ゲームで訪れた観光地に「どうしてリアルでも行きたくなるのか」調べる研究。聖地巡礼を促す“心のメカニズム”

『黒神話:悟空』が未曾有のヒットを記録したことで、舞台になったとされる中国の山西省・小西天では観光客が増加しているという。

オープンワールドゲームをはじめ、現実世界に実在するロケーションをゲーム内に再現した作品は多々存在。そうした作品の影響を受けて、実際にその土地を訪れる観光客が増加する例などもたびたび報告されている。そうした人々の心理は、はたしてどのようなメカニズムで引き起こされているのだろうか。

ゲームが起こす観光ブーム

Bingqin Han氏らによる中国の研究チームは4月20日、科学誌「Humanities and Social Sciences Communications」にて受理された研究論文「From pixels to places: how video games influence real-world travel to natural and cultural heritage sites」をオンラインにて早期公開した。本研究の背景として、『黒神話:悟空』のヒットによる観光客の増加が挙げられている。『黒神話:悟空』といえば、Game Scienceが手がけ2024年8月にリリースされたアクションRPG。Unreal Engine 5を用いた美麗なグラフィックや中国神話をベースにした物語が評価され、ある調査機関は「2024年で最も成功したインディーゲーム」として分析している(関連記事)。

『黒神話:悟空』

そんな『黒神話:悟空』が未曾有のヒットを記録したことで、舞台になったとされる中国の山西省・小西天では観光客が増加しているという。旅行予約サイトTrip.comによれば、『黒神話:悟空』が発売された2024年8月の山西省への訪問者数は前月と比べて50%増加したほか、同年10月1日から3日にかけての国慶節の連休では、旅行予約件数が前年比でなんと171%もの増加。この山西省・小西天は平均で1日数百人程度しか訪れない場所だったのにも関わらず、10月3日には1日で1万7000人を超える観光客が押し寄せたそうだ。

こうした状況を受けて研究チームは、ゲームと遺産観光が心理学的にどのように相互作用し、仮想空間で遺産に触れることが現実世界での旅行に繋がっているのか、そして両分野の関係者はここから何を学べるのかを分析することにしたようだ。

Image Credit: 搜狐网

行動プロセスを徹底解剖

本研究では理論的な枠組みとして、外部からの刺激(Stimulus)が、内部の心理状態(Organism)を変化させ、それが行動(Response)を引き起こすと捉える「SORモデル」を採用。これをベースに、複数の心理学理論を統合し、ゲーム体験が現実の旅行に結びつくまでのプロセスを、概念モデルとして構築することを目指した。今回の例ではプロセスは7つの要素に分解され、「没入体験」「遺産への接触」「能動的な関わり」「仲間からの影響」といった刺激から、「誇りと関心」「肯定的な態度」といった内部の心理状態が引き起こされ、そして行動として「旅行意思」が高まるという構図を想定。これらの要素の相互関係について、11個の具体的な仮説を立てている。

仮説の検証にあたっては大規模なアンケート調査を実施。アンケートは、10月2日から5日までに山西省・小西天を訪れた観光客を対象としたオフライン調査と、ゲーム系インフルエンサーやゲーム系フォーラムを通して募ったオンライン調査のハイブリッド形式でおこなわれた。なお、結果の信頼性を高めるために、今回の検証は設問の冒頭で「『黒神話:悟空』をプレイしたことがある」と答えた回答者のみに絞っておこなわれている。各設問に5段階で回答してもらった計3229人分のデータを、「構造方程式モデリング(SEM)」と呼ばれる統計手法で検証。これにより、11個の仮説のうち7つの仮説が裏付けられたという。

裏付けられた仮説:
・「没入体験」は「誇りと関心」を高める。
・「遺産への接触」は「誇りと関心」を高める。
・「能動的な関わり」は「誇りと関心」を高める。
・「能動的な関わり」は「肯定的な態度」を生む。
・「仲間からの影響」は「肯定的な態度」を生む。
・「仲間からの影響」は「旅行意思」を高める。
・「誇りと関心」は「旅行意思」を高める。

