『ドラゴンクエストXI』×「Unreal Engine 4」、Epic Games河崎氏がスクエニに訊く(前編)


2015年7月、スクウェア・エニックスの『ドラゴンクエスト』新作発表会にて、PlayStation®4版『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』に、Epic Gamesのゲームエンジン「Unreal Engine 4」が採用されることが発表された。1986年から続いてきた日本の国民的ロールプレイングゲームが、『Gears of War』などで使用されてきたリアルグラフィックを得意とするエンジンを採用するという衝撃。おそらくコアゲーマーや開発筋は「どういう絵作りになるんだ」と考えた一方で、『ドラゴンクエストXI』は今年7月29日に無事リリースされ、愛くるしくもハイクオリティな『ドラゴンクエスト』ビジュアルで高い評価を獲得した。

シリーズ誕生30周年の集大成であり、新たな原点となる作品である『ドラゴンクエストXI』を支えたUE4。今回はその開発のキーマンとなった3人の人物をお呼びし、Epic Games Japan代表の河崎高之氏を聞き手役として、『ドラゴンクエスト』とUE4の巡り合わせから開発での苦難の道のりなどをお聞きした。

 

「UE4のドラゴンクエスト」に導かれし者たち

河崎氏:
まずお二人はどのようなことをされたのか、お聞かせいただけますか。

岡本氏:
『ドラクエXI』のPS4版でプロデューサーをさせていただきました、岡本北斗と申します。こんな感じでいいのかな(笑)。

岡本 北斗氏: スクウェア・エニックス「ドラゴンクエストⅪ」チーム PlayStation®4版プロデューサー

河崎氏:
はい(笑)。『ドラクエ』との関わりはいつごろから?

岡本氏:
2011年にスクエニに入社して、新卒のころから『ドラクエ』チームで働いてきました。一番最初は『スライムもりもりドラゴンクエスト3 大海賊としっぽ団』と『いただきストリートWii』ですね。『ドラクエX』のサービス開始前には、齊藤さん(※)のところにいって、とにかくずっと『ドラクエ』に関わってきました。

※齊藤さん: スクウェア・エニックスの齊藤陽介氏。『ドラゴンクエストX オンライン』ではプロデューサーを担当。『ドラゴンクエストXI』でもプロデューサーをつとめる。

河崎氏:
ではナンバリングは『ドラクエX』から関わってきた?

岡本氏:
そうですね。でも『ドラクエX』は齊藤さんがプロデューサーでずっとやっていて、僕はサービス開始の手前で「見とくのも経験だろう」と入った感じですね。ナンバリングタイトルのリリースということで、一大イベントでしたから。で、この方と『ドラクエXI』へ。

紙山 満氏: スクウェア・エニックス「ドラゴンクエストⅪ」チーム テクニカル・ディレクター

紙山氏:
『ドラクエXI』のテクニカル・ディレクター紙山です。入社してからは、ニンテンドーゲームキューブ向け『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル(以下、FFCC)』のメインプログラマーを担当して、そのあとニンテンドーDSの『FFCC リング・オブ・フェイト』と『FFCC エコーズ・オブ・タイム』のディレクターとメインプログラマーをやらせていただきました。入社して10年近く、ずっと『FF』だったんです。
『エコーズ・オブ・タイム』が終わったタイミングで、齊藤さんと「『ドラクエX』興味ありますか?手伝ってほしいです」みたいな話があって、二つ返事で「やります!」と返答しました。

河崎氏:
別のイベントでも以前おっしゃってましたが、『ドラゴンクエストI』の目コピ(※)を持ってスクウェアの採用試験に臨まれてたとのことでしたよね。そして『FF』を経て、ついに『ドラクエ』にたどり着かれた。

※目コピ: 目で見るだけでコピーするという意味の言葉。ゲーム・プログラミング分野では、コードなどを見ることなく作品やプログラムを再現することを指す。

紙山氏:
そうです。そのあとはずっと『FF』で、今は『ドラクエ』っていう、なんか不思議な感じですね。『ドラクエX』では、堀井雄二さん(※)から「オンラインゲームだけと最初はオフラインで動かしてほしい」というご希望があって、僕はオフラインでもなんとか動くようにしていました。オフラインモードはみんなより先にマスターアップしたので、「ちょっとヒマになるよね、ニンテンドー3DSからも『ドラクエX』にアクセスできるようにしてほしいな」と齊藤さんに言われました。

