『キングダム ハーツIII』が発売されたのが2019年1月25日。弊誌にレビューを寄稿したのが2月9日。そこで私はこうつづった。「本作は歴代の集大成ではあったが、傑作にはなり得なかった」なぜなら物語、特に終盤にかけて描写が不足していたからだ、と。あれからおよそ1年。シリーズ恒例の追加要素として発売へと至った「Re Mind」は、その姿こそ歪ではあるが、ぽっかりと空いた穴を埋め、秀作を更に上の段階へと押し上げる最後の一欠片であった。『キングダム ハーツIII』はようやく、『キングダム ハーツIII』として完成されたのである。

「Re Mind」は『キングダム ハーツIII』に対応する有料ダウンロードコンテンツ。ソラの心をめぐる旅を通じて、本編では描かれなかった最終決戦の裏側を描く追加エピソードと、それに付随するシークレットエピソードが収録されるほか、リミットカットボスやデータグリーティング、プレミアムメニューといった新要素が多数実装される。

※なお本稿は『キングダム ハーツIII』ゲーム本編ならびに「Re Mind」の詳しい内容に関して多分の言及が含まれています。閲覧にはご注意ください。

  

  

  

  

  

  

歪ながらも最高の結末をもたらした追想の旅路


本DLCにおける目玉のひとつである追加ストーリーは、他作品のそれと比較した場合、正直言ってボリューム不足だ。クリアまでにかかるであろう時間は3〜4時間程度。たとえばストーリー重視のアクションゲームとして『アサシン クリード オデッセイ』の追加ストーリーでは、1本あたりクリアまで全体として15時間程度。価格は3300円だ。ストーリーテリングの形は酷く歪で、とてもではないが褒められたものではない。たとえるなら「小説の文中に吹き出しを新たにペンで書き込む」「漫画のコマの外を注釈で埋め尽くす」ようなものである。まさに突貫工事という言葉がふさわしい。本編で採用した「失敗した時間をやり直す」という手法を再び使用したことにより、プレイヤーはかつて体験した同様のシーンを再度見せられることになる。『キングダム ハーツIII』が発売されて既に1年以上の歳月が経過しており、既存の内容を再確認しつつ改変するという意味では、「Re Mind」というタイトルとも噛み合っているが、単純にクドい。構成に関しては、後半はともかく、歴代主人公の救済シーンの深堀を、話題のメインに据える前半に関して言えば、オリジナル版の内容に、開発に際して諸々の都合から切り取られたと考えられるシーンを挿入したという展開が多く、「どうして最初からこうならなかったのか」という失望が胸の内にじんわりと広がるのを、プレイ当初の私は感じていた。

しかし「つまらない」という感覚を抱くことは一瞬たりともなかったのだ。エンディングにたどり着くその時まで興奮の一切が冷めることはなかった。醜悪な外観と良質な中身が両立するという事実は、さまざまな分野において証明されているが、本作がまさにそれだ。DLCのテーマである「物語の補完」という観点から言えば、シリーズファン、少なくともオリジナルの内容に不満を覚えていた筆者が納得できるような内容が提示されており、次回作に向けた問題提起も過不足なくなされていた。


特に後半にかけての展開は、「『キングダム ハーツ』というタイトルとは」という根源的な命題の回答を指し示す、シリーズの集大成として実に見事なものだったと言える。心の繋がりを主題に掲げる『キングダム ハーツ』シリーズにおいて唯一、初作から力強い「個」であり続けたリクが中心となり歴代主人公がまとったかと思えば、「光の守護者」=主人公級キャラクターとして「ミッキー」がフォーカスされる。彼がソラとともに立ちはだかる障壁を打ち壊し、仲間たちを救出するシークエンスは、『キングダム ハーツ』というゲームにおけるディズニー作品の立ち位置を端的に表現している。本編ではディズニー部分と『キングダム ハーツ』の部分がそれぞれ隔絶された別個の内容となってしまっており、直近のシリーズタイトルと比較しても、ストーリーへの結びつきという点に関しては「おまけ」という印象が拭えなかった。いつかの劇場で観たディズニーキャラクターがソラ(プレイヤー)と心を通わせ、作品の枠を超えた友情を育んでいく過程こそ私は『キングダム ハーツ』には欠かせない「らしさ」だと捉えているが、ようやくその光景を本作にて観ることができたのだ。最後に庇護の対象であり、さらわれるヒロインでしかなかったカイリがようやく肩を並べて戦える頼もしい存在となり、二人で宿敵を打ち倒す。やり残したことはない。なすべきことは全てなしたと、ソラは別の世界、即ち新章へ旅立っていく。これが観たかった。私はこの光景が観たかったのだ……。

