北欧神話をベースにした三人称視点のホラーアドベンチャー『Through the Woods』が日本時間の10月28日に発売された。開発を担当したのはノルウェーのインディーデベロッパーであるAntagonist。対象プラットフォームはPC(Steam)。販売価格は1,980円で、11月4日までプロモーションとして10%オフのセール中だ。

神話上のエピソードを大胆にも改変し「もしこうなっていたら」の世界を描く『Through the Woods』のコンセプトは、たしかに消費者の目を引くだろう。だがホラーアドベンチャーと銘打つからには、このコンセプトを活かした恐怖体験が存在しなければならない。残念ながら、その試みが成功しているのかと聞かれたならば、答えは「ノー」だ。本作には多くの魅力があるのだが、肝心なホラー演出でつまずいてしまっている。

 

交差する「母と子の物語」と「神話上の “what if”」

『Through the Woods』では、ノルウェーの西海岸沿いに位置する森の中で、失踪した息子を探す母親の物語が描かれる。イントロダクションと5つのチャプターに分けられたストーリーは、すべて母親の回想という形で語られ、随所で当時の心境を振り返るモノローグが入る。一番初めのイントロダクションは、母子2人が湖の近くにあるロッジに泊まる平和なシーンから始まるが、事態はすぐさま急変する。翌朝起きると息子の姿がなく、彼を探しに外へ出ると、湖の桟橋にて謎の男が息子を木製ボートへと引きずりこもうとしている。湖を渡り霧の中へと消えていった二人を追うと、本作の舞台となる島へと辿り着く。プレイヤーは母親を通じて深い森林の中で息子の行方を追い、なぜ彼がさらわれたのかを解き明かしていく。

文明から隔離された島には、何世紀も前に人々が暮らしていたであろう痕跡があり、廃村の中で見つかる彼らの日記やノートから、村人たちの生活や島にまつわる神話・民話に触れていく。このように必要な情報は作中で与えられるため、プレイヤーは事前に北欧神話を理解していなくても問題ない。ただし、物語の核心に触れたテキストアイテムが見つかりにくい場所に配置されており、ストーリーの背景を理解するための情報をプレイヤーが見逃す可能性がある。隠し要素を売りとした作品ならまだしも、本作はカジュアルでリプレイ性の低いゲームだ。ストーリーを把握するために何度も同じチャプターを繰り返すことは、フラストレーションにつながる。民話の続きを知るためにアイテムを探し求める楽しみは必要だが、重要アイテムについてはプレイヤーを誘導するレベル設計があれば、なお良かったであろう。

本作に登場する神話の中でもっとも重要なのは、世界が終末をむかえる最終戦争ラグナロクだ。この最終戦争では、フェンリルという狼の姿をした巨大な怪物が、主神オーディンを飲み込み殺害する。その後、オーディンの息子であるヴィーザルが父の仇を討ってフェンリルを葬るのだが、本作ではヴィーザルがフェンリルに負けるという「もしも」の世界が描かれる。神話の展開を改変した「もしも」の世界の中心にあるのが本作の舞台となる島であり、フェンリルの生存は村人たちの生活に大きく影響し、長い年月を経てEspen少年の誘拐へと話がつながっていく。また、諸説はあるがフェンリルの子とされている狼の兄弟スコルとハティも、物語に関わってくる。彼らは太陽と月を脅かす存在であり、島から見える月は一部が欠けているが、これは彼らが月を破壊した名残であろう。

見えてはいけないはずの欠けた月
見えてはいけないはずの欠けた月

作中に取り込まれているのはラグナロクのエピソードだけではなく、島には民話上のクリーチャーが数多く生息している。各所で読むことのできる日記や手紙からは、彼らの存在が島の人々の生活にどのような影響をおよぼしたのかを知ることができる。民話上の生物と人間がひとつの島で共存するとどうなるのか、という想像を膨らませてくれる作品でもあるのだ。

