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『ICO』『ワンダ』『トリコ』上田文人氏 x『ROMEO IS A DEAD MAN』須田剛一氏が友人として「雨の日のしっとり飲み」対談。似てないようで似ているふたりの、モノづくり論
『ROMEO IS A DEAD MAN』は、どのような哲学をもって生み出されたのか? 今作のディレクターである須田剛一氏と、同氏と親交のある上田文人氏の対談の場を設け、話を伺った。

グラスホッパー・マニファクチュアは日本時間の2月10日、完全新規IPとなる『ROMEO IS A DEAD MAN』をダウンロード専売でリリースした。対応プラットフォームはPC(Steam/Windows)/PS5/Xbox Series X|S。
『ROMEO IS A DEAD MAN』は、とある事件によって分断され消失してしまった宇宙を舞台とする三人称視点アクションアドベンチャーゲームだ。主人公となるのは、FBI時空特別捜査官・通称「時空警察」のロミオ・スターゲイザー。

デッドギアと呼ばれる“超クールなマスク”の装着によって死の淵から引き戻された彼は、分断された時空を跨いで最重要指名⼿配犯たちを追跡すると同時に、恋⼈ジュリエットの突然の失踪にも直⾯することとなる。さまざまな要素が絡んだ奇抜なテーマながらも同作は、Steamのレビューで「非常に好評」を獲得しており、ユーザーからの評価が高い。
そんな同作は、どのような哲学をもって生み出されたのか? 弊誌はグラスホッパー・マニファクチュアのCEOであり、今作のディレクターである須田剛一氏と、同氏と親交のある上田文人氏の対談の場を設け、話を伺った。須田氏の『ROMEO IS A DEAD MAN』開発にまつわる話や、上田氏の過去作に関する話、ふたりのゲーム作りへの向き合い方など、さまざまな話が聞けた。
以下は居酒屋で2時間以上にわたる会話を濃縮したもの。収録は、春終わりの雨の夕方。そうしたムードを想像しながら楽しんでいただければ幸いだ。
『ROMEO IS A DEAD MAN』は、須田氏らしさが出た作品
――始めるにあたり、改めて須田さん、上田さんの自己紹介をお聞かせください。
上田文人(以下、上田)氏:
ゲームデザイナーの上田です。代表作は『ICO』『ワンダと巨像』『人喰いの大鷲トリコ』です。

須田剛一(以下、須田)氏:
グラスホッパー・マニファクチュアの須田剛一です。今回、『ROMEO IS A DEAD MAN』の発売記念にインタビューをしていただけるというので、上田さんをゲストでお招きしました。『ROMEO IS A DEAD MAN』ではプロデューサーとディレクターと脚本、そしてQA(品質管理・テストプレイを繰り返す業務)を担当しています。

――須田さんがQAまでしているんですか。
須田氏:
しましたね。開発の最後に結構ガッツリと調整しまして。QAチームもいますが……QAチームと同等、もしかするとそれ以上の仕事をしていたかもしれません(笑)。
一同:
(笑)
須田氏:
いっぱいバグを見つけましたし、絵や動きをチューニングしました。
――QAでもゲームクリエイターの「らしさ」って出るものなんですか。
上田氏:
ゲームの中のいろいろな要素……たとえばシーンや仕組みが遷移するタイミングなど、細かな部分は人によって感覚がまちまちなんですよね。アクションでもカットシーンでも、数フレームの足し引きなど、細かなところで差が出ます。須田さんの場合は、「ゲーマーとして見たときにどう気持ち良いか」など感覚的なところを上手く調整されていそうですね。
須田氏:
映画で言えば最後の編集作業みたいなところに力を入れました。あとは毎回なるべく初見の感覚でプレイし、初めて遊ぶ人がつまずく部分を考えて調整しました。これは開発スタッフもQAチームも慣れてくると見えづらくなるので。
ですから僕はなるべく心を狭く、人としての器を小さくした目線でそこをガリガリと指摘しましたね。敵の配置を減らしたりマップを移動しやすくしたり、そういう細かな調整がボディーブローのようにじわじわと効いたと思います。
上田氏:
QAに使った時間はこれまでのタイトルより多かったんですか。
須田氏:
元々良い状態で仕上がってきたんですが、それをさらにクオリティアップできる時間がありそうだったので、今作は特に使いましたね。ただ、マスターアップ1週間前でも直していたので、制作チームにはすごく怒られました。でも、もう「クオリティが上がるなら関係ないや」と続けて。やりきった感があります。

