thatgamecompany水谷立氏インタビュー。『風ノ旅ビト』に感動しアメリカに発ち、『Sky』の開発に参加した日本人の想い

『Flowery』に『風ノ旅ビト』、そして『Sky 星を紡ぐ子どもたち』。thatgamecompanyは、美しくも独創的なゲームを生み出し、クリエイティブの最前線を走るアメリカのインディースタジオだ。そんな名誉あるスタジオで、リードオーディオデザイナーとして活動する日本人開発者がいる。水谷立氏。スクウェア・エニックスにてサウンドデザイナーとしてキャリアを始め、その後「thatgamecompanyに入るために」アメリカに渡った同氏は、最新作『Sky 星を紡ぐ子どもたち』にて繊細に描かれる空の世界の音作りをリードしてきた。日本人でありながら新進気鋭の海外インディースタジオの前線で活躍する水谷氏に、『Sky 星を紡ぐ子どもたち』での音作りのこだわりから、アメリカに渡るというキャリアプランまで、細かくお話を聞いた。

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───自己紹介をお願いします。

水谷立(以下、水谷氏):
thatgamecompany リードオーディオデザイナーの水谷立です。ゲームオーディオに携わること15年以上になります。アメリカでのキャリアはまもなく5年目に差し掛かります。『Sky 星を紡ぐ子どもたち』(以下、Sky)は、昨年楽曲を提供した『Mirror Drop』という個人開発者によるインディータイトルに続き、渡米後に参加した2つめのプロジェクトになります。国内では『ファイナルファンタジーXI』、『ドラゴンクエストX』、『ドラゴンクエストビルダーズ』といった作品のサウンドディレクションを担当させていただきました。

───かなり順調にキャリアを積まれていたと思うのですが、アメリカに行こうと思われたきっかけはなんでしたか。

水谷氏:
thatgamecompanyに行きたかったからです。『Flowery』『風ノ旅ビト』をプレイして衝撃を受けました。人の一生や輪廻転生のストーリーを、文字なしで体験だけで描いてしまう。そういうやり方があるとも知りませんでした。感動もしましたが、それよりもあまりの素晴らしさに腹が立ちました。どんなジャンルの作品でも、たまに素晴らしい名作と出会うと、なぜか感動と同時に怒りが沸いてしまいます……。その制作の現場に立ち会えなかった自分の力不足や運の悪さに腹が立ってしまうのかもしれません。彼らの新しいプロジェクトに参加出来なかったら必ず後悔すると思い、オーディオデザインのポジションが募集されるのをずっと待っていました。もしthatgamecompanyがドイツの会社だったらドイツに、インドの会社だったらインドに、大阪の会社だったら大阪に行きたいと考えただろうと思います。

Flowery is a trademark of Sony Interactive Entertainment Inc. Developed by thatgamecompany.©2009 Sony Interactive Entertainment America LLC
©2012 Sony Interactive Entertainment America LLC. Developed by thatgamecompany.

───渡米にあたっての流れを教えてください。

水谷氏:
O1というビザを取得して渡米しました。アメリカに行くにあたっての審査にはとても長い時間がかかり、やきもきする日々が続いたことは覚えています。在職中の会社の上司及びメンターの推薦状の提出を求められるという、人生でこれ以上に気まずい思いをする事はこの先無いだろうという出来事もありました。アメリカでは割と一般的なことのようですが、ずっと日本の会社で働いてきて、「退職して同業他社に行きたいんですが、紹介状書いてくれませんか?審査に落ちたら全て無かったことになるかもしれませんが。」なんて、どんな鋼のメンタルがあれば頼めるでしょうか。結局頼みましたが……(笑)。「おお、分かった」と一言で引き受けてくれた上司にも大変感謝しています。その時の内心を慮ると、今も胃がキリキリします。本当に周りの人間には恵まれていました。

アメリカ到着後も、賃貸契約からガスや携帯電話の契約、免許証の取得といった生活のセットアップを慣れない英語でこなしていくのはとても大変でしたが、先人たちがインターネット上に残したブログを頼りに、クエストを消化していく感覚で楽しんでやろうとこなしていましたね。

───インディースタジオに就職するために渡米する前例はあまりないですよね。

水谷氏:
将来性が不透明ですからね(笑)。

───(笑)。thatgamecompanyに入ろうとして、入るまでどのくらいの期間がありましたか。

水谷氏:
1年半ぐらいですね。

───どのプロセスに時間を要されたんでしょうか。

水谷氏:
ビザの取得です。応募をして、ビデオチャットで面接をして、サンタモニカの会社まで最終面接に行きました。その期間は半年ぐらいでした。そこから1年待たされました。ビザの手続きをしたのち、一度保留状態となり、準備をし直すことになりました。採用してから1年よく待ってもらったなと……(笑)。

───もともと語学は堪能でしたか。

水谷氏:
読み書きはある程度はできましたが、話す聴くのコミュニケーションは日常会話レベルではほぼ使い物にならないレベルで、こちらに来て最初の半年間は毎晩家に帰る頃には知恵熱が出て頭がぼうっとしているほどでした。