村人たちを死に追いやったのは……
村人たちを死に追いやったのは……

このように本作は島にまつわる神話・民話の方に時間を割いており、キャラクターの成長や人物描写の積み重ねはほとんどない。母を突き動かすものは「我が子への愛情」という言葉に尽きる。母親の動機はまだ理解できるとして、途中で描かれるEspen少年の英雄的な決断には「そういう子なんだ」という無条件の理解を示すしかなく、本作に巧みなストーリーテリングがあるとは言い難い。キャラクターについて与えられる情報があまりにも少なく、説得力に欠けている。これはプレイヤーにホラー体験を与える上でも悪影響を及ぼす。母子2人に感情移入することが難しいため、彼らの身に迫る脅威を、プレイヤーにとっての脅威として捉えることがむずかしいのだ。

また物語の後半にさしかかると、突如として母親の暗い過去が明かされるのだが、そこに至るまでの人物描写が乏しいため、サイコロジカルなホラー要素を付け加えるために無理やり差し込んだような印象を与える。その後の展開にも影響しないため、なおさら一過性のショックを与えるための余分なストーリーテリングであるように映る。Antagonistによると、本作は当初サイコロジカルホラーとして開発が進められていたが、途中でより具体的な恐怖の対象を描く作風に路線変更したという。その名残を一部だけ残したために、物語の流れと調和がとれない演出となったのであろう。

 

ホラー演出: 緊張と緩和の失敗

本作はナラティブに力を入れた作品ではあるが、開発を担当したAntagonistが『Through the Woods』のゲームプレイを説明する上で『Amnesia: The Dark Descent』(以下、Amnesia)を比較対象に挙げたように、ゲームプレイから生まれる恐怖体験にも挑戦している。『Amnesia』のようなSAN値(正気度)やランタン燃料のマネジメントは存在しないが、「走る」「かがむ」「懐中電灯を照らす」というベーシックな操作は用意されている。そして恐怖を効果的に届けるための手順として「(1)前兆(2)緊張(3)脅威との遭遇(4)緩和(5)脅威のパターンを変えて繰り返す」のサイクルを忠実に守っている。

「(1)前兆」として、各チャプターの序盤で手に入るテキストアイテムから、次に遭遇するクリーチャーの生態や弱点が知らされる。ときには遠くからクリーチャーの鳴き声がこだまし、未知との遭遇を予期させる。「(2)緊張」の段階では、安全地帯である廃村をはなれ、森林の奥深くへと進む中でプレイヤーの不安を高めていく。後述するサウンドデザインが、暗い森の中で孤立するという縮み上がるような思いをあおってくれる。そして、次の「(3)脅威との遭遇」にて不安と緊張の高まりは頂点に達する。

具体的な形をもたなかった恐怖の対象が、目に見える存在として立ちはだかり、ここでプレイヤーは抑えこんでいた感情を放出することでカタルシスを得る。緊張の高まりを長時間継続させることは悪性のストレスにつながるため、クリーチャーとの遭遇を終えたあとは「(4)緩和」が訪れる。あらたな廃村や家屋に入り、安全地帯でプレイヤーの気持ちをクールダウンさせるための余裕をあたえる。そこからまたサイクルを繰り返すのだが、同じ恐怖演出が続くと人は慣れてしまい、脅威を感じなくなる。そこで「(5)脅威のパターンを変えて繰り返す」ことになる。本作では種類こそ少ないが、チャプターごとに異なるクリーチャーが用意されており、それぞれプレイヤーに対して異なるアプローチをとらせることで「慣れ」の回避を試みている。

物語後半まで1対1のエンカウンターが続くが、狼のスコルとハティは複数で襲ってくる
物語後半まで1対1のエンカウンターが続くが、狼のスコルとハティは複数で襲ってくる

このようにデベロッパーはホラーのお手本通りにレベルを設計しているのだが、恐怖のサイクルを成立させる上で大きな問題を抱えている。そう、クリーチャーが怖くないのだ。決してモデリングに問題があるわけではない。あまりにも簡単に対処できてしまうため、プレイヤーにとっての「(3)脅威との遭遇」になっておらず、緊張を生まない。光に弱いクリーチャーには懐中電灯の光をあて、炎を苦手とする獣には松明の炎を向ける。あらかじめすべきことは分かっている上に、操作は簡単。次に何が起こるかわからない、もしかすると死ぬかもしれないという不確実性があるからこそ「(2)緊張」が生まれるのだが、クリーチャーの動きは台本通りであり、プレイヤーは決められた行動をとれば回避できる。プレイヤーがとった行動により状況が変わり、また次の一手を考えなければ身が危ない、といった状況の変化がもたらす恐怖もない。民話上のクリーチャーを題材にしたポテンシャルを生かし切れていないのは実に惜しい。

