『スーパーマリオ64』の雲の絵が『ゼルダの伝説』の「嵐の歌」に似ているのは、世紀の発見か偶然か。ユーザー達の論争が始まる

『スーパーマリオ64』に、『ゼルダの伝説』の「嵐の歌」に関する小ネタ(イースターエッグ)が隠されているのではないかと、ひとりのTwitterユーザーが報告し話題を呼んでいる。

対象となっているのは、ピーチ城2階の「雲の絵」。同作の絵というと、各ステージの入り口の扉として機能している。しかし、この雲の絵は階段の前という目立つ場所にありながら、意味深にも入ることはできない。下に雲、そして上には星が描かれている不思議な絵であるが、これが『ゼルダの伝説 時のオカリナ』より登場する「嵐の歌」を示唆しているのではないかと指摘され、こっそりと仕込まれた小ネタが発売から23年後に発見されたと人々が色めきだっている。この点について、説明が必要かと思われるので、補足しておこう。

まず注目してほしいのは、この雲の絵の上空にある星らしきモノの配置。合計6つの星が存在するが、ひとつめは低く、そして2つめと3つめは高く右上がり。このパターンが連続している。この3つの星のパターンは、『ゼルダの伝説』で「嵐の歌」を演奏する時の譜面に似ている。「嵐の歌」は作中では風車小屋に強く関連付けられるが、嵐を運び雨を降らすという、気候に関連した歌である。1996年発売の『スーパーマリオ64』の雲の絵に、1998年発売の『ゼルダの伝説 時のオカリナ』のメロディーラインが示唆されている。さらに両作ともにプロデューサーを務めたは宮本茂氏。意味ありげなコンテクストにより注目を集めていたわけだ。

Image Credit : Zeldapedia

 

本当に意図的なのか

この発見はTwitterでは驚きと感動をもって受け入れられたが、redditやメディアで記事を見たユーザーはすぐに精査のフェイズに入っていた。論点はもちろん、「本当に意図的に仕込まれたものであるか」どうかだ。というのも、この星については確かに似ているものの、まったくのそっくりというではない。嵐の歌のメロディはA▼▲(Cボタン)となっているが、Aと▼が低く▲が高い。音名としてレ・ファ・(レ)であり、上の音のレが極端に高い。一方雲の絵はというと、Aだけ低く▼と▲が高く、似ているようで実は違う。これについては、絵を逆さにすることでちょうど嵐の歌の譜面に近くなるという提唱も。一方でこれがまかり通るならばサリアの歌(ファ・ラ・シ)も仕込み説の対象になるだろうという反論もある。

「意図的説」を支持する論拠として、3音が繰り返されているということがあげられる。繰り返しもまた、意図的であるからこそそうなったのではないか、そういう言い分だ。これについても反論が出ている。NINTENDO64のROMファイルといえばメモリに制約があり、テクスチャのメモリを削減するためにひとつの模様を並べるケースが『スーパーマリオ64』でも数多確認されている。繰り返しの模様は随所に存在し、それは容量の節約であり、意味などないという否定意見。しかし一方で、もしそうだとしても、星が横に並べられていないのには、意味があるのではないかと疑う反論もある。

Image Credit : GoNintendo

そのほか、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』については、何度もちゃぶ台返しされていることで有名であり、1997年にトレイラーが初公開された時はまだCボタンはうまくUIに組み込まれていなかったという話もあり、初期版と製品版の違う同作の歌を、『スーパーマリオ64』に仕込むのは困難ではないかという冷静なツッコミもまた散見される。

 

本当であるかどうかは大事

『スーパーマリオ64』といえば、完成度が高いことに加えて、意味深なイースターエッグが仕込まれている作品でもある。地下広場の星の像に掘られている文字「ルイージは存在する」の謎は、最終的にプログラマーの気まぐれで仕込まれたいたずらであることが判明したが、大きな物議を醸した(関連記事)。結局ルイージは存在しなかったが、イースターエッグであることは事実。同様の仕込みが存在していたとしても不自然ではない。それゆえに盛り上がりを見せていると考えられる。

しかし、やはりファンだからこそそれがファクトであるかどうかは気になるところ。Twitterでは世紀の発見であるかのような大騒ぎムードであったが、一転してメディアなどで取り上げられた際には、喜びよりも疑問の声があがり、「偶然だ」と判断を下すコメントが多数。Go NintendoおよびNintendo Lifeのアンケートでも、偶然派が意図的派を上回っている。

発見そのものも興味深いが、盛り上がったのちに精査され、最終的には偶然であるとジャッジが下されつつあるのも、ひとつ面白い流れである。確かに「雲の絵」の譜面が「嵐の歌」に似ているというのは、出来すぎた偶然であり、意図的なものを信じたくなる気持ちは十分にわかる。なによりロマンがある。しかしながら、『スーパーマリオ64』はもはやゲームというよりアカデミックな研究も進んでいるがゆえに、論拠の甘いロマン重視の説提唱は認められないのだろう。

前出のメディアのコメント欄を見るにイースターエッグ意図的説は、未だに食い下がっており、両者の戦いはまだ相容れない状態だ。ここからさらなる論拠が生まれ、この星が「嵐の歌の譜面である」という考えが優勢になる日がくるのか。それともこのまま否定派の声に押しつぶされるのか。『スーパーマリオ64』の説をめぐる仁義なき戦いのページに、また新たなバトルの歴史が刻まれることになりそうだ。

ニュース

Indie Pick

インタビュー

レビュー・インプレ

Devlog