「映画のようなゲーム」と言い出したのが誰かはわからない。近年の映像技術でゲームと映画の境界がゆらぎつつあるのは間違いない。AAAタイトルのFPSにいたっては、メーカーが公開する(数十万円もする最新ハイエンドPCでの)ウォークスルー動画が、そのままノンストップでエンディングまでつづいてほしいと願うこともある。もちろん、2時間程度に尺を絞ったうえでだが。
ならば「ゲームのような映画」があってもよいのではなかろうか。ここで、2012年公開の映画『ネイビーシールズ』で筆者が得た、ある体験を語る。キャッチコピーは「最前線を、追体験。」だ。戦闘シーンの多くは一人称視点であり、ある人気ジャンルを想起する。つけ加えると脚本はUbisoftのミリタリー系シューターでおなじみのトム・クランシーである。そう、ネイビーシールズは「見るFPS」だったのだ。
これと同じ視点に立つと、近日、全国ロードショウの映画『オデッセイ』(原題: The Martian)もまたあるジャンルを想起する。日本でのキャッチコピーは「火星ひとりぼっち」。あらすじは極限環境でサバイバル。これはもう「見るローグライク」だ。ユーザインタフェースは主演マット・デイモンである。
『オデッセイ』
公開日: 2016年2月5日
原作: 火星の人(原題: The Martian/著者: アンディ・ウィアー/邦訳権: 早川書房)
以前、弊誌『Out There』レビューで、ローグライクのルールを古典SF「冷たい方程式」をはじめとするSF作品を通じて紹介した。その記事に最新の方程式ものとして「火星の人」をあげた。本稿ではおもむきを逆にし、本作の見どころを、ローグライクのルールにあてはめて紹介する。なお、スポイラーにならぬよう、公式サイト・トレイラー動画の情報のみとしたので安心されたし。
1400日の「サバイバル」
ローグライクの主人公は突然一人でサバイバルを強要されるケースがおおい。本作『オデッセイ』の主人公ワトニーは火星調査中、嵐に見舞われて一人とりのこされてしまう。
まずはインベントリのチェックだ。食料は31日分しかない。救助まで1400日もあり、約4年分の食料が必要。同様に水・酸素も必要だ。これらを火星で調達するのは不可能である。残された手はクラフトだ。
本作における最初のゲーム的要素はこのクラフトである。ワトニーがいかにして水と酸素を作り出したか。まさに可能性の探索ともいえるシーンを楽しんでほしい。また、食料のクラフトについては、ローグライクの人気作『Don’t Starve』をやりこんだゲーマーなら、苦笑をこらえるのはむずかしいだろう。
火星を「エクスプロール」
先に紹介したとおり、ワトニーはひとりぼっちだ。これは地球との通信が断絶したことを意味している。もし彼が通信を確保したなら、救助の可能性はぐっと高まるだろう。通信手段をえるべく、火星を探索しなくてはならない。
火星を探索?火星にはなにもないのでは?火星には、人類の手によってつくられたものが存在する。現実でもNASAの無人探査車「キュリオシティ」があり、作中ではより大規模な探査計画が進行している。つまるところ、通信機だ。
本作の次のゲーム的要素はこの探索である。リワードは通信手段だ。リスクは水・酸素・食料の枯渇に、宇宙服など装備の故障。それらは死に直結する。これを天秤にかけて計画をねる主人公の姿はローグライクプレイヤーそのものといえよう。
「ゴール」まで225,300,000km
ローグライクの多くにはゴールがある。人気作『FTL』のように、最初から明示してあるものがあれば、ゲーム中に自分で明かすものもある。本作は前者だ。ゴールは地球。その距離、約2億2530万km。
ゴールの存在はゲームに展開をもたらす。本作でも、序盤・中盤と展開が進むにつれ、生存・探索の配分がおおきくかわる。これはプレイ戦略の変化だ。ローグライクにおける戦略はインベントリに直結する。ワトニーが持ち物整理をはじめたら用心されたし。さらなる映像体験で度肝をぬかれることだろう。
ローグライクのAAAタイトル
ローグライク風という言葉が「生存・探索・ゴール」の3要素を指し示すなら、映画『オデッセイ』はAAA級のローグライクだ。特に、映像体験においては過去作と一線を画している。NASA全面協力によるリアリティと、映画界屈指の映像派リドリー・スコット監督があわさり、操作しなくても楽しめるローグライクが実現した。
そして忘れてはならないのがユーザインタフェースだ。作中、ゲームのステータスは(当然)表示されないが、主演マット・デイモンが身をもってしめしている。つまり、マット・デイモンがユーザインタフェースなのだ。見る者からすればミュージカル・コメディに映るエスプリとウィットの奥底に、絶望的な環境をありのまま受け入れ、 最善を尽くそうとするローグライクの主人公が存在する。そういった精神的な意味でも本作は見るローグライクだ。
実況プレイ配信やe-Sportsなど、近年では見ることもまたゲーム体験のひとつとなりつつある。ならば、映画からゲーム体験を得てもよかろう。「動画勢」ならぬ「映画勢」というやつだ。冒頭で紹介した『ネイビーシールズ』と本作は人気ジャンルの構成にとても近く、映画勢の入門用に最適だ。両作ともに、特に近日ロードショウの『オデッセイ』は映画館で「プレイ」されたし。