究極のターゲットは自分
――上田さんから『ROMEO IS A DEAD MAN』を紹介するとどんな感じでしょう。
上田氏:
『ROMEO IS A DEAD MAN』は、ルーティンワークから生まれた作品ではないのが想像できるけど、ある意味想像できない作品ですよね。
須田氏:
スチャダラパーの曲が流れるなんて、僕も想像できないです。
上田氏:
あれは書き下ろしなんですか。
須田氏:
そうなんですよ。ちょっとした偶然の産物で。主人公が車で移動するシーンのシナリオを書いていたとき、ト書きにその車中で聴いている曲を書こうとしたんです。そのとき自分の中で鳴ったのが、スチャダラパーさんの「サマージャム’95」で。
上田氏:
元々は「サマージャム’95」が使いたかったんですね。
須田氏:
ええ。無理だろうと思いながら「サマージャム’95」と書いたんです。その後、シナリオをタスクに分解しているときに、スタッフのひとりが「スチャダラパーのマネージャーさんを知っている」というので、ダメ元で聞いてみてもらったんです。すると、「サマージャム’95」は権利の関係で難しいですが、新曲だったら書きますよ」と先方が言ってくださって。スタジオに来ていただいて初めてお会いしたときは感動でしたね。
――須田さんは引きが強いですね。上田さんは『ROMEO IS A DEAD MAN』を遊んでどう感じられましたか。
上田氏:
ノリというか雰囲気はこれまでのタイトルと大きく印象は変わりませんでしたが、アートディレクションはとても自分の好みでした。全体的な色味や実写特撮のような表現など、ビジュアルの表現の新しさや多様さが大きく変わったところなのかなと。

須田氏:
それは今回まさに意識したところですね。紆余曲折あって結果的に上手い具合にそうなったところもありますが。方針転換を決めたあと、限りあるリソースを捻出するため、手持ちのリソースを吟味して削る工夫をしたり。そんな中で今回は正解を出せたような気がしています。
――いろいろな妥協があったはずなのに、しっかりプロジェクトとしてまとまっていました。
須田氏:
ありがとうございます。最後まで本当に頑張りましたね。チームのみんなもすごく頑張ってくれました。3Dのカットシーンで作ろうとしていたものを、コミックにしたりドットにしたり。
上田氏:
ゲーム制作に必要なリソースって、カットシーンのアセット作成にかかる費用が大半だったりしますからね。しかもプレイヤーが本当にそれを求めているのかというと、必ずしもそうでもなく。
須田氏:
そうなんですよ。カットシーンの長さはほかにもいろいろな問題を引き起こしていて。上田さんも同じかと思いますが、僕はゲームが始まってから自分でキャラクターを操作できるまでに5分10分待たされ、その後でゲームを体験するのかと思うと、その時点でもう無理なんです。
上田氏:
「自分がプレイヤーだったら」と考えるのは大切ですね。そういうところも須田さんと僕は近い。「ゲームデザイナーとして考えたらこうだけど、プレイヤーとして考えた場合はこう」と。
須田氏:
そう。自分たちで作ったゲームを、違う目線、違う人格で眺めることは多々あります。
上田氏:
必要なことですよね。ゲームを作るうえで、「こんな人だったらどう思うか」と想像する、ゲームプランナーにはこのシミュレーション精度は求められますよね。
須田氏:
開発目線で受け入れる幅を広くすると、自分たちが調整の基準として機能しなくなるので、プレイヤー目線でプレイする時は、先ほども言ったようになるべく自分の器を小さくすることを意識しています。何でも面白がって受け入れずに、器の小さな男になるんです。
上田氏:
僕はそれを意地悪目線と言っています。自分たちの作っているものに対して甘いと、いくらでも「アリじゃん」となってしまう。もちろんそういうときも必要ですけど。
須田氏:
「その緩急のバランスは上手く取らないと」と毎回思います。
――だとすると、これだけゲームの裾野が広い時代に、ターゲットのプレイヤーを設定するのは難しくありませんか。
上田氏:
究極のことを言えば、ターゲットは自分なんですよ。自分の感覚で自分が良いと思うものを作り、それがもし誰にも響かなくなったら、たぶん自分がやるべきことも変わってくるんだと思います。その判断を他人に委ねてしまうのは誠実ではないんじゃないかなと思います。

須田氏:
