『アークナイツ:エンドフィールド』1.4「向淵行」のストーリーがとても良かった(ネタバレなし)。これまで感じていた課題に改善の兆し、着実な進歩

『アークナイツ:エンドフィールド』バージョン「向淵行」にて提供された物語体験に、筆者は大満足であった。

Googleでお気に入り登録

リリースから半年が経過し、ハーフアニバーサリーを迎えた『アークナイツ:エンドフィールド』。筆者は、今回のバージョン「向淵行」にて提供された物語体験に大満足であった。なぜなら、以前に批判した点が改善されており、作品の大きな進歩を感じ取れたからである。本作の未来は明るいと思えたからだ。本稿は『アークナイツ:エンドフィールド』が物語体験をどのように改善し、作品として進歩したのか。その蹄跡の記録である。


ストーリーに感じる「満足感と欠如感」

まず筆者がリリースから3か月程度の時点で批判した『アークナイツ:エンドフィールド』についての不満をおさらいする。具体的には、「物語内容の不必要な分割」や「工業要素が物語体験に活かせていない」といった点だ。3Dでの描写に向いている/向いていない題材の選択をはじめ、全体的な尺調整など、物語構成が上手くいっていない印象を受けた。本来なら一貫して描くべき内容を必然性なく、サブクエストやキャラクター掘り下げ用クエストなどに分割しており、読後感がイマイチ良くなかった。

さらに、工業要素を上手く活かせていないことで、物語体験が淡白になってしまっていた。基本的にRPGは場所移動と会話劇を繰り返すことで、物語が進行していく。そして、会話内容よりも移動時間の方が長くなるように設計されている。ゲームボリュームを作り出すためだ。この構成において重要なことは、移動時間中にプレイするコンテンツと、作中語られる物語の相関である。両者に相関を作ることで、必然的に内容が短くなる「会話」という形式の中で語られる物語に、大きな納得感や没入体験が生まれるのだ。

たとえば、RPGにて「敵を倒す」という話題が語られたあとに、敵の拠点までの移動が指示され、移動先で敵を倒す、というケースを思い浮かべてみてほしい。ただ移動して敵を倒すだけでは敵を倒した、というシンプルなの結果しか生まれないが、移動中に「レベル上げ」を行ったり、困難が発生することで、敵を倒したという結果にさまざまな感情の動きが付随する。物語体験が濃厚なものになる。本作は移動中にプレイヤーが取り組むコンテンツと作中で語られる物語の相関が薄く、物語体験への没入が低かった。

特に本作ではセールスポイントとして工業要素が強調されていたにもかかわらず、パズルと戦闘アクション以外の要素を上手く移動中の体験に落とし込めていなかった。ゆえに、話題性のわりに類型作品との差別化に乏しい印象も受けた。なぜ物が作れて設備を配置できるゲームなのに、ゲームの進行にあたってパズルを解く必要があるのか、と首をかしげたものだ(人を集めて利益を得る運営型という形式の都合上、プレイヤーが遊ぶことを諦めるリスクを可能な限り避けると、道中に用意できるものがパズルくらいしか無い、という状況は理解できる)。


半年をかけて行われた改善と、進歩

今回のバージョンは上記で指摘した内容が大きく改善されている。まず言及したいのは、「物語内容の不必要な分割」がなかったこと。特に「北部封鎖区域」以降のクエスト内容に一貫性があり、没入が途切れることなく最後までプレイすることができた。この要因としては、長尺をとっていたことはもちろん、「(運営側が販促したいであろう)キャラクターの掘り下げパート」が自然な形で本筋に溶け込んでおり、なおかつ、対象キャラの深堀りに留まらない内容になっていたことが挙げられる。類型作品における昨今の流行として、キャラクターの掘り下げパートを独立した形で用意せず、メインストーリーの一部として展開するようになった別個にするとコンテンツに触れないプレイヤーが多いからだろう。

一方で、このキャラストーリーを本編に盛り込む方式にも難点はある。この方式の何に問題があるかと言うと、普段は規模の大きい群像劇を展開している作中において、場面がいきなり主人公と該当キャラの個人的なストーリーにシフトすることで発生するスケールの縮小にある。他のキャラクターが物語に介入してこない理由が明示されず、語られる内容もパーソナルな事象であり、ゆえに物語が直接進展しない時間が生まれることもある。最悪の場合、キャラクターに興味が持てないと、この時間が無駄に感じられてしまう。そのため、類型作品ではバージョン前半、後半で販売するキャラクター複数人を同時に掘り下げたり、キャラクター個人の動向が世界の存亡に直結したりと、規模感の維持や、物語の進展を損なわないための工夫をすることが多い。

