日々ゲームを楽しむにあたって、“没入感”を大切にしているプレイヤーは少なくないだろう。しかし、どっぷりとゲームの世界観に浸りたくとも、ちょっとしたことで興をそがれてしまうことがある。よくある例が、「暗転した画面に自分の顔が映り込んでしまう」というものだ。画面がツルツルして反射しやすい、携帯ゲーム機やスマートフォンで顕著に発生する事象である。虚構から突如として現実に引き戻されてしまい、人によっては大きなダメージを受けることだろう。
この「映り込み現象」に対して、女性向け恋愛シミュレーションゲーム、いわゆる乙女ゲーム業界では、興味深い対策がおこなわれていたようだ。ゲームプログラマーのまかべひろし氏はTwitterに「大昔、乙女ゲーとかではLoading画面とか真っ黒な画面を作るの禁止、って仕様が流行ったの思い出した」と投稿。その投稿を見たH/de. 氏はPSP向け乙女ゲーム『アルカナ・ファミリア』のロード画面を挙げ、「PSPはツルツルなので画面が黒いと反射するから嫌」 というアンケートハガキの意見から、ロード画面の色味が変更となったことを明かした。
乙女ゲームのように主人公に自己投影をして恋愛を楽しむ層がいるジャンルでは、画面に現実の自分が映り込んでしまうのはかなり重大な問題と言えよう。主人公と攻略対象キャラクターの恋愛模様がクライマックスに差し掛かり、感動の告白シーンに突入……そこで、ゲームを楽しむ自分の顔が映し出されてしまうなど、興ざめもいいところである。そのゲームにハマっているプレイヤーほど、腰を据えてプレイしたければ化粧を落とし、部屋着に着替え、リラックスできる格好でコントローラーを握るはずだ。そんな“ありのまま”の、ときには感動でクシャクシャになった顔を、液晶画面に大写しにされてしまう。それでは困るという声に応え、『アルカナ・ファミリア』シリーズでは『アルカナ・ファミリア2』以降、ロード画面がグレーのテクスチャとなったわけである。
さて、この「ロード画面での黒一色禁止」という仕様は、いったいどれほど浸透していたのだろうか。まかべ氏はこの仕様について「PSの『アンジェリーク』の頃に聞いた覚え」と話しており、コーエーテクモゲームスの乙女ゲーム製作チーム・ルビーパーティーの作品ではこのような仕様となっている可能性が高い。また、『アルカナ・ファミリア』の発売時期やまかべ氏の「大昔」という発言から、乙女ゲームが流行したPSP時代のゲームにはこの仕様が多いとも考えられる。以上の仮説から「ロード画面での黒画面禁止」仕様をPSP時代に定着した文化と仮定し、現代の乙女ゲームとの比較を試みた。「Nintendo Switchで発売された乙女ゲーム」「PSP時代に発売された乙女ゲーム」「女性向けスマートフォンゲーム」について検証をおこない、ロード画面で液晶に自分の顔が映るかどうかを確認した。
乙女ゲームのロード画面ははたして灰色が主流なのか
Nintendo Switchで発売された乙女ゲームでは、『ジャックジャンヌ』『剣が君 for V』『Steam Prison』『アンジェリーク ルミナライズ』『遙かなる時空の中7』のロード画面を確認した。結果、『ジャックジャンヌ』は黒背景に中央に「LOADING」の文字、『剣が君 for V』『Steam prison』は黒い画面のみ、『アンジェリーク ルミナライズ』『遙かなる時空の中7』は白が基調の背景にテクスチャ模様が描かれたロード画面であった。最後の2作品、ルビーパーティー制作の乙女ゲームのみ、ロード中に顔が映らない仕様となっていた。
そもそも、いずれのタイトルでもロード時間自体がほとんどなかった。ルビーパーティー制作の2作品では白基調のローディング画面が流れたものの、ゲーム起動時のわずかな時間のみ。Nintendo Switchの乙女ゲームは『剣が君 for V』をはじめPSVita時代に発売されたゲームの移植タイトルも多く、ハードが進化したことで動作が軽くなったタイトルも多いのだろうか。
