高評価ミステリーRPG『Disco Elysium』はどんなゲームなのか。記憶喪失になった中年刑事の思考シミュレーションと人格再構築

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アルコール臭い中年の男が目を覚ますと、そこは見知らぬホテルの一室だった。床には空の酒瓶や脱ぎ散らかした衣類が落ちており、窓ガラスは派手に割れている。窓の外に目を向けると朝日と冬景色が広がっているが、己の毛深い身体に視線を落としてみると、どういうわけかパンツ一丁。季節外れの格好だ。頭痛がひどく、顔は腫れている。おいおい、昨夜は随分とお楽しみだったようじゃないか。それにしても、何をしたのかまったく覚えていないぞ。というより待てよ……。俺は、俺は一体誰なんだ……?

Disco Elysium』は、時代遅れのディスコ音楽を愛する記憶喪失の中年刑事が、冷戦期東欧風の陰鬱な町の一角で起きた「吊るされた男」殺人事件の真相を追うミステリー・コンピュータRPGだ。一見するとクラシックな斜め見下ろし視点のCPRGなのだが、実のところは「論理的思考」や「共感力」といった24種類のスキルが、全て頭の中の声となって“あれしろこれしろ”と隙さえあらばしゃべりかけてくるカオス極まりない会話システムと、臆することなく攻めてくるブラックユーモアを武器にした、異色の作品である。戦闘パートは存在しない。練り込まれた世界設定のもと、会話とスキルチェックだけで進行する、誤魔化しのきかないテキスト勝負の一作だ。

『Disco Elysium』のMetacriticスコアは90点(11月28日時点)。The Game Awards 2019ではベストインディー、フレッシュインディースタジオ(輝かしいデビューを果たしたスタジオを選出)、ナラティブ、RPGの4部門でノミネートされている。本稿では、そんな高評価RPGの見どころを紹介する。

 

フーダニットよりもフーアムアイ

……記憶喪失の主人公がホテルの一室から出ると、吹き抜けの廊下でスレンダーな金髪女性がタバコを吸っていた。「ディスコダンサーのミス・オランジェ」。二日酔いの主人公は、心の中で勝手にそう名づけた。ファム・ファタール的な香りを漂わせるミス・オランジェに声をかけてみると、二人は面識があることがわかる。どうやら主人公は、数日前からこのホテルに泊まっているようだ。そしてどういうわけか、立ち話の途中で唐突に口説こうとする主人公。「君とファ**をしたい(I want to have f*** with you)」。ド直球な気持ちを吐き出し、盛大に笑われてしまう。口説き文句を吐くには、魅了スキルが低すぎたのだ。「君とセックスしたい」と言い直すも、時すでに遅し。というより、どっちにしたってアウトだ。そうして朝一で恥をかいたディスコオヤジを尻目に、ミス・オランジュは意味深な台詞を残して自室に戻っていく。「念のためにいっておくけど、私はやっていないわよ」。

混乱しながらも1階に降りてみると、そこはちょっとしたバーとなっており、メガネをかけたアジア系の男性が待ち構えていた。警察組織RCM 管区57所属のキム・キツラギ警部補。彼によると、主人公は管区41配属の警部補だという。二人は管轄が違うのだが、このホテル近くで起きた殺人事件を調査するため、協力することになったらしい。彼らが今いるのは、工業港近くにあるMartinaise地区。半世紀ほど前、連立国家の侵攻により共産主義革命が失敗に終わり、貧困と汚職で荒んでしまった旧首都Revacholの中でも、特に劣悪な環境下に置かれた掃き溜めのような地区だ。普段は警察すら近寄らない見捨てられたエリアであり、行き場を失ったはぐれ者たちばかりが集っている。

キツラギは『Disco Elysium』の良心。また主人公がどんなに偏った思想に目覚めても見捨てない寛容さを備え持っている。

革命が終わってから、警察はこの町を見捨てた。かわりに地元の労働組合が自警団化し、住民たちを守っている。当然、Martinaiseの住民は警察組織RCMのことを良くは思っていない。とうの昔に頼りにされなくなったはずだが、何者かからRCMに一件の通報が寄せられた。廃れた町の一角で殺人事件が起きたと。通報を無視するわけにもいかず、Martinaiseに近い管区41と管区57から警察隊がしぶしぶ派遣されたわけだ。遺体はホテルの裏手にある木に吊るされているという。

