チートと仕様の境界


よく「チート」なる単語を目にします。使われ方があまりにも漠然としたバズワード化が進んでいるようにも感じられますが、本来であればそれなりに明確な基準を持った用語です。

なぜチートをしてはならないのか、という議論についてはここではひとまず差し置きます。きわめて根の深い問題ではありますが、一側面については弊誌『ゲーム改造ツールと、ゲーム改造という行為。そしてその利用者が果たすべき義務』 をご参照ください。

ここでは「チート」についてまずその定義をはっきりとさせつつ、混同・誤用されがちなパターンをいくつか例示します。行為の正当性や正悪などは一切考慮しません。

 

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[定義]ゲーム機器に備え付けられた入力装置以外でゲームに介入すること

 

ゲーム機に付属しているボタン、センサー類などすべての入力行為はチートではありません。その中にはリセットボタンや電源ボタンも含まれます。たとえば、古典的なセーブデータ破壊である「セーブ中に電源遮断」系のプレイはチートではありません。

逆説的に言えば、この1点のみがチートと仕様を明確に区分するラインです。ここを逸脱する行為であれば、ハードウェア・ソフトウェアを問わずチートと断定できます。いわゆる改造ツールの使用もこれに該当し、チートと判断できます。

「チート」といえば特定のメモリ・バイナリの値などを意図的に変更する行為であると考えられがちですが、その認識では誤解が発生する場合があります。プログラムとしてのゲームは、必ずしも予期される仕様通りの挙動をみせるとはかぎりません。コントローラーと少々のリセットボタンや電源ボタンを駆使すれば、ピンポイントで望みのデータを作成できる可能性は0ではありません。

とはいえ、それはどちらかといえば昔の話。現在ではセーブデータ等の誤り検出が堅牢になっているものがほとんどです。また、クリティカルな状態が発生しうるシチュエーションではそもそもリセットや電源ボタンへシステム的にアクセスできなくしている場合がほとんどです。ようするに『モンスターハンター4』で、望みの装備とスキルをたいして狩猟行為もせず実現するのは至難だということです。

まとめると、チートは本来「ゲーム機に存在していない入力装置を使いゲームに影響を与える行為」ということになります。

では、チートではないのに「チート」と”誤用”されるケースは何か。いくつかパターンを挙げてみましょう。

 

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[誤用] ゲームに内在するバランスを崩しかねない仕様 = チート

 

一番よく見かけるといえるであろう誤用です。ゲームの仕様であれば、それはいかなる内容であれチートではありえません。『FF3』のたまねぎ剣士のレベル99オニオンソード、『スパイクアウト』の永久パターン”イカサマ”、『アトリエ』シリーズの練りに練りまくった攻撃アイテム、無印『ストリートファイター2』の各種ハメ技、『Battlefield』シリーズなど大人数 FPS での組織だったプレイング、AC『北斗の拳』のブーストゲージの存在そのもの、例を挙げていけばきりがありません。いずれも当然チートではありません。

とくにゲームが発売したてで分析や解析が進んでいない状況では、この誤用が蔓延しがちです。えてして「黎明期の強キャラは後で微妙になる」ものなのですが、ここではそんなことを説いたりはしません。

なお、”Cheatish”を「チートしているように上手い・強力」と使う事例もあるそうですが(現実に使っている方をゲーム内で見かけたことがないので伝聞形)、この誤用はその意味に近いでしょう。しかし、本来であれば邪道の意味合いを濃く持つ言葉を多義語として用いるのは望ましくありません。

 


[誤用] ゲームに「チート」と表現されているオプション機能 = チート

 

洋ゲーによくあるケースです。オプション項目を開いてちょいちょいといじくれば強力なキャラクターのできあがり、そういった類の補助機能を指します。これが非常に厄介です。なにしろオフィシャルに「チート」と言い切ってしまっているのですから。