僕も自分の感覚で判断しますが、広い視野を得るためにスタッフに意見を聞くことはあります。たとえば『ROMEO IS A DEAD MAN』には、スタッフがフロム・ソフトウェアさんのゲームでいう「篝火」を入れたんです。セーブをするたびに敵が再セットされる仕組みですね。ですが個人的には違和感がありました。でも企画のメンバーに違和感がないかを尋ねたら、みんなは納得できると言うんです。「だったら、プレイヤーにも納得してもらえるものなんだな」と思い、最終的に受け入れました。これも一種のプレイヤー目線なのかなと思います。
カルチャーの方向性が違うふたりの作品
――上田さんと須田さんにご交遊があると聞いたとき、作風の違うおふたりなので意外に思いました。そもそもどう知り合われたんでしょうか。
須田氏:
クリエイターが集う飲みの場で初めてお会いしました。
上田氏:
そうでしたね。その直後に海外で一緒に講演したり。
須田氏:
その最初の機会以来、年に何度か一緒に飲みながら、お話をさせてもらっています。
――おふたりはお互いの作品についてどう感じていますか。
須田氏:
うちのゲームってずっとしゃべっていてうるさくて、すべてを言語化するゲームなので文字が多いんです。でも、上田さんのゲームは全部を絵の中に落とし込んでいるノンテキストじゃないですか。憧れますよね。それが「すごいなあ、素敵だなあ」と思って。所作がいい。作り方が格好良いんですよ。
上田氏:
……そうなんですかね(笑)。ノンテキストで作るのはかなり大変です。
一同:
(笑)
上田氏:
言葉なら一言なのに、言葉がないとジェスチャーだったり映像だったり造形だったり、ライティングや空間設計、レベルデザインそのもので伝えないといけない。「コストパフォーマンスが悪いよな……」と思いながら作っています。
須田氏:
作り方が大変になる設計思想ですよね。
上田氏:
ですが今作っているゲームにはテキストも結構あるんです。

須田氏:
呪縛から少し逃れた感じですかね。
上田氏:
もちろんノンテキストでしか実現できない表現もあります。ただ、プレイヤーへの情報伝達をすべてゲーム内の表現で行おうとすると非常にコストがかかります。言葉なら一行で済む誘導や説明も、レベルデザインや演出に置き換えなければならないので。
須田氏:
多くの人に伝えようとすると、たしかにそうですね。
上田氏:
だから、いま作っているゲームもそこまで方向を変えたいとは思っていません。ただ、今回はこれまでより言葉による情報伝達も取り入れています。とはいえ、根本的な考え方が変わったわけではなく、あくまでこれまでの延長線上にある変化ですね。
――上田さんから見た須田さんの作品はどういう印象ですか。
上田氏:
ゲームの方向性は自分とは違いますが、狙いには近いところがあるんじゃないかと思っています。定番や習慣に頼るよりも、新しい表現や可能性を探したくなる。そういうところは似ているのかなと。
須田氏:
上田さんのゲームもうちのゲームも、ビデオゲームを遊ぶ人の層を広げるという役割を狙っているのかもしれません。「ビデオゲームの可能性をもっと広げたい」という思いはありますよね。
上田氏:
そうですね。ゲームの中だけで発想したものでなく、音楽や、映画などほかの映像表現、それこそミュージッククリップやファッションのようなものまでを取り込んで、今までにないものを届けたいんです。「予定調和や型にはまったものは嫌だな。もっと新しい表現やもっと新しい可能性はないかな」といつも模索しています。自分と須田さんでは向きが違うんでしょうけど、模索しながら作っているところは似ていますね。
須田氏:
上田さんは世界中にいるさまざまなジャンルのアーティストと同じ目線で作っているから、ゲーマー層の外側まで響くゲームを作れるんだろうなあ。
上田氏:
でも、そこは須田さんも同じでは。ゲーム誌だけで語られるようなものではなく、カルチャー誌などでもひとつの文化として受け止められるようなプロダクトにならないかなと考えていますよね。
須田氏:
そこが同じであっても、上田さんのゲームは「BRUTUS」や「SWITCH」など格好良い雑誌に取り上げられるんですよ。ところがうちのゲームはたぶん「BUBUKA」や「実話ナックルズ」なんです。
一同:
(笑)
須田氏:
それはそれで好きなんですが、そういうカルチャーの向きがちょっと違う。でも、「ゲーマー以外にも届くといいな」は昔からですね。ですから『ROMEO IS A DEAD MAN』が「ニューヨーク・タイムズ」の記事に取り上げられたのは、嬉しかったですね。
須田氏の冒険の記憶として残る『ワンダと巨像』
――お互いの作品で、特に印象的だったものはありますか。
