重なゲームとなっている。ニンテンドーDSの下画面を活用し、ピーチ姫の現在の表情をイラストで大きく表示し続けるようになっているのも他のマリオ作品ではあまり見られない表現だ。


かなり特殊な例だが、『New スーパーマリオブラザーズ U デラックス』には、新たなプレイアブルキャラクターとして「キノピーチ」というキャラクターが登場する。これはピーチ姫ではなく、「キノピコがピーチ姫に変身した姿」という設定で、キノコクラウンというアイテムの取得によってキノピーチになることができる。そして、「じゃあクッパが使ったらクッパピーチになるのか?」という発想のファンアートから生まれたのが、一時期流行った「クッパ姫」というネットミームである。ピーチ姫という概念への挑戦とも言える奇怪な設定だ。結果的には、キノピーチはその後『マリオカートツアー』に参戦し、『マリオカート8デラックス』のDLCの追加キャラクターとしても実装されるなど、今後もマリオファミリーの一員となりそうな動きを見せている。


「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」には、今まで描かれてきたピーチ姫のキャラクター造形を意に介さない、全く新しいピーチ姫が登場する。『スーパーマリオ』本編シリーズや、『ペーパーマリオ』シリーズのようなおしとやかな一面は鳴りを潜め、とにかく行動力あふれる女性として描かれるのが特徴的だ。クッパに対しても、隣国の長に対しても積極的に意見する勝ち気なキャラクターであり、まだ少し頼りない一面をもつ本作のマリオを強く支える役割を担っている。ピーチ姫というのは、ある意味でステレオタイプな女性像の象徴的な属性を持っているキャラクターだ。そんなピーチ姫がここまで性別をものともしない活躍を見せるというのは、いまだ男女格差の根強い現代において強いメッセージとなるはず。少なくとも、本作を楽しんだ子供たちの価値観に与える影響は少なくないだろう。


もともと、ピーチ姫は『スーパーマリオブラザーズ』の冒険の動機付けのために生まれたキャラクターである。大魔王クッパがキノコ王国にかけた呪いを解くことができるのは、ピーチ姫だけ。クッパの手中にあるピーチ姫を助け出すため、マリオは旅立つ。

その後も、ピーチ姫は30年以上にわたってクッパにさらわれつづけることになる。『スーパーマリオワールド』、『スーパーマリオ64』、『スーパーマリオサンシャイン』、『スーパーマリオギャラクシー』、久々の2Dマリオとしてリブート的立ち位置にあった『Newスーパーマリオブラザーズ』シリーズでも、もれなく全ての作品でピーチ姫はさらわれている。そのため、世代を問わずユーザーは「ピーチ姫はクッパにさらわれるもの」という認識をもっていると思う。

クッパにさらわれて、マリオに救出されるという毎度のお約束を逆手に取って、彼女の意思とキャラクターをより高い解像度で描写したのが『スーパーマリオ オデッセイ』である。本作は、ピーチ姫と結婚式を挙げようと企むクッパを止めることが目的のゲームだ。そのエンディングにて、ついにマリオはピーチ姫へのプロポーズを決意する。しかし負けじとクッパもあらためてプロポーズを試みる。板挟みになったピーチ姫は、強く「やめて!」と声を上げ、オデッセイ号の方へと去ってしまう。マリオもクッパも驚いて、二人で肩を落とす。地球へ帰還するため動き出したオデッセイ号から「マリオ!」と呼ぶピーチ姫の声が聞こえて、慌てて駆け出したマリオは、クッパを踏み台にして、大きくオデッセイ号へとジャンプする。


この一連のシーンは、マリオとクッパとピーチ姫の30年以上に渡る関係性を象徴しているだけでなく、ピーチ姫が(たださらわれているだけではない)はっきりとした意志のあるキャラクターであるということもあらためて示している。エンディング後のピーチ姫は、「本作のもう一人の主人公は私なのだ」と言わんばかりに、マリオの辿った道を追うように、世界を旅する。

何色にもなれるポテンシャル


そして、2024年3月22日に発売を控える『プリンセスピーチ Showtime!』。現状のトレーラーを見るに、本作のピーチ姫は『スーパーマリオ オデッセイ』や『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』で描かれた行動力あふれる一面と、旧来のおしとやかな姫としての一面のハイブリットと言えるような描写になっていると感じられる。というより、本作で描かれるピーチ姫はとにかく「レンジが広い」と言ったほうが正しいかもしれない。

本作は、ピーチ姫が西部劇の荒野や、功夫の道場、忍の里といったさまざまなシチュエーションの舞台の上で、さまざまなテーマの「変身」を行うことが大きなフィーチャーとなっている。この変身の幅がとても広く、マーメイドピーチやパティシエピーチといった、ピーチ姫の可愛らしさが引き立つ変身から、カンフーピーチや剣士ピーチといった、戦う姿がかっこいい変身、怪盗ピーチや探偵ピーチといった聡明さを感じられる変身など、とにかく様々な表情を彼女は見せてくれる。各変身に対する声優の演じ分けも新鮮で、パティシエピーチなどは旧来のピーチの高いボイスに寄せている一方で、カンフーピーチなどは少し声を低めにクールに演じた新たな雰囲気のボイスになっている。


上述したように、ピーチ姫は開発チームによってキャラクターの解釈が異なる。これはピーチ姫のキャラクターとしての特徴の薄さゆえの統一感のなさかもしれないが、彼女のポテンシャルの広さととらえることもできる。『大乱闘スマッシュブラザーズX』のように、ビデオゲームヒロインの代表だからこその貫禄あるキャラ付けでも成立するし、『ペーパーマリオ』シリーズのように心優しいヒロインであってもいい、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」のように行動力あふれる一面を前面に出しても素敵だ。『プリンセスピーチ Showtime!』で描かれる幅広いピーチ像は、このキャラクターの懐の広さを存分に活かしたものだと言える。

『スーパーマリオ3Dワールド』や『スーパーマリオブラザーズワンダー』でピーチ姫がプレイアブルキャラクターになっているのは、ローカルマルチプレイにおけるプレイアブルキャラクターを増やすためという側面も大きいと思う。そのため、マリオが単独で主人公の作品では、今後もピーチ姫はクッパにさらわれつづけるのかもしれないし、それもまたお約束として受け継がれていってほしい気持ちもある。

とはいえ、『スーパーマリオオデッセイ』は、シリーズ本編として、お約束をあえて守りつつも、新たなピーチ姫の可能性を提示した。その可能性に対する6年越しの解答が、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』と『プリンセスピーチ Showtime!』なのではないだろうか。ピーチ姫にはマリオシリーズのもう一人の主人公となれるポテンシャルがある。いちピーチ姫ファンとして、彼女のさらなる活躍を願っている。