最新RTS『Ashes of the Singularity』にみるゲームエンジン開発の誘惑と罠

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Unreal Engine」と「Unity」は現代のゲーム開発における地盤である。採用例は大手メーカーの人気シリーズからインディ開発の新規IPにいたるまで幅広い。弊誌は過去に何度かその利点を紹介した。直近のものでは株式会社ヒストリアへのインタビュー記事がある。本稿は、その真価をしめす「比較対象」として、対というべきメーカー内作ゲームエンジンの現在を紹介する。(以下、前者をライセンス契約制ゲームエンジン略して「ライセンスエンジン」、後者を「独自エンジン」とし、ゲームエンジンを「エンジン」と略す)

今もっとも注目を集める独自エンジンは、最新グラフィックスAPI「DirectX 12」ベンチマークとしての地位を得た「Nitrous Engine」だ。現在開発中のRTS『Ashes of the Singularity』(以下、本作)はこれを採用し、RTSの未来を切り開こうとしている。本作プレベータ版(バージョン0.71)のプレビューと、類似作の成否を事例とし、独自エンジンのメリット・デメリットを検討する。

how-do-new-game-engine-evolve-a-video-game-001Ashes of the Singularity
開発元: Oxide Games/Stardock Entertainment
販売元: Stardock Entertainment
価格: 49.99ドル
プラットフォーム: PC(Windows)
発売日: 2016年春予定(2015年10月23日アーリーアクセス開始)

「Nitrous Engine」は、大量のユニットを高画質で描画する、ストラテジー用エンジンだ。レースゲームとFPSが映像技術の先端を占める今日において興味深い試みである。開発元は『Sid Meier’s Civilization V』のエンジン開発者を中核とするOxide Games。2014年公開のベンチマークソフト『Star Swarm』は、当時の最新技術であるAMD独自API「Mantle」を導入したこともあわせ注目を集めた。現在もDirectX 12の最適化を進め、技術の導入に余念がない。

画像左が『Star Swarm』。ユニット数4000以上をうごかし、爆発・ビーム・発射光にいたるまで個別で光源処理する。画像右は本作ベンチマーク。光源処理は先と同様だ。大量ユニットの管理・描画に特化した。
画像左が『Star Swarm』。ユニット数4000以上をうごかし、爆発・ビーム・発射光にいたるまで個別で光源処理する。画像右は本作ベンチマーク。光源処理は先と同様だ。大量ユニットの管理・描画に特化した。

そのエンジンと同様、ゲーム内容も「新しい」とSteamストアページでのべている。公式サイトFAQでは「RTSの未来を再定義する」とおおきくうたった。その正体は最新技術による『Total Annihilation』、つまり古典RTSである。ジャンルの詳細は弊誌『Planetary Annihilation: TITANS』レビューを読まれたし。局所戦を経て決戦時の優勢をつくる試合展開で、敵要所の推測、戦力の機動・集結といった戦略眼を競うゲーム内容だ。

 

RTSに画質は必要か?

本作はハイエンドPCでも60fpsに満たない。実勢価格9万円前後のGPUをもってしても高画質・FullHDで60fps前後と、4Gamer誌の記事にある。筆者PCは3年前のゲーミングPC(AMD FX-8350+AMD Radeon HD7850)で最低環境に該当する。高画質では20fps強となり、操作不良・攻撃の未描画など、プレイに支障がでた。まずは納得できるまで画質とフレームレートを追求されたし。

画像左は画質設定。定番のアンチエイリアス・影品質・テクスチャ品質だけにとどまらない。光源出力・シェーディング・グレア、地形オブジェクト・地形シェーディング、モーションブラーと多彩だ。画像右は筆者環境での高画質時ベンチマーク。
画像左は画質設定。定番のアンチエイリアス・影品質・テクスチャ品質だけにとどまらない。光源出力・シェーディング・グレア、地形オブジェクト・地形シェーディング、モーションブラーと多彩だ。画像右は筆者環境での高画質時ベンチマーク。

ほかの高負荷ベンチマークソフトと同様、画質は現代のFPSを想起する。最低画質でもジャンル水準のあたまひとつ上だ。本作の無段階ズームは、ズームアウト時のユニットをアイコンで省略しない。4KHDモニタでのプレイも視野にいれ、戦闘を超え戦争規模の場景を克明に描画した。カメラは悪しき伝統のトップビューのみで、映画レベルの映像体験にはいたらないが、壮大な見栄えは同ジャンルの過去作にはない新しいものだ。

画像は解像度WQHD(2560×1440)のもの。ユニットが鮮明になり数を目測しやすい。なお、筆者環境はFullHDモニタだが、AMD最新ドライバ「Radeon Software Crimson Edition」の新機能、「Virtual Super Resolution」で解像度を拡張した。
画像は解像度WQHD(2560×1440)のもの。ユニットが鮮明になり数を目測しやすい。なお、筆者環境はFullHDモニタだが、AMD最新ドライバ「Radeon Software Crimson Edition」の新機能、「Virtual Super Resolution」で解像度を拡張した。
ズームアウト時でも、攻撃エフェクト・爆発と、それらの光源処理・シェーディングを省略せず、戦況を視認しやすい。
ズームアウト時でも、攻撃エフェクト・爆発と、それらの光源処理・シェーディングを省略せず、戦況を視認しやすい。

