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ブサイク主人公で話題沸騰中ゲーム『活俠傳』ってどんなゲーム?善人にも悪人にもなる“十ブサイク十色”の生き様、「何周しても別の人生になる」物量
話題を博す『活俠傳(かっきょうでん)』は実際のところどんなゲームなのか、紹介したい。

あなたは『活俠傳(かっきょうでん)』というゲームについて聞いたことはあるだろうか?今年の6月ごろから日本での人気が急上昇している作品だ。漫画家や作家、YouTuberなどインフルエンサーが続々とSNSでプレイ報告をあげているので、作品をすでに知っているという人も多いかもしれない。
『活俠傳』は台湾のデベロッパー原始鳥熊(Obb Studio)が手がけるノベル主体のRPGだ。舞台となるのは13世紀初頭の中国。歴史を下敷きにしつつ、常人離れした強さの武術家たちが活躍する、いわゆる武侠の世界観がベースになっている。プレイヤーは主人公の趙活(ちょうかつ)の視点を通じ、彼の人生が激変していく数年間の物語を追っていく。

本作は2024年に中国語圏向けにリリースされて話題を呼び、有志制作の韓国語Modがリリースされると韓国でも人気を博した。日本語対応されていないこともあり、日本ではあまり知られていない作品だったが、有志が日本語Modを昨年12月にリリースし、日本でもじわじわとファンが増加。今年の6月ごろにSNSを通じて突如日本で人気に火が付き、一気に広まっている。
そんな『活俠傳』の一番の特徴はなんといっても、主人公の趙活が“ブサイク”であることだろう。その立ち絵は醜悪に描かれており、一見ではインパクト重視の“出オチ”のような作品にも思えるかもしれない。「主人公の顔が受け付けない」という人も少なくないだろう。
しかし本作は決して奇をてらった露悪趣味の作品ではない。ブサイクなところも含めて主人公の個性であり、それは彼の人生の障害であると同時に、困難に屈せず立ち上がる彼の人間的な魅力の源泉として描かれている。むしろ「主人公の顔がどうしても受け付けない」という人にこそ遊んでみてほしい作品だ。主人公自身、自分の顔を受け入れられておらず、自分のブサイクさを憎んでいる人物だからだ。

ゲーム開始時点の趙活の立場は悲惨もいいところだ。いちおう武術の門派に所属してはいるが、住み込みの雑用係といった扱いで、まともに指導してもらえることはない。練習試合ですら勝ったことがないほど弱く、意地悪な同輩たちからいじめられている。開始直後の趙活は本当に弱く、バトルではすぐに負けてゲームオーバーになることもしばしばだ。
ところがとある謎の達人との出会いをきっかけに、趙活は真剣に強くなることを決意する。こうして育成RPGとしての『活俠傳』はスタートし、プレイヤーは彼を自由に育てていくことができるようになる。武芸の腕前だけでなく趙活の性格も、プレイヤーの選択によって変化していく。そして、その変化は単なるステータスの増減では終わらない。物語の中で趙活がどのような人物として振る舞うかも変化していく。

本作は会話の差分が非常に豊富で、趙活の状態によってシナリオにはさまざまな変化が生じる。学問のステータスが高ければ頭の良さそうなことを言うようになるし、性格が悪人寄りなら下品なことを口走るようになる。趙活がどんな人物になるかはプレイヤー次第だ。そしてプレイヤーの選択は、趙活がどのような結末を迎えるかにも影響する。
本作には多数のエンディングが存在し、バッドエンドも多く用意されている。バッドエンドはあっさりと終わる死亡エンドなどもあるが、話としてしっかりと描かれた悲劇も多数存在している。それは本作の世界が厳しく、趙活を待つ運命が過酷であることのあらわれでもある。本作のバッドエンドは単なるゲーム上の失敗ではなく、趙活がどのように生き、何を選び、何を得て、何を失ったのか。その積み重ねの先にある、一つの人生の結末として描かれている。
そしてもちろん、そうしたバッドエンドを吹き飛ばすようなグッドエンドも用意されている。バッドエンドの数が豊富でそれぞれしっかりと描かれているからこそ、グッドエンドは与えられるものではなく、掴み取ったものとして感じられるのである。