今回のバージョンで優れていた点は、キャラクターの掘り下げパートの内容が1キャラクターのパーソナリティに収まらず、多数のキャラクターが持つ背景に強く影響を及ぼしていたことだ。今回掘り下げ対象となるメインキャラクターは「オクギ」ではあるが、彼女の掘り下げを行うことは、同門で過ごした時期のあるチェンをはじめ、同じ被災者という背景を持つゾアン、ダパン、リーフォン、そして敵味方含めたNPCたちの間接的な掘り下げにも繋がっている。彼女が命を託されて災害を生き残ったという過去や、当時から10年が経ち、救ってくれた人たちの顔が思い出せなくなる現在の描写は、そのまま多様なキャラクターのパーソナリティに関する描写にも直結しており、物語に噛み応えのある重層的な厚みをもたらしている。

フィールドの移動中や映像演出に工業要素を導入していたのも良かった。パズルや探索に必要な道具をちゃんとアイテム欄に用意し、工業施設を使い強化して運用するというプロセスを設けたり、機材を搬入して拠点を建てるカットシーンを仕込むことで、単なるパズルや徒歩移動に「エンドフィールド工業として、被災地を歩んでいるんだ」という感慨が付随し、ただ移動と会話を繰り返すだけの体験ではなくなっている。(個人的には本編クリア後に挑むことになる、フィールドの「安全地帯」をプレイヤーが工業施設で用意するような体験を、本編でもやりたい。)

あわせて、カットシーンではない、小物を使った言外の語り口……いわゆる環境ストーリーテリングの技術も、まるでボディーブローを打たれた時のように、心へじんわりと深い痛みを届けていた。これまでのバージョンでは、賑やかで完成された市街地を精細に描いていたからこそ、今回訪れることになった地域に関して、被災前の姿を思い浮かべることができ、ゆえに発生した災害の規模をイメージすることが容易だった。本作のモデリングや景観デザインの技術によるものだ。

思い返せば、この半年間、本作における環境ストーリーテリングも進化してきたように思う。サービス最初期の時点で、筆者の印象に残っているのはレーヴァテインのストーリーであったが、それからゾアンのストーリー、カミーユのストーリーと回を重ねるたびに、空間と小物の使い方が着実に良くなっていっている。筆者が思う、運営型の3DアクションRPGというジャンルの魅力として、(特に買い切り型作品と比較した際に光る)「リソースの効率的な運用を用いた映像演出に宿る個性」の存在があるのだが、『エンドフィールド』の場合は小物と空間を使ったリアルタイムな演出が特徴になっていくのだろうと考えている。

総じて、今回のバージョンにおける物語体験は、語るべき本筋と販促用のキャラクター描写が一貫性のある形で接続している。あわせて、工業要素や環境ストーリーテリングを用いた移動中の演出といった各構成要素がゲームプレイと会話劇の溝を埋め、単に話を聞いて移動することを繰り返すだけの体験になっていない。これまでのバージョンにて筆者が感じた不満点が軒並み解消された、素晴らしい体験だった。

とはいえ、今回のバージョンが素晴らしい体験になったのは、その内容が武陵編の「クライマックス」に相当する内容だった影響もあるだろう。今回の舞台が整備された土地ではなく、人の手が介入しやすい=アクテビティを導入しやすい荒れ地を探索するというロケーションだったことも理由として大きいと思われる。 この後に続くエピローグであったり、次の地域への橋渡しになる物語に至るまで、この満足感が持続するかは正直なところ確信がもてない。しかし、本作が描く未来への期待は確かなものになった。『アークナイツ:エンドフィールド』はサービス開始から半年が経ち、改善と進歩を重ね、今に至る。ここからさらに半年、1周年を迎える頃に、本作はどういった場所に到達し、どう仕上がっているのか。楽しみで仕方がない。

この記事にはアフィリエイトリンクが含まれる場合があります。

Googleでお気に入り登録
Takayuki Sawahata
Takayuki Sawahata

娯楽としてだけではなく文化としてのゲームを知り、広めていきたい。ジャンル問わず死にゲー、マゾゲー大好き。

記事本文: 323