暗号解読ADV『The Wake』Steamにて配信開始&紹介、日本語にも対応。父子の愛憎が織りなす、「読む」行為の狂おしい苦痛

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韓国のインディーゲームクリエイターSomi氏は7月11日、『The Wake: Mourning Father, Mourning Mother』(以下、『The Wake』)をSteamにてPC/Mac向けに配信開始した。価格は520円で、7月18日までは10%オフの468円で購入可能。日本語にも対応している。

本作は、Somi氏が制作した一連の作品「罪悪感3部作」の最後を飾る作品となる。過去には、他人のスマートフォンを暴く強権国家ADV『Replica』や、警部補の意見書提出を通じて法制度の残酷さを描いた推理ADV『Legal Dungeon』などを発表してきたSomi氏。体制と個人の軋轢を描写してきた従来の作品と比べ、『The Wake』は非常にエモーショナルなアドベンチャーとなっている。


物語は、主人公が何らかの事故で昏睡状態に陥ったところから始まる。懸命に声をかける妻と治療を担当する医師は、彼が所持していた「日記帳」の存在に気がつく。そこにはかつて主人公が参列した、祖父の葬儀における3日間が記録されていた。朦朧とする意識を呼び起こすべく、日記に封じられた過去の記憶が徐々に読み解かれる。作中キャラクターの姿は一切登場せず、プレイヤーは一貫してこの日記帳だけに向き合うことになる。

ところがこの「日記」は、名前とは似つかわしくない奇妙なデバイスなのだ。画面の半分を占めるのは、古い駅の案内のような反転フラップ式のインターフェース。ダイヤルを回すとページが進み、パタパタと音を立てて文字が浮かび上がってくる。さらにおかしなことに、日記はある部分まで読み進めるといきなり雑多な文字列に覆われて読めなくなってしまう。実はここに書かれた出来事や心情の一部は、どういうわけか暗号化されて隠されているのだ。伏せられた記述を明らかにするべく、日記に付属するさまざまなツールを使いながら暗号を解読していくことが『The Wake』の主題だ。


はじめは膨大な文字列に圧倒されるかもしれない。しかし暗号を解く手順は、見た目のとっつきにくさより随分シンプルな印象だ。本作で解くことになるのはすべて、アルファベットを一定の法則で置き換えると原文がわかる「換字式暗号」となっている。各章には必ずメモが添えられており、そこで用いられている暗号のルールと「鍵」が与えられる。鍵となる数字や単語をルールに当てはめ、ひとつずつ文字を置き換えていけばおのずと正解にたどり着けるようになっているのだ。

たとえば暗号のルールのうちもっとも単純なものは「シーザー式暗号」。すべてのアルファベットを決まった数だけずらせば元の文章がわかるというものだ。与えられた鍵が「2」の場合、「HCVJGT」という単語を2文字ずつ戻していくことで「FATHER」と読むことができる。すべての文章を紙に書き出す必要はなく、画面上の配線を操作することで自動で文字を置き換えることが可能だ。「H」のコードを「F」のソケットに、「C」のコードを「A」のソケットに……と繰り返し、5文字まで正しく置き換えることができればクリア。あとは自動ですべての文章が開示される。本作で用いられる暗号は古典的なものばかりだが、特に予備知識を備えておく必要はない。ゲームの序盤ではちょっとした漫才も交えながら解法のチュートリアルをしてくれるため、解き方の基本自体はスムーズに習得することができるだろう。