※堀井雄二さん: ゲームデザイナー堀井 雄二氏。『ドラゴンクエスト』シリーズの生みの親であり、『いただきストリート』シリーズや『ポートピア連続殺人事件』などのアドベンチャーゲームを開発したクリエイターとしても知られる。

岡本氏:
そこで「冒険者のおでかけ便利ツール」があって、初めて一緒になったんですよね。

紙山氏:
最初の会議でやけにふてぶてしい感じの人がいて、これは40代ぐらいのお偉いさんに違いないと思って「岡本さん、よろしくお願いします」と接していたら、20代の新卒2年目だった(笑)。それが出会いでしたね。

河崎 高之氏: Epic Games Japan 代表。今回の対談では聞き手役を担当。

河崎氏:
そして、篠山さんは?

篠山氏:
この輝かしい経歴のあとに恐縮です(笑)。Epic Games Japanのサポートマネージャーの篠山です。『ドラクエXI』には、2016年の夏からリリースまで関わらせていただきました。
Epic Games Japanには2015年の12月に入ったんですけど、それまではソニーでPSVitaとPS4のサポートエンジニアをしていました。それでUE4を好きになって、そのままEpic Games Japanに入社した流れですね。

紙山氏:
2015年の夏にUE4のカンファレンスを見たことがあって、その時にすごいハキハキと喋っていた人が篠山さんだったでした。「お、この人はイケてるできそうだぞ」と。PS4で困ったことがあったら篠山さんに粘着しようと思っていたら、今回すでにEpic Games Japanに入っていたので、「ラッキー!」と。

岡本氏:
篠山さんが担当するとなったときの紙山さんは「これで安心ですね!」となってましたね(笑)。

篠山 範明氏: Epic Games Japan サポートマネージャー

紙山氏:
これで粘着できると(笑)。河崎さんにも「いい人捕まえましたね」って言いましたよね。

河崎氏:
篠山くんは紙山さんに引き寄せられたんだね。

篠山氏:
まさかあんなことになるなんて、当時は思っていませんでしたね……(笑)。入社当初はNintendo Switch担当という話だったんですが、ソニーでPS4の経験があったので、すぐにコンソール全般の担当という感じになりました。

 

「UE4」を選んだ理由

河崎氏:
Unreal Engineのどの辺りに注目して『ドラクエXI』で試そうとなったんでしょう。

紙山氏:
Unreal EngineはUE3の時代から、海外をふくめて大型タイトルに採用されてきたじゃないですか。だからEpic Gamesさんにコンソールのノウハウが非常にあるなと考えていました。『ドラクエXI』も大規模なアセットの大型タイトルになることがわかっていたので、その辺りは安心感を抱きましたね。ソースコードが提供されている(※)というのもよかった。あとはやっぱり、ハイエンドなグラフィックスですね。
実は当時は、暫定的にUE3がPS4に対応していたころで、プリプロ(※)のときにはUE3でやるのかUE4でやるのか少し迷っていました。ただ、UE4は出て間もなくのころで、これから機能が増えていく状況だったので、今後のためにもとUE4を選びましたね。少し不安はありましたけど、そこはEpic Games Japanさんがいましたからね(笑)。

※ソースコードが提供されている: ソースコードとは、プログラムを構成する文字列のこと。公開されればプログラムの秘匿性が失われる、つまりはどういう仕組みでゲームエンジンやソフトウェアが動いているのかが丸裸になってしまうが、それゆえに問題の把握や作品に合わせた改良などが簡単になるメリットがある。
※プリプロダクション: 本制作に入る前に少人数でゲームのコンセプトを示す作品を開発すること。プリプロのさらに前の段階は「プリプリプロ」とも。

岡本氏:
プリプリプロって工数が読めないから、UE3でやった方がいいみたいな話もあったんですけど、UE3でやっちゃうと終わったあとのノウハウが途絶えて、もう1回UE4で仕切り直しになっちゃいますからね。もし問題があったとしても、それは報告しつつ、最初からUE4でやろうという決定に至りましたね。

河崎氏:
外部のゲームエンジンを使う不安や心配はなかったんですか?

