“バ美肉”テーマの論文がジェンダー分野の学術賞を受賞する。バーチャル美少女になる人々は何を実践しているのか

Image Credit: Milad Fakurian
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スイスの人類学者ミラことリュドミラ・ブレディキナ氏は5月17日、自身の修士論文でジュネーブ大学のジェンダー分野の学術賞「プリ・ジャンル(Prix Genre)」を受賞した。修士論文の題は「バ美肉:バーチャルパフォーマンスの背後にあるもの。テクノロジーと日本演劇を通じたジェンダー規範の争奪」。“バ美肉(Babiniku)”について研究した論文として、世界で初めて学術賞を受賞した。 

バ美肉とは、「バーチャル美少女受肉」の略だ。言葉自体は日本のVTuberから始まったとされ、「VRChat」コミュニティなどとも関連し発達した文化のことで、バーチャル世界で美少女キャラクターのアバターを使用することを指す。その際、使用者のジェンダーは問われない。男性でも女性でも、アバターを使えば美少女になることができる。バーチャル世界で美少女の肉体を得ることを“受肉”と表現した用語、それがバ美肉というわけだ。 

バ美肉をテーマとして研究するため、ブレディキナ氏は2019年11月から2020年5月にかけて調査を実施。ユーザーに密着して行動様式を多面的に調査分析する「エスノグラフィック・フィールドワーク」とのリサーチ方法が実施された。バ美肉がアートにとってどのような意味をもつのか、日本の演劇文化との関係や背後にある心理を理解しようとし、美少女として自分を演出することが日本のジェンダー規範にどのような影響を与えているのか、といったさまざまな観点から考察をおこなっている。 
 

 
ブレディキナ氏の研究の概観については、過去の論文からも知ることができる。2022年3月に発表された論文が、Agnès Giard氏と共著した「 Becoming a Virtual Cutie: Digital Cross-Dressing in Japan 」だ。 

同論文ではおもに、男性がバ美肉をおこなうことについて論じられた。男性がバ美肉として活動する理由の一つとしては、現実世界の男性性から逃れて、弱さや人に頼ること、あるいは魅力的に振る舞うことを許容してもらえることが挙げられている。ある調査参加者は、「自分は守ってもらいたいと考える人間だが、現実ではそれが許されない。自分が守ってあげたいと感じるキャラクターのイメージを使うことで、カワイイを表現できると思う」と語っている。 

こうした背景として、ブレディキナ氏はバブル崩壊以来の日本経済の停滞について言及。日本の男性労働者は、所得不安を経験するとともに、社会から期待されている「強くて頼もしい稼ぎ手」という役割を演じられなければ、挫折感を味わうことになると述べた。こうした状況のなかで、カワイイ美少女キャラクターのアバターを使用し、カワイイ振る舞いを実践することで、ポジティブな感情を得ることができているとしている。 

一方で、バ美肉を実践している当事者からは、自身の活動がジェンダーとは関係がなく、「男性ではなく、一人の人間としての価値を再確認するもの」「男性、女性という性別に関係なく、一人の人間としての自分の価値を再確認するもの」であると語る声も聞かれた。バ美肉の実践者はジェンダー議論に参加することに積極的でなく、むしろセクシュアリティによる分類の線の存在を認めないことで、社会を形成する規範の論理を打ち破っていると考察されている。 
 

 
「バ美肉」という新しい文化が、学術的に研究されていることは興味深い。今後もバーチャルと人々の関わりの分析が進んでいくことを期待したい。 

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