『The Last of Us Part II』のNaughty Dog、過酷な長時間労働による人材流出が深刻との報道。過重労働文化で走り続けた名門ゲームスタジオの変化


海外ゲーム業界において繰り返し議論されている、継続的な長時間労働、通称「クランチ」。大手企業における労働環境を危惧する内部者の声は、匿名告発記事として繰り返し顕在化している。そしてこのたび、『The Last of Us Part II』を開発中のNaughty Dogに関する内部者談(現/元スタッフあわせて13人)をもとにしたレポートが公開された(Kotaku)。記事を担当したのは、長年労働問題やクランチに関する取材を続けているJason Schreier氏。Naughty Dogのクランチ文化自体は、随分と前からスタジオの経営陣が認めており、「クランチしている」こと自体は目新しい情報ではない。今回公開された記事のポイントは、「長年クランチを続けた結果、名門スタジオにどのような変化が生まれたのか」である。

『Uncharted』シリーズや『The Last of Us』で知られ、現在は『The Last of Us Part II』の5月リリースに向けて全力疾走中のゲームスタジオNaughty Dog。『The Last of Us Part II』についてディレクターのNeil Druckmann氏は「開発の初期段階から、私たちは、本作がNaughty Dog(ノーティードッグ)の35年にわたる歴史の中でもっとも野心的かつもっとも長いゲームになると確信していました」(PlayStation.Blog)と語っている。

その野心の大きさから、完成させるための労力ははかりしれない。もとからNaughty Dogは優秀な人材が集まる職場であると同時に、過酷なクランチが常態化していることでも有名。かつてクリエイティブ・ディレクターとして同社に在籍していたAmy Hennig氏も、ゲーム開発への情熱と私生活を天秤にかけざるを得ない労働環境を繰り返し問題視している。『Uncharted』シリーズを開発していたころ、約2年おきに新作を出すという窮屈なスケジュールにより常時クランチ状態であったと、2016年時点で言及。また同氏は、「ゲーム業界として改善していかなければならないのに、賭け金がつり上がっていく一方で、勝ちようのない軍拡競争をしているようなもの」とも表現していた(関連記事)。

 

健康・人間関係・私生活を生け贄として捧げる仕事

週末も含めての長時間労働が続くNaughty Dogは、最高級のゲームを生み出すかわりに、健康・人間関係・私生活を生け贄として捧げる祭壇であると、今回のレポート内で表現されている。いかなる代償を払ってでも、仕事を成し遂げねばならない。それ自体は何もゲーム業界に限った話ではないかもしれないが、「程度が違う」というのが取材を通した同レポートのひとつの主張でもある。先述したHennig氏が同社の開発スタイルについて「持続可能なものではない」と語っていたのと同様、今回の取材に応じた匿名スタッフも「これを続けるわけにはいかない。歳を取ってきているし、夜通しでは働けなくなってきたと、気づくタイミングがくるんだ」と悲観している。

 

クランチを覚悟していても起きる燃え尽き症候群

Naughty Dogのスタッフは、クランチが待ち受けていることを承知の上で入社する。面接の時点でしっかりと知らされるという。同社が積極的に採用するのも、長時間労働を厭わない完璧主義者たちだ。かといって、そうして入ってくる優秀な人材が長続きするかというと、必ずしもそうではない。『The Last of Us』や『Uncharted 4』の共同ディレクターであったBruce Straley氏は、『Uncharted 4』完成後に燃え尽きて長期休暇に入り、そのまま退社。Straley氏は退社する前にSchreier氏のインタビューに応じ、「もう二度と『Uncharted 4』と同じ経験を繰り返したくない」と語っていた。2016年発売の『Uncharted 4』でクレジットされていた、リード職以外のデザイナー20人中14人も、すでにスタジオを去ったという。離職理由はさまざまであるが、Schreier氏によると、現スタッフと元スタッフは口を揃えて「クランチによる燃え尽き症候群」が主な理由であると語ったという。

 