主人公とキツラギが合流したのは、この日が初めて。キツラギは主人公のことを知らないに等しい。主人公が何者なのか、記憶を失う前に町で何をしていたのか、そしてなぜ記憶を失ってしまったのか。全てが謎に包まれている。挙句の果てに主人公は警察バッジと拳銃も失くしてしまったようだ。このままでは署の笑い者。殺人事件の謎と同時に、自分自身の正体およびバッジと拳銃の行方も追わねばならない。半壊した中年親父が送り込まれた、半壊した世界。凸凹コンビによる、ときにユーモラスで、ときにメランコリックな「吊るされた男」事件の調査が始まる。

過去を失った中年刑事と、希望を失った陰鬱な町の殺人事件。世界の終わりまでのカウントダウンを告げる悪夢と、22年後に待ち受けるという大惨事。断片的に残っている謎の女性への想い。商業地区で噂される呪い、未確認生物を追う動物学者、抑えきれないカラオケ衝動。エリジウムと呼ばれる分断された世界……。本作は一応、殺人事件の真相を追う刑事ミステリーという形式を取ってはいるが、調査を進めるにつれて、殺人事件はゲームが語ろうとしている物語のひとつの側面にすぎないことがわかってくる。主人公は、吊るされた男の死を追う中で、Martinaiseの没落と、記憶の抹消を経た自らの再生の意味を咀嚼していく。過去に飲み込まれつつも物憂げに踊る、ディスコボール状の楽園の住民にとって、フーダニットはさして重要ではない。

 

脳内コンフリクトを起こす会話システム

本作のスキルシート。必ずしも高ければ高いほど良いというわけではない

本作最大の特徴は、思考シミュレーションじみた会話システムにある。主人公が誰かと話すたびに、もしくは何かを発見するたびに、主人公のスキルがそのまま頭の中の声となって語りかけてくる。知性、精神、肉体、運動神経。スキルはこの4種に分類されており、ゲーム開始時にはポイントを振り分けることで得意・不得意を決めることになる。たとえば知性のカテゴリには論理的思考・百科事典・ドラマ・レトリック・概念化・視覚的分析のスキルがあり、この世界で起きている出来事や人々の発言に対する理解力が高まる。精神のカテゴリには意志・共感力・権威・想像力/直感などのスキルがあり、物事の感じ方や対話相手へのアプローチの仕方が変わってくる。

高い知性を備えていないと思いつけないこともあれば、高い身体能力を持っているからこそ取れるアクションもある。またスキルの高さは、スキルチェックの成功確率にも関わってくる(スキルチェック付きの選択肢は、該当スキルの数値によって成功確率が変わる)。主人公の得意・不得意によって言動の選択肢が変わるのは、RPGではよくあるシステム。だが、各種スキルに人格が備わっているかのように、脳内でコンフリクトを起こし始めるという点で『Disco Elysium』は一風変わっている。「論理的に考えるとこういう回答になるが、相手の気持ちを考えるとこう言った方がいい」といった議論が頭の中で絶えず繰り広げられるのだ。主人公のレベルを上げて、複数のスキルを極めれば極めるほど頭の中で意見の食い違いが起きるという、実にカオスな会話システム。いろんな考えを聞きながら、次の言動を決めていく思考シミュレーション。話し相手との対話であると同時に、複数の声に分裂した自分自身との対話でもあるのだ。

各スキルが別人格のように頭の中で意見し合う

さらに「行間を読む」という、形にしづらい能力を、人格のついたスキル群を介して言語化している点は新鮮だ。スキルがそれぞれの見解を発するという形で、相手の言葉のニュアンスを掴めるようになる、もしくは誤読するように誘導されるのだ。たとえばレトリック値が高いと「今の言葉には皮肉が込められています」と頭の中の声が教えてくれ、ドラマ値が高いと「明らかに嘘でしょ」と伝えてくれる。本作の台詞は部分的にボイスがついており、ボイスがない部分は字面だけではニュアンスが汲み取りづらい場合がある。その汲み取りづらさが、「行間を読む行為を文章化する」会話システムの一部として活かされているのだ。

