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『昭和米国物語』は“狂ってるのに正統派”。バトルは本格、悪ふざけも本気、脳がついていけない「昭和アメリカ」先行プレイ
大きな注目を集める『昭和米国物語』の試遊プレイで確認できたゲームプレイを紹介しよう。

本日配信された「gamescom Opening Night Live 2026」にてNEKCOMが手がける『昭和米国物語』の最新トレイラーが公開された。新たな知らせを耳にするだけでこれほどまでに心が躍るタイトルは稀だろう。それこそが『昭和米国物語』の持つ圧倒的な求心力であり、同時に開発陣にのしかかるプレッシャーでもある。
新たなトレイラーの公開に先がけて、bilibiliのオフライン先行試遊イベント「Bilibili Game First Look」の招待を受け、筆者はgamescom 2026でも出展される『昭和米国物語』の試遊版をプレイしてきた。この試遊版は4つのコンテンツに分割されており、ストーリーの進行、キャンプでの日常、セミオープンワールドの探索、そしてバトルといった各要素を順番に体験できる構成になっていた。

まずは本作の世界観を紹介しよう。本作の世界では昭和66年、日本のバブル経済は崩壊せず、飛ぶ鳥を落とす勢いの日本人たちが米国の大地を買い占め、アメリカ大陸は日本の経済と文化の新たな植民地となった。米国文化と日本文化が衝突し、融合を遂げた結果生み出された大量のキメラ的文化要素こそが、『昭和米国物語』を形作る細胞そのものだ。それはまるで『Fallout』シリーズが描くパラレルワールドのような美しさを放ちつつ、『龍が如く』シリーズのエッセンスも色濃く感じさせる。


今回の試遊を終えて本作の「完成形」を想像し、あえて一言で表現するなら、本作は「セミオープンワールドのレトロロードムービー」になる可能性が高いと感じた。ただし、その映画には現実と幻が入り混じり、とにかく“何かがおかしい”ことだろう。
この「何かがおかしい」という表現は、イベント会場にいたプロデューサー・羅翔宇氏の口から出たものだ。80年代生まれの同氏は、日米のポップカルチャー作品が中国国内に大量に流れ込んできた時代に幼少期を過ごした。そのため『昭和米国物語』は、彼の脳内にある子供時代の記憶をファンタジー的に再構築した作品と言える。作中には思わずニヤリとしてしまう昔の作品のパロディが数多く散りばめられており、試遊版のシナリオ構成にも地域文化のネタが仕込まれていた。中には、ゲーマーなら一瞬で理解できるようなミームも含まれている。
セクション1:新横浜山での「ピースばーば」探し(第3章)
プレイヤーが操作する主人公は、死から蘇った少女「千草蝶子」。彼女は妹を探すため、アメリカ大陸を横断する旅に出る。
このセクションでは、ストーリー進行とバトルが入り混じるリニアなプロセスを体験できた。すでに「新横浜山」には暴走族「勇士団」の野盗たちが姿を現している。物語の冒頭、蝶子は野盗に絡まれている「リック・トンプソン」という男に遭遇する。彼は急いでバイクで家に帰り映画「ナイトライダー」を観ようとしていたところ、“当たり屋”のチンピラ数人に難癖をつけられ地面に押さえつけられていたのだ。


バトルパートは試遊において、イベントからシームレスに発生するものと、戦闘エリアに進入した際に発生するものの2パターンに分かれている。バトル開始時の演出やカメラワークからは、濃厚な『龍が如く』の雰囲気が漂ってくる。



プレイヤーの攻撃スタイルは装備する武器によって変化する。近接用のグローブや日本刀、アメリカ国旗の旗竿、遠距離用のショットガン、そして多くの人が期待しているであろう「ドリル」などバリエーションは豊かだ。
戦闘は主に、弱攻撃と強攻撃の派生からなるさまざまなコンボに、回避アクションや銃撃を交えてレイジゲージを素早く溜めていくスタイルだ。このレイジポイントは、攻撃、回避、移動などすべてのアクションの強化に使用できる。ゲージの消費量が多いほど、発動する「レイジ攻撃」のダメージも高くなる。さらにレイジポイントが最大まで溜まると、装備中の武器特有の奥義を発動可能だ。
つまり、バトルの基本は以下のようなサイクルとなる。コンボを繋いでレイジを溜め、レイジ攻撃でダメージを稼ぎつつ敵の「ブレイクゲージ」をより早く削る。そして適切なタイミングで奥義を叩き込む、という流れだ。
特筆すべきは、主人公のあらゆるアクションがスタミナゲージを消費する点だ。スタミナが底を突いてもアクション自体は可能だが防御力が大幅に低下してしまい、一方でレイジ攻撃を当てるとスタミナが瞬時に全回復する仕様になっている。したがって本作のバトルの戦略性は「いかにスタミナとレイジを保つか」にあり、プレイヤーは有効なコンボの構築や武器の選択、切り替えのタイミングを常に思考するよう促される。
アクションはこれだけにとどまらない。ブレイク状態の敵にフィニッシュを決めることで体力を少し回復できるほか、アイテムホイールからバフアイテムや回復薬を即座に使用することも可能だ。さらに、武器切り替え時に特定のコマンドを入力することで、特殊なスイッチ攻撃が発動する。この仕様は武器ごとに異なっており、例えば遠距離武器に切り替える際、主人公はバックステップで距離を取りつつ「バレットタイム」に突入し、プレイヤーにエイムの時間を与えてくれる。