残業したくなくても空気を読む

なお全員が長時間労働を歓迎しているわけではない。8時間集中力を最大限に高めて働き定時で帰る者もいるという。ただ、残業したくないスタッフの中には、自分が先に帰れば仲間の仕事を妨げることとなり、実質上義務付けられているように感じる者もいるとのこと。Kotakuの取材に応じた匿名スタッフによると、仮に言葉にしなくても「お前が深夜まで残らなかったせいで仕事がうまくいかなかった」というような視線を感じるという。こうした残業文化の伝播は、残業があたり前になった企業においては、ゲーム業界に限らず起こりうる現象だろう。また時間を費やした仕事が幾度となくスクラップされ、モチベーション低下につながるというのも、ゲームづくりにおいては良く聞く話である。

こうした問題は、多くの場合プロダクション部門が管轄することで緩和されている。スケジュール管理や、部門間の連携など。だがNaughty Dogにはプロデューサーがいない(*プロダクション部門に関しては、後日ディレクターのDruckmann氏がTwitter投稿にて言及している。本稿末尾に追記)。記事を担当したSchreier氏は自著「血と汗とピクセル:大ヒットゲーム開発者たちの激戦記」でのNaughty Dog取材を経て、同社にはプロデューサーはおらず、「全員が自己管理を求められる」と説明していた。一時はプロデューサーを数人雇うことでタスク管理を向上しようとしたそうだが、スタジオに根付いた「自己管理の精神」にはあわなかったようだ。それは煩雑な社内手続きに手間をかけずに済む、自律性のある環境をつくれると同時に、止める者・交流を促す者がいなくなることも意味するという。「素晴らしくクリエイティブな環境だけど、家には帰れない」と、匿名スタッフの一人はSchreier氏に告げている。

 

ベテラン不足を、若手の数で埋める

当然、相次ぐ離職は『The Last of Us Part II』の開発にも影響を及ぼす。マネジメント層が人手不足に陥ったほか、社内で重要なポジションにあるデザイン部門は打撃が大きかったとのこと。各部門との連携係としての役割も果たしているだけに、人材ロスは痛手となる。ベテランスタッフがSchreier氏に語るところによると、『Uncharted 4』の後、リード職以外のデザイナーの7割、そして大人数のアーティストが去ったことで、デザイン部門は見慣れない顔だらけになったという。『The Last of Us Part II』がNaughty Dogでの初仕事となる、経験の浅いスタッフが穴を埋めることになったのだ。

Naughty Dogが求める水準は非常に高く、新人スタッフが増えれば当然ベテランスタッフよりも仕事に時間がかかる。やり直しが発生する回数も増え、他のスタッフの仕事も増える。それはシニアスタッフの離職をさらに促すことにつながる。そうした事情もあり、同社では若手の採用に消極的だった時期もあったという。さらにNaughty Dogには「何も言われないのは、良い仕事をしている証拠」という不文律があるとのこと。つまり、フィードバックはネガティブなものばかり。新人スタッフにとっては、かなりストレスのかかる職場環境だと証言されている。

 

発売延期はクランチの緩和ではなく延長

『The Last of Us Part II』は当初2020年2月リリース予定となっていたが、発売日発表の翌月に延期を発表。現在の発売予定日は5月29日となっている。それはクランチの緩和ではなく、クランチの延長を意味している。ただSchreier氏が得た情報によれば、その3か月が無ければ品質が厳しい状態でリリースを迎えることになったという。最高品質のゲームに仕上げるためにはやむを得ず、クランチを苦としない社内の多数にとっては喜ばしい知らせでもあった。多くはクランチを厭わないからこそ、文化として成り立っている。最高級のゲームづくりに携われ、給料も待遇もよく、プロジェクトが終われば長期休暇を取れる。だからこそNaughty Dogに入るのだし、だからこそ頑張れる。契約社員の場合は、いつか正社員になれるかもしれないという希望が、長期労働のインセンティブとなる。

