マイクロソフト、「AppleによるEpic Gamesへの開発ツール提供は継続されるべき」との声明提出。Unreal EngineのiOS/macOSサポート維持の重要性を訴える

 

Epic GamesとAppleとの間で係争中の案件について、マイクロソフトが声明文を提出した。8月23日、Xbox事業内ゲームデベロッパー・エクスペリエンスチームのジェネラル・マネージャーKevin Gammill氏の名義で、カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所あてに送られたもの。「AppleによるEpic Gamesへの開発ツール提供停止措置」の一時差し止めを求めるEpic Gamesをサポートする目的で提出された声明文である。

Epic GamesがAppleの開発ツールへのアクセスを失い、Unreal EngineのiOS/macOS向け開発・サポートを停止することになれば、マイクロソフトを含む多数のゲームデベロッパーおよびゲーマーが不利益を被ると、Gammill氏は主張している。


Epic Gamesが開発・運営する『フォートナイト』は、8月14日にApp Store/Google Playから削除された。Apple/Googleのガイドライン上禁止されている「独自のアプリ内決済手段」(Epicディレクトペイメント)を『フォートナイト』内にゲリラ実装したからだ。アプリの削除後まもなくして、Epic GamesはApple/Googleに対し、不当な市場独占を訴える訴状を提出した。

続く8月18日、Epic Gamesは、Appleより開発者アカウントの削除およびiOS/macOS向けのアプリ開発に必要なツールの提供停止に関する通告を受けたと発信。Epic Gamesが8月28日までにAppleのガイドラインに応じない場合、これらの処分が下されるという。
【補足 2020/08/24 21:23】
Appleによる通告があったのは8月14日であり(PDFリンク ページ9参照)、それを受けてEpic Gamesが裁判所に一時差し止め命令を求むドキュメントを一般公開したのが8月18日である。

Epic Games側は、開発ツールの提供を止められると、Unreal EngineをiOS/Mac向けに開発・サポートする上で支障が出てくると主張。そうなると訴訟の判決が出る前にEpic Gamesの事業が大きな打撃を受けてしまうとして、裁判所によるAppleに対する一時差し止め命令を求めた。

これまでの記事:
Epic Gamesのガイドライン違反、アプリ削除、AppleおよびGoogle提訴までの経緯
Epic GamesがApple開発者アカウント削除通告を受ける
Epic Games、Apple批判姿勢を崩さず「#FreeFortniteカップ」開催


これに対しAppleは、今回の問題はEpic Gamesが自発的に生み出したものであり、Appleのガイドライン上禁止されている独自のアプリ内決済手段を削除さえすれば、問題は容易に解消されると返答(PDFリンク)。Epic GamesはAppleによる“報復”だと主張しているが、AppleとしてはEpic Gamesがガイドラインに背いたため、規約に則り開発者アカウントの停止通告をおこなったまで。Epic Gamesはガイドラインを破ると何が起きるのか完全に理解した上で、『フォートナイト』のプレイヤー、そしてUnreal Engineを利用するデベロッパーにとって不都合な状態を意図的に作り出しておきながら、裁判所に救済措置を求めているのだと指摘している。

そもそもEpic Gamesは、別にガイドラインを破ってみなくともAppleを提訴できたのであって、このような危機を招く必要はなかったし、まだ損害の発生を防ぐことは可能だと伝えている。独自の決済手段さえ消せばいいのであって、裁判所が調停せずとも十分に解決可能。ガイドライン違反を解消した上で、Appleに対する反競争・市場独占の訴えを、法廷の場で追求すればいいのだと。それをしないのは、裁判所に動いてもらうことで、Appleが保持するイノベーション、知的財産、ユーザーの信頼に“タダ乗り”しようとしているからだと指摘している。

お互いに譲らない姿勢を見せる中、マイクロソフトは、Epic GamesによるApple SDKへのアクセス維持を求める声明文を出している。Unreal EngineのiOS/macOSサポートを継続することが、ゲームデベロッパーとゲーマーの双方にとって望ましい対応だからだという。

