“まったく同じアイディアのビデオゲーム”を先に発表されてしまった開発スタジオの再挑戦


「アイディア」とは、ビデオゲーム開発のみならず、映画やコミックなどのエンターテイメント、あるいはそれ以外のクリエイティブ性を持つ仕事において、いつか必ず制作者に求められる“奇跡”だ。頭の中で羅列されたさまざまな情報やキーワードが、ある日ふとしたひらめきと共に結合し、新たな概念や仕組みを生み出す。しかし何千分の一、あるいは何万分の一の確率で生まれたはずの「アイディア」が、時として他人とまったく同じものであることはしばしばある。

Tiny Bull Studiosは、イタリアに位置するコアメンバー4人の小さなインディーデベロッパーだ。Tiny Bullは1年以上前から『Blind』というゲームを開発していたが、同作のとそっくりのゲームコンセプトが先にKickstarterで発表され、そちらのほうが国内外のメディアから大きく注目されてしまった。そのゲームの名前は『Perception』。どちらも“盲目の女性”が主人公であり、目で見る代わりに“音の反響”を利用して周囲の状況を確認する、ホラーアドベンチャーゲームである。海外メディアKotakuの取材を通して、当時の様子をTiny Bullが語った。

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「俺たちのゲームじゃないか」

5月27日、Tiny BullのプログラマーがKickstaterでの新プロジェクトサーフィンを楽しんでいると、突如『Perception』が目に飛び込んできた。「おい、このゲーム俺たちのにちょっと似てるな」と、プログラマーはTiny BullのCEOであるMatto Lana氏にメッセージを送った。Lana氏が「いや、これは俺たちのゲームじゃないか」と返答すると、しばらく2人のあいだに沈黙の時間が流れた。

即座に『Perception』の情報はスタジオ内で共有された。Lana氏は『Perception』を見てからの最初の数時間のことを、なにも覚えていないという。ほぼ無名の小さなTiny Bull Studiosとは異なり、『Perception』を開発するThe Deep End Gamesには『BioShock』や『Dead Space』といった有名トリプルA級タイトルを開発してきたメンバーが所属している。

「OK、俺たちは本当に終わったな。彼らは『BioShock』と『Dead Space』を作った。素晴らしい作品ができないわけあるか?」。1年以上開発していたゲームとまったく同じコンセプト、さらに格上とも呼べるThe Deep End Gamesの経歴に、Lana氏は相当な衝撃を受けた。Lana氏は「誰でも“じゃあ今から家に帰れるようだね、素敵な1年半だったよ。楽しかった。多くのことを学んだ”という感じになるだろう」と続ける。1週間半が経過した現在、Lana氏らはようやく落ち着きを取り戻し、今回の件を笑えるまでにはなったという。ほんの少しだけ。

ふたたび前進するTiny Bull

とはいえ、デベロッパーのTiny Bullに諦観が広がるなか、パブリッシャー側はそうはいかない。『Blind』の販売を担当するSurprise Attack Gamesは、5月28日にもYouTube上にティーザートレイラーを公開し、本作が『Perception』のアイディアを盗んだタイトルではないことをアピールした。とはいえ、『Perception』の公式トレイラーがゲームプレイ映像を盛り込んでいるのに対し、『Blind』はまだコンセプトアートを並べた映像しか公表できていない。再生数も『Perception』が40万回以上であるのに対し、『Blind』はたったの1万回再生程度だ(インディーゲームとしては十分注目をされているといえるが)。

しかし落ち着きを取り戻したLana氏も、パブリッシャーと共に前進する道を選ぼうとしている。『Blind』と『Perception』は同じ概念を持っているが、もちろんそれが同じ出来栄えになるとは限らない。それに、あの『BioShock』や『Dead Space』の開発者が“同じアイディアのゲームを作る”ことを決定したのなら、そのアイディアで作品を開発することはきっと正しい道なのだろうと、Lana氏は考えている。Tiny Bullは今年8月、ドイツにて開催される欧州最大のゲームイベントgamescomにて、『Blind』を公開する予定だ。

同じアイディアでも

Lana氏によれば、『Perception』が闇に隠れた恐ろしい存在との逃走劇を描くアクション要素のあるホラーゲームであるのに対し、『Blind』はよりゾワゾワと怖くなるような、明確なホラー作品になるという。『Blind』では探索とパズル要素が強調されている。さらに『Peception』ではKickstarterのストレッチゴールにとどまっているVRのサポートも、『Blind』では最初から対応している。

しかし依然として、「目の見えない女性が音の反響を利用して闇の中を彷徨う」という、アイディアが同じである問題は残る。ゲーム業界において、使い古されたアイディアが“精神的続編”や“あの時代の精神を継ぐ”という名のもとに使われることは多々ある。だが今回『Perception』と『Blind』は、時を同じくして、同時多発的に同じアイディアへと至った。「メトロイドヴァニア」のようにジャンル化した過去のアイディアを使い直すのとは違い、周囲の目はどうしても比較に走ってしまうだろう。

ただLana氏は『Peception』のクリエイティブ・ディレクターBill Gardner氏と接触しており、その場で2人はお互いの立場、そして同じアイディアを同時多発的に思いつくクリエイティブの罠について理解を示しあっている。「クリエイティブ分野の仕事では、こんなことが必ず一度はあるみたいだ」と、Gardner氏は海外メディアKotakuの取材に応えている。

Lana氏は、Tiny Bullが『Perception』を気には留めつつも、ゲームデザインをまったく異なるものにしようとするほどは意識せず、『Blind』の開発を今後も続けてゆくとしている。「彼らが過去に作ったゲームは全部好きだ。だから、(同じアイディアで)別の作品を作る手助けになるんじゃないかと思うね」。『Blind』は、2016年にPC/PS4向けにリリース予定だ。


初代PlayStationやドリームキャスト時代の野心的な作品、2000年代後半の国内フリーゲーム文化に精神を支配されている巨漢ゲーマー。最近はインディーゲームのカタログを眺めたり遊んだりしながら1人ニヤニヤ。ホラージャンルやグロテスクかつ奇妙な表現の作品も好きだが、ノミの心臓なので現実世界の心霊現象には弱い。とにかく心がトキメイたものを追っていくスタイル。