業務レベルの英語力というと、よく日常会話レベルの上で想定されますが、個人的には日常会話の方が業務上の会話より何倍も難しいと思っています。電話の相手が言っていることが聞き取れない、ランチタイムの雑談に参加できない、人を紹介されても会話が続かない……ストレスの連続でした。アラフォーになってから語学の習得込みで新しい環境にチャレンジするのは、よほどの意気込みが無ければオススメはしないです。そんな環境についてきてくれた妻には本当に感謝しかありません。

───渡米にあたっては準備もされていましたか。

水谷氏:
多少の準備はしていました。前会社に英会話の同好サークルがあったので参加したり、週末に英会話の家庭教師に来てもらったりで、毎日最低1時間は勉強にあてていました。1年で365時間です。

そして渡米後に、それでは全く足りないと思い知らされるわけです(笑)。英語習得には3000時間は学習が必要らしいです……。今でも勉強は継続中です。

───とても流暢に英語を話されているので、意外に思いました。またそのほか、アメリカに行くにあたってもっとも入念に準備されたことはなんでしたか。

水谷氏:
ちょっと変則的な回答になるんですが、ペット関連ですね。ずっとペットを飼っていまして、連れて行くことには気楽に考えていたんですが、アメリカ本国に持ち込めない種だったようで。ペットを運ぶためだけに実家に飛行機で行ったりだとか、その準備に一番時間を割きました(笑)。

───しっかりとしたお金貯めるだとか、そういう答えを想像していました。

水谷氏:
貯金も大事ですね。向こうでは車が必要だったので買って。家を賃貸契約して、保証金を払うなどしたら貯金はゼロになりました。

───(笑)。ちなみに、生活基盤のセットアップで、一番大変だったのはなんでしょうか。

水谷氏:
アメリカには、ソーシャルセキュリティナンバーというものがあります。日本のマイナンバーにあたる、納税記録などを保管する個人番号ですね。それがないと家を借りられないですし、銀行口座も開けないですし、免許もとれません。まずそれらをまず素早く取得する手続きをできるように、入念に計画を練る必要がありました。とはいえ、それらは日本国内で手続きできるものでもないので、そうした点はすごく準備しましたね。セットアップについては、会社のサポートを受けられてとても助かりました。

先程も言いましたが、やはりビザは大変です。ビザはとれたからといって、その心配が消えるわけではないので。更新もしなければないですしね。住んでからも不安は続きます。

───不安という点では、アメリカで危機を感じたことはありましたか。

水谷氏:
本当に思い当たらないですね。すごくラッキーなんだと思います。事件に巻き込まれたり、トラブルにあったこともない。大きな危機を感じたことはないんですよ。ただロサンゼルスは、日本に台風がくるぐらいの頻度で山火事が起きます。山火事が一度起きるとそれが何週間も続いて、街の方まで被害がきます。天気が悪くなったり、自動車に灰が積もったり。自宅の10キロ近辺まで山火事がきて、もう少し近寄ったら避難しなければいけないという状況になったことがありました。

───サンタモニカの治安はどうでしょうか。

水谷氏:
サンタモニカは治安がいいほうだと思います。さきほどの「アメリカに行くにあたって準備したこと」について付け加えるなら、前もって治安が悪いところを調べたことはあげられますね。サンタモニカとはいっても、いろんなエリアがありますので。エリアというより、道単位、ブロック単位とも言えるかもしれません。道を隔てると雰囲気が変わるところはたくさんあります。ただ危ない場所は、その分魅力もあったりもします。若者が集まるヒリヒリするようなところだとか。ただ、カリフォルニア州には、いろんなところからいろんな人がきていて、多様性が深いエリアなんです。なので、人種的に差別をされたことは一度もありません。

───社内スタッフと仲良くなる上では、言語の障害もあったと話されましたが、他スタッフとどのように距離を近づけられましたか。

水谷氏:
もともとコミュニケーションはあまり得意な方ではなくて、今でも自分はコミュ障だと思っています。だから今でも仲良くなっているのかはわかりませんが(笑)。ひとつ言えるのは、お昼を大切にするのが大事なのかなと。日本の忙しい方は、業務中にご飯をたべたり、移動しながら食べることが多いと思います。アメリカはランチを大切にする文化があります。こちらではどんな忙しい時期であっても、席で食べるということはあまりなく、みんなで集まってリフレッシュしながらお昼をたべています。それと、こっちで感じたマナーの部分なんですが、ランチの時間はみんな仕事の話をしません。週末何するのとか、こないだの旅行どうだったとか、日常会話をするんです。多分、意識的にみんな協力してリフレッシュしようとしているんだと思います。

なので、会社に入って最初の頃は、言葉がわからないながらもランチに参加していました。みんなが何を話しているのかとか、話題を知るきっかけになりました。それがコミュニケーションをする上で助けになったと感じていますね。