紙山氏:
スクエニでもUE3を使ったタイトルがいくつかあり、そのプログラマーからいろいろと話を聞いていたので、そこは判断の助けになりました。社内で情報共有はすでにされていましたね。あと開発会社さんにもUE3経験者が多かったのも大変心強かったです。

岡本氏:
でも机の上に「初めてのUnreal Engine 4」みたいな本が置いてあって、紙山さんでも勉強するんだなって思いましたね。

 

「UE4のリアルさ」と「鳥山絵」

河崎氏:
さきほど、Unreal Engineのグラフィックスはハイエンドだという話がありました。ただ、当時は“チェーンソーでガー(※)”といったリアルなグラフィックスの印象が強かったと思います。鳥山明先生の絵を再現する際に試行錯誤や葛藤はありましたか。

※チェーンソーでガー: Epic Gamesが生みだした三人称視点シューター『Gears of War』シリーズのこと。銃器とチェーンソーが合体した「ランサー アサルトライフル」が代名詞となっている。

紙山氏:
目標としては、弊社のヴィジュアルワークス(※)が作った『ドラクエX』のVer 1.0のオープニングムービーのテイストを再現しようと思ってたんですね。物理ベースのUE4ともマッチしていると思いました。ヴィジュアルワークスでそのムービーを作った方々にもアドバイスをいただきました。あとは『ドラクエXI』のアーティストさんたちはみんな優秀でしたので、なんとかしてくれると信じてましたね。

ヴィジュアルワークスが作った『ドラクエX』のVer 1.0のオープニングムービー
※ヴィジュアルワークス: スクエニの映像制作集団。
※物理ベース: 物理ベースレンダリング(Phisically Based Rendering、通称PBR)のこと。光の屈折や反射などの物理現象を数値化して再現するレンダリングで、よりリアリスティックな表現が可能になる。

岡本氏:
検証用に『ドラクエIII』のアリアハン(※)をUE4で作ったときは、まだそのムービーの見た目ではなく、もっとセル調のグラフィックスでしたよね。

※アリアハン: 『ドラクエIII』に登場する最初の町。『ドラクエXI』においては、本制作の前にUE4でアリアハンを再現するプリプリプロが行われた。

紙山氏:
作り終わるときには方針は変わっていて、本番はこの見た目ではなく質感のあるものにしようという話をしていました。PS4というすごくいいマシンを使ってやるので、見た目もPS4でなければできない表現の方がいいのかなと。ともかく、『ドラクエX』のときはプリレンダーだったムービーが今回はリアルタイムで動かせるぞというレベルになればすごいよねと、ゴールは明確にありましたね。

岡本氏:
結果的に、堀井さんもいまのグラフィックスの方がいいと言ってくれましたしね。

河崎氏:
2015年にはコーエーテクモゲームスさんの『ドラゴンクエスト ヒーローズ 闇竜と世界樹の城』も出ましたよね。あちらのグラフィックスも当時としてはインパクトがあったと思うんですが、『ドラクエXI』は『ドラクエ ヒーローズ』とは、また違うビジュアルになっていました。序盤に出てくる「ズッキーニャ」には驚きましたし、服の布の質感にも。

ズッキーニャ

岡本氏:
なんかね、やりすぎてすごいメモリを食っていたという(笑)。

紙山氏:
質感はキャラクター班がすごくこだわって作っていました。

河崎氏:
でも、質感を高めるのと鳥山さんの絵って、必ずしもマッチしないですよね。その辺りの調整は、上手くアートチームが?

紙山氏:
鳥山さんの絵に寄せるとアニメ調、トゥーン調になっちゃうんですけど、キャラクター班は上手くPS4の次世代感とミックスさせましたよね。

岡本氏:
背景はアニメ調に寄り過ぎず、どちらかと言えばリアル寄り。キャラクターはわりとアニメチックで、顔立ちはアニメ寄りなんだけど、服装とかはリアル。そういった部分にちょっとしたリアル感が散りばめられていて、上手くまとまってるんですね。

河崎氏:
バランスを間違えると、すごく気持ち悪くなりそうなのが、いい感じにまとまった。

紙山氏:
キャラクターも背景も、UE4の機能をふんだんに使っています。でも、アウトライン(輪郭線)があることで、リアルな中にすごく鳥山さんの暖かさが出てとてもよかったですね。

河崎氏:
アウトラインをトゥーンっぽく出しつつ、フェイシャルのモーションも綺麗に動かしている。

紙山氏:
フェイシャルは本当にたくさんの骨(※)を仕込んで動かしています。

※骨: ボーンのこと。キャラクターモデルの内部に入っており、これを動かすことでキャラクターの外見も合わせて動く。

岡本氏:
伝わりづらいリッチ感だよね(笑)。

河崎氏:
確かに。開発者じゃないとわからない、普通に見てると綺麗だなで終わっちゃう。

岡本氏:
実はリッチ。

 

「キャラクター」VS「背景」

紙山氏:
キャラ班と背景班のせめぎあいは何度もありましたね。

岡本氏:
議論してましたね。

河崎氏:
それはどういった点で?