画像の場面では、感情移入する力により、話し相手が自らの発言を後悔しているのだと読み取ることに成功。またレトリックの力により、文章構成に違和感があることに気づく。

だがそうした人格化されたスキルの声を必ずしも信じていいわけではない。相手に魅惑されて本心を言わなくなり、相手の言動を間違って解釈するよう誘導されることもある。また現実世界において特定の能力が高すぎると問題を起こす可能性があるように、本作においても、むやみやたらとスキルを上げることが必ずしも最善の選択肢であるとは限らない。たとえば百科事典スキルを上げすぎると、ノンストップで雑学を披露するので話が一向に進まなくなる。想像力が豊かすぎると死体や家具に話しかける狂人だと思われるし、電気化学スキルが高いとクスリをやりたくてたまらなくなる。その極端さが人間らしくもある。調査の妨げになるかもしれないが、そうした変わり者としてロールプレイするのも、遊び方のひとつではある。

服装によってもスキル値が上下する

なお主人公は特定のタスクをこなしたり、新しい知識を仕入れることで経験値を得る。そして経験値をためてレベルを上げるとスキルポイントを獲得。それを使って好みのスキルを上げる流れとなっている。そのほかにも、帽子やシャツといった衣類の補正効果によってもスキル値が変動するため、シチュエーションによって服装を変えることも作戦のうちである。

 

ハードボイルド&ハードコアな思想ミクスチャー

特定の思考・思想について熟考すると、一定ゲーム内時間経過後に何かしらの効果が生じる

スキルとは別途、「Thought Cabinet」という思考の保管庫システムがある。主人公の言動や、会話の中で耳にした情報などから思考・思想の種が芽生え、それらを熟考すると特殊効果が発動する仕組みだ。突如芽生えた「説明のつかないフェミニスト意識」について熟考すると共感力が高まったり、コミュニズム的社会経済について熟考すると左翼的な台詞オプションが増えたり。自分はスーパースターなんだと妄言を繰り返していると論理的思考能力が落ちたり。主人公の発言傾向によっては、ガチガチのファシストになったり、優越人種論に傾倒したり、極リベラル寄りの人間になることも可能。思想の組み合わせ次第では、女性蔑視のフェミニストといった、なかなかに矛盾した考えの持ち主になったりもする。ただ、いかんせん覚えたての思想ばかりなので、主人公の発言は割とペラッペラである。

取り調べ中、俺はフェミニストだと熱弁し出す
だが移民やリベラルを見下すような発言を繰り返していると……
フェミニストなのに、女性を蔑視するファシズム思想が芽生えてしまい困惑する主人公

 

ブレーキをかけないロールプレイとユーモア

覚えたてのアナーキーなフレーズで落書きする主人公に、警察は俺たちのことだろと冷静にツッコむ相棒

薬物依存症の歌って踊れるディスコオヤジから、ファシズムと優越人種論に傾倒した危険思想の中年刑事まで。汚らしい中年オヤジであることに変わりはないが、いろんな種類のヤバイオヤジになれるのが本作の魅力である。もちろん、酒を一滴足りとも口にせず、真面目な道徳家として仕事一筋で進めることも可能ではある。とはいえ、薬物や酒類は、体力(ゼロになると心臓発作でゲームオーバー)やモラル(ゼロになると「やってられるか」と調査を諦めてしまいゲームオーバー)にダメージを与えるかわりに、一時的なスキルブーストおよびスキル上限値の引き上げ効果をもたらす。確かな恩恵があるわけだ。だからこそ、「ああ、楽になりたい」という誘惑に打ち勝ち、シラフのままクリアするというのも立派な挑戦となる。

アンフェタミンなどの違法薬物の在り処は、薬物を一度は摂取したことがないと画面上ハイライトされないようになっている。その味を知る者でなければ探し出せないのだ。また余談ながら、リード・ライターのRobert Kurvitz氏は、割と真面目に「ドラッグは良くないよ」と公式サイトで伝えている。もっとも強力なドラッグは「命と、母の愛」であり、本当のバッドアスはその2つでハイになるんだと、スマイル絵文字付きで語っている。