───UNOやろうぜ!と切り出すようなコミュニケーションをされたのかと思いました。

水谷氏:
会社にはそういうスタッフもいますけどね(笑)。その役回りは僕じゃなかったです。

───改めて来てわかる、アメリカの会社の良さをあげていただけますか。

水谷氏:
さきほどの話とやや重複しますが、家族やプライベートを大切にしていて、たとえ繁忙期であっても、オン/オフの区切りがハッキリしていることです。「残業をしてでも終わらせる」のではなく「残業が発生しないよう業務量を調整する」感覚が根付いているので、業務中の集中力は非常に高い一方で、定時になるとサッと帰ってしまいます。自分は古い感覚からなかなか脱しきれず、最初は心の中での文化の衝突というか不満もありましたが……「あれもういない」みたいな(笑)。

───労働についての文化は、馴染んだものがあると解消が難しかったのでは。今は適応できましたか。

水谷氏:
難しい質問ですが、文化の違いというより、世代の違いとして割り切ることが唯一の解決策かなと思っていますね。自分の考え方が時代遅れなのかなと。

被雇用者としてプロダクト開発をしているのか、クリエイターとしてアートを作っているのか。アートならばQoLを犠牲にしてでも自身の全てを注ぎ込むべき、とかつては思っていましたが、今は自分がその思考を修正しようとしているところですね。よく考えると多少の文化の差異はありますが、世代の差異の話かもしれません。

───興味深いお話ありがとうございます。逆にアメリカにきて感じた日本の会社の良さはありますか。

水谷氏:
時代とともに変わりゆく部分だとは思いますが、少なくとも自分がこの仕事を始めた頃は、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング=実務を通じて業務を学ぶ)がとても充実していました。音楽もゲームも好きでしたが専門的な教育を受けてきたわけではなかったので、そんな自分でも業界に潜り込めたのは、入社してから鍛え上げる制度と、変な奴でも採用者の直感で採ってみる度量が日本の会社にあったからだと思います。

キャリアと大学教育が強く結び付いていて新卒でも即戦力採用、実力主義のアメリカ型採用ではこうはいかなかったでしょう。合理的だとは思いますが、成長曲線が見えてしまうというか、番狂わせは起きにくい気もします。

───こちらにきてもthatgamecompanyへの愛は変わらず?

水谷氏:
「愛」とはちょっと違う感情な気がします(笑)。どういう思考回路と判断基準で動く人たちなのか、どういうワークフローでチームとしてまとまりを生み出しているのか、すごく興味があって飛び込んでみて、一緒に仕事をしてみて同僚となった彼らのことはますます好きになっていますが、興味がある対象はいつも人です。

入れ替わりも激しいですし、thatgamecompanyという器は自分にとってはアメーバみたいに流動的で、境界が曖昧なものです。

───アメーバ……哲学的ですね。ゲームとの出会いはどのようなものでしたか。

水谷氏:
小さい頃はゲームに厳しい家庭だったので、ゲームは大好きでしたがあまりできる環境ではなく、想いを募らせて自分の想像のゲームをノートに描いたり、友達の家に行って見ているくらいでした。

中高生の時には自由に遊べるようになりましたが、その頃にはもう音楽の方に興味が向いていたので、ゲームは『マリオペイント』や『デザエモン』『DEPTH』で曲を作ったり、初代の『beatmania』を遊んだりするくらいでした。ゲーセンでCAVEや彩京の縦シューだけはめちゃくちゃやっていましたけどね!家庭用ゲームはさっぱりで、業界に入ってからまた改めて遊ぶようになった感じです。

───thatgamecompanyに入社されただけあって、欧米のゲームもお好きだと思うのですが、いわゆる洋ゲーの入り口は。

水谷氏:
入り口というとやっぱり『WipEout XL』と『Wipeout 3』 ですかね……ワープ・レコーズ系のテクノと、デザイン担当していたデザイナーズ・リパブリックのファンだったので、そのカラーがゲームにがっつり入ってきて、しかも自分で動かせる、これは痺れましたね。久々に観たくなって探して動画を見つけましたが、このオープニングムービーから死ぬほど無機質なタイトル画面への遷移、メニュー画面のUIと効果音、今見ても最高です!!

───最近のタイトルで印象に残ったものは。

水谷氏:
感動と悔しさを覚えたという面では、『テトリス エフェクト』です。『フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと』や『INSIDE』もそうですね。『テトリス エフェクト』は、サウンドとビジュアルの結びつけ方が圧巻でした。アイデアの広さもありますし、やられたと感じましたね。すごかった。オールタイムベストを5個あげるとすれば、ゲームボーイ版『テトリス』、初代『スターフォックス』。『不思議のダンジョン 風来のシレン』『Wipeout 3』『Rez』。お気に入りのゲームを選ぶって本当に難しいです。本当にゲームが好きなんですが、『Sky』開発後期から時間がなくてプレイできていない状態です。時間ができた時にたくさんのゲームを遊びたいですね。

───ゲームへの愛が伝わってきます。今楽しみにしているタイトルはなんでしょうか。

水谷氏:
PLAYDEADが開発している新作SFタイトルです!初の3D作品とのことで、何を見せてくれるのか想像も付かないけど、すごく楽しみです。

───僕も楽しみです。待ち遠しいですね。

後編に続く

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