ところどころ、わずかばかりに挿入された主人公達による演舞は物語に華やかな彩りを添え、シリーズを通して遊んだプレイヤーに対しては何かしら心に訴えかけるものがあること請け合いだ。ちなみに私はロクサスを操作しているとき感極まって号泣していた。白と黒をまとう流星が地に降り立つとき、かつて悲哀の象徴であった音色は力強い賛美歌へと変わる。氷雪と共に記憶の彼方に散った徒花の姿は無く、消えぬ涙を頬に刻んだ心無い始末屋もまたそこには居ない。待っていたのは果たすべき約束と色あせぬ思い出。二人と共にコントローラーを握る私の脳裏には旧作で積み重ねた記憶が蘇っていた。思い返すとロクサスにとって戦いとは繋がりを断ち切るためのものばかりであった。それが今こうして心と心を繋げるために敵と対峙しているのだ。本編でも涙が止まらなかったが、プレイアブルになったらなったでコレである。「一人のキャラクターとして」操作できるキャラクターは4人。そのうち完全新規と言えるのはロクサスとカイリの2人しかおらず、発動可能なアクションの種類はそこまで多いとは言えない。しかしゲームプレイという、受動的に物語を浴びるのではなく鑑賞者自身が主体となって個々の物語を作り上げていく、特有のプロセスが持つユーティリティの大きさを如実に感じる演出ではあった。今回限りという仕様が本当に惜しいと思うほどに。

ゲーム進行中に訪問し、探索できるようになったワールド「スカラ・アド・カエルム」はただただ美麗。派手なステージギミックは無く、テーマパークのような趣は無いものの、決戦の最中破壊尽くされた、フィールドに点在するオブジェクトや、壁に描かれた独自の意匠をゆったりと鑑賞することが可能だ。よく観察すると、どことなく旧作との関連性を匂わせるイメージが多く、シリーズファンにとっては興趣が尽きない内容となっている。そうでなくとも作中登場するほとんどの種類のザコ敵が登場するため、後述する要素のために素材集めやレベル上げをする場所として適している。

  

  

バトルコンテンツの集大成に相応しい追加ボス


本DLCにおけるもう一つの目玉である、リミットカット(強化)された真ⅩⅢ機関との戦いは、『キングダム ハーツ』シリーズが持つ戦闘アクションゲームという側面、その面白さの全てが集約されていると言っても過言ではないという出来栄え。『キングダム ハーツ』の戦闘における特徴といえば、簡易な操作とテーマパークアトラクションに乗り込んだかのようなド派手さ、そしてアクションの多様なバリエーションという3点を両立していることにあるが、攻略という観点からすると、操作が簡単故に一つ一つのアクションを洗練させることができ、コマンドの状況に応じた取捨選択、なおかつ「激闘を演じている」という感覚を得られる、という面白さにつながっている。今回用意された高難易度戦闘は、積み重ねた修練の度合いを存分に試すことができる最高の舞台だ。本編でも攻略難易度が高いボスが用意されているが大して強くはなく、ストーリー攻略を高難易度で再度行うモードは致命傷をいかに避けつつ攻撃を差し込むかというスリリングな部分がメインであり、課題解決を旨とするボス戦とは面白さのベクトルが異なると考えている。