そして、一度結末を見届けたからといって、趙活の物語が終わるわけではない。『活俠傳』は周回プレイを通じて別の可能性を探ることも楽しいゲームだ。 先述のように本作はシナリオの差分が豊富で、細かな条件でセリフがよく変化する。選択肢や育成方針、各キャラからの好感度によって展開は変わっていくが、ほかにも本作はダイスロールの乱数で分岐する場面が多数用意されている。たとえ同じようにプレイしていても、毎回違う展開になりうる作品だ。なお、ダイスの目は気に入らなければ再ロールできるようになっているため、特定の分岐を狙うことも容易な親切設計にはなっている。
さらに本作はエンディングを見るごとにボーナスポイントが貰え、ニューゲーム時に主人公の能力や各キャラの好感度などを底上げして開始することができる。特定のキャラと仲良くなれれば新しいイベントが起きることもあるし、同じイベントでもまったく別の展開になることもある。前の人生では届かなかった場所に、次の人生では届くかもしれない。何度も最初から遊び直し、さまざまな趙活の生き様を見届ける楽しさを、恐ろしい量のテキスト差分とほどよいランダム性が支えている。

そして趙活の人生を彩るのは、武術や戦いだけではない。物語の中では多くの人物と出会い、その一部とは恋愛関係を築くこともできる。恋愛の過程は繊細に描かれており、それぞれのヒロインがブサイクの主人公に惚れる過程を説得力たっぷりに描いている。本稿執筆時点では専用ルートが用意されているヒロインは4人存在しており、今後のアップデートでヒロインのルートは追加予定とされている。
しかしメインストーリーは恋愛とはほぼ無関係に進んでいくため、必ずしも恋愛要素がメインというわけではない。いわゆるルートに突入すれば見ごたえのある専用イベントも多数発生するが、グッドエンドを見るために恋愛が必須だったりはしない。『活俠傳』には男性キャラも多数登場し、それぞれ個性豊かに描かれている。美少女が中心のゲームというよりは、恋愛もまた趙活の人生を彩る要素のひとつと捉える方が近いかもしれない。
身も蓋もない言い方をすれば、『活俠傳』はブサイクで弱っちかった主人公がめきめき強くなって美少女にもモテるようになる、成り上がりの物語だ。しかしその過程には無数の分かれ道がある。彼はプレイヤーの選択によって、優しい人間にも、狡猾な悪人にもなりうる。志半ばで命を落としたり、途中で道を諦めて凡人として人生を終えることもありうる。そうした無数の分かれ道があるからこそ、プレイヤーが選び取った趙活の生き様は、唯一のものとして輝いて見える。

一般論として、商業作品でここまで見た目に魅力がない主人公を扱うのは難しく、本作はある意味インディーゲームならではの作品とは言えるだろう。しかし本作の根底にあるのは奇抜さではなく、圧倒的な物量で描かれる王道の成長物語だ。そこにはメジャー作品としての風格さえ漂っている。確かに主人公の見た目はインパクトがあるが、王道好きの人にこそ遊んでほしいと思える、正統派な作品なのだ。
本作は武侠を扱った作品で、作中には特有の専門用語なども登場する。日本ではあまり馴染みのない単語や漢字がしばしば使われているのは確かで、そこにとっつきづらさを感じる人もいるだろう。しかしそういった予備知識の有無は、本作を楽しむ上で関係ないと言っておこう。武侠を知らなくても、ひとりの人間の物語を楽しむことはできる。作中で描かれる趙活の悩みや葛藤、そして決断は普遍的なもので、そこに共感するのに武侠の知識は関係ない。
趙活のブサイクな顔の奥には、弱さや劣等感を抱えながらも、自分なりの人生を生きようとするひとりの人間がいる。プレイヤーは趙活を育て、彼の選択を導き、ときには失敗や悲劇を見届ける。そしてまた、新たな人生を歩ませる。『活俠傳』は、コンプレックスを抱えつつ生きるひとりの人間の生き様を体験し、その結末を見届けるゲームなのだ。
『活俠傳』はPC(Steam)向けに配信中だ。公式には日本語に対応していないが、有志制作の日本語化Modが配信されている。
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