Appleが中国App Storeから約4万のゲームを削除。大手以外が淘汰されていく、中国ゲーム暗黒の時代到来


昨年12月31日、Appleが中国のApp Storeから3万9000本のゲームアプリを削除した(ロイター)。サブカテゴリーにてゲームを選択していたアプリも含めて、合計4万6000本以上のアプリが中国のApp Storeから一斉に姿を消した。

今回の一斉削除は、実はAppleから前もって告知されていた。Appleは2020年2月ごろすでにメールおよびApple Connect経由でデベロッパーにむけて、中国市場にゲームアプリをリリースする場合、政府から承認されたゲームライセンスこと「版号」およびその証明資料が必要であると伝えていた。当時の通達としては2020年6月30日(のちに7月31日まで延長)が最終期限とされていたが、デベロッパーの反対があった、もしくはアップル側の対応が追いついていなかったのか、年末の12月31日にまで延長された

※ 当時の情報を伝えた中国デベロッパーのツイート


過去3年間のデータを見るとわかるが、中国App Storeは毎年数多くのゲームアプリをストアから削除していた。2020年12月31日だけではなく、2020年8月1日にも3万弱のゲームが、削除されるか、ゲームのアップデートが凍結されていた。今回の件においては、ゲームライセンスが原因で削除されたゲームが過去最多で、2018年と比べるとゲームアプリの数が三分の一しか残されていない状態だ。

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中国App Storeを検索してみればわかるが、今回削除されたゲームはすべてライセンスがない有料ゲームまたはApp内課金があるゲームだ。無料か、あるいはアプリ内の広告で収益を得るゲームは対象外になっている。ただし、無料ゲームも政府から承認されたライセンスを獲得することが義務つけされているかどうかはまだ曖昧だ。しかし、テンセントやNetEaseなどの大手企業が無料ゲームでもライセンスを申請してから運営をしていることを見ると、おそらく必要とされるのだろう。

また、ライセンスがあるものの削除されているゲームもいくつかある(たとえばカイロソフトのシミュレーションゲーム)。おそらく上記のように、デベロッパーがApple Connectなどを通じてライセンスの番号あるいはその証明資料が提出していないことが原因だ。


この事件でもっとも影響を受けたのは?
中国での「版号」獲得の難しさ

今回のゲームアプリ大量削除は、開発者らには警告していても、ユーザーたちには前もって説明していない。ゆえに、ゲームを購入、またはゲーム内課金をしたユーザーたちが被害を受けている。有料ゲームに関しては再びストアからダウンロードすることができなくなるし、ゲーム内課金型のゲームも、これから中国で運営を継続することが不可能かつアップデートも直接できなくなるので、ユーザーたちの今までの課金が「水の泡」になるのだ。

また、中国でゲームが削除されたデベロッパーももちろん被害を受けている。そのなかでもっとも影響を受けたのは、中国国内のインディーゲームデベロッパーおよび中小デベロッパー、または中国でゲームをリリースした海外のデベロッパーだ。ようするに、中国内の大手ゲーム会社以外ほぼすべてである。これらのデベロッパーにとって、ゲームライセンスの申請はほぼ不可能といっていいぐらい難しいのだ。

中国で版号ライセンスを取得するには、審査を通るゲーム内容にするだけでは足りない。実は申請人が限られているのだ。中国では版号はISBNであり、申請できるのは出版する資格がある出版社のみとなっている。中国政府はあらゆる出版物に対して検閲をかけているのだが、それは出版物の内容のみならず、出版する側の資質も問いているのだ。中国の出版社は事実上すべて国営か、または国家の承認を得た企業だけである。つまり、中国で合法的にゲームをリリースするには、自前で出版社を運営するか、出版社と繋がりのある中国の代理店を頼るしかない。


中国で合法的に運営しているゲームアプリ『ブロスタ』の中国バージョンのログイン画面では、ISBN(つまり版号)および中国側の代理店が明記されている。『ブロスタ』は中国で版号を受けてから運営を開始した。その時にはもうすでに海外バージョンが1年以上運営されていた。また、中国版の『ブロスタ』は中国国内のユーザーのみと対戦できる仕様になっている。

一方で、中国現地の代理店とコラボし、ともにゲームを運営するにはいくつかの難関がある。まずは膨大な代理費用がかかることだ。版号の申請には費用がかからないとはいえ、ゲームが審査を受けるにあたってはすべての内容が中国語にローカライズされる必要があるほか、代理店への申請にも複雑な書類手続きが要求され時間がかかる。なお一般的に、版号の申請手続きそのものに5か月〜8か月の時間がかかるが、すべての申請プロセスを完了した後に、必ずしも版号が得られるとは限らない。