有意な関係が認められなかった仮説:
・「没入体験」は「肯定的な態度」を生む。
・「遺産への接触」は「肯定的な態度」を生む。
・「誇りと関心」は「肯定的な態度」を生む。
・「肯定的な態度」は「旅行意思」を高める。

この結果をそのまま受け取ると、ゲームで得られる「没入体験」「遺産への接触」「能動的な関わり」がプレイヤーの「誇りと関心」を高め、「仲間からの影響」からの直接的な影響とあわせて「旅行意思」を高める。そして、「肯定的な態度」が顕れたとしても、「旅行意思」に直接結びつくわけではない、という図式が浮かび上がる。ちなみに年齢層や性別、収入などによってもこれらの比重は異なるそうだ。

心理的メカニズムを紐解く

今回裏付けられた図式を、各要素の定義に沿って嚙み砕いて考えてみよう。まずゲームのリアルなグラフィックや環境音によって実際にそこにいるかのような没入感を得たり、伝統的な様式などの知見をゲームから得たり、さらには謎解き要素などを通じて遺産と関わったりすることで、自国の文化的なアイデンティティへの強い繋がりを感じ、もっと学びたいという好奇心を感じる。そうした感情の変化に加えて、SNSなどで実際にその土地を訪れた様子を見聞きすることによって、現地を訪れたいという意欲が誘発されるとみられる。ただし、遺産をより高く評価したり、遺産の保護に前向きになったりといった態度(肯定的な態度)自体は、旅行したいというモチベーションの増加には直接作用していないようだ。

これについて研究チームは、消費者心理学や観光研究においてよく知られている「Attitude-Behavior Gap(態度と行動のギャップ)」が反映されたものだと考察。というのも、実際に旅行をするにあたっては、お金や時間、地理的な距離、旅行経験の不足といった現実的な制約が立ちはだかる。「肯定的な態度」をはじめ、慎重なプロセスである認知的な経路(Cognitive pathways)単体では、これらの障害を乗り越える旅行の動機になるには不十分である可能性があるという。逆に「誇りと関心」などの感情的な経路(Emotional pathways)こそが、旅行という行動を素早く促す原動力になるのではないかとの見解を示している。

『黒神話:悟空』

ただし、直接的な旅行の引き金にならないからといって、「肯定的な態度」が重要ではないというわけではないと研究チームは語る。というのも、「誇りと関心」が“一時的”な感情であるのに対して、「肯定的な態度」は遺産の価値や遺産保護の重要性を理解するための“持続的”な評価判断を伴うものであり、遺産保護などに対する深い理解を育む上では欠かせないからだ。そしてこれを高める鍵となるのがゲームにおける遺産との「能動的な関わり」。そういう意味では、アイテムの収集や謎解きなどを通じた遺産への「能動的な関わり」をゲームに組み込むことが、プレイヤーに当事者意識を持たせ、単なる観光の誘発に留まらず、より未来を見据えた行動を促すゲームデザインとしても極めて重要であると結論付けている。

ゲームと観光の連携強化

なお過去には『ゴースト・オブ・ツシマ』の影響で、対馬への国内外からの観光客が増加したことも伝えられていた(対馬観光物産協会)。また『キングダムカム・デリバランス II』がヒットしたことにより、作中に登場する「トロスキー城」への訪問客が前年比で約35%ほど増加したことも話題になった(関連記事)。ちなみに前作『キングダムカム・デリバランス』では、売上の一部を「ピルクシュタイン城」の修復工事に寄付するキャンペーンを実施すると発表されている(関連記事)。実在のロケーションをゲームに登場させることのメリットは、さまざまなかたちで現れるわけだ。

Image Credit: Národní památkový ústav

研究者らは今回の研究を通して、観光機関や地方自治体が、ゲーム開発者と積極的にパートナーシップを結ぶべきだと提言している。今回の研究で示されたように、プレイヤーの認知的なメカニズムも考慮した上で効果的な施策を展開できれば、さらなる影響をもたらせるかもしれない。ゲームと観光産業の結びつきは、まだまだ多くの可能性を秘めているといえそうだ。

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Shion Kaneko
Shion Kaneko

夢中になりやすいのはオープンワールドゲーム。主に雪山に生息しています。

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