マイクロソフトが考える「ゲームのアクセシビリティ」とは何か。誰もがゲームを遊びやすい環境を整えるための取り組み講演レポート

 

日本マイクロソフトは4月21日、メディア関係者向けに「ゲーミング分野におけるアクセシビリティに関連するオンラインブリーフィング」を開催した。「遊びやすい」とはどのような状況か。障がいのあるユーザーが遊びやすい環境を整えるために開発されたXbox Adaptive Controllerを中心に、「ゲームのアクセシビリティ」についてさまざまな視点から語られたブリーフィングのレポートをお届けする。

同ブリーフィングでは、マイクロソフトのアクセシビリティに対する考え方や、製品デザインにどのように反映しているのかが語られた。そして、実際にアクセシビリティ機能を必要とするユーザーなどからも、お話を伺うことができた。


アクセシビリティとは

はじめに、日本マイクロソフトの技術統括室アクセシビリティ担当の大島友子氏より、同社の考えるアクセシビリティについて語られた。マイクロソフトの考えるアクセシビリティとは、「誰もが、“本当に行いたいこと”を達成できるような状態」を指すという。

マイクロソフトのアクセシビリティに対する活動は、Windowsの初期バージョンのリリース後に、ユーザーから届いた声によって始まった。「障がいのあるユーザーには、使うことができない」というフィードバックを受け、身体的な困難がある場合にもWindowsを利用できるよう、アクセシビリティ機能を搭載するようになったという。

一般的に、アクセシビリティとは、知りたい情報や行きたい場所に「問題なくアクセスできること」を意味する。しかし、マイクロソフトが考えるアクセシビリティの真の意味は、それだけではない。「あらゆる人が、“本当に行いたいこと”を達成できるようにすること」こそ、アクセシビリティであるという。


世界保健機関(WHO)によれば、何らかの障がいを抱えている人は世界に10億人以上。障がいは、永続的なものだけでなく、一時的な怪我や、子育てなどの状況によるものなど、外見ではわからないものも含めて多種多様な状況が考えられる。

障がいを抱える人びとの多くがサポートを必要とする中で、実際に必要な製品や技術にアクセスできているのは、10人に1人だという。障がいは、いつ誰にでも起こりうることである。そのため、アクセシビリティは決して一部の人のためのものではない。


「ゲームを遊ぶこと」についてのアクセシビリティを考えると、身体動作に制限があるなどのプレイヤーの中には、一般的なゲームのコントローラーを操作することが困難、または使用できない場合がある。そういったプレイヤーが、プレイ環境を整えられるようにする製品として、Xbox Adaptive Controllerが開発された。日本でも2020年の1月より販売中だ。

Xbox Adaptive Controllerは、単体で使用するのではなく「ひとりひとりが、自分に合うコントローラーを設定するためのハブ」として使うことで真価を発揮する。Xboxの通常のコントローラーや、ジョイスティックなどの外部デバイスと接続し、ユーザーが好みの環境に整えることができる。特定の障がい者に向けてではなく、カスタマイズ性を高めることで、あらゆる人が使えるようにする考え方だ。



「74億人のためにゲームを作るのも、“ひとり”から始まる」

「Xboxでは、ゲーミングはすべての人のものであると信じています」ユーザーエクスペリエンスリサーチャーである Bryce Johnson氏が語った。Xbox Adaptive Controllerは、インクルーシブデザインの手法(排他的要素をなくしていくこと)を取り入れ、開発が進められたのだという。

従来型のコントローラーが、ゲームを遊ぶ上で「意図しない形でバリアとなっている場合がある」とわかったことをきっかけに、Xbox Adaptive Controllerの開発がスタート。同製品によって、「バリアを取り除く」ことを目標に開発が進められた。

開発の初期段階から、障がいのある人びとをサポートするThe AbleGamers Charity、Cerebral Palsy Foundation(脳性麻痺基金)、Craig病院、Special Effect、Warfighter Engagedなどといった支援団体と連携。Xbox Adaptive Controllerが、どのような形になるべきか、検討が重ねられた。

設計段階から外部組織と連携することで、「カスタマイズ性の高さ」を提供することが可能となったという。Xbox Adaptive Controllerには、外部ボタン、スイッチ、ジョイスティック、マウントなど、ひとりひとりが自分に合う補助デバイスを接続することができる。


医療機器ではなく、ゲーミングデバイスであること

特定の状況のみを想定して作られた製品は、対応できる場面が限られてしまう。「あらゆる人が自分のニーズに合わせて環境を整える」という考え方で作られたXbox Adaptive Controllerは、デザインする上でどのような完成形を目指したのだろうか。Principal DesignerのChris Kujawski氏が、同製品のデザインについて語った。

開発にあたっては、外部組織との連携の影響が大きかったという。たとえば、ボタンを配置する間隔、上面のなだらかな傾斜具合、コントロールのレイアウトなどは、すべて外部組織やユーザーと話し合った内容が反映されているそうだ。

