「ゲーム障害」の認定根拠となる文献をWHOが示せず。専門家の問い合わせから波及

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世界保健機関(WHO)が2019年に認定した国際疾病「ゲーム症/ゲーム障害(Gaming Disorder)」について、成り立ちに疑問の声があがっている。海外専門家が同疾病についてWHOに問い合わせたところ、不透明な対応を受けたと証言。さらには同疾病に関するWHOのQ&Aページが一時閲覧不能となったのだ。海外メディアNMEがこの出来事を報じ、海外専門家を中心に波紋が広がっている。

「ゲーム障害」は、WHOが2019年に採択した「国際疾病分類第11版」(ICD-11)にて認定した国際疾病。同障害について、ICD-11での定義を簡単にまとめると「プレイ時間や頻度および熱中度などを制御できない」「日常生活よりもゲームを優先してしまう」「社会活動などにマイナスな影響が発生してもゲームプレイを継続、もしくは拡大してしまう」などの特徴が挙げられている。平たくいえば、いわゆる“重度のゲーム中毒”を、アルコールやギャンブルなどの依存症と並び治療が必要な疾病として定義しているのだ(関連記事)。

ICD-11は2022年1月に正式発行される見込みとなっている。現在は各国が国内での適用作業を進めている状態だ。適用されれば、公的統計などにゲーム障害の病名が利用される。ほかにも、病院での診断やカルテの記述などにもゲーム障害の名が利用される見込みだ。一方で、WHOによる認定への動きに対しては、米ESA(エンターテインメントソフトウェア協会)など海外の一部ゲーム業界団体が抗議の意思を見せてきた。ゲーム障害は、その定義や成り立ちに懸念をもたれる傾向があるのだ。
 

 
今回海外メディアNMEが報じたのは、英オックスフォード大学教授であるAndrew Przybylski氏の体験だ。同氏はビデオゲームと人の関わりなどをテーマとする研究に携わる人物。ことの発端は、Przybylski氏がWHOのテドロス事務局長に対してTwitter上で送った質問だった。同氏はWHOが公開している資料だけでは、疾病認定の根拠とするには不十分との懸念を抱いたとのこと。そこで、ゲーム障害の認定にあたってその科学的根拠となった文献などについて問い合わせたのだ。この問い合わせには、WHOによるゲーム障害に関するQ&Aページへのリンクが含まれていた。同ページはPrzybylski氏の問い合わせ後、閲覧できない状態となった。
 

 
質問を受けてWHOはPrzybylski氏にメールにて返答した。同氏がNMEに公開した文面によれば、WHOは「ゲーム障害認定の判断の根拠や正当性を文章で伝えるのは、不可能ではないものの難しい」と答えた。また、WHOは同メールにて「WHOの活動に関わる専門家には、査読済みの文献を発表するよう奨励している」「あなた(Przybylski氏)はこの問題に関する多くの文献を知っているはず」と伝えたそうだ。つまり、「調べれば根拠はわかるはず」という旨の返答と解釈できる。

Przybylski氏はNMEに対して「数百件の文献をあたったものの、ゲーム障害認定に値する根拠は得られなかった」と語っている。一方でWHO側もNMEの本件に関する問い合わせに返答。Przybylski氏のWHOへのツイートに含まれていたゲーム障害Q&Aページが消失した点について、同ページは「削除したのではなく移動した」と説明。新しいページURLを案内している。WHOのVladimir Poznyak氏は「ICD-11には何万もの診断項目などが含まれており、それぞれの科学的根拠などについて文章化して伝えるのは困難である」と背景を説明している。また、疾病認定については何千もの論文や文献を徹底的に検討しておこなわれていると強調した。そして、ゲーム障害をICD-11に含むことで、同障害の適切な診断や予防および治療の推進に繋がるとしている。

【UPDATE 2021/11/19 18:32】
Q&Aページ消失について追記し、同ページに関する冒頭文の記述を変更

WHOとPrzybylski氏に関する一連の動きは、専門家を中心に波紋を呼んでいる。国内では大阪大学非常勤講師で、博士(人間科学)学位をもつ井出草平氏が、国内むけにNME報道を紹介。コミュニティの反響が寄せられている。国外ではTwitter上で「ゲーム障害認定は科学的根拠に基づいておらず、政治的圧力によるものだ」との指摘も出た。さらに、続く一連のツイートで米ステッソン大学の心理学教授、Christopher Ferguson氏が政治的圧力を示唆するメールを公開するに至っている。
 

 
このメールは、米コロンビア大学博士Geoffrey Reed氏からFerguson氏に送られたものと見られる。Reed氏は、2008年から2018年までWHOにてICD-11の改定などに携わった人物だ。公開されたメールのなかでReed氏は、「(ゲーム障害を認定するように)各国、とくにアジアの複数国から甚大なプレッシャーを与えられている」と綴っている。あくまでもこのメールはFerguson氏が個人的に公開したものであり、真偽や背景は不明な点に留意したい。しかし、事実であればゲーム障害の疾病認定に科学的根拠以外の外力が働いた可能性を示唆する証拠だ。

NMEのTwitter上での投稿には、ほかにもゲームや心理学分野の専門家などが反応している。また、Przybylski氏の所属するOxford Internet Institute公式Twitterアカウントも、記事について好意的なコメントを寄せている。今回の一連の出来事とその余波は、どこへ向かうのだろうか。今後の議論がゲーマーの健康に繋がることを期待したい。

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