今回の声明文にてマイクロソフトのGammill氏は、同ゲームエンジンはマイクロソフトを含む多数のゲームクリエイターにとって重要なテクノロジーであり、Unreal Engineほど多機能かつマルチプラットフォーム対応が可能なゲームエンジンは限られていると説明。代わりとなるゲームエンジンは極めて少ないのだと伝えている。

マイクロソフトはUnreal Engineの利用に関して、複数年に渡るライセンス契約を結んでおり、iOSを含む複数のプラットフォームにて同ゲームエンジンを活用するため、多大なリソースとエンジニアの工数を割いてきたと供述。たとえば、iOS向けに配信されているマイクロソフトの『Forza Street』は、Unreal Engineを使用している。もしもEpic GamesがAppleの開発ツールへのアクセスを失えば、Unreal EngineのiOS/macOS向けサポートが止まり、Unreal EngineおよびUnreal Engineを使用しているデベロッパーが圧倒的不利な立場に追いやられる。

iOS/macOSの新機能、ソフトウェア不具合の修正、セキュリティ問題のパッチなどを踏まえたゲームエンジンのアップデートが止まれば、既存ゲームおよびそのユーザーに悪影響がおよぶ。また、iOS/macOSと、そのほかのプラットフォームのユーザーベースが分離してしまう可能性があるとも指摘している。


プラットフォームごとに違うゲームエンジンを使って開発するのは極めて難しく、またコストがかかる。そのためマイクロソフトを含め、複数のプラットフォーム向けにゲームを開発するデベロッパーは、ゲームエンジンを選択する上で、提供機能だけでなく各プラットフォーム向けの開発サポート有無を見ていると説明。そしてUnreal EngineのiOS/macOSサポートが停止すれば、新規プロジェクト用のゲームエンジンを決める際、Unreal Engineを選びにくくなると、Gammill氏は伝えている。別のゲームエンジンを選ぶか、iOS/macOS市場を諦めるかの選択になってくる。デベロッパーの立場からすると、「停止されるかもしれない」という疑念があるだけでも、Unreal Engineの採用を躊躇してしまうという。

配信済みのゲームや、新規に開発を始めるゲームだけでなく、開発終盤に差し掛かっているゲームにとっても、Unreal EngineのiOS/macOSサポート停止は大きな問題となる。甚大なサンクコストとタイムロスが発生し、新しいゲームエンジンで作り直すか、iOS/macOSを対応プラットフォームから外すか、開発自体を停止するかという厳しい選択を迫られるからだ。

Epic Gamesは今のところ、iOS版『フォートナイト』から独自の決済手段を削除する気はない。だからこそ裁判所による差し止め命令を求めている。一方のApple側は、Epic Gamesが対応さえすれば容易に解決できる問題と主張しており、開発ツールの提供停止という判断を覆すとは考えにくい。こうした硬直状態においては、裁判所による仲介を望むのが、Unreal Engineを使用し続けたいデベロッパーとしては現実的なのかもしれない。

マイクロソフトを味方につけたEpic Gamesと、Unreal Engineの危機は容易に回避できるはずだと返すApple。はたしてどちらの主張が通るのだろうか。


【補足 2020/08/24 14:45】
なぜEpic GamesはApple/Googleのみを提訴し、コンソールメーカーを提訴していないのか。スマートフォンとコンソール機を分けて考えている理由については、Epic GamesのCEO Tim Sweeney氏が過去に言及している。以下はNiko PartnersのDaniel Ahmad氏によるまとめツイート。

まずEpic Gamesの主張として、いまやスマートフォンはPCと同等の生活必需品になっている。コンソール機はそうではない。続いて、コンソール機は製造コストと同等もしくは製造コストよりも低い価格で販売されており、ハードウェア単体ではなく、ソフトウェアのセールスにより利益を生み出す仕組みとなっている(対しiOS/Androidは、ハードウェア単体および広告枠の販売だけでも莫大な利益を生み出している)。そうしたビジネスモデルの違いも理由のひとつ。そしてiOS/Androidでは、ストアが提供するサービスが、30%という取引手数料に見合わないと主張している(コンソールのプラットフォーム取引手数料にはマーケティング支援やパッケージ版の製造なども含まれると、Ahmad氏は補足している)。