だがその結果としてスタジオの人材流出を招き、シニア職が不足。経験の不足を若手の数で補うようになったというのが、今回のレポートが示すところである。何年でもクランチに耐えられる人間だけで、Naughty Dogのような一流スタジオを維持し続けられるのか。今回のレポートを担当したSchreier氏は、こうした社内に根付いたクランチ文化は、ゲームの発売を延期するだけでは解消できず、ワーカホリック(仕事中毒者)をトップダウンで抑えるしかないと意見している。Naughty Dogはワーカホリックを推奨しているのが現状だと。なおSchreier氏は労働問題に関する記事を多く担当しているほか、同氏が所属する海外メディアKotakuとしても先日、ゲームレビューなど締め切りに間に合わせるための時間外のゲームプレイを就業時間とみなすと声明文を出していた。労働問題を扱う組織として見本となるよう、取り組んでいるようだ。

 

Naughty Dog5年半在籍したアニメーターも反応

Naughty Dogに5年半勤めていたアニメーターのJonathan Cooper氏は、今回の記事に反応し、Twitter上で自身の体験をつづっている。Cooper氏が昨年同社を退社する際には、社内労働慣行の口外禁止を定める書類に署名するまで、最後の給料の支払いを差し控えると迫られたとのこと。それは違法ではないかと伝えたことで、会社側が折れたという。

Cooper氏自身に特段ひどいクランチ談があるわけではなく、社内で「ストーリーアニメーター」と呼ばれるメンバーの平均労働時間は週46時間ほどで、週55時間を超えることはなかったという。部門によって事情は異なることがうかがえる。とはいえ、比較的長時間労働ではなかった契約労働のストーリーアニメーターも、多くが2019年に辞めていったとのこと。また昨年9月に披露されたゲームプレイデモの制作に追われた「ゲームプレイアニメーター」陣は、Cooper氏が見たことがないほどの長時間労働を続け、友人のひとりは超過労働により入院したという。

 

優秀人材の不足が、退職理由

Cooper氏がNaughty Dogを去った理由としては、業界トップクラスの開発者と共に働きたいという同氏の希望を、Naughty Dogでは叶えることができなくなったからだと答えている。過酷なクランチが常態化しているとの噂が広まりすぎて、ベテランのゲームアニメーター(契約労働者)を雇うことができず、映画業界の契約アニメーターを採用していかざるを得なくなったという。優秀であることに変わりはないが、どうしてもゲームづくりのノウハウには欠ける。

またSchreier氏の記事でも言及されたように、デザインチームは役職ポジションに穴があいたことで増えた負担をカバーすべく、ジュニア層(つまり新人~キャリア数年の若手人材)で膨れ上がっていったという。各部門においてゲームづくりの経験が不足していることが、想定よりも長い開発期間につながったとも語っており、こちらもSchreier氏の記事と通底する見解である。若手とベテランの比率が崩れ、実際の開発作業よりも若手育成の方に時間がかかってしまうという状況が生まれたそうだ。

 

もっとベテランスタッフがいれば、1年早く発売できたはず

Cooper氏は、Naughty Dogの成功はスタジオの能力だけでなく、SIEの潤沢な資金提供によって成立しているものであり、もっとベテランスタッフがいれば、1年早くゲームを発売できたはずだとも述べている。Naughty Dogが人材維持に力を入れるまで同社で働くべきではないと同業者向けに忠告しつつも、『The Last of Us Part II』は業界最高峰のアニメーション品質を誇るゲームになるだろうと、同作ファンに向けて伝えている。多くの犠牲を払って作られる最高峰のゲーム。他の大手企業のタイトルでも同じことが言えるだろうが、Naughty Dogはその中でも犠牲が飛び抜けているというのが関係者の声であり、かつて「血と汗とピクセル」にてNaugty Dogを含め多数の大手スタジオへの取材を重ねたSchreier氏の見解である。

 

情熱のために、ときには破滅的な結果を招くほどの激務をこなす

『Uncharted 4: A Thief’s End』

今年5月、はかりしれない犠牲のもと生み落とされる『The Last of Us Part II』という超大作。同作のクリエイティブ・ディレクターであるNeil Druckmann氏もスタジオ内のクランチに自覚的であり、かつて『Uncharted 4』に関するRolling Stoneのインタビューでは、ゲーム開発への情熱自体が物語のインスピレーションになっていると語っていた。「個人の情熱と、健全な私生活を送ることのバランスを取ることは可能か。その問いが本作の中心にあり、同時にそれは私たちゲームデベロッパーとしての人生の多くを投影している。“クランチ”が私生活にどれほど影響を及ぼすかは聞いたことがあると思う。我々はみんな、何かしらの形で人々の心を動かし、影響を与えたいと思ってこの業界に入っている。その情熱のために、ときには破滅的な結果を招くほどの激務をこなすこともある。本作ではそうしたものを探究したかった」。Schreier氏も、先述した「血と汗とピクセル」にて、『Uncharted 4』のテーマのひとつを「人間関係を壊さずにどうやって夢を追うか」と説明していた。

