PlayStationのボス「『CoD』はPS向けに劣化品質でリリースされるかも」と懸念。しかしとある開発者は“そんなことをしたい開発者はいない”と反論し注目集まる

 

マイクロソフトによるActivision Blizzardの買収計画に関して、米国FTC(Federal Trade Commission・連邦取引委員会)が仮差し止め命令を求めて訴訟を起こしており、米国時間6月22日よりカリフォルニア州北部地区連邦裁判所にて審理がおこなわれている。

今回、審理にてソニー・インタラクティブエンタテインメント社長兼CEOのJim Ryan氏が事前録画されたビデオにて証言をおこなったことが伝えられている。証言の中で同氏は、『Call of Duty』(以下、CoD)シリーズ新作のPS版が、Xbox版と比べて発売時期や品質面で不利な状態で発売されるのではないかといった懸念について言及したという。「(販売戦略として)品質の低い/バグの多いゲームがリリースされるかもしれない」というRyan氏の懸念を、Respawn Entertainmentの開発者が真っ向から否定し、注目を集めている。


マイクロソフトは2022年1月、Activision Blizzardを総額687億ドル(約9兆8700億円・現在のレート)で買収する方針を発表。その後、反トラスト法(独占禁止法)違反の恐れがないかなどについて各国・地域の規制当局による審査がおこなわれており、日本を含むいくつかの当局ではすでに承認済みだ。一方で米国ではまだ審査が続いており、マイクロソフトがその結果を待たずに買収を完了させることを防ぐべく、FTCが仮差し止め命令を求めて訴えている状況にある。仮差し止め命令の是非を巡る審理のなかでは、かつての各社間における駆け引きなどが明かされてきた(関連記事1関連記事2)。

今回の審理ではJim Ryan氏が事前録画されたビデオにて証言を実施。PSおよびXboxの独占タイトルなどに関する同氏の見解やSIEの方針が説明されるなかで、Activision傘下スタジオが手がける『CoD』シリーズについての言及があったという。同氏はこれまでマイクロソフト側とおこなわれたメールのやり取りについて説明。マイクロソフト側から昨年8月に送付されたあるメールを受けて、Ryan氏は『CoD』新作のPS版だけ発売時期が遅くなる、あるいは品質が低下したりバグが多くなったりするのではないか、といった懸念を抱いたことを証言したという。AxiosのジャーナリストStephen Totilo氏が伝えている

この証言を引用して、Respawn Entertainmentにて『Star Wars ジェダイ:サバイバー』のシニアエンカウンターデザイナーを務めるPatrick Wren氏が反論している。同氏は「品質が低い、あるいはバグが多い状態でゲームをリリースしたがる開発者なんていない」と明言。開発者はユーザーが楽しめるものを作りたいし、どんな状況でも常に最高の製品を出荷しようとしていると伝えている。そうしてRyan氏の発言を“バカげている(asinine)”とコメントした。

またWren氏はユーザーに返答するかたちで、開発者が品質が低い/バグが多い状態でゲームをリリースしたくない理由をさらに説明。リリース後に必要なサポートが増えることは、開発者のストレスを増加させ、離職者の増加にも繋がるという。これは経営陣にとっても有益ではなく、もちろん消費者からも恨みを買うと同氏は述べている。同氏は過去にも同様の事態が起こったプロジェクトに参加していたそうで、「品質が低い/バグが多い状態でゲームをリリースしたいゲーム開発者などいない」という見解は自身の経験にも基づいているようだ。こうしたWren氏の意見を支持する声は一定数寄せられている。

一方で、プラットフォーム間でパフォーマンスの違いが見られた過去の作品例を挙げ、Wren氏の考えに反論するユーザーも一定数見られる。たとえば『Psychonauts 2』では、PS5版は最大解像度1440p・最大フレームレート60fpsでのみ動作するのに対し、Xbox Series X|S版には高解像度モードとパフォーマンスモードが用意。Xbox Series X版では高解像度モードでは最大2160p・60fps、パフォーマンスモードでは最大1440p・120fpsでの動作に対応していた。またXboxプラットフォームの方が高い解像度に対応していた類似例として、『Hellblade: Senua’s Sacrifice』も挙げられている。

パフォーマンスや発売時期については、ゲームによってはプラットフォーム間で差が生じるケースもある。一方でWren氏の述べるように、特定のプラットフォーム向けに意図的に品質が低い・多数のバグを抱えたゲームをリリースするといった販売戦略は、開発元・販売元の双方にとってリリース後のデメリットが大きいだろう。少なくとも開発者であるWren氏の目線では、販売戦略として現実的ではない方策といえるようだ。

なおWren氏は後のツイートにて、自身の発言にマイクロソフト側を支持する意図はないと明言。さらに、開発者はビジネス上の取引のために自分たちの仕事に泥を塗るような真似は決してしないと述べ、Ryan氏の発言を“極めてバカバカしい考え”だと強調している。

SIE側は今年3月、英国競争・市場庁(CMA)への意見書のなかでも『CoD』に関するさまざまな懸念を表明していた。『CoD』シリーズについて「開発リソースおよびエンジニアの質・数を各プラットフォーム向けに公正に分配しているか確認する術がない」、「ゲーム終盤やアップデート後にしか発生しないバグやエラーを含んだまま(PS向けに)発売するかもしれない」といったマイクロソフトへの不信感をあらわにしていた(関連記事)。いずれにせよ、SIE側の主張の背景には「競争相手であるマイクロソフトがActivision Blizzardを買収すれば、市場のなかで強力な存在になりすぎる」といった考えを示す狙いもある点は留意したい。

FTCとマイクロソフトによる仮差し止め命令の是非を巡る争いのなかでは、各社間における駆け引きなどが明かされてきた。そうした中で今回、Ryan氏の主張を開発者の目線から否定する意見が飛び出したかたちとなる。長きにわたって展開されている各社の主張には、開発者たちも注目しているのだろう。仮差し止め命令を巡る争いの、今後の行方も注目される。