不謹慎という言葉を寄せつけない、大胆なロールプレイとダイアログ。そしてそれを自然と可能にする世界観。ファシズムもフェミニズムも構わず茶化し、政治、差別、格差、イデオロギーの対立などを臆さず描く風刺は実に肝が据わっている。コミュニズムや人種差別に対するありがちな皮肉をばらまきながらも、ことごとく曖昧な返事で返し、何に対しても意見しないことで中立的な立場を維持しようとする中道派、「つまらない刑事」をもっとも蔑視している点は印象的である。

小説家でもあるKurvitz氏の力強い文章はもちろんのこと、本作のダイアログは「自然な会話感」も醍醐味となっている。ただでさえ膨大な量のテキストを誇る作品なのだが、主人公の言動によって相手の返答が無数に枝分かれし、チグハグ感のない、分脈にあった会話になるよう作り込まれている。リプレイし甲斐のあるRPGだ。また選択肢として提示される質問を全て聞き出すことが最善の手とは限らない。自分が不利になるような情報の開示や、相手を警戒させる質問は避けた方が良い場合もある。先述したスキルシステムにより頭の中の声と対話しつつ、きちんと後先を考えながら人とコミュニケーションを取る感覚は、ゲーム体験として希少である。

「奥さん、旦那さんが今どこにいるかわかりますか」「知らないね、どこかで飲んだくれてるんじゃないの?」「つまり行方不明ということですね、わかりました、探してきます」「え?」という問答をしつこく繰り返す主人公

主人公と相棒キツラギの行動範囲は、旧首都Revacholのごく一部に限られている。コンパクトなマップではあるが、その濃度は非常に高い。廃れた町で出会う70人〜80人ほどのキャラクターの多くは、忘れられないような個性の持ち主である。そしてその個性を視覚化する、油絵タッチの肖像画もまた目を引きつける。各キャラクターおよび主人公の人格化されたスキルにはイラストが用意されており、その色調や筆使いのチョイスは実に象徴的だ。寒々しくもあるアートワークは、旧ソビエト時代を彷彿とさせるRevacholの寂寥感、革命から立ち直れなかった町を際立てる上でもぴったりである。

 

死・性・税そしてディスコ

2019年10月に発売された『Disco Elysium』は、リード・ライター兼デザイナーのRobert Kurvitz氏ならびにエストニアのデベロッパーZA/UMの処女作である。ゲームスタジオとしての活動は2014年からだが、もともとはアーティストやアクティビストが集うカルチャー運動として2009年に発足した団体である。出どころからして異色のデベロッパーなのだ。テーブルトークRPGのエバンジェリストでもあるというKurvtiz氏が、本作の世界設定を構築し始めたのはゲーム開発を始める随分と前。2013年の時点で『Disco Elysium』と同じ世界で起きる「Sacred and Terrible Air」という小説を出している(エストニア語版のみ)。『Disco Elysium』は熟成の末に産み落とされた意欲作なのである。

決してメインストリームのゲームではなく、頭の中にある複数の声がしゃべりまくるという仕組み上、冗長なテキストが多いことは事実。突拍子もない台詞を選択肢として提示することから生まれるユーモアに頼っている部分も確かにある。ただテキストの品質、思考を刺激する会話システム、入念に作り込まれた世界観・世界設計およびそれを補強する油彩画タッチのアートワークなど、RPGとしての総合力は極めて高い。主人公の喪失と再生、古典的なようでポストモダンな殺人事件、Martinaiseの失墜、そしてこの悲運な世界の行く末までが静かに絡み合っていくナラティブは実に愛おしい。カラオケで悲しい曲を歌わずにはいられない、教会のレイヴ音楽で踊らずにはいられない中年オヤジには、何度も笑わされた。単語数100万超えの大ボリュームかつニッチな作品ゆえに日本語化される望みは薄いかもしれないが、今年このような作品が世に出たのだと、よければ頭の片隅に留めておいてほしい。

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