定規のような補助ツール「スライド式暗号機」。鍵となる数だけ中の字をずらすことでシーザー式暗号を楽に解ける。


ここまで聞いて、おやと思った読者もいるかもしれない。一般的にゲームの暗号と聞いて期待するものは、鮮やかな発想の転換、閃いたときに爽快感を与えてくれるような謎だろう。『The Wake』の暗号はそうした瑞々しいパズルとは対極にあるともいえる。何せ本作に登場する暗号のルールはせいぜい3つしかない。いずれも「決まった数だけ文字をずらす」「指定された単語に含まれる文字だけ入れ替える」「付録の表に対応するように文字を置き換える」といった単純なものばかりだ。章が進むにつれ、少しずつ鍵の提示が遠回しにはなっていくものの、大抵はヒントとして指定されたページをよく読み、少し頭を使えばすぐに答えがわかるものとなっている。いってみれば『The Wake』の暗号を解くのは、難しいことではない。

本作のプレイで圧倒的な時間を占めるのは、むしろ「解法が分かってから」の作業だ。スライド式暗号機や別紙の置換表を見比べながら、1文字ずつアルファベットを入れ替えていく。Dの配線をAのソケットへ、Eの配線をBのソケットへ。間違ったときにわかりやすく点滅したり、痛そうな音がしたり、そんな演出は一切ない。ひとつずつ慎重に置き換えて、無事にランプが灯ればひとまず成功。音沙汰なければ、どうやら何かが間違っているらしい。コードを挿すときにどれか1本間違えただろうか。いや、それとも置き換えリストの見る位置を間違えたか? ひとつひとつ検証しながら、いたずらに時間が過ぎていく。まるで今どき紙と鉛筆で数独を解いているようなもどかしさだ。これこそ天職というプレイヤーも中にはいようが、人によっては地獄の苦行ともなりうる。


『The Wake』において「読む」という行為は、かくも摩擦をはらんだ苦しい営みなのだ。幸いにも識字率に恵まれて生まれた我々は、毎日を大量の文章に囲まれて暮らしている。読む行為を行為とも思わず、広告を流し見、SNSの投稿を掻い摘みながら日々を過ごす。だが本作において文章を読むということは、暗く地道で執念深い作業だ。ひとつ、またひとつと文字を置き換えながら、果たしてこれで正しいのかも判然としないまま意味を求め続ける。本作の暗号は「解かれるべき謎」ではない。曖昧たる「不明」の中を手探りで進んでいく、どうしようもない焦燥感が常につきまとっている。現代においてはあまりに軽くなった「読む」という行為に、あえてふたたび「重さ」を付与しようという試みが『The Wake』では展開されているのだ。

畢竟、それは物語の主題とも重なってくる。日記帳に書かれているのは、かつて母を捨てた父に対する主人公の鬱屈とした感情だ。貧困の中で育ち、母への罪悪感を背負い、父への怨恨を捨てられずにいる男。今や独り立ちして家庭をもつようになってなお、彼は過去を断ち切ることができずにいる。あまりに憎く、しかし憎みきることもできない。忘れたい出来事や認めたくない感情がないまぜとなり、日記帳にはこじれた本音が封じられている。それはピースをはめれば綺麗に完成するパズルとはかけ離れた物語だ。欠落と余剰にまみれた彼の独白は、何かひとつの閃きさえあれば解決できるようなものではない。ただ茫漠たる時間をかけて少しずつ解きほぐしていくほか、主人公が記憶と向き合う手段はないのだ。『The Wake』の暗号の気長な粘着性は、彼が背負った問題の途方もない屈折をそのまま反映している。


「暗号を解くゲーム」と聞いて思い浮かぶ明快さとはかけ離れた、息苦しさとやるせなさに満ちた『The Wake』。本作はインタラクティブな小説といった方が適しているかもしれない。それはデジタルなツールだけで、手首が痛むほどに重たい本を再現しようという試みだ。そう考えれば本作で、文字ひとつ表示するのにもパタパタと大仰なアナログ標示板が用いられているのも合点がいくかもしれない。文章が「読めた瞬間」よりも「読む行為・その過程」に意味を与えて昇華した点が、本作の白眉といえるだろう。

『The Wake』はSteamにて、PC/Mac向けに配信中だ。価格は520円で、日本語にも対応。また年内にはNintendo Switch版が発売されることをIGNが報じている。

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