須田氏:
『ワンダと巨像』ですね。3番目か4番目の敵で、スロープを登っていったその上にいるヤツなんですが、道中、ワンダを横跳びさせる部分が苦手で。時間が経つと、そういう部分が冒険の記憶として残るんです。
上田氏:
作り手側としては意図していないことでも、そういう「難しかった」ところも含め、ちょっと不親切だったり、いびつだったりする部分が記憶に残るわけですね。
須田氏:
そう、そこが冒険なんですよ。本物の冒険の記憶として残るんです。
上田氏:
今の自分だと、「直さないと」と思いそうですね。モニターテストの結果を見て、「ここでプレイヤーがそうなるんだったら即直そう」となっちゃいますから。
僕の記憶に残る須田さんの作品は……『killer7』ですね。須田さんのゲームってシナリオの印象が強いですが、意外と言うと失礼ですけど、メカニクスの部分も考えているというか、「須田さんはこっちの方も好きなんだな」と感じたのは覚えています。

須田氏:
それは嬉しいですね。そうなんです。メカニクスも考えて作っています。
上田氏:
『killer7』って移動がレール式ですよね。あの当時に3Dゲームを作る人たちは、こぞって「いかに自由に動けるか」を考えていたところ、「その自由度って本当に必要か」と、そこをバッサリと切っていたのが鮮烈で。そうすると取捨選択の向こうにある覚悟がプロダクトから明確に伝わるし、冗長な余白がなくなり、体験させたいことの純度が上がる。普通はそう割り切りませんよ。
須田氏:
もちろん「普通はやらない」と言われました。ただ、あのゲームのあのルックは、いかに格好良い絵を作るかのためなので、カメラを優先したかったんです。カメラを固定することでバシッとショットを決められた。今でも『killer7』には自由度がなくて正解だったと思います。
上田氏:
でも、自由度が低いという話でもないんですよね。前進したり後退したり、インタラクションの選択肢はありつつ、カメラ操作の煩わしさや必要以上の選択肢などはない。今ゲームを作るにあたってもそれはアリなんじゃないかという気がします。
須田氏:
使うボタンの数にもこだわっています。『ROMEO IS A DEAD MAN』は使うボタンが多いんですよ。でも、「なるべく数を減らしたい」と根っこで思っています。
上田氏:
そうですよね。興味を持ってくれたら、ゲーム未経験の方でも楽しめますから。
須田氏:
まさに。できれば左スティックとボタン2つだけで何とか完結させる挑戦は今でもしたいですね。
上田氏:
ただ、ボタンを減らすことはできるけど、それによってできることの選択肢が減ってしまったり、昔にくらべてゲームプレイヤーの操作スキルもだいぶ上がっているのもあって、当時は成立していたものでも今だと物足りなく感じられることはあるでしょうね。その体験、その難度はもう学習されているから、上乗せして難度を上げるしかなくて。難しいですよね。
須田氏:
その難度の積み上がりは、アクションゲームが抱えるジレンマですね。
――今は、昔よりもプレイヤーの習熟を感じますか。
上田氏:
そうですね。今でこそ僕らは普通にアナログスティックで操作していますが、最初に『スーパーマリオ64』が現れたとき、僕自身はまともに真っ直ぐ走れませんでした。
当時は「十字キーの方がいいんじゃないか」と思いました。でも、だんだん慣れていくもので、今ではアナログスティックでの操作が当たり前になっています。そういうことはプレイヤーの習熟度にも起きていると思うんです。
とはいえ、ゲームにあまり慣れていない人や、そうした操作に初めて触れる人は、今でも戸惑うことがあるでしょうね。

本能的、時に必然的に用いられる暴力表現の捉え方
――おふたりの作品には何かを殴ったり倒したりする表現が登場します。そうした暴力表現は、どのような意図のもとに使われていますか。上田さんの作品でしたら『ワンダと巨像』で巨像を容赦なく刺したり、逆に須田さんの作品は暴力こってりだったり。
須田氏:
ゲームオーバーという言葉があるじゃないですか。何かに負けて終わってしまった状態。その呪縛ではありませんが、アクションゲームって、やっぱり戦う、対戦するという行為が出生から備わっています。だから必ず戦いをベースにして作るという感覚が、僕にはあるんですよ。
その感覚を前提として考えているので、暴力を取り除くのではなく、キャラクターの生き死をどう描くか、暴力には意味を持たせる役割を担わせています。
――須田さんのゲームから「暴力を切り離せ」と言われたら、できますか?
