『マリオカート 64』のルイージサーキットが“21秒で3周”され世界記録樹立。ひたすら壁に当たり続けた男たちの叡智と狂気

 
Image Credit : Beck Abney

マリオカート 64』において、ルイージサーキット3ラップタイムアタックの世界記録が生まれた。そのタイムは、わずか21秒04。参考までに述べておくと、同コースのスタッフゴーストのタイムは1分29秒670だ。当然この世界記録が、一種のグリッチを利用したものであることは明らかである。しかしそのレコードを“ズル”だといなす人は、おそらくいない。なぜならその背後には、“マリオカート物理学”ともいうべき膨大な知恵と経験の系譜が連なっているからだ。

まず百聞は一見にしかず、問題の世界記録達成の映像を見てみよう。記録を打ち立てたのはabney317ことBeck Abney氏。すでに界隈で数々の記録を打ち立てた熟練のスピードラン走者だ。映像を観るとすぐ、Abney氏がろくにコースを“走っていない”ことがわかるだろう。やっていることはというと、スタート地点近くの壁に繰り返し体当たりしている。そして不思議なことに、壁に衝突してはラインを踏み越えるごとに、“走行済み”のラップ数が増えていくのだ。スタート/ゴール地点からほぼ動くことなく衝突を繰り返し、あっという間に3ラップを達成。1ラップあたりわずか7秒前後という前代未聞の数字を打ち立てている。
 

 
もちろんAbney氏は闇雲に壁に当たり散らしていたわけではない。適切な角度とスピードを計算した上で、上記のようなグリッチを引き起こす結果を導き出しているのだ。では実際にここでは何が生じているのだろうか。簡単にいえばこれは、ここ最近『マリオカート 64』界隈を熱くしている“壁抜け学”の応用である。

すでに『マリオカート 64』では、いくつかの壁を通り抜けられるバグが確認されている。しかしそれらは長らく偶発的なものとして捉えられ、なぜ壁抜けが発生されるのかは謎に包まれていた。ここで、そもそも『マリオカート 64』において「なぜ壁を通り抜けられないのか」について考えてみよう。壁として設置された平面の前後には、対向面からやってきたプレイヤーを元の方向へ押し返す力が働いている。その力が働く範囲は、前面に5.5ユニット(キャラの大きさのおよそ半分)。背面はその3倍近くの範囲で押し返す力が働いている。つまり通常の場合、キャラクターは半分程度壁にめり込むことができるが、それ以上は押し返す力により進むことができなくなる。これが「壁を通り抜けられない」理由だ。
 

黒い実線が壁平面、黄色が押し返す力の範囲、赤丸がキャラクター。この場合、左側に押し返す力が働いているため壁は越えられない。
Image Credit : Bithmuth

 
ところがこの壁力学には、文字どおりさまざまな抜け穴がある。たとえば一部の壁は、両面に押し返しの力が働いている。この両面壁に突っ込んだ際、適切なフレームの際に両面のちょうど真ん中に位置することができれば、壁の力の影響を受けずに通過することができるという。このほか、壁は前面・背面に押し返す力はあっても側面には斥力をもたないため、ちょうど壁と壁が交差するカドにおいては通り抜けしやすいポイントが複数確認されている。この壁の性質が徐々に明らかになったことで、『マリオカート 64』のショートカット学会がにわかに活気付いているのが現状だ。
 


クッパキャッスルの壁のカドでは、押し返す力の働く範囲が狭くなる。時速93.4km(150cc/ミニターボ/スター状態)にてかろうじて突破できる。
Image Credit : Bismuth

 
では改めて、Abney氏の例で何が起きているのか見てみよう。同氏の例は、ショートカットをおこなうには必ずしも壁を“通り抜ける”必要がないことを示している。言い換えれば、わざわざコースの反対側まで行かなくとも、システムに「反対側を通過した」と誤解させればいいわけだ。Abney氏が壁に激突している瞬間のフレームでは、キャラクターは半分程度壁にめり込んだ状態となっている。このときシステムは、キャラクターが「壁の向こう側にいる」と認識してしまうのだ。
 


画面上部のキノピオが壁にめり込んでいる状態。ギリギリ反対側のエリアにいる判定を受けることができる。
Image Credit : Bismuth

 
次のフレームに移った時点では、キャラクターはすでに壁の内側に押し戻されている。しかし依然としてゲームは、キャラクターが「壁の反対にいた=壁の反対を通った」上で、「ゴール直前まで戻ってきた」と誤認。ゆえにこの状態でラップを通過すると、あたかもコースを1周してきたかのようにゲーム側が錯覚してしまうのだ。あとはこれを繰り返せば、ゴール手前からほぼ動くことなく3ラップを達成することができてしまう。もちろん理屈は簡単だが、このテクニックを達成するには角度やスピードをマスターするために相当量の修練を必要とする。

ゴール判定を“誤認させる”ことでタイムを縮めるというのは『マリオカート』シリーズやりこみにおける、重要テクニックのひとつ。しかし、壁にぶつかるだけでゴール判定を歪めてしまうという現象は、非常に興味深い。「壁に激突して世界記録」。そう聞くとキャッチーな響きだが、背後には『マリオカート 64』を追究せし者たちの叡智と狂気の山脈が横たわる。まだ壁抜けの性質には謎の部分も残されており、今後も斜め上のテクニックが編み出されていきそうだ。