裏家業を営む青年と居場所のない少女たちの旅を描くアドベンチャーゲーム『飢えた子羊』の日本語吹き替えアップデートが配信された。日本語吹き替え版では、主人公の1人ともいえる少女「満穂(まんすい)」のキャラクターボイスを声優の釘宮理恵氏が担当する。Steamユーザーレビューで「圧倒的に好評」ステータスを獲得した本作が、日本語音声に対応することに注目している人もいるのではないか。パブリッシャーである2P Gamesから提供された日本語吹き替え版をもとに、この記事ではゲーム内容を紹介しよう。ストーリーの核部分のネタバレは伏せている。
なお、本作は10月29日まで25%オフの900円で購入可能である。現在Nintendo Switch版も開発中のことだ。
前提知識なしで17世紀の中国に浸れる世界観
本作の舞台は17世紀の中国だ。明朝末期の中国は戦乱と飢饉に見舞われており、貧しい人々にとっては容赦のない時代でストーリーが展開される。主人公の青年である良(りょう)もまた、混乱の最中に起きたとある事件で家族を失ってしまった。天涯孤独の身になった良は生きるために盗賊になり、場合によっては人を殺すこともためらわない。
裏稼業に染まった良のもとに、新たな依頼が舞い込む。その依頼内容は人身売買の運び屋となることだった。4人の少女を遠方に送り届けることで、多額の報酬を得ることができる。目的地までは徒歩で約1か月かかる大仕事だが、主人公はこの依頼を引き受けることを決めた。主人公は盗賊仲間の舌(ぜつ)と協力し、逃げ出さないように4人の少女を監視しながら道を進んでいく。
作品名にも登場する「飢えた子羊」とは良が連れて行く4人の少女のことであり、彼女たちは自分が売られたことを知っている。顔も知らない男のところへ送られることを受け入れつつも、家族のことが忘れられない。そうした健気で切ない少女たちの思いを本作は描き出す。テキスト主体のアドベンチャーゲームである本作の文章は緻密に練られており、歴史を知らなくても17世紀の中国の世界に浸ることが可能だ。人身売買という刺激的なテーマを扱いつつも、それがまかり通る時代背景を本作は真摯に表現している。
盗賊の主人公と売られた主人公が交流するキャラクター描写
少女たちと接することで荒みきった主人公が、変わっていくのも面白い。逃亡を未然に防ぐために厳しい口調で少女と話す良だが、生来の悪人というわけではない。旅を続けるうちに少女たちと親しくなり、多額の報酬が約束された今回の人身売買にも疑問を持つようになる。とはいえ、一度引き受けてしまった依頼を放り出せば自分の命が危ない。数年間にわたってコンビを組んできた舌にさえ、主人公の良は本心を明かすことができない。
そうした良の支えとなるのが、「満穂(まんすい)」を名乗る少女だ。満穂は売られた4人の少女の1人で、とある出来事をきっかけに良と秘密の協力関係を築くようになる。キャラクターボイスを声優の釘宮理恵が担当する満穂は、本作のもう1人の主人公といっていいだろう。良と満穂は家族を亡くしたという共通点を持っており、2人の交流がストーリーに大きく関わってくる。
満穂は年上の良に対しても動じない。良のことを「良様」と呼んで慕ってくれる素振りを見せつつも、ときには冗談めいた軽口で良を翻弄する。その一方で、機転の利く性格や頭の良さを随所に見せる満穂は、ほかの少女とは異なる謎めいた存在だ。影絵劇を得意とする満穂は夜になると、良に「三国志」の演目を教えてくれる。どうやって影絵劇を覚えたのかも当初は良に詳しく語ろうとはしない。その謎めいた雰囲気がどこから来るのかを解き明かすことも、本作のストーリーの見どころとなっている。
現在、過去、未来が結びつくストーリー
現在、過去、未来が密接につながるストーリーは完成度が高い。良と満穂の交流が育まれる現代パートの随所で、2人の過去を解き明かす回想パートが挿入されていく。ずっと良がメインの現代パートとは異なり、満穂がメインの回想パートも存在する。戦乱や飢饉に見舞われた世界を舞台にしているだけに2人の過去は壮絶なものだ。
ネタバレを避けるために詳細には記述しないが、満穂の過去はとりわけひどい。飢饉に見舞われた人間が、極限的な状況が続くなかでどうなってしまうのか。その地獄が繊細な文章で淡々と明かされていく。過度な表現に頼っていないところは、本作の美点だ。そのぶん確かなリアリティをプレイヤーに感じさせる。過去を振り返る回想パートを読めば、満穂の年相応とはいえない振る舞いをより深く理解できるようになった。
本作はマルチエンディングを採用したアドベンチャーゲームだ。ストーリーの要所で登場する選択肢をプレイヤーが選ぶことによって、異なる結末を迎える。死に直結するバッドエンディングも存在するが、フローチャート機能が搭載されているため間違えた選択肢に戻ることは容易だ。トゥルーエンディングに至るのは、難しくない。すべてのエンディングを見るまでにかかる時間は約10時間といったところだ。
家族もいない、誇れる自分もいない、しかし、現在の良と満穂に辛い過去を共感できる相手がそばにいる。運命的ともいえる2人がどのように考えて現在を生きていくのか。そして未来は何が待ち受けているのか。その行く末を体験できる上質なストーリーは進めば進むほど、目が離せなくなった。過去を変えることはできないが、現在で正しい選択肢を選ぶことで未来につながる。2人をより良い未来にたどり着かせたい、そう思わせる力を持ったストーリーだ。とにかく関係性の変化が尊い。
ストーリーへの没入感を高める日本語吹き替え
回想パートは残酷で凄惨というべきものになっているが、長くなりすぎないことでなんとか読み進めていくことができる。現代パートに戻ってきたあとに、満穂が良に軽口を叩いてくれるのは一種の清涼剤だ。不器用だが根は素直な良と、年上の良に物怖じしない満穂のやり取りは実に爽やかで、プレイヤーがストーリーを読み進める助けとなっている。
日本語のキャラクターボイスが、ストーリーへの没入感を高めているのは確かな事実だろう。質の高い日本語翻訳と合わせて、本作がまるで最初から日本語で作られたかのような自然な表現になっている。釘宮理恵氏が演じる満穂はテキストのイメージに合致しているし、序盤は謎めいた雰囲気を漂わせながらストーリーが進めば進むほど感情を爆発させる場面が増えていく。満穂のほかにもさまざまなキャラクターにボイスが付けられているが、良だけはキャラクターボイスがない。テキストアドベンチャーにおける主人公はプレイヤーの分身ともいえるので、ボイスがなくてもそこまで違和感はなかった。
『飢えた子羊』は、テキスト主体のアドベンチャーゲームに必要なそれぞれの要素が丁寧に作られたクオリティの高い作品だ。17世紀の中国を舞台にした世界観や人身売買の運び屋となるストーリーは、国内の多くの人にとって刺激的で新鮮なものになるだろう。刺激的なだけでなく、辛すぎる過去をもつ良と満穂の2人の関係性が丁寧に描かれるのも本作の魅力となっている。日本語吹き替えに対応する今だからこそ、『飢えた子羊』は国内のプレイヤーにもおすすめできる珠玉の作品となった。
『飢えた子羊』はPC(Steam)向けに配信中。価格は1200円(税込)。2024年10月23日に 日本語吹き替えに対応し、10月29日まで25%オフの900円で購入可能である。Nintendo Switch版も開発中のことだ。