また、Xbox Adaptive Controllerは、梱包のアクセシビリティも高い。製品を入手したユーザーにとって、最初の体験となる「製品の開封」を誰もが楽しめるようこだわったという。こちらも障がいのあるユーザーからの生の声を反映し、その結果、「かっこいい第一印象」を維持しつつ、多くの人が開けやすい「ループ状の取っ手」をつけることとなったそうだ。なお、「ループ状の取っ手」は、Xbox Series X|Sの説明書のデザインにも使われている(関連記事)。


「かっこいい第一印象」を大切にした考えは、Xbox Adaptive Controllerが「Xboxシリーズの製品である」ことを意識してデザインされたことにも繋がる。現在、障がいのある人をサポートするデバイスの多くは、“医療機器のような見た目”をしている場合が多いという。そういったデバイスは、使わなければならないから使うようなものであり、積極的に選んで使われるようなものとは言えない。

そういった問題がある中、Xbox Adaptive Controllerを含めて、Xboxシリーズの他の製品すべてにおいて同じデザインアプローチを適用することで、Xboxシリーズ製品としての統一感を生むことができたという。つまり、Xbox Adaptive Controllerは「医療用デバイスではなく、ゲーミングデバイスである」ということがひと目でわかるような「かっこいい」外観に仕上がったということだ。Kujawski氏は製品のかっこよさについて、「ファンの皆様は、必要かどうかに関わらず、Xboxシリーズだから使うのです」と語った。


また、Kujawski氏がXbox Adaptive Controllerについてもっとも誇りに思っていることは、ハードウェアのインクルーシブデザインにおいて、ゲーム業界にとっての良い実例になったことだという。今後の製品開発においても、Johnson氏の研究するインクルーシブデザインの原則と、Kujawski氏が進めたような設計プロセスが活用されるとのことだ。


身体機能に困難のあるユーザーから見た、ゲームのコントローラー


Xbox Adaptive Controllerをより多くの人に広めるため、製品紹介ビデオが製作された。北海道医療センターの作業療法士の田中栄一氏と、吉成健太朗氏によるもの。Xbox Adaptive Controllerの機能や設定方法、Xboxのアクセシビリティ機能について紹介する内容だ。ビデオは「導入・概要編」と「設定・活用編」の2つが公開されている。

田中氏によると、ゲームは、身体機能に困難がある人にとって、環境を整えることができれば楽しめるものだという。野球やサッカーなどのスポーツは、力の弱い人にとっては遊ぶことが難しく、手を使う遊びは、手を使えない人が遊ぶことが難しい。しかし、ゲームはコントローラーさえ使うことができれば、他の人と「一緒に遊ぶ」「競う」「協力する」などの遊び方が可能になるのだ。このようなことから、「ゲームに救われる」という患者も多いそうだ。


しかし、身体の状態には変化がある。たとえば、脊髄性筋萎縮症などの全身の力がだんだんと弱くなっていく進行性の難病の場合には、「以前できたこと」ができなくなっていくのだという。従来型のコントローラーが使える場合でも、時間が経つと使うことができなくなる。そういった時、これまでは「市販のコントローラーを改造する」選択しかなかったそうだ。

身体的な問題でゲームをするにはコントローラーを改造するしかないという中で、Xbox Adaptive Controllerが登場し、状況が飛躍的に良くなった。ひとりひとりに合った補助デバイスをXbox Adaptive Controllerの対応部分に接続できるため、分解や配線を変えるなどの改造は必要ない。ゲームを諦めていた人にとっても、手が届きやすくなったのだ。

このような情報を広めるために、北海道医療センターでは、患者先導により発足した「ゲームをやろうぜproject」にて、身体機能に制限がある場合でもゲームを楽しむための情報発信を行っている。同サイトでは、Xbox Adaptive Controllerを含むさまざまなデバイスの情報やゲームを遊ぶための工夫、設定方法などが紹介されている。


「衝撃的で、嬉しいニュースで、びっくり」


Xbox Adaptive Controller紹介ビデオ製作に携わった吉成健太朗氏は、脊髄性筋萎縮症を患っており、田中氏の勤める北海道医療センターに入院している。現在25歳という吉成氏は、20歳を過ぎてから市販のコントローラーを使うことが難しくなったという。

周囲のサポートにより、かつては改造したコントローラーを使っていたが「なかなか普通のことではなく、多くの人に行き渡るものではなかった」と話している。難しい工夫がいらずゲームを遊べるXbox Adaptive Controllerの存在を知ったときを振り返り、「衝撃的で、嬉しいニュースで、びっくりしました」と語った。


紹介ビデオの編集作業は、吉成氏がひとりで担当。PCのアクセシビリティ機能を駆使して、製作を行ったという。身体機能に困難がある場合でも、PCやゲームの設定をカスタマイズすることが可能であれば、環境を整え、本当に行いたいことが達成できるのだ。