PSP時代の乙女ゲームのロード画面背景色
PSPにて発売された乙女ゲームでは、『うたの☆プリンスさまっ♪Repeat』『アルカナ・ファミリア』『薄桜鬼 ~幕末無双録~ 』『ハートの国のアリス』『Starry Sky』『ときめきメモリアル Girls Side 3rd Story』『金色のコルダ3 フルボイス Special』 『遙かなる時空の中5』のロード画面を確認した。
『うたの☆プリンスさまっ♪Repeat』『ときめきメモリアル Girls Side 3rd Story』は黒い画面の右下に「Now Loading」の文字が出る画面だった。『金色のコルダ3 フルボイス Special』 『ハートの国のアリス』『Starry Sky』はロードがほとんど発生せず、ロード画面が確認できなかった。『アルカナ・ファミリア』は前述のH/de. 氏の投稿のとおり、『2』以降ロード画面がグレーのテクスチャに変更されており、映り込みは発生しない仕様になっていた。『薄桜鬼 ~幕末無双録~ 』はセピア色の画面にキャラクターのイラストが載っているロード画面で、映り込みは発生しない仕様だった。『遙かなる時空の中5』はバトル突入時のロード画面で、黒地に紫色のモヤが動くようなエフェクトが発生した。映るといえば映るが、気にならないレベルである。
PSPにおいても、頻繁にロードを挟むようなタイトルは少なかった。前述のように、テキストと立ち絵で構成される乙女ゲームは軽量であることが理由と考えられる。ロード画面に映り込みがないタイトルは『アルカナ・ファミリア』『薄桜鬼 ~幕末無双録~ 』だったが、この2作品は調べたなかでは特にロードが多い印象を受けた。
『アルカナ・ファミリア』は通常の会話UIが漫画風のリッチな演出なことに加え、QTEを取り入れたバトルシステムを搭載しているため、ほかの乙女ゲームタイトルと比較してロード画面を見る機会が多い。『薄桜鬼 ~幕末無双録~ 』は3Dモデルのキャラクターを操作するアクションパートがあり、そこでロードが挟まってくる。ほかの乙女ゲームと比較してロード画面を頻繁に見ることから、ロード画面の映り込みを減らす仕様を採用した可能性が高そうだ。とはいえ、これらのタイトルは乙女ゲームのなかではロードが長めというだけで、RPGなど他ジャンルのタイトルならばさほど気にならないレベルである。
さて、女性向けスマートフォンゲームはどうだろうか。乙女ゲームでは、『茜さすセカイでキミと詠う』『イケメンヴァンパイア』『100シーンの恋+』『囚われのパルマ』『金色のコルダ スターライットオーケストラ』のロード画面を確認した。
『イケメンヴァンパイア』『金色のコルダ スターライトオーケストラ』は黒背景のロード画面で顔が映り込んだ。『茜さすセカイでキミと詠う』は黒背景のロード画面だが、中央に大きくマスコットキャラクターが描かれており、全面が黒の場合よりも映り込みは気にならなかった。『100シーンの恋+』は白背景にテクスチャ画面で映り込みは発生しなかった。『囚われのパルマ』のロード画面はグレー背景で、映り込みは発生しなかった。
女性に人気のスマホゲームのロード画面背景色
乙女ゲームとはまた違ったジャンルであるものの、女性をメインターゲットとしたスマートフォンゲームとして『あんさんぶるスターズ!!』『ディズニー ツイステッドワンダーランド』『ヒプノシスマイク -A.R.B-』『魔法使いの約束』『アイドルマスター SideM LIVE ON ST@GE!』のロード画面を調査した。