須田氏:
自分の中にストックしている企画がいくつかありますが、すべてに戦いと暴力があって……。

――(笑)
上田氏:
ボタンを押してインタラクションさせるとき、爽快感という原則に則ると、暴力的な表現は多くなるでしょうね。
須田氏:
物理的な接触は爽快感がありますからね。
上田氏:
ほかにもあると思いますが、わかりやすいんでしょう。たとえば2Dの横スクロールアクションゲームで、ボタンを押したとき何が起きたら一番良いのか考えると、まず発想されやすいのは垂直方向の変化ですよね。では垂直方向で何が起こせるかを考えると、踏みつけたり上にある物を壊したりというアイデアになる。
もちろん、それを面白く成立させるのは全然別の話なんですが、横スクロールという制限の中で、ボタンを押して目立つインタラクションを考えると、その方向に向かうのはある意味自然なのかなと。
そしてそれが3Dになると、敵との距離を詰めて攻撃したり、あるいは狙いを定めて撃ったりという形になる。もちろんほかにも鉱脈はあると思いますが、わかりやすさや本能的な気持ち良さを追求すると、多くのゲームがそうした方向に向かうのは自然なことなんだと思います。
須田氏:
人類が生きてきた中で、もっとも自然なことなんでしょうね。
上田氏:
まあ、そこはフィクションの良さですね。
――逆に上田さんは距離感を取りつつも、上手に暴力表現と付き合っている印象です。
上田氏:
そうですね。いろいろなところで話していますが、『ICO』にはほぼバイオレンスがなく、あったとしてもすごくオブラートに包んだような表現でした。それが新鮮に捉えられた一方で、コアゲーマーには少し物足りなく映る部分もありました。
『ICO』でも棒を振り回して敵を蹴散らすアクションがありましたし、それをもっと残酷な表現に振ることもできました。自分はアニメーターなので、そういう表現はむしろ得意な方だと思います。でも当時の自分が『ICO』でやりたかったことはそこではなかったんです。市場にそういうゲームが多かったので、差別化するためにバイオレンスには振りませんでした。アクションの刺激とは少し違うところに価値を見出してもらえる作品にしたかったんです。
ただ、その経験を踏まえて、自分なりのバイオレンス表現にも向き合おうと考えて作ったのが『ワンダと巨像』でした。
――『ワンダと巨像』の後、『人喰いの大鷲トリコ』に向かう中で、暴力との付き合い方に心境の変化はありましたか。
上田氏:
『ワンダと巨像』はバイオレンスの要素がストーリーの悲劇性と噛み合って、自分なりに手応えはありました。その後、プラットフォームがPS3へ移行して、「次は何を目指すべきか」を改めて考える事になったんです。
結果として『人喰いの大鷲トリコ』では、人と生き物との関係性や感情のやり取りを中心に据えた作品にしたいと思ったんです。そういう意味では、『ICO』に近い方向へ少し立ち返ったところもあったのかなと思います。
須田氏:
僕も毎作品ごとにジャンルが変わった時期がありました。組むパブリッシャーが毎回変わったので、毎回が勝負みたいなところがあり。
上田氏:
でも、グラスホッパー・マニファクチュアは、安定したクオリティの作品を定期的にリリースするゲームスタジオというよりは、どういうものが出てくるのかわからない、ワクワクさせてくれるスタジオじゃないかなと思うんです。パブリッシャーもそれを期待していたと思いますよ。
ディレクターに必要な条件
――そういう個性を持ったおふたりですが、ゲーム制作に対する姿勢を受け継がせた弟子のような人たちはいらっしゃらないんですか。あるいは受け継いだ師匠のような方は。
上田氏:
須田さんには師匠筋の人っているんですか。僕はCGも独学だったし、ゲームデザインも誰かに教えてもらったわけではなく。そういう意味では、特定の師匠がいたわけではないんですよね。
須田氏:
僕もいませんよ。元々ヒューマンで『ファイヤープロレスリング』シリーズを作ってデビューしています。そういう意味ではシリーズの生みの親である増田さん(増田雅人氏)が師匠だと思いますが、師匠というよりは生みの親であり、大先輩という感じなんですよね。
ただ、グラスホッパー・マニファクチュアを立ち上げてからも自分の感覚でゲームを作ってきましたが、『killer7』を作るときにそこで三上さん(三上真司氏。アンバウンド株式会社代表取締役)からアクションゲームのイロハのようなものを教わりました。ですので、僕に師匠がいるとすれば三上さんかもしれません。
――三上さんとは親交が深いんですよね。
須田氏:
ええ。上田さんもですよ。3人でご飯に行くこともあります。
上田氏:
そうですね、よくしていただいています。
――須田さんにとって三上さんは、友人であり師匠でもあると。
須田氏:
三上さんには、「フレームの感覚」のようなものを教えてもらいました。それまで僕の持っていたアドベンチャーゲームの時間感覚とアクションゲームの時間感覚ってまったく違っていたんですよね。そんなとき、三上さんが目の前でどんどん調整をかけていく。それがスパンスパンとハマるんですよ。それにびっくりしましたね。
うちの古いスタッフには三上さんと一緒に『killer7』を作ったスタッフがいるので、グラスホッパー・マニファクチュアには三上さんとカプコンのノウハウのようなものが息づいているところがありますね。上田さんの場合は飯野さん(飯野賢治氏)が師匠になるわけではないんですか。