前提として、いずれの難易度でもソラのレベルを最大まで上昇させ、最強の装備を手に入れることでようやく渡り合えるような屈指の難易度を誇るものの、一方で料理をはじめとする入念な準備を整えればある程度ゴリ押しが可能という、緊迫感からくる徹底的な集中と心理的余裕を同時に介在させる絶妙な調整がなされている。避けねば勝てない攻撃という明確な壁とゴリ押しの可能性は「ここを乗り越えれば勝てる」という、プレイヤーの脳裏に勝利のビジョンを浮かび上がらせ、挑戦に対するモチベーションの低下を防いでくれる。攻略はガードをはじめとするさまざまなアクションに搭載された無敵時間をいかに活用できるかが鍵だ。逐次敵から提示される問の内容はひとつひとつに明確な回答が存在するが、ボスの残りHPによって数段階に変化し、プレイヤーに驚きと絶望、そしてワクワクを絶えず供給してくれる。また今回用意されたリミットカットボス戦は『キングダム ハーツII ファイナル ミックス+』の形式を踏襲、オマージュしているほか、シリーズをやり込んだプレイヤー程ニヤリと思える要素を確認できるだろう。かつて降した旧敵たちが美麗なモーションと新たな奥義を引っさげて再び自らへ挑んでくるという構図はいつになってもたぎるものである。特に『キングダム ハーツII』のロクサス戦をオマージュしたと思われる対シオン戦の出来には感服した。シオンというキャラクターが抱えるバックボーン、「らしさ」そしてシリーズを通した変化がひとつのバトルコンテンツの中に詰まっている。購入した方はぜひ彼女の元へたどり着いてほしい。戦いの中かかる各ボスキャラクターを意識したサウンドトラックも素晴らしい。BGMが聞きたくてつい足を運んでしまいたくなってしまう。

いわゆるチートを利用できるファストパスコードと、さらなる縛りプレイを可能にするブラックコードを内包したプレミアムメニューに関しては、本DLCにおける終点である凶悪な隠しボスを倒すことで使用可能となる。プレイに負荷をかけてタスクを達成していくという、エンドコンテンツの内容としては相応しいシステムとなっているものの、限られたユーザーしか使用できない割にHPでは新要素として大々的に宣伝されており、あり方としては不健全だと筆者は認識している。

明確な新要素として追加されたデータグリーティングは、作中で使用された美麗3Dモデルを使用して自分好みのオリジナルロケーションを作り上げ、自由に写真撮影を行えるというもの。使用感としては活き活きとした場面を再現するというよりか、フィギュアをショーケースに飾るという感覚が近しい。視線誘導をはじめとするモーションの細かい調整はできず、使用できるモデルは主要キャラのみ。少年期ゼアノートや、マスター・エラクゥスといったサブキャラクター、「主要キャラ以外のディズニーキャラクター」のモデルは使用不可。背景として用意されたステージも決して多様であるとは言えないが、ファン用のモードとしては十分だろう。作中ではありえない面白場面を作るだけではなく、アルバムと併用すれば、ストップモーションアニメのようなコンテンツも自らの手で作ることができるなど、応用性は抜群だ。

 

歪な王冠は18年の物語に最高の幕引きを告げる

全体のプレイ時間の大部分がリミットカットボス戦に費やされることを含め、本DLCは総じて本編とシリーズをやり込んだ(やり込むつもりである)プレイヤー向けの内容となっている。主に追加ストーリー部分のボリュームが少ない点を踏まえて、3800円(税別)という金額は、費用対効果という面で見合っていないとも考えられるかもしれない。ストーリー部分を楽しみにしていたプレイヤー(バトルに対して情熱を注ぐつもりは無いプレイヤー)からしてみれば、確かにそのとおりではある。ターゲット層が明確に異なるコンテンツを複数含んだ商品を売り出すのであれば、質だけではなく量としても、それぞれが納得のいく内容を提示すべきではあると私は考える。

しかしながら、マイナーチェンジ商法を取り止めたことと、DLC独自の新しい体験をプレイヤーに提供できたこと。そして体験の中身が大きく分けて「ストーリーの補完」とリプレイではない新規の「やりこみ要素」という、本編に不足していた2者であったことに対しては素直に賛辞を述べたい。内容としても歪な形ではあるが、叶わなかったかつての理想を成し遂げ、18年間歴史と想いを積み重ねてきたシリーズにおける一旦の幕引きに相応しいものであったと言える。致命的な欠落により傑作になり得なかった大作は、1年をかけて空いた穴を埋め、完成の域に至ることができた。『キングダム ハーツIII』はシリーズ集大成としての役目をようやく果たし終えたのだ。