スタジオとしてクランチを避けたいという想いが皆無なわけではなく、今回のSchreier氏の記事でも、クランチを避けるべく事前の計画立てを入念に行なっていたと記されている。だがゲーム開発は思い通りにはいかない。クランチが常態化した社内文化により、歴史は繰り返されていく。前作の開発時よりもスタッフが疲弊して、前作よりもスケールが大きなプロジェクトを動かす。もちろんクランチが懸念視されているのはNaughty Dogだけではない。Epic Games、BioWare、CD PROJEKT RED、Rockstar Games、Activisionなど、大手ゲーム企業に関する内部告発は無数にある。その多くは決して強制的な長時間労働でも、残業代未払いの労働でもない、自発的な(もしくは空気を読んでの)長時間労働である。ただ、あくまでも自発的な長時間労働だとしても、それはスタジオとして持続可能なのかという問いがつきまとう。

 

自発的過重労働の代償と持続可能性

Naughty Dogの長時間労働は、何も今になって明かされた話ではない。冒頭のAmy Hennig氏が発信してきたように、随分と前から知られている。「血と汗とピクセル」にてNeil Druckmann氏は、「クランチを解消しようと思うなら、『ゲーム・オブ・ザ・イヤーを狙うな』と指示するのが良いのかもね」と、Naughty Dogの共同社長Evan Wellsは「当社のゲームでは全部クランチしているね」と語っており、スタジオとして隠しているわけでもない。「クランチは話題になっているし、重要でないとは思っていない。でも完全になくなる気はしないんだ」と語るWells氏は、「クランチはアーティストの性分という気もするんだ。ゲームにあらかじめ決まった設計図はなく、常に作り直し続けるわけだから」とも述べている(「血と汗とピクセル」より)。

Wells氏いわく、クランチは強制ではなく、あくまでも各自の判断にもとづき「働けると思うだけ働いている」。だが長年の過重労働文化の結果として人材流出が深刻化したという、今回のNaughty Dogに関するレポートは、ブレーキを踏まずに最先端の大作を作り続けた結果として、どのような変化が生まれるのかという、ケーススタディと言えるだろう。長年同社の労働事情を追い続けてきたSchreier氏の仕事の文脈上、そうした意味で今回のレポートには重みがある。

なおクランチ文化を憂いたAmy Hennig氏は昨年、映画製作会社Skydance Mediaのもとでゲームスタジオを新設(関連記事)。クラウドゲーミング時代に向けた物語主導のゲームづくりを進めている。かつて在籍したような大規模なスタジオではなく、コアチームが集う小規模スタジオを設けつつ、専門分野ごとのパートナーと密に連携を取りながらの分散開発を取り入れ、持続可能な開発体制を築きたいと発信していた。かつてNaughty Dogにてクランチ文化に浸かっていたHennig氏の、ワークライフ・バランス実現の試みだ。

 

【UPDATE 2020/03/16 7:40】
『The Last of Us Part II』ディレクターのNeil Druckmann氏は3月14日、Naughty Dogのアニメーション部門とプロダクションチームを讃えるツイートを投稿した。アニメーションチームは知識と技術の双方に長けており、プロダクションチームは混沌とした同社の状況に秩序をもたらしてくれたと語っている。後者に関してはスケジュールの管理やコミュニケーションの円滑化に貢献してくれたとも言及。Schreier氏の記事へのレスポンスとは書かれておらず真意は不明であるが、アニメーションチームに関する不安の払拭や、プロダクションチーム不在という報道内容について、Druckmann氏の視点からの発信が確認できた形となる。

*Neil Druckmann氏の投稿内容