上田氏:
僕がワープにいたころは、主にカットシーンを作るCGアニメーターだったので、ゲームデザインやゲームメカニクスに深く関わっていたわけではないんです。ですから飯野さんとそういった話を直接した記憶もなくて。ワープが作る作品や、元々好きだった海外のゲームを見よう見まねで今に至ります。
須田氏:
上田さんは『アウターワールド』が好きなんですよね。上田さんのゲームを遊んだときに、ノンテキストで放り出されるけど、何をすればいいかはシチュエーションが物語るところにその片鱗を感じたんですよ。その後、上田さんと会ったときに『アウターワールド』がやっぱり好きだと聞いて納得したんです。
上田氏:
でも、時間が経つにつれて、その作品のどこに惹かれるかは少しずつ変わってきていますね。ただ、若いころに衝撃を受けた作品というのは、今でもやっぱり特別です。
『アウターワールド』は、ギミックの全てがユニークで、難易度も難しくなったり簡単になったりと読めない感じで、とにかく前衛的なんですよね。
――おふたりとも独立して学ばれた部分が結構大きいと。ちなみに、おふたりはご自身をどういうタイプのディレクターだと考えますか。
上田氏:
須田さんは、ほかのディレクターのディレクションを見たことありますか。
須田氏:
『零 ~月蝕の仮面~』のときに柴田(誠)さんのディレクションを近くで見ていますね。僕はなんだろうな。自分のことは自分が一番わかりませんが、少なくとも背中で語るタイプではなく、喋っていますね。
――ではせっかくなので、同席されているスタッフさんに聞いてみましょうか。
スタッフ:
ゲーム制作のさまざまな段階で、須田はふつうに隣にいるんですよね。企画のアイデア出しでも、作っている最中にも、そして最終調整のさなかにも。それぞれのスタッフがベストを尽くして制作しているんですが、須田はそれぞれのタイミングでそこに魔法の粉を振りかけ、終わってみれば「これはグラスホッパーのタイトルだ」というものが出来上がっているんですよね。
須田氏:
格好いい。
一同:
(笑)
スタッフ:
自分は『ROMEO IS A DEAD MAN』でメインシナリオ以外のテキストを書きましたが、どうやっても須田のようなテキストは書けないんです。感覚的で寄せようとしても寄せられない。だから、そういうところが学ぶ学ばないというより唯一無二だなと思いました。あとは入社してから思ったのが、社長としての振る舞いです。社内社外問わず目配せする範囲の広さとか、交渉力とか。
上田氏:
僕も同じ印象を持っています。ちょっと過激な作風に対し、須田さんには経営者としての大人の振る舞いがあるというか。

一同:
(笑)
上田氏:
それこそお中元、お歳暮とかもそうだし、目上の人やクライアントへの対応もそう。礼儀や気配りがしっかりしている。社会人経験が長いのもあるんでしょうけど、しっかりされている部分と作風とのギャップはありますね。須田さんはそれをどこで学んだんですか。
須田氏:
妻ですね。警察官の娘である妻が言うことには、「お中元、お歳暮を上司に贈るのは当たり前」なんですと。「だからそれはちゃんとやりなさい」と言われてやっていますね。
――おふたりは、ディレクターとしてクリエイティブについて考えながら、そのように社長として経営も考えなくてはいけない。大変ではないですか。
上田氏:
僕の場合は幸いそこまでいろいろな会社と取引をしていないので、さほど大変ではないかもしれません。
――須田さんはやっぱり大変ですか。
須田氏:
うーん、大変なんでしょうね。
上田氏:
開発と経営、どちらかをしなくても良いと言われたらどうですか。経営は任せてくれと言われたら。
須田氏:
経営を頑張らないといけない時はそちらに脳のリソースが取られるので、ありがたいかもしれません。
ただ……会社も近々30周年なんですが、これだけやっていると浮き沈みがあって、ピンチのときにエネルギーが出る体質になりましたね。逆境のときにはちょっと違うアドレナリンが出るので、それはそれで面白いんです。ピンチになった瞬間に「どう乗り切ろう」といろいろなことを考え始めて。これは社長をやっているからなんだろうなと。
上田氏:
両方をしっかりやるメリットもあるんですね。
須田氏:
ありますね。全然違う景色が見られますし。それこそ銀行で大きなお金を借り入れする手続きの機会なんて、クリエイターだけやっていたらありません。銀行にスーツを着て行って判子を押して、「この借金を今から俺が背負うんだ……」という状況は。
でもその経験がエネルギーになるんです。これを背負っているからこそ、「自分の会社を守る」とか、「みんなの生活を守る」とか、そういう感覚がどんどん強くなっているので。そこから見た景色、体験したものはちゃんと血となり肉となっていて、それは自分のクリエイティブにもちゃんと影響を及ぼしていますし、及ぼすようにもしています。
上田氏:
ちなみにお尋ねします。これまで受託の案件もオリジナル作品も数多く手がけられていますが、どちらの方が良かったですか。
須田氏:
両方ですね。スタッフの経験値になるのは、原作のある受託ものなんですよ。メカニクスに悩まず、「あるものをどう料理するか」に集中できるので、そこでガッと伸びます。でも、やり過ぎるとオリジナルが作れなくなる反動はある。両方良いところがありますよ。
