ゲーム開発者イベントGame Developers Conference(GDC)の公式YouTubeチャンネルにて5月22日、今年3月に同イベントでおこなわれた『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』開発者の講演動画が公開された。このなかでは開発初期の“カオス”な状況が紹介。ユーザーの笑いを誘うだけでなく、任天堂の開発チームであっても開発当初は試行錯誤があることを示す例としても関心が寄せられているようだ。
『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』は、Nintendo Switch向けに2023年5月に発売されたアクションアドベンチャーゲームだ。本作では、ハイラルの地にて天変地異が発生。大地と大空が広がった世界にて、右手に力を宿したリンクがハイラルの異変に立ち向かう。物体同士をくっつける能力「ウルトラハンド」など、遊びや攻略の幅が“掛け算”で広がるシステムが特徴の作品だ。
今年3月に開催されたゲーム開発者向けイベント「GDC 2024」では、そんな本作の開発者による講演がおこなわれた。登壇者となったのは、テクニカルディレクターの堂田卓宏氏、物理プログラマーの髙山貴裕氏、サウンドプログラマーの長田潤也氏の3名だ。
このときの講演内容が5月22日にGDCの公式YouTubeチャンネル上で公開。開発の裏側が明かされた内容に改めてさまざまな反応が寄せられており、中でも物理演算のバグについての紹介は特に注目を集めているようだ。特に3Dアートを専攻する学生だというJaynez氏による講演の引用は、国内外から多くの反応が寄せられている。
髙山氏によると、同氏は本作のプロトタイプ版時点で(ウルトラハンドなどのシステムから)素晴らしいゲームになるという期待と共に、「非常に困難(very very difficult)」な開発になることを予想していたという。開発がカオスになることを心配しつつも、勇気を出して着手。すると予想どおり、“ガノンドロフの復活なし”で世界が崩壊するような事態になったとしている。この際に紹介されたのがJaynez氏の引用した映像だ。
映像においては、扇風機と操縦桿のゾナウギアで作られた乗り物がブルブル震えながら逆さまに墜落したり、オブジェクトを組み合わせると謎の超回転を見せたり、浮遊石のゾナウギア付き武器を当てられたNPCが馬車ごと空に吹っ飛んでいったりと混沌を極めている。髙山氏は講演の前座としてこうした物理演算の“荒ぶり”を紹介した様子。会場は大きな笑いに包まれており、掴みはバッチリだったようだ。
任天堂の開発でもそうした「派手な失敗」がおこることが示された点には、開発者などからも反応が寄せられている。たとえば『カニノケンカ』の開発元カラッパゲームス代表のぬっそ氏は、任天堂の開発者でも最初からゲームを安定させられるわけではない例として関心を寄せている。また別のユーザーは開発チームの苦労を目の当たりにして、物理演算が上手く機能している製品版への評価がさらに高まったと称賛。赤裸々に失敗が明かされたGDCでの講演には、好意的な反応が集まっているようだ。任天堂の人気作の開発においても最初は失敗から始まっていたという点には、勇気づけられる開発者もいるかもしれない。
なお講演を見るに、こうした物理演算の“荒ぶり”が生じた原因は、物体の動かし方が2種類組み合わさっていた点にあるようだ。髙山氏によれば、ゲーム開発においてオブジェクトを動かす際には、物理に基づく動かし方と非物理な動かし方「Kinematic rigid body」があるという。物理に基づく場合は物体の質量や慣性モーメント、速さや加速度などが考慮された動きになる。一方で非物理な動かし方の物体はアニメーションに基づく速さをもち、かつ質量が無限。物理に基づいて動くほかのオブジェクトからの影響も受けないといい、いわば“アニメーションそのものが動きにおける絶対の基準”といった風に動く状態になるとみられる。
そのため非物理に動く物体が物理に基づいて動くほかの物体に干渉すると、物理演算が破綻してしまうそうだ。2種類の動かし方が混ざっていた当初の状態では、開発現場では「壊れました!」「飛んでいきました!」といった報告も相次いでいたとのこと。つまり、先述のような混沌とした状況がみられたのだろう。そして解決方法が模索された結果、本作では「世界のすべての物体を物理に基づいて動かす」ことで問題を解決しているという。
たとえば祠内のシャッターのようなギミックでは、非物理に動く状態では閉まった際に下にある物体を地面にめり込ませながら完全に閉じてしまったとのこと。一方でシャッターが物理に基づいて動くようにすると、下にある物体が正常に“つっかえ”の役割を果たすようになったという。そしてこうした仕組みによってギミックの解法も広がりを見せたそうで、 “掛け算”の遊びという本作の持ち味をさらに強めることに繋がったようだ。
しかしすべての物体を物理に基づいて動かすことを実現することにもまた苦労はあった様子。というのも、本作の開発ではオブジェクトひとつひとつの密度を決めるために、物体の素材を指定すると物体の形状から自動計算できるツールが用いられていたという。しかし物体によってはゲーム上での視認性や操作性などの都合で、現実よりも大きい物体も存在。そうした場合には自動計算では重くなりすぎるため、イメージに合うように手動で補正がおこなわれたようだ。
また物理的な挙動の正確さとより良い見た目を両立させるために、アーティストとゲームデザイナー間では緊密に連携をとりながら開発は進められたとのこと。一筋縄ではいかない工程を経て、「すべて」が物理に基づいて動く本作の世界は形作られたわけだろう。
さまざまな遊びを支えている『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』の物理演算。通常プレイの範囲ではほとんど問題が起こらないといえる丁寧なつくりは、混沌とした状況から試行錯誤を経て生まれたようだ。このことがGDCの講演動画の公開で改めて周知され、ユーザーにシュールな笑いをもたらすだけでなく、“任天堂でも開発当初には失敗がある”といった意外さへの反応も寄せられているかたちだ。
『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』はNintendo Switch向けに発売中だ。