言葉の意味までさかのぼれば、たしかに”Cheat”そのものであり、ゲームの面白さをスポイルするものであることには間違いありません。ただし、その存在はゲームの楽しみ方の多様性を持たせるために生まれたものであり、絶対悪ではありえません。つまり、こうした仕様は「チート機能」とでも呼ぶべきものです。やはりチートではありません。

 


[誤用] ゲームのバグを利用したプレイ = チート

 

ゲームの仕様です。仕様書通りすべてが動作するならば世の中の苦労もいくらか低減するというものですが、悲しいかなそれは現実的ではありません。ゲームにはバグ、あるいは開発者の想定外の仕様がほぼ確実に入り込んでしまっています。それを突くも突かぬもプレイヤーの自由です。

また、どの段階で露見するにせよ、バグがあるからこそ作品が高度に昇華されるケースも多々あります。『ストリートファイター2』のキャンセル技が最たる例でしょう。むしろ「あのバグ(のような仕様)がなかったら辛かった」というゲームすらいくつか思いつきます。

ただし、この発想はチートではありませんが現代のゲームではやや危険です。マルチプレイを実装したタイトルを中心に、積極的にバグを使ったプレイングを禁止しているケースが散見されます。自らの不備の責任を利用者に転嫁する態度の是非はともかく、ルールはルールです。マナーではありません。きちんと規約を熟読しましょう。

 


[誤用] TAS = チート

 

TAS(Tool-Assisted-Speedrun)はチートではありません。TAS とは何かについては、筆者が以前書いた記事をご参照ください。ようするに、エミュレータのステートセーブ機能やメモリ参照、フレーム単位での入力を駆使して理想的なプレイを追い求めるというものです。

エミュレータを使っている時点でチートの定義に引っかかりそうですが、そもそも過去作品のアーカイブ的なタイトルはほとんどエミュレーションです。エミュレータを使っているというだけでは「ゲームに外部から介入している」ということにはなりません。ただし、エミュレータが実機自体を確実に再現できているかという問題は別にあります。

ともあれ、TAS は視覚的に異常なものがほとんどですがチートではありません。正確な意味でのチートを使用した場合はそれを明示するのが TAS 製作のルールであり、大手投稿サイト TASVideos にレギュレーションがきっちりと明示されています。検証にエミュレータを経由でのチートを行うことは多々あるものの、本番では許されません。

ただし、これは「エミュレータを使った同名の別ゲーム」であるからこそ成立する倫理です。根本的にエミュレータと実機は異なります。また、コントローラーの形状上不可能な入力をする点(左右同時押しをはじめ、おそらくボタンの構造上至難であろう1フレーム毎の入力など)からも、別物であることがわかります。言うまでもありませんがスクリプトを使ったプレイなどは、もし何かを介して実機で同様の行為に走れば当然チートとみなされます。

TAS がチートでないのは、「理論的に人力で再現可能だから」というよりは、むしろ「エミュレータ上で構築された学術・芸術作品だから」であると筆者は考えます。別の世界なのです。

 

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以上4点は明確にチートでないものです。しかし残念なことに「微妙なライン」に立っている、はざまのプレイングがあります。それらをチートと定義するかどうかは、運営者やコミュニティの判断を仰がざるをえません。そういう厄介者は以下のとおり。

 


[微妙] 連射コントローラ

 

伝統と格式の邪法です。一種のハードウェアチートと呼べるでしょう。問題は「あまりにも馴染み過ぎた」という点につきます。高橋名人はいうに及ばず、いまや本格的ゲーマーなら知らないはずがない Mad Catz 製のアーケードスティックにすらついている機能です。

連射は程度の差はあれ、まず人力では再現できないものです。瞬間的に爆発的な連打をすることはできるかもしれませんが、フレーム刻みの精密な入力となるとほぼありえません。