さきほど比較対象として挙げた『Amnesia』では、生き延びるために与えられたオプションをフル活用する必要があった。クリーチャーの存在は脅威そのものであり、オープニングから時間をかけて「(1)前兆」を見せ、「(2)緊張」を高め、不確実性のある「(3)脅威との遭遇」にてクライマックスを迎えるサイクルが成立していた。SAN値とランタン燃料の残量管理にも追われるため、複数のレイヤーでの緊張と緩和を味わうことができた。ただし、ホラーアドベンチャーの名作といわれる『Amnesia』においても「(5)脅威のパターンを変えて繰り返す」ことに成功したかは、意見が分かれるだろう。およそ10時間分の恐怖パターンを用意するのは並大抵のことではない。筆者としては『Amnesia』も終盤で息切れしていた。

ナラティブの面でも、『Amnesia』はオープニングから人物描写に時間をかけることで主人公に襲いかかる危機=プレイヤー自身の危機であると錯覚させるよう試みていた。この試みについても、恐怖というものが主観的な感情であるゆえ、デベロッパーの思惑通りに運んだかどうかは、プレイヤーによるだろう。

 

恐怖演出を補完するサウンドとビジュアル

クリーチャーの鳴き声と環境音にはかなりのリアリティがあり、本当に森の中へとさまよいこんだ気分にさせてくれる。それもそのはずで、デベロッパーが実際にノルウェーの森に出向いて録音した音源を採用しているため、現実の森そのものなのだ。鳥の鳴き声から雷の音まで、北欧の寒々しさを感じ取ることができる。ヴァイオリン(フィドル)を用いた北欧のフォーク音楽も、本作のもの寂しい雰囲気に合っている。

環境音がリアルなだけに、感情のこもっていない主人公のモノローグには違和感を感じた。突然美しい森の中から録音ブースへと引きずりこまれるのだ。本当に息子を助けたいのか首をかしげるようなセリフ回しが目立ち、母と子の物語に説得力をもたらす上でも、彼らに感情移入する上でも、プラスには働いていない。ただし声優陣の母国語であるノルウェー語の吹き替えは抑揚が効いている。日本人の大部分が選ぶであろう英語版の吹き替えでは、没入感を高めるためにあえてノルウェー語の吹き替えと同じノルウェー人の声優を起用している。だが声優たちの母国語ではないためオリジナルのクオリティが失われてしまった可能性が高い。

一方ビジュアル面では、わずか5人の開発チームながら、限られたアセットを上手くやりくりすることで森林にさまざまな表情を与えている。松の木や水流、太陽の光が当たり湖から立ち上る陰鬱な霧、そして昼と夜とで様変わりする情景。全編を通して森の中が舞台となるため飽きそうなものだが、視覚的に退屈させない工夫が多く見られる。また、キャラクターおよびクリーチャーのモデリングは平凡だが、陰影をうまく使うことでクリーチャーにある程度のおどろおどろしさが加わっている。

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クリーチャーは近くで見ると大して恐くないのだが、影をうまく使うことで不気味に映している

 

コンセプトは良し。ホラーアドベンチャーとしては課題を残す

本作の初回プレイに要した時間は約3時間。アイテム収集要素はあるが、ストーリー分岐はなく、リプレイ性は低い。非常にコンパクトなゲームである点は、購入前に理解しておく必要があるだろう。

北欧神話の「もしこうなっていたら」を発展させていくコンセプトはポテンシャルの塊であった。だがホラーゲームとしてみると、ゲームプレイの面からもナラティブの面からも、プレイヤーに恐怖を与えることには成功していない。ホラーゲームとして無条件におもしろいと言える作品ではないが、北欧神話の「もしこうなっていたら」の部分に興味を抱ける方なら、『Through the Woods』は手に取るべきなのかもしれない。