時代が進むにつれて、ゲームという文化に親しむ、そして業界に携わる女性が増加してきた。しかし、一部では未だ根強く性差別が存在するようだ。海外メディアKotakuは8月9日に「Inside The Culture Of Sexism At Riot Games(Riot Gamesでの性差別文化の内情)」と題したレポート記事を公開した。記事内では、Riot Games(以下、Riot)の社内文化に存在する性差別について、多くの元社員および現社員から実経験を取材している。『リーグ・オブ・レジェンド(LoL)』の1タイトルのみで巨大企業に成り上がったRiotではあるが、その急速な成長は数年前から社内にさまざまな歪みをもたらしていたようだ。
社内文化の問題点
記事内では、女性社員が受けたさまざまな差別行為が淡々と紹介されている。会議で同じアイディアを提示しても、女性だと受けが悪いのに男性だと高い評価が受けられる。会議中の発言を男性に大声で遮られる。女性の採用面接では執拗に好きなゲームについて聞かれ、コアゲーマー好みのジャンル以外のゲームが好きだと答えると嫌な顔をされる。チーム内のさまざまなコミュニケーションで女性の存在が軽視され、女性に対するセクハラワードが飛び交う。女性であるマネージャーよりも実務経験が少ない男性が、それを飛び越して昇進する、といった報告だ。こういった差別行為に傷つき疲れ果てた末に、Riotを退社した女性も少なくない。差別を受けても在籍を続ける女性もいるが、彼らが訴えるのは「キャリアが絶たれるのが怖くて今まで何も言えなかった」もしくは「ジェンダーについての意見は全て無視されてきた」のどちらかだ。
こうした性差別はRiotだけでなく、ゲームやITといった技術分野の企業には共通した傾向だという。特にMOBA(マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ)ジャンルを遊ぶプレイヤーの男女比率に関しては、男性プレイヤーが9割を占めるという統計結果があり、『LoL』もプレイヤー人口の9割前後が男性であるとされている。Riotは「共通言語を持たない人間同士でのコミュニケーション齟齬を避けたい」として、開発部門以外でも『LoL』に親しんでいる人間を優先して雇用する傾向にある。すなわち全体的にもともとの採用候補者の男女比率が偏っているということになる。また男性社員が持つ「コアゲーマー像」はFPSやMOBAといったジャンルをエリート視し、女性ゲーマーを「ゲーマーとしての育ちが水準に達していない」として差別する価値観が確かに存在するともKotakuは主張している。こういった男性ゲーマーの先入観も、Riotで女性が差別されやすい要因となっているようだ。
女性の採用や昇進を阻む要因は、社内文化にある「bro culture(男性たちが兄弟のように親しくする文化) 」「実績主義」「フィードバック文化」の三つが絡み合っているという。男性たちは共通のメンタリティを持っているという前提のもと、お互いに肩を叩き合い大声で物事を誇張しながら仕事を進めていく傾向にあり、そういった人間が成功しているRiotの中では、同質の人間の成果が評価されて出世につながっていく。Riotはゲーマーかつ能力のある人間であれば誰でも歓迎し評価するという姿勢を求人広告で打ち出しているが、実際には「bro cultureの中でうまく泳いでいける人間」のみが評価されるという不公平な様相がここにある。うまくやっていけない人間(主に女性)はプラスのフィードバックサイクルの中に入っていけない。男性であっても「仲間はずれ」になってしまえば、上への道は閉ざされてしまうのだ。「Riotは社員の待遇を実力主義だと言うけれど、特権が幅を利かせている」「採用候補者の多くは結果的に性的嗜好ストレート・白人・男性といった人間が大半を占める」という社員の言葉は苦い。
現社員らも「記事の内容に驚かなかった」
レポート記事の公開後、現社員を含む多数の関係者が内容についてSNSで言及した(有志による初期の反応まとめ)。多くの反応は「記事の内容には特に驚かないが、起こっている問題には対処していかねばならない」というものだ。現役の女性社員の反応には「自分はこうした差別を経験しなかったが、そういうケースがあることは知っていた」というものもあった。Riotの女性社員全てが差別を受けているわけではなく、受ける女性と受けない女性が存在する不公平もあるのだ。