ここで重要になるのが上記「コミュニティの判断」です。ご禁制扱いを受けていないだけで厳密にはサードパーティー製のアーケードスティックを使う時点でアンオフィシャルとも考えられます。しかし、一般「常識」として格闘ゲームならばアーケードスティックを使いますし、それに連射機能がつくことも現代のゲーム関連商品の「常識」です。

他の「常識」の例を挙げるならば、チャット機能などにUSBキーボードの接続などを許可しているタイトルでは、USBポートの先に何が刺さっていても知る由もなく、それを探る意味もあまりありません。

ゲームをプレイするにあたり、言葉本来での意味でのチートは論外です。しかし、中には「常識」と混ざり合っている箇所があることも否めません。こうしたデバイスを使ってのプレイがチートにあたるか否かは、結局使い手とコミュニティが定義するしかないのです。

 


[微妙] マクロ入力

 

一昔前であれば完全にチート扱いだったのですが、昨今の事情は少々厄介です。なぜかというと、大手メーカーのマウスやキーボードにマクロ機能が搭載された商品が多数あるからです。ハードウェアの設計としては「プレイヤーに楽をさせる」というコンセプトがほとんどですが、これは語義はともかく思想としてチートとほぼ同一です。

連射機能つきアーケードスティックの論理を延長させれば、これもまた可となるかもしれませんが、今のところ歴史はそこまで深くありません。利用するとしても、「いったい自分がこのマクロ機能を使うことでどういう影響があるだろう」と自問するくらいの倫理観が求められるでしょう。

また、PCプラットフォームの作品ではマクロ入力自体を利用規約で禁止しているケースはしばしばあります。もしそう規定されているゲームでマクロを使えば、どう言い繕ってもチーター扱いされるでしょう。

極めて黒に近い灰色、それがマクロ入力です。

 


[微妙] クリエイターが絶対に制御しえない行為

 

ゲーム製作者が遊び方を”指導”するにしろプレイヤーに投げるにしろ、実質的にできることは「ゲームを創ること」までです。

少々抽象的なので例を挙げます。とある対戦格闘ゲームにて「即死するバグ技を食らった際、長い演出中に相手側の台へ行きボタンを押して脱出する」という事態がありました。これはそもそも使われたのが禁じ手であったこと、しかしながら”なんでもありルール”だったこと、また状況が面白すぎたことなどから特別問題視されませんでしたが、ゲームの仕様そのものを問う事例です。

「対戦相手のコンパネのボタンを押さない」というのは「常識」過ぎて誰も注意しませんが、ゆえに「仕様」の定義がゆらぎます。一般常識と仕様を照合して黒白を判断するのは極めて危険ですが、こうしたケースではそうせざるをえません。

また、最近ではペナルティの実装が普及して一段落ついていますが対戦ゲームの回線抜き行為もこれに類します。ゲームの仕様とは、ソフトとハードが正常に動作することを前提としています。

リセットボタンも電源ボタンも、きちんと創造主の意図通りに(一部想定外でも)動作するからこそゲームは娯楽たりえます。そこを意図的に破壊する行為、回線抜きをはじめACアダプタ抜き、極端にいくとゲームハードにグーパンチを入れてのフリーズ誘発などは、チートではないかもしれませんが推奨されなくて当然です。とはいえ、ファミコンカセットの半刺しやコンセントと放熱したACアダプタに特別な想い出があるゲーマーが多いことも確かでしょうが……。

 


以上、チートの定義と、チートでないもの、微妙なものについてご紹介しました。抜け漏れがあるかもしれませんが、世の「チート」の過半くらいはこれで説明がつくのではないでしょうか。

繰り返しますが、チートの是非はここでは問いません。どうしてもやりたくてやりたくてたまらない、このままでは命にかかわる、というのならチートするのもよいでしょう。熱心なゲームファンから侮蔑の眼差しを向けられたり、AD9999年まで BAN されたり、消えない「チーター」の称号をアカウントに紐付けられたりする覚悟をした上で、ということになりますが。

最後に、お約束の動画をご紹介しておきます。

 

 

(写真: GATAG)