紙山氏:
リアル感をどこに落ち着かせるのか、すごく難しかったんです。背景班はリアルな方向性が好きな人が多くて、でもキャラ班は鳥山先生の絵を再現しようとするとアニメ寄りになっちゃう。キャラクターと背景でライティングを特に変えていないので、このライティングだとキャラクターの見た目が沈みますとかあった。ヴィジュアルワークスのムービーをゴールに決めてからは双方よかったんですけど、それまではすごく大変でしたね。
その後も、背景へのライティングがこの明るさだとキャラクターの見た目が沈みますとかありました。

岡本氏:
わかりやすい例で言うと、開発の終盤、洞窟の中に出てくるメタルキングが問題になったんですね。キャラ班はメタルキングをテカテカさせてメタル感を出したいじゃないですか。でも洞窟だからライティングは暗いので、メタルキングがすごくドス黒くなっちゃうんですね。

ライティング調整前のメタルキング
製品版のメタルキング

篠山氏:
重金属の質感だし、実際にいたらそうなりますよね。

岡本氏:
背景班としてはそのライティング(※)で合ってるんですけど、キャラ班としてはメタルキング感がないと許せない。そこで、図鑑で見られるモンスターには汎用ライトを当てていたんですけど、それを持ってきて常に光を当てることで落ち着きましたね。メタルキングだけでなく、メタルスライムとはぐれメタルも。ひとつひとつ、そういったパッチ的な解決策で乗り越えてきて、『ドラクエXI』の今のバランスがありますよね。

※ライティング: 光源を設定すること、またはその設定自体。光の当たり方や色彩を変えることで、キャラクターモデルや背景の印象は大きく変わる。

紙山氏:
ほかにも、堀井さんからリアルを追及しすぎると遊びやすさとして足元が見えづらくなって不安になっちゃうというご意見があり、実はカメラから足元に対してうっすらとライトを当てていたりします。夜もただ暗いという感じではなくて、遊びやすさを考慮したブルーなライトが当たってます。背景班がリアルと遊びやすさを絶妙なバランスで調整していましたね。

 

UE4でアリアハン制作

河崎氏:
アリアハンの話は何度もでていますが、どのあたりを見極めようと作られたんですか。

紙山氏:
「生き生きとした街」というテーマがあって、それを検証するためですね。あのころは物語はほとんど決まっていませんでしたので、堀井さんからも、それだったらアリアハンで検証すれば楽だよねと。

河崎氏:
アリアハンには全部入っていますよね。それを3Dのあの頭身で歩き回ってみてという。

紙山氏:
製品版と絵のタッチなんかは違いますけど、仕組みはほぼ同じでした。「これいいよね」というものもあったんですけど、すべての町でやると大変なのでやらないとか、工数を見極めるための検証のためでもありました。ちなみに、本番ではソースコードやブループリント(※)はほぼそのまま再利用できたんですけど、アセット(※)はほぼ使いまわししませんでしたね。

※ブループリント: UE4の機能。ノードベースでスクリプトをゲームに視覚的に追加していくことができるため、プログラマー以外でも扱いやすい。
※アセット: 3Dのモデルやオブジェクト、アニメーションや音声などの素材データを指す言葉。

岡本氏:
よく出来ていたといっていた青年すら使ってなかったもんね。門番も流用しようとしてたけど、最後はやめたり。

紙山氏:
贅沢ですね。

河崎氏:
ですね。ナンバリングタイトルならではというか。

紙山氏:
プリプロダクションというか、バーティカルスライス(※)みたいなのを2回やった気分でしたね。

※バーティカルスライス: 一部のエリアやステージを製品版に近いクオリティで完成させること。ゲーム開発では、ここからスケジュールや必要な工数などを見極め、本制作に入っていく。

後編に続く。

[撮影・編集 Shuji Ishimoto]