企業クチコミサービス「Glassdoor」に掲載されているRiotの匿名レビューには、女性社員の待遇について大きな批判を行うものが少なくない。「ここはボーイズクラブ。政治的な職場です。お互いの粗探しが盛んで何も前に進まない。リーダーシップもない。人事担当部署はジョーク。女性ならここで働くのはオススメしません」と書いているのは、2017年11月の匿名レビューだ。つい最近となる2018年6月付の匿名レビューでも、本社最高幹部に占める女性比率の極端な低さと蔓延する性差別、女性に対する待遇の悪さが非難されている。匿名ユーザーによる意見ではあるが、一連の糾弾の裏付けにもなるだろう。
Riot Gamesの反応は緩慢か着実か
レポート記事発表当日、Redditには議論スレッドが立ち多くの意見がかわされた。その中にはRiot社員による公式投稿もあったが、 内容は記事で糾弾された社内文化や採用基準、多様性への取り組みについて現状の「Riotの姿勢」を看板通りに説明しただけで、衝撃的な告発に対する十分な回答とは言えないだろう。 1000ちかくものdownvote(不評)数を獲得してしまっていることから、多くのユーザーの反発を招いているのは明らかだ。
そもそもRiotが性差別問題を真剣に捉え始めたのもごく近年のことであるようだ。「多様性と包摂性(D&I)」と題したページが公式にできたのはごく最近の今年5月であるとKotaku記事に記述されている。またKotakuが取材を開始した昨年末には、こういった話題に対するRiotの反応は鈍かったともある。Riotの最高幹部23名のうち2名が女性になったのは今年6月のことで、先に幹部に就任していた女性であるOkusana Kubushyna氏が約9か月前に働きかけたことで実現したそうである。
そんな中でRiot公式Twitterは8月11日、ようやく問題に言及した。
To listen, we have to be quiet. You haven’t heard from us, because we’re focused on listening and supporting internally. In the weeks and months ahead, we’ll share the immediate and long-term actions we’re taking to enact real change for women at Riot.
— Riot Games (@riotgames) August 11, 2018
Kotakuの取材を受けたというJessie Perlo氏はTwitterにて「仕返しや訴訟ではなく、これこそ私たちが求めていたもの。社内で問題を話そうとしたけれど、会社も上司も、直接の影響が出てくるまで多様性と包摂性の問題を優先してこなかった。だから私たちは団結して公表した。Riotに理由を与えるために」と反応している。
また今月より『LoL』のLead DesignerからHead of Creativce Developmentに昇格したRiot社員Greg “Ghostcrawler” Street氏は、ユーザーからの要望に応え、8月16日に個人サイトで今回の問題に言及した。氏はこれまでのキャリアの中で差別や嫌がらせを断固として認めてこなかった姿勢を示しつつも、「女性たち自身の声に耳を傾けなければならない」としている。
表層と深層に根を張る性差別
Kotakuに取材を申し込まれたものの断ったという元社員Meagan Marie氏は、Kotakuによる記事の公開後に自身の体験を告白した。この中で興味深いのは、ゲーム内の表現をめぐるジェンダー差別のエピソードだ。当時(2014年)、『LoL』に登場する男性キャラクターが体型や年齢に関して多様な表現をなされているのに対し、女性キャラクターが一様にセックスアピールに傾倒し多様性に欠けていると感じていたとMarie氏は語る。公開の場でCEOに意見する機会を得た氏は「太った女性キャラクターの実装はあるか」と疑問をぶつけた。しかし結果は「プレイヤーが望むものを作っていく」という、残念な回答であった。彼女がさらにショックを受けたのはその後の、複数の男性同僚との会話だった。「女性は魅力的でないキャラクターをプレイしたがらない。美しいものを求めている」「魅力に欠けるキャラクターを求めるのはなぜか」「誰もそんなものを望まない」という会話を繰り返したという。前述の通りMOBAや『LoL』においては男性のプレイヤー人口比が圧倒的であるため、「魅力的でない=セックスアピールに欠ける女性キャラクター」を実装しても売上が上がりにくいという事情を推察することはできる。