ジャスト回避や受身、カウンターといったアクションも完備されており、各動作の間には細かな調整が施されている。これらはすべて、バトルの奥深さと戦略性を高めるための設計だ。
では、実際のプレイフィールはどうだったか?一言でまとめると、「爽快!」である。
筆者はアクションゲームの“ガチ勢”ではなく、コンボ表を研究するのも好きではない。基本的には気の向くまま、出た技を適当に使っていくプレイスタイルだ。その点本作では、まずプレイのハードルは低く設定されており、手探りでコンボを繋ごうとしている際、ゲーム側が常にコンボを継続するチャンスを与えてくれる感覚があった。とはいえ、脳死でボタンを連打すれば勝てるわけではなく、攻防のテンポや敵のブレイク状態、危険な予備動作などはしっかりと見極める必要がある。
セクション1の山を登る道中では何度かの戦闘が連続して発生し、そこには大量のゾンビも混ざっていた。敵の難易度も徐々に上がっていくため、各武器の扱い方を学び、バトルの基礎を磨くには絶好の機会となっている。その道の果てで待つ“最終試験”が、串焼きを焼いている勇士団のボスコンビ「ドラゴンフルーツ」と「ヒヤシンス」だ。

ここで、ドリル武器について重点的に紹介しておきたい。このドリルの主なインスピレーション元は「天元突破グレンラガン」ではなく、「ゲッターロボ」のゲッター2だと思われる。もちろん、アクションのモーションには「勇者王ガオガイガー」など、他のドリルアニメの要素も多分に融合されているが、いずれにせよ、ドリルとは男のロマンだ。


ドリルは発生が遅く、前後の硬直も長く、攻撃頻度も低い。しかし、近距離・遠距離どちらにも対応し、単体へのクリティカル攻撃、長距離の貫通攻撃、広範囲の薙ぎ払い、さらには空対地の叩きつけまでこなせる、実に味わい深い最高の武器であった。
もう一つ称賛すべきは、ドリルに限らず他の武器も演出効果が非常に華麗で、アクションの滑らかさが高く、ヒット時の「肉を斬る」あるいは「鈍器で殴る」という手応えが明確なことだ。中には見るたびに笑ってしまうような奥義もあり、ただ爽快なだけでなく、開発陣のさまざまな悪ふざけを堪能することができた。

セクション2:キャンピングカー拠点
以前の映像にも登場したキャンピングカー「紅蓮号」は、ゲーム内でプレイヤーが休息やステータス強化を行うための重要な拠点となる。

車内ではさまざまな日常アクティビティを通じてキャラクターを強化でき、それぞれのアクティビティには専用のモーションが伴う。たとえば、テーブルで食事やワインを楽しんだり、冷蔵庫から冷たい飲み物を取り出したり、ソファで読書をしたり、筋トレのミニゲームをしたり、お風呂に浸かったりできる。得られるバフは、選んだ食事や入浴剤によって変化する。これらの日常行動には「AP」を消費するが、現時点でAPの獲得方法は不明だった。また、キャンピングカーには2階部分があるようだが、今回の試遊版では開放されていなかった。





車内にはハウジングシステムもあり、入手したアイテムを壁に飾ることができる。かなり膨大なコレクション要素になりそうだ。

車の外にもある程度の活動エリアが存在する。「ババ」や「マイケル・ヒーロー」がテントを張っており、彼らと会話することができた。この様子だと、将来的にはここでより多くの仲間との交流や、面白いイベントが用意されているのだろう。

