20年間『マリオ64』を研究するTASプレイヤーの素顔と情熱に迫る。グリッチの発見に1000ドルを賭けた過去も


『スーパーマリオ64』(以下、マリオ64)が発売されてから20年近くが経とうとしている。1996年にニンテンドー64向けに発売されたこのタイトルは、当時まだ確立されていなかった3Dアクションゲームの扉を開いたといっても過言ではない。未だ見たことのない広大な世界の魅力に惹かれ、世界で何百万人ものプレイヤーがクッパ城に乗り込んでいった。おそらくpannenkoek2012氏もそのうちのひとりだろう。氏はYouTubeにさまざまなスーパープレイ動画を投稿する、世界で最も有名な『マリオ64』ファンのひとりだ。一般的にTAS(Tool-Assisted Superplay)プレイヤーはツールをタイムアタックに用いることが多い。しかし氏は、ツールをタイムアタックに限定せずに、『マリオ64』そのものの研究に用いているのが興味深い。

 

“頭脳派”スーパープレイヤー

pannenkoek2012氏には『マリオ64』プレイヤーとして華々しい実績を誇るが、なんといっても有名なのが「ゲーム内にある入手不可能なコインを取得した」というエピソードだろう。コース12「ちびでかアイランド」内にある大きな山の登頂部、ワープゾーン近くに配置された“誰も取得したことのないコイン”を見事取得し2014年に脚光を浴びた。そのほかにも「一度もAボタンを押さず羽マリオとして空を飛ぶ」や「スティック操作なしでボムキングを倒す」など達成した偉業は数知れず。ほかにも一見不可能ともいえるタスクを自らに課し、成功してきた過去を持つ。特筆すべき点は、氏はスーパープレイを投稿しながらも、それをゴールとしていないところだ。

「披露することをゴールとしていない」という傾向は投稿する動画を眺めると見て取れる。氏はまずはゲームをプレイしながら仕様を分析していく。そしてその仕様がどのようにプレイに適用できるかを検証し理論を構築する。そして最終的にスーパープレイによってその理論を応用してパフォーマンスをおこなうというわけだ。ゆえに、pannenkoek2012氏はスーパープレイと同じほどの数の分析、検証の動画を投稿している。分析・検証動画はコメンタリーが付いていることが多く、まず理論の提示に始まり、考察をおこない、必ず結論で動画を終える。スーパープレイの映像にも事細かい解説が入っていることは珍しくなく、ゲームのプレイ映像を見ているはずが、どこか論文を読んでいるような不思議な気持ちに陥ることも多々あるところも氏の動画の魅力だ。

the-super-mario-64-lover-keep-to-post-super-videos-why-he-does-so-001pannenkoek2012氏の理論構築のベースとなるのが、グリッチだ。仕様の狭間にある抜け道とも言えるグリッチを見つけ出し、確認する作業に対しては多大な時間を割いている。グリッチなくしてスーパープレイはなく、氏のプレイの礎となっているといっても過言ではない。たとえば、「Simultaneous Events Glitches(同時イベントグリッチ)」はプレイ中もっとも頻繁に用いられているテクニックだ。ステージ内にある木箱を持ち、木箱を投げつける。そして木箱が壁に当たって壊れる瞬間に木箱をまたつかむ。そうすると、ゲームは木箱が壊れたと判定しながらもマリオは透明の木箱をつかんでいる状態となる。このようにゲーム内にある判定を同時におこなうとゲームシステムにほころびが生まれ、新たな隙間が生まれるという流れだ。ほかにもマリオが帽子を取得する時の判定を利用し死亡を回避するなど、ゲーム内にはグリッチが数多く存在する。これらのグリッチの発見することこそが、スーパープレイを生み出す上で重要な要素となっているのはおわかりいただけただろう。

昨年8月、氏がステージ15「チックタッククロック」にてマリオが上の階層へ上昇する現象を再現できるプレイヤーにたいして1000ドルの懸賞金をかけたのは記憶に新しい。これも氏がグリッチの発見にどれほど重要性を置いているかがよくわかる事象のひとつとなっている。それにしてもゲームの仕様の発見に1000ドルをかけるのは、尋常ではないことは間違いない。

 

教える側へ

しかし、最近になってpannenkoek2012氏の身にある変化が起こりつつある。というのも氏は、もう半年ほどスーパープレイ動画の投稿をしていない。では氏は『マリオ64』をプレイしていないのかといえば、そういうわけでもない。実はpannenkoek2012氏はYouTubeにセカンドチャンネルを作り、より分析や検証に焦点をあてた動画を投稿している。崖際に置くことでさまざまなバグを引き起こす「ホルヘイ」の扱い方や、乱数の検証など取り扱う動画は幅広いが、共通しているのはユーザーへ知識を“教授”していることだ。派手な動画で人を惹きつけるパフォーマーから、若い世代へ知識を伝えるとベテランになったかのような印象さえ受ける。