ゲーム内のコミュニケーションにおいても女性は被差別側になることが多いとKotakuは述べる。『LoL』では、ゲーム中にて他プレイヤーとコミュニケーションを取ることが前提となっている。試合中もチームメイトとチャットで戦略を話し合い、助け合って勝利を目指すことが推奨されている。しかし、これらのコミュニケーション手段が他者への嫌がらせに使われることもある。過去には女性の有名配信者に対して複数の脅迫事件を起こしたプレイヤーが逮捕された例もあった。ゲーム中にて嫌な思いをした新規プレイヤーはゲームそのものを辞めてしまう確率が非常に高いこともあって、Riotはゲーム内コミュニケーションにおける差別発言への処罰を強化している。
また、社内においてもひとたび問題が明らかになれば処断は速いようだ。ESPNの報道によれば、今年6月に起こった男性社員の解雇はセクハラが原因だという。ただやはり、表に出ないことにはこうした動きも起こらない。コミュニティでのKotaku記事への反応の中には「ここに書いてある女性の話は全てウソ」と決めつける極端なものも存在した。一部に存在する不信が時間をかけて堆積。問題の根は深く、葉は大きく茂ってしまったというのが現状なのだろう。
技術的負債を乗り越えられるか
そもそもRiotの設立は2006年にさかのぼる。Marc Merrill氏とBrandon Beck氏の2人は、既存のオンライン対戦ゲームにおけるバランス調整ペースやユーザーのフィードバックへの対応に不満を持ったことがきっかけで「真にゲーマーのためのオンライン対戦ゲームを作る」ことを志して会社を設立した。彼らと社員が作り上げた『LoL』というゲームは急速に成長し、今や世界最大規模のプレイヤー数を誇るオンラインゲームとなっている。頻繁なアップデート、コミュニティに開かれた開発姿勢、優れたコンテンツの数々……彼らが成し遂げ、今も実践し続けている『LoL』の開発運営姿勢がその後のゲームに与えた影響は、とてつもなく大きい。
ただ、『LoL』に関わる人口が増えるにつれ、多くの側面で規模拡大に伴うきしみが起き続けている。ゲームの急速な発展にともなって大きくなったRiotという企業や『LoL』そのものに生じたさまざまな歪みは、外部から見て取ることができる。もともとコアゲーマー向けを標榜していた『LoL』だったが、ヒットにともなう新規ユーザーの流入によってライト層が大きく増加したため、コンテンツ開発やユーザーとのコミュニケーションは常に適応と改善を求められている。プレイヤー人口の増加に応じてゲームサーバーやシステム面では随時増築的な規模拡大が続き、大規模な新規システムの導入が難しくなっている(新競技モード「Clash」はこのため多くの地域でローンチに失敗した)。e-Sports観戦人口の増加にともなって市場とビジネス規模が拡大し、プロ選手・チーム・運営・ファンの関わりには新たな問題が立ち現れ続けている。こうした歪みの極致は、NA LCS(北米公式プロリーグ)に関する不祥事とそれにまつわる公式裁定件数が最多であった2016年や、プレシーズン終了後も続く大規模なゲームシステム変更に対して現在進行形で不満が噴出し続けている2018年といったものだろう。
Kotakuの取材を受けたある社員は記事内で「これは組織の“技術的負債”だと思う」と問題を表現した。組織(システム)の拡大を見込んだ設計をしていなかったため、そのツケを払い続けている状態であるという。同記事によれば、現在Riot社内で率先して性差別について改善の努力を行っているのは、プラットフォーム部門最高責任者のOksana Kubushyna氏と、社内D&I推進の主導者であるSoha El-Sabaawi氏の2名とのことである。今回の報道でRiotに存在する性差別の内情を知り、何よりも悲しんだのは「Riot社員」にあこがれてきた社外のユーザーたちだ。Riotで好きなゲームのために働くことにあこがれたものの、実際に入ってみると差別によって能力を十全に発揮して貢献することができなかったという、女性をはじめとするマイノリティの叫びは、『LoL』コミュニティ全体に大きな波紋をおよぼしている。Riotで成功したキャリアをもって他企業へと移籍する人間が、「負の文化」をさまざまな場所に持ち込んでしまう懸念もあるだろう。オンラインゲーム界の大企業として、負の連鎖を断ち切るためにRiotが負う責任は大きい。