上田氏:
なるほど。では逆に、オリジナル作品だからこそ得られるものって何なんでしょう。
須田氏:
たとえば今回の『ROMEO IS A DEAD MAN』では、スタート時はコアチームが20人くらいでした。その後、最大で60人くらいに。つまり半分以上が新しく入ってきた、僕らとゲームを作るのが初めてのスタッフで、しかもいろいろなゲーム会社の背景を持った文化圏から来ているんです。
そんな彼らに全体のブリーフィングで『ROMEO IS A DEAD MAN』がどんなゲームなのかを説明しても、最終形が想像できないんですよ。彼らはそういう不安を抱えたまま作っていったんですね。でも、「変なディレクターと1本ゲームを作り、それが世に出たら意外と評価が高かった」という不思議な体験をしたのがメリットなんじゃないでしょうか。
――(笑)。
上田氏:
完成した作品だけでなく、そこに至るまでの経験そのものが、スタッフにとって大きな財産になるんですね。
須田氏:
ええ、なっていると思いますね。制作途中にチーム内でテストプレイをして上がってくるレポートには、いろいろボロクソ書かれているんですよ。でも、最後にできあがったものを自分たちで遊んだときに変化を感じてもらえていたら、結果で示せたかなという気がしています。
──後進の育成や会社の成長という、社長としての課題も全うできたと。
上田氏:
須田さんは今の若い人たちに、どんな人がディレクターになれる、もしくは向いている、と話しますか。今は求められるものが昔より増えていますよね。幅広い知識や技術なのか、それとも何か別の資質なのか。
須田氏:
今ディレクターになれる人……普遍的な像は想像つきません。
上田氏:
企画だけでなく、プログラムなども含めて幅広くいろいろなことができる人なのか、それとも強い意志を持った人なのか。今は昔に比べてディレクターに求められるものが増えている気がします。それなりの責任や重圧を伴う仕事ですから、最終的には情熱や責任感が支えになるんでしょうね。
須田氏:
そのプレッシャーを突破できるのは情熱と、その人なりのプラスアルファな気がしますね。上田さんもゲーム業界に入る前に別の仕事をしていましたよね。そのときの経験って多分大きいと思うんですよ。
僕はゲーム業界に入る前にいろいろな仕事をしていたんですが、それが役に立っています。バッグ屋さんに勤めていたとき、いわゆる百戦錬磨のバイヤーさんたちが仕事相手でした。腕利きのおじさん、おばさんたちに気に入られて買ってもらわなければならないという仕事。それはもうごまかしの利かない人たちが相手でしたから、いかに自分の情熱で信頼してもらうかだったんですよ。
じつはゲーム業界に入ってそれが一番役に立っています。僕のようなどこの馬の骨かもわからない人間が急にディレクターになって『ファイヤープロレスリング』を作り始めても、スタッフは言うことを聞いてくれません。でも、少しずつ心の中に入っていって認めてもらって。それはバイヤーさんたちを相手にしていた頃に比べたら楽なことでした。ディレクター力って、そういうゲームを開発していない部分でも結構差が出ると思うんです。
上田氏:
情熱にプラスアルファするのは言葉かもしれないし、技術力かもしれないし、コーディング能力かもしれないという話ですね。
須田氏:
ええ。ですから、ディレクターは接客業に近いのかなと思います。プログラマー、デザイナー、サウンドなど各セクションのスタッフにいかに気持ち良く仕事をしてもらうか。「この人ともう一度仕事をしたい」と思ってもらえないと、ディレクターって多分務まらないと思うので。

上田氏:
そもそも今は、僕らの頃とはキャリアの考え方もずいぶん違いますよね。昔は「いつか自分でゲームを作りたい」という気持ちからディレクターを目指す人も多かったですが、今は活躍の仕方も多様になっていますから。
須田氏:
若い方にも目指している人はたまにいますが、でも今は作りたければインディーで作れる時代ですからね。インディーのサイズ感ならディレクターになりやすい。
上田氏:
僕らの時代は今のようなインディーゲームの環境がなかったから、自分の考えたゲームを作るには高い開発機材を買う必要があったり、どこかのゲーム会社に入ったりする必要がありましたね。だから自分のアイデアを形にしたいと思ったら、組織の中でそういう立場を目指すしかなかったんです。
須田氏:
でも管理職になることを嫌がる現場の方は多いですね。管理職はやりたくないけど、年齢が上がると現場を自動的に卒業になり、仕方がなく管理職をやっているという人は多いですね。
食べたことのない、新鮮な味を守りたい
――ディレクター観のお話も面白いですね。ディレクションをされるとき、「ここは譲れない」というところはありますか。
須田氏:
僕はリズムですね。自分のゲームの世界に入ってもらうにあたり、中のリズムを心地良くしたり、あえてノイズを入れたり、どうリズムを作るのかを意識しています。音楽でいうと、1枚のアルバムの中の全体のリズムや流れのようなものは意識しています。
上田氏:
