台湾ホラー『還願 Devotion』がSteamから姿を消し、現在購入不可に。傑作と評されたゲームとスタジオの混迷の時続く


台湾のインディースタジオRed Candle Gamesが手がける『還願 Devotion』(以下、還願)が、Steamストアページから姿を消した。日本を含む全世界のユーザーが『還願』のSteamストアページを閲覧できない状態にある(SteamDB)。

同作は、配信開始直後は高い評価を受けながらも、後述する理由により中国ユーザーを中心に低評価爆撃を受けており、先日には中国ユーザーをSteamストアページから締め出した。タイトルから「還願」の文字を消すなど、さまざまな試行錯誤をはかっていたが、とうとうSteamストアページを閉めるという段階に達している。2月19日の発売から1週間にして異例の事態に発展している『還願』。一体台湾生まれのホラーゲームと、その開発スタジオに何があったのか。あらためておさらいしよう。

『還願』は、1980年代の台湾を舞台にしたホラーゲーム。物語の中心となるのは、とある3人家族である。売れっ子作家の父、かつて女優であった母、そしてそのふたりに愛された娘。裕福で順風満帆であった家庭が、とあることをきっかけに崩れ落ちていく。プレイヤーは、時系列が異なる「マンションの一室」を調査し、この家庭に何が起こったのかを調べていくことになる。ユニークな設定に宗教を絡めた重厚なストーリーテリング、3Dで描かれるアジアな世界観、プレイヤーをさまざまな角度から不安に陥らせる演出など、ボリュームはない作品ながらも、総合的な完成度より高い評価を獲得。傑作とも評され、一時期はSteamレビューのステータス「非常に好評(95%)」にまで達していた。

絶好調の滑り出しを見せていたが、とある発見により事態は急変する。ゲーム内に飾られている符呪と呼ばれる張り紙に、「習近平くまのプーさん」と記されていることが確認され、さらに符呪の周りにある四文字が、語呂合わせで「お前の母ちゃんはアホ」と読み取れるものになっていた。中国の習近平国家主席は、2013年にオバマ大統領と共に歩いていた画像が「くまのプーさんとティガーが歩いているようだ」と比喩されたことから、「くまのプーさん」がちょっとしたネットミームになった。いわば、「くまのプーさん」は隠れた呼び名として定着したようだ。一件親しみやすい呼び名であるが、国家主席はばかげた真似はせず、妙な癖もなく、間違いは犯さない存在とされている(BBC)。そんな主席をくまのようだと表現するのは、政府側としては侮蔑であると捉えかねない。そんな背景もあり、中国では「くまのプーさん」はご法度な存在であるという。

『還願』の符呪では、「習近平くまのプーさん」と直接的な表現がされている上、「お前の母ちゃんはアホ」と解釈できる文言が並ぶ。これに中国のSNSのWeiboのユーザーは怒り、同作のSteamページに低評価爆撃をおこなった。その結果、「非常に好評」だったレビューステータスは「ほぼ不評」まで変化。台湾生まれの作品に隠されたイースターエッグは中国国内で大問題となり、各種プラットフォームは『還願』およびSteamに関連する単語を自主規制。中国ユーザーはRed Candle Gamesの手がける前作『返校』のレビューページにも抗議の声をぶつけたり、Twitterをはじめとしたスタジオのアカウントに突撃するなど、極めて大規模な抗議がおこなわれた。なぜ中国ユーザーがこれほどまでに憤ったかについては、より社会背景を掘り下げた別記事をご覧いただきたい。

さらには、ゲーム内のとあるイベントの直近のカレンダーの日付が、中国の国慶節(中国共産党による建国記念日)になっていたりと、符呪のようなはっきりとしたメッセージではないが、中国本土に対する批判メッセージが込められているのではないかと疑惑があがっている。
【UPDATE 2019/2/26 22:00】
新聞の資料に関する記述を、信憑性が低いという理由で削除しました。

Red Candle Gamesはすぐさま符呪に対する抗議に反応。今月23日朝に「プロトタイプの素材をそのまま公開してしまった」と短く謝罪していたが、同日夜に詳細な背景を説明。符呪はひとりのメンバーが独断で入れたものであり、ほかのメンバーは忙しく確認できなかったと釈明した。発売後ようやく気付き、別の素材に差し替えたことも明かされている。符呪はスタジオの政治的な姿勢を表明するものでも、作品を表するものではないとし、誰かを傷つけるつもりはなかったとプレイヤーに謝罪。どういう経緯であり全責任はスタジオにあるとし、謝罪を続けていくとコメントした。なお今回の一件により、パブリッシャーであるIndieventとWinking Entertainmentとの契約が解除されたことを明かし、契約違反上の損失はスタジオで負担すると表明していた。また『返校』のSteamストアページのパブリッシャー一覧からCoconut Island Gamesの名前が消えたことも確認できる。

その後Red Candle Gamesは前述したように、Steamにて『還願 Devotion』の表記を『還願』に変更。YouTubeアカウントにおける『還願』関連の動画を全削除。そして『還願』と『返校』のSteamストアページから中国ユーザーを締め出すなど、事態の沈静化を図っていた。その後Steamコミュニティページでは、あらためて騒動の現状を説明。販売本数を含めた、公式以外の告知は信じないでほしいと呼びかけ、偽造されたスクリーンショットなどにも気をつけてほしいと言及。事態が落ち着くまで、どうか時間をほしいとコメントしていた。

https://www.facebook.com/redcandlegames/posts/2017918808510070

冒頭の話にやっとつながることになるが、Steamストアページ削除についても、Red Candle Gamesはコミュニティにてその事情を説明している。その説明によると、技術的な問題やクラッシュ、それ以外のものを含めたさまざまな理由により、QAチェックをするため『還願』をストアページから取り下げたと表明。また同時に、現在の強いプレッシャーから緩和状態になる機会にすると正直に話しており、その間は取りざたされた符呪以外にも攻撃的なアセットが存在しないか確認し、「ゲームに集中できる」状態で戻したいと話した。

つまり、今回のSteamストアの削除は一時的なものであるようだ。非常に優れていると評価されながらも、攻撃的ととられかねない政治的メッセージを込めたゆえに、危機に瀕することになった『還願』とRed Candle Games。なお、弊誌の問い合わせに対し、Red Candle Gamesは「現時点ではコメントできません」と答えている。