また、紹介ビデオ内で使用されている外部スイッチは、ロジクールの提供品だという。田中氏は、提供品のスイッチについて「(外観が)かっこいい」ということが印象に残ったという。「かっこいい」アクセサリによって、身体機能に困難のあるユーザーがさらにゲームを楽しめるようになるのではないか、と述べている。

デザインプロセスについて語ったKujawski氏の言葉のとおり、デバイスが「かっこいい」ことはゲームを楽しむために重要な要素。各種補助デバイスにおいても、「ゲーミングデバイスらしさ」を持つ製品の登場が待たれているのだろう。

アクセシビリティで広がる、「楽しむ」心


身体機能に困難のあるユーザーにとっては、これまで「改造」「諦める」の二択しかなかったところに登場したXbox Adaptive Controller。田中氏は、「障がいを問わず、より多くの方がゲームを楽しむためのきっかけとなる」と感じているという。

一方で、Xbox Adaptive Controllerを最大限活用するためには、ユーザーのニーズに合う外部スイッチなどの補助デバイスが必要である。そして、その補助デバイスについて、ひとりひとりが無理なく使えるようなものを選ぶ、といったサポートも必要だという。

なお具体的な取り組みとしては、日本支援技術協会によるXbox Adaptive Controller体験会の開催が予定されている。ひとりひとりに合うスイッチのフィッティングなどのサポートを受けながら、ゲームを体験することができるという。現在、コロナ禍のため日程は未定となっている。


「ゲームって、やっぱり楽しいんですよね」と、吉成氏は語る。ゲームをプレイして感じられる喜びや、他人と競ったり協力したりすることで得られる経験、そして、ゲームを通じて外の世界の多くの人と繋がりを持つことができた経験を、同氏は大切に思っているそうだ。

また、ゲームを通じて人と繋がる経験は「誰もが手軽にアクセスできなくてはならない」という。そして、「誰もがアクセスしやすい世界」がXbox Adaptive Controllerによって現実となったことを、ゲームを遊ぶことができずに困っている人に向けて情報発信し、ゲームを通じた「人との繋がり」を広げていきたい、と語った。

なお、Xbox Adaptive Controllerは、珍しいデバイスであることから、コレクションや転売の的となり、在庫切れとなってしまったことがあるようだ。本当に必要な人に届くことが重要であるため、そのような行為は控えなければならない。

ソフト面でのアクセシビリティ

Xbox Adaptive Controllerは「操作」の面でアクセシビリティを支える。マイクロソフトでは、それに加えて、ゲームデザインの面からアクセシビリティを高めていく活動が行われている。アクセシビリティの高いゲームを開発するための「Xboxアクセシビリティガイドライン」を作成。内部スタジオだけでなく、外部の開発者も閲覧できるよう、公開されている。

ガイドラインの著者は、作業療法士のKaitlyn Jones氏。Jones氏は、Xbox Adaptive Controllerの開発に関わった支援団体Warfighter Engagedにも所属している。同ガイドラインも、外部組織やユーザーからの声を反映させながら作成されたという。ガイドラインの内容は、明確で理解しやすい表現となっている。複雑な内容が含まれる場合は、画像などを使って具体例を示したり、関連項目の欄から解説を読むことができる。

たとえば、「テキスト表示」に関するページを閲覧すると、文字サイズやフォントに関する具体的な指標が示される。ガイドラインを守った場合に「視力」や「認知スキル」に困難のあるユーザーや、「画面反射が発生する」環境でプレイするユーザーをサポートすることができるといった情報が、わかりやすく表示されている。

同ガイドラインでは、より多様な状況に対応できるように、「ユーザーが設定できること」を増やすよう推奨するガイドが、多くの項目で見受けられる。Xbox Adaptive Controllerと同様に、ひとりひとりが自分に合った設定ができるような、カスタマイズ性の高さが重要なのだろう。



作り手とユーザーの繋がりが、アクセシビリティを生む


マイクロソフトの考えるアクセシビリティは「あらゆる人が、“本当に行いたいこと”を達成できる環境」を整えること。設定や環境のカスタマイズ性を高くすることで、ユーザーひとりひとり異なる多様な状況に対応する考え方が、ユーザーとのやり取りを通じて生まれた。

従来型のコントローラーが使用できないユーザーなどの意見を取り入れて開発された、Xbox Adaptive Controllerは、「ゲームで楽しむ」ことができなかった人にとって、画期的な製品。改造など難しい工夫が必要なく、より多くの人がゲームで遊ぶことができるようになっていく。

Bryce Johnson氏は、Xbox Adaptive Controllerによって可能となった「アクセシブルなゲーム体験」について、業界からの多くのポジティブなフィードバックに驚いているという。そして、外部の開発者も閲覧可能なXboxアクセシビリティガイドラインのようなソフト面からのサポートも含めて、「外部組織やユーザーとの連携」の重要性を強調。解決策を出すことをゴールとするのではなく、より良い環境を目指して対話を重ねていくとのことだ。