セクション3:新横浜山麓商店街(第3章)
このセクションでは、新横浜山麓商店街でのカジュアルな探索要素を体験できた。買い物ができるショップやいくつかのミニゲーム、サブクエスト、そしてさまざまなNPCとのインタラクトが用意されている。マップのあちこちには宝箱が隠されており、プレイヤーが周囲をよく観察し、隠し通路を見つけることを推奨する作りになっていた。


探索要素は“善行”ばかりではないのが印象的で、「近所にある自転車を見つけて、タイヤの虫ゴムを抜く」というサブクエストが存在した。ご丁寧にも虫ゴム抜き専用のミニゲームまで作られている。クエスト中には通行人の「警戒度」システムがあり、不審な行動を見られた際は、うまく言い逃れできる会話選択肢を選ぶ必要があるなど、この一連の作り込みには確かな“異常なこだわり”を感じた。

他にもケンケンパやレトロなアーケード筐体といったミニゲームが用意されており、カジュアルな探索部分だけでもかなりの時間遊べそうだ。



商店街の探索には、温泉旅館である「村山湯屋」を訪れるストーリーも含まれていた。ただ本作の新横浜山麓は、ハリウッドサインならぬ新横浜サインからもわかるように現実ではロサンゼルスに相当するとみられる地域。天然温泉が湧き出ているなど聞いたこともない。この温泉旅館を見学する長尺のくだりはシュールで、日・中・米の3つの文化に対する開発陣独自の解釈が随所に滲んでいたが、ネタバレになるためここではこれ以上触れない。

もう一つ付け加えると、このセクションには隠しボスとの戦闘や、山を登る途中の1vs1の連戦イベントも含まれていた。ここで非常に印象深かったのは、戦闘時のカメラアングルが変化する演出だ。たとえば、アーケードの格闘ゲームのような横スクロール視点に切り替わったりするのだ。また、山道を移動する際にも場面に応じて視点が変わる。こうした「細かな遊び心」が、本作特有のロマンチックな雰囲気を確実に高めていた。

セクション4:金門橋でのボス戦(第4章)
重大なネタバレを避けるため、ここでは公式がすでに公開している情報のみに留める。謎の「黒服の男」を追ってゴールデンゲートブリッジもとい金門橋へと辿り着いた千草蝶子は、もはや何段階のフェーズがあったか忘れるほどの壮絶なボス戦を繰り広げることになる。

このボス戦は「持久戦」という言葉がぴったりだが、今回の試遊版においてもっとも素晴らしい部分であったと筆者は考えている。単なるバトルの枠を超え、カットシーンによるドラマ、逃走劇、そして理不尽でシュールなQTEなどがシームレスに展開していく。開発チームは、本当にいかなる時も「パロディ」と「悪ふざけ」を忘れないようだ。
もう一つ強く感じたのは、『昭和米国物語』はクリエイターの美学が十二分に表現されたゲームだということだ。例えば戦闘後の「事後の一服」。蝶子がタバコを吹かす横顔のカットが、文字通り「歌が一曲終わるまで」の長尺で映し出される。プレイヤーもその間、ずっと一曲分待たされるのだ。事情を知らない人が見たら、エンディングを迎えたのかと錯覚するに違いない。
まとめ
実のところ、筆者は試遊前かなり不安だった。期待が大きければ大きいほど、期待外れだったときの失望もまた大きくなるからだ。本作は長期間ゲーム内容に関する情報が途絶えていた上、開発途中でゲームエンジンをUnreal Engine 5に移行した経緯もある。だからこそ筆者の最初のスタンスは、「この荒唐無稽な世界観さえ維持してくれれば、ゲーム内容は赤点ギリギリでもいい」というものだった。
しかし実際にプレイし始めると、まずバトルの面白さに引き込まれ、次いでセミオープンワールドでの探索や、キャンプ地での「目の保養」となる日常アクティビティを心から楽しんでいた。時折見せる開発陣のぶっ飛んだアイデアに笑い声を上げ、レトロテイストな和風サウンドも心に響いた。もちろん欠点がないわけではない。一部のアクション演出の繋ぎにはまだ粗削りな部分があるほか、バトルの難易度曲線、シナリオの構成、そしてセミオープンワールドの探索が最終的にどの程度の深さになるのかは、試遊版の範囲内では全貌を窺い知ることは難しい。
だがいずれにせよ、『昭和米国物語』の製品版をプレイできるその日が来たなら、筆者は手元の仕事をすべて投げ打って、全身全霊でこのゲームにのめり込むだろう。それほどまでに、今回の試遊は筆者の期待を「確信」に変える体験をもたらしてくれたのだ。

『昭和米国物語』はPC(Steam)/PS5向けに2026年発売予定だ。
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