『あんさんぶるスターズ!!』はロード前の画面にグレーのレイヤーがかかるようなロード画面で、映り込みは発生しなかったが、ロード前の画面によっては映り込むかもしれない。『アイドルマスター SideM LIVE ON ST@GE!』『ヒプノシスマイク -A.R.B-』はキャラクターイラストを全面に出したロード画面で、映り込みは発生しなかった。『魔法使いの約束』は白基調のテクスチャ背景がロード画面で、映り込みは発生しなかった。『ディズニー ツイステッドワンダーランド』は黒よりのグレー背景の中央にキャラクターのモチーフがデザインされており、やや映り込みがあった。
さて、ここまでひたすら液晶に自分の顔が映るかを検証してきたが、法則性があまりないことにお気づきいただけただろうか。そもそも乙女ゲームというジャンル全体の特徴として、ロードが挟まることの少ないシンプルなシステムのタイトルが多い。他ジャンル並にロードがある『アルカナ・ファミリア』『薄桜鬼 ~幕末無双録~ 』といったタイトルのほうが稀有なのである。ゲームシステムよりもストーリーとキャラクターの魅力で勝負する必要があり、他ジャンルのゲームに触れない層も多い乙女ゲームならではの特徴とも言えるだろう。
唯一、ルビーパーティーが制作したコンシューマータイトルは白地に模様テクスチャ背景のロード画面や、紫モヤなど、映り込みを意識していると考えられる仕様で統一されていた。とはいえスマートフォンアプリ『金色のコルダ スターライトオーケストラ』では黒背景のロード画面が採用されているため、現在はそこまで徹底して守っている仕様ではないのかもしれない。乙女ゲームではないが、同じくルビーパーティーが制作したNintendo Switch向けアドベンチャーゲーム『バディミッション BOND』のロード画面は黒背景だった。
そもそもロード画面より暗転演出が気になる
プレイ中にロード画面よりも気になったのは、むしろ画面が黒く暗転する演出のほうである。筆者が「自分の顔が映るかどうか」を気にしながら検証をおこなっていたのも大きいが、暗転のたびにイケメンを見てニヤつく自分が映るのはやはり気になる。とはいえ、真っ白な画面は目に優しくないし、グレーでは雰囲気にそぐわない場合もある。まったく自分の顔を映り込ませずにゲームをプレイするのは不可能に近いので、こればかりは我慢するほかないだろう。となると、さらに頻度の少ないロード画面は、割り切って黒背景で開発しているタイトルも多いのかもしれない。
『アルカナ・ファミリア』は、乙女ゲームのほかのタイトルに比べてロードの機会が多く、乙女ゲームしかプレイしない層にとっては看過できないほど自分の顔が映り込んでいた可能性は高い。ロード画面をどうにかしてほしいという意見が多かったのも、プレイヤー層ゆえの声だったのではないだろうか。しかし、それをユーザーのわがままと切り捨てずに次回作に生かした制作チームの判断は、ひとえにユーザーを考えるがゆえのものと言えるだろう。
乙女ゲームに限らず、多くのプレイヤーを悩ませる液晶画面への映り込み。この映り込みをどうにかしてほしいという声に対し、真摯に対応したのが『アルカナ・ファミリア』なのだろう。『アルカナ・ファミリア』に限らず、乙女ゲーム開発現場においては映り込みに配慮したロード画面の仕様を採用しているブランドも過去にはあったようだ。しかし、ロード画面での映り込みは、サクサク動く乙女ゲームよりも、処理が重く読み込みが長くなりやすいRPGやアクションゲームでこそ気になる部分だ。自分の顔を見たくないというユーザーに配慮するとすれば、乙女ゲームユーザーだけでなく、そうした動作の重い物語作品のプレイヤーに需要があるかもしれない。
【UPDATE 2021/8/13 22:20】
記事初版のヘッダー画像にて、H/de.氏が投稿した『アルカナ・ファミリア』の画像を加工したものを使用しておりましたが、無断加工との指摘を受け、別画像に差し替えました。お詫びいたします。あわせて、同氏の肩書きからマルチクリエイターを削除いたしました。