僕はあれもこれもという感じで、あまり明確なものがありません。だけど、絶対外せないものがあるとすれば、「新鮮さ」ですね。いろいろなゲームを遊んでいても、少し触っただけで「この味は知っているな」と感じると、その先を続けるモチベーションがなかなか湧かないんです。
コンビニでパッケージを見ると、何となく口の中に味が想像できる弁当ってありますよね。何度も食べたことがあって、店に並んでいるものを見た瞬間に「この味、もういいや」と思うことがよくありました。それを作りたいと思わないんです。でも、「味が想像できないならまずくてもいい」とも思わない。おいしそうで、かつ食べたことがない新鮮な味のようなものは、やっぱり大事にしたいですね。
須田氏:
弁当の例え、めちゃくちゃ面白いです。
――ですが可処分時間を大事にするユーザーは“何々っぽいゲーム”を求めるトレンドがあります。それはおふたりにとってジレンマなんだと思いますが、ユーザーが求める「何々っぽいゲームを作ろう」という誘惑はありませんか。
上田氏:
何となく想像はできるけれど、実際にはまだ知らない味──そういうものじゃないと、手に取ってもらえないんじゃないかと。
――なるほど。ユーザー体験を考えて、ゲームを設計されるんですか。
上田氏:
どちらかというとキーアートやパッケージングの話ですね。メカニクスもそうですが、完成度が高いけどよく使われているネタよりは、ちょっと完成度が下がっても新鮮なネタの方を選ぶという感覚です。
――とはいえ、やっぱり知っている味の方がユーザーは目印にしやすそうです。
上田氏:
もちろん。まったく見たことないゲームだと味が想像できないと思うので、既存のジャンルをちょっと匂わせるなど、そういう工夫は必要ですね。
須田氏:
僕もゲーム内ゲームなどで遊びとして既存の味を食べさせるのは全然面白いと思うんですが、「何々っぽいゲームを作りたい」というのはまったくありませんね。また料理の話になりますが、僕は「エル・ブジ」のスタイルをゲームでいつか実現してみたいなと思っていて。
エル・ブジは昔スペインにあったレストランです。そこは毎年新しいメニューを生み出していた伝説の店。もうまったく、毎年新作なんですよ。今はエル・ブジスタイルと言われていますが、開けたら煙が出たり液体窒素を使って目の前で凍らせたりなど、とにかく料理がアーティスティックで、味もトップクラス。さらに夏の間しかやっていなかったので、本当に予約がまったく取れないお店だったんです。
ただ、突然閉店してなくなっちゃいました。でも、その後に弟子たちが、世界中で自分の店を開き、エル・ブジスタイルが受け継がれているんです。僕もエル・ブジのように、スタイルの発端になりたいですね。エル・ブジのような挑戦をいつまでも続けられるといいなと。
――おふたりのクリエイティブの精神が垣間見えます。
上田氏:
ゲームプレイヤーもそういうものを求めている部分はあると思います。既存のジャンルならSteamを見れば本当にたくさんありますし、完成度の高い作品もいくらでもある。わざわざ同じところを目指さなくてもいいんじゃないか、という気持ちはありますね。
だから、自分は少し変わったものや、新鮮に感じられるものの方に興味が向くんです。ただ、奇をてらっただけの作品もたくさんありますから、全部が新しければいいという話でもない。結局はバランスなんだと思います。
『ワンダと巨像』で言えば、敵と戦うゲーム自体は昔からありましたけど、その戦う方法を少し変えたことが新鮮に映ったのかもしれません。
須田氏:
でも、上田さんのゲームには、上田さんの発明がたくさん詰まっていると思いますよ。
上田氏:
ありがとうございます。
しがみつくアクションなんかはありますけど、あれの完成度が高かったかというと、僕はそうは思っていません。もし『ワンダと巨像』をモチーフに2作目、3作目と作っていたら、もっと洗練されたものになったかもしれない。でも僕は、完成度を上げ続けるより、新鮮なものを作りたいし遊びたいと思ってしまうんです。ただ、今あらためてディレクションするなら見直す部分もありますね。僕が作ったゲームは全部△ボタンがジャンプだったんですけど、今の時代に△ボタンがジャンプなのはどうなんだろう、とか(笑)。
一同:
(笑)
――上田さんの新作は、△ボタンがジャンプにならない可能性も高いわけですね。須田さんは、上田さんの新作をどう見ていますか。
須田氏:
僕は今日、上田さんの新作の新しいニュースをどれだけ引き出せるかが自分のミッションだと思ってここにやってきました。ですから何かちょっとした情報をいただけると……。
上田氏:
ええと、そうですね。……続報をお待ちください。

須田氏:
ですよね。楽しみにしています(笑)。
『ROMEO IS A DEAD MAN(ロミオ・イズ・ア・デッドマン)』は、PC(Steam/Microsoft Store)/PS5/Xbox Series X|S向けに配信中。6月26日からは、Steamのサマーセールに合わせてお得に購入できるほか、アップデートによって『Hotline Miami』のJacketやBikerをはじめとするコスチュームへのチェンジ機能やフォトモードが追加されている。PlayStation 5やXBOX Series X|Sでも予定中。
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