なぜこのような転身をしたのか、そして懸賞の行方はどうなったのか。さまざまな謎を解き明かすためにAUTOMATON編集部はpannenkoek2012氏にお話をうかがった。

pannenkoek2012氏はScott Buchananという名で、フィラデルフィアの大学を卒業したばかりの21歳の青年だと語ってくれた。氏はコンピューターサイエンスを専攻しており、数学とプログラミングを得意としている。学問を通じて得た知識の影響もあってか、ゲームのメカニズムに興味を持つ。その頃にはビデオゲームを遊ぶのみならず、“ビデオゲームの内部”の世界に夢中になっていったのだという。コンピューターサイエンスの知識は数々のグリッチの発見を助け、数学の知識は乱数の計算を助けることとなる。例えば、Aボタンを押さずにステージ15「レインボークルーズ」の虹のかなたの島をクリアする場面では、たびたび足場として必要となるプロペラヘイホーはマップのどの位置から呼び寄せるかなど入念に計算をしていたようだ。

1000ドルを賭けたグリッチの発見にかんしては、数多くの友人の力を借り、総力を賭け再現を尽くしていたが、最終的に失敗に終わったようだ。しかし多くの志願者が現れたことにより、1000ドルを賭けて物を探すことは効果があるのだと感じたとか。氏がグリッチ発見に執着するのは、グリッチを発見しYouTubeで解説するのが自分しかできない“使命”であるからだと語る。そのために日夜ゲーム内部構造をできるだけ深く知ることに尽力しているのだという。

また、pannenkoek2012氏の『スーパーマリオ64』における情熱はどこから湧き上がってくるのかと聞いてみると、“兄のデータ”をプレイさせられていたことが理由であったと話してくれた。幼いころからすでに同作に魅入られていた氏は、広大で自由な世界を満喫していた。しかし、遊べるデータはいつも兄のものだったという。年月が経過し、自らの手ですべてのスターの回収を決意し、すべてのコインとスターを集める。しかしそれでも満足できず、通常のプレイの先を目指しグリッチ探しを始める。しかし知識のない当時の氏にはグリッチを見つけることも活用することも難しかった。それからは普通のプレイを楽しみながらスーパープレイの研究をしていたが、ニンテンドー64のエミュレーターに出会ったことが新たなきっかけだったという。知識と新たなテクノロジーを手にした氏は、ゲームのより奥の世界を知り入手できないコインや透明の壁といったデザインの骨組みを解明し、新たな 『スーパーマリオ64』の世界へと誘われていった。

ちなみに氏にとって最も難しいチャレンジだったのはステージ1「ボムへいのせんじょう」の空にはばたけ はねマリオを、Aボタンを押さずにクリアすることだったと話す。この挑戦には調査に数か月を費やし、実際にプレイし成功させるのも数か月がかかったというものだ。


空中に浮かぶクリボー達、羽帽子を投げようとするマリオなど、グリッチを多用し混沌としたステージとなっているが、無事にクリアできたようだ。

pannenkoek2012氏は普段からあまり多くのゲームを遊ばないと語っており、『スーパーマリオ64』『大乱闘スマッシュブラザーズ DX』『ルイージマンション』『Halo 2』の4作のみが本当に熱中できた作品であり、どのゲームも100%クリアはもちろんのこと、イースターエッグの発見やグリッチの発見など気に入ったタイトルを濃く遊びつくすのがプレイスタイルだと述べる。ほかのマリオ作品に興味を持たないのは、『スーパーマリオ64』はほどよくグリッチやバグが残されているという点があり、遊ぶたびに発見があることが常に新鮮さを与えてくれていると強調している。

そして、“披露する側”から“教える側”へと転換した理由は、スーパープレイ動画の方針の変化にあったようだ。pannenkoek2012氏は単なるスピードクリアには満足できず、Aボタンを押さずにクリアするといったより難解で解析や計算が求められるプレイ動画を投稿し始めた。しかし、内容が難解であるせいで視聴者がついてこられなくなってきていることを痛感したという。そんなユーザーのために、何が起こっているのかを理解できるように解説動画を始め、意外にもこれが好評を呼んでいるのだとか。解説動画は編集にも時間がかかりコメンタリーを付けるなど多くの労力をともなうので、いろいろなものを犠牲にしていると漏らしている。


解説の動画では、ゲームのメカニズムを丁寧に説明している。

最後にpannenkoek2012氏の人生にとって『スーパーマリオ64』とは何であるかと聞いてみたところ、「趣味のひとつだ」と意外にクールな答えが返ってきた。しかし、発売されてからも趣味の中でずっと熱中できる刺激的なものであり、自分を有名にしたという点でもかけがえないものだと語った。『スーパーマリオ64』にはまだまだ解き明かされていない部分があり、これからも自分がそれを解明していきたいという言葉でインタビューを締めてくれた。

pannenkoek2012氏はクールながら、内に秘めているものを抱いている熱い人物であった。氏の動画を見てもわかるとおり、とにかく理論派であり解析や検証を好む学者顔負けの知性派だ。記事内にも書ききれないほどの独自の理論を紹介し、そしてどのように達成するかのヒントも与えてくれたほどだ。スーパープレイを投稿するプレイヤーが皆彼のような理論派であるかはわからないが、スーパープレイを突き詰めるためには時には学問が必要になるのかもしれない。