現在の状況下では、出版社を運営するデベロッパーは、ほかのデベロッパーと比べて版号の獲得が比較的に容易である。上記ツイートをおこなったLeiting Gamesはその一例である。同社は中小デベロッパーであるにも関わらず多くの版号を所持している。中にはインディーゲームの数も少なくない。日本でも運営する予定の『Elona Mobile』 がその一例だ。しかし、Leiting Gamesのように自前で出版社を運営する会社を除いて、多くのゲーム会社(テンセントなども含めて)は外部の出版社を頼っている。

また、版号の数は限られている。2018年には通知もなく版号の申請および審査が9か月も停止していたケースもあった。その後、政府から直に「版号の数を一定の数まで制限する」という発表があった。2017年には9000程度の版号が下ったことに対して、2019年に下りた数は1570しかなく、2020年に発行された版号の数も1300未満とされている

重ねて述べるが、版号は申請したからといって必ずしも得られるものとは限らない。審査はゲーム内容だけでなく、中国当局の政策にも大きく左右されている。たとえば、2016年に版号制度が実施されてから2020年12月にかけて、韓国デベロッパーがライセンスを得たケースはただ一件のみだ。このゲームは2014年からグローバルに展開されており、2017年になるころにはすでに版号の申請が開始されていたと伝えられている。件数の極端な少なさは、おそらく2016年に発生したミサイル実験事件による中国と韓国の不仲が一番の原因である。

また、版号審査のプロセスは極めて不透明だ。前述した韓国デベロッパーのケースはもちろん、版号発行の発表は決まった日時で出すわけではないし、毎月版号を発行するわけでもない。古いゲームより新たに発売されるゲームの方が先に版号を獲得した例も少なくない。某デベロッパーが「版号の申請は大丈夫だ。なぜなら代理人として政府官僚の子供が関わっているからだ」と語っていたという話を筆者は聞いたことがある。

つまり、中国の複雑な政治的事情を理解しない海外のデベロッパーと、権力も金銭力もない中国のインディーゲームデベロッパーおよび中小デベロッパーには、版号の申請が極めて困難なのだ。かつては、中国国内のデベロッパーは海外のアカウントを作って海外デベロッパーとして版号なしで中国のApp Storeにゲームをリリースし、運営することもできた。海外デベロッパーもApp Storeを通じて巨大な中国市場で成功することもできたし、中国のユーザーたちもApp Storeを通じて海外ゲームおよびインディーゲームを楽しめた。しかし、これからはこれらのことができなくなる。App Storeが中国政府の政策を厳しく守るようになったことで、中国ゲーム市場の鎖国時代が始まるのだ。


中国ゲーム市場のこれから

中国国内のゲーム市場は、日本以上にモバイルゲームが主流だ。ゲームといえば、モバイルのゲームアプリだというのが一般的な中国ゲーマーの認識である。

中国では、モバイルゲームの収益が市場の大半を占めている


中小デベロッパーにとって、中国でゲームを成功させるにはモバイル版をリリースするのが必須である。それができない中小デベロッパーは、海外進出を選択するか倒産かの二択しかない。2019年には1万8000を超えるゲームデベロッパーが倒産した。この状況はこれからも続くのだろう。

また、発行される版号の数が少ない現状では、品質が高く、かつ儲かるゲームが求められているのだろう。この状況では、開発とマーケティングに力がある大企業しか残されず、中国ゲーム市場の未来もそうした企業が中心に回っていく。現に中国では、ゲーム版号が少なくなるにも関わらず、2020年の収入は2019年と比べると20.71%も上がっており、ユーザーの数も3.7%上がった。

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新型コロナウイルスの影響もあるが、テンセントを始め、中国の大手企業が市場の大部分を占め始めている。大手企業だけが、版号という中国市場もっとも高いハードルを乗り越えていけるのだ。これから中国ゲーム市場はどんどん多様性を失い、多くのゲームのビジネスモデルは、課金型に依存していくだろう。今現在、中国のインディーゲームデベロッパーに残されている唯一の選択肢はSteamしかない。しかしごく少数の中国ゲーマーしかSteamの存在を知っていない現状を見ると、モバイル版の発売が難しくなる状況下では、生き残る術がほとんど残されていない。いつかSteamも中国国内で完全閉鎖されると予想される。暗黒時代は、これからも続いていく。