RTSに画質は必要か。ストラテジーにかぎらず、映像体験はUIである。身近な例はゴア表現だ。雰囲気をそこなわず敵の廃除を明確・迅速にしめす手法であり、欠損描写の規制はプレイ体験の欠損といっても過言ではない。本作の映像体験も同様にUIとして機能する。ズームアウト時に光源処理が、ユニット・施設の作成や、戦闘、拠点奪取をきらびやかに描くのだ。また、モーションブラーが、ユニット・カメラ移動といった操作に感触をかえすのも見逃せない。百聞は一見にしかずの言葉どおり、本作の映像体験は情報の体感に役立っている。

 

かしこいAI師団長

本作におけるエンジンの恩恵はおおきく分けてふたつある。ひとつは前章にあげた、描画能力による情報の体感。もうひとつは処理能力だ。ユニット群の操作をAIが代行する「メタユニット」をもたらし、古典RTSの戦略要素を抽出した。

メタユニットのAI操作代行。集中攻撃の指定だけでなく、戦車が脆い自走砲をまもり、効率よく戦果をだす。
メタユニットのAI操作代行。集中攻撃の指定だけでなく、戦車が脆い自走砲をまもり、効率よく戦果をだす。

その仕組みをプレイ中の操作と効果で紹介する。ユニットをグループに指定すると、そこにふくまれるすべてのユニットが互いの特殊能力を共有する。火力・装甲・射程といったステータス強化を得る、本作の必須テクニックだ。さらに、装甲ユニットを矢面にたて、支援ユニットを後ろにさげる、といったマイクロ操作をAIが代行する。こうして、ユニット群が個体の総和を超え、1個の巨大なユニット「メタユニット(高次ユニット)」として機能するのだ。

メタユニットは戦略単位「師団」である。AIはその師団長で、戦術規模の操作はすべて彼がうけもつ。総司令官であるプレイヤーは戦略規模の思考に集中すればよい。つまり、ズームアウトでのプレイが主となるが、ここにもメタユニットの恩恵がある。フレキシブルなサイズをもつ1個のユニットとみなせるため、アイコンで省略せずとも視認・選択に支障がない。さらにズームアウト中に情報を省略しない画質が、戦況の視認を可能とする。AI師団長による戦略要素の抽出と、戦場の俯瞰に適した映像をもって、本作は古典RTSを深化した。

画像左の師団に峡谷越えを指示すると、画像右のように縦列をくみ、せまい進路に対応する。このとき、AIは即座に陣形を再展開できるよう、戦車・自走砲のかたよりをふせぐ。RTS初心者より有能だ。この仕組みは、地形と師団展開に大きく影響する。せまい場所では複数の師団を展開できず、数量差を打ち消しやすい。
画像左の師団に峡谷越えを指示すると、画像右のように縦列をくみ、せまい進路に対応する。このとき、AIは即座に陣形を再展開できるよう、戦車・自走砲のかたよりをふせぐ。RTS初心者より有能だ。この仕組みは、地形と師団展開に大きく影響する。せまい場所では複数の師団を展開できず、数量差を打ち消しやすい。

 

理想においつけない開発速度

『Ashes of the Singularity』の真価は「メタユニット」にある。AIが戦術を代行し、戦略を手軽なものとした。操作量ではなく思考量を競う設計は、弊誌で以前紹介した『Offworld Trading Company』にちかい。気になるのは現バージョン(プレベータ版)でその真価をプレイヤーに提示するUIがない点だ。

自軍と視界内敵軍の規模・能力がわからず、応戦・撤退・進行を判断できない。それを無視すれば、ユニットはすべて消耗品となり、生産力の差のみで勝敗を決することになる。
自軍と視界内敵軍の規模・能力がわからず、応戦・撤退・進行を判断できない。それを無視すれば、ユニットはすべて消耗品となり、生産力の差のみで勝敗を決することになる。

まず、メタユニットについて。ユニット数の表示がなく、重要となる能力強化の表示もちいさい。自軍だけでなく視界内の敵軍も同様で、詳細は目測にたよるしかない。これを、ズームイン・アウトによる意識配分の優劣を競うものとするなら、ズームインしたくなるような外連味のある演出がほしい。また、師団の再編成にも不満がある。2つの師団でユニットを任意に配分できない。後続の師団に射程強化と自走砲を割り振る、といった戦略の自由度がとぼしい。

操作量の優劣を廃するゲーム設計でありながら、資源施設の建設が煩雑だ。筆者はここに強いいらだちを感じた。2種類の資源にあわせて採掘施設の建設を手動で切替えねばならない。切替えを自動にすれば不当な操作量を排せたはずだ。また、範囲で一括して建設指示できず、針の穴に糸をとおす真似事を強要する。メタユニットと同様に、このマイクロ操作もAIに代行させたい。

画像左は本作。資源施設を建設できる場所はきまっており、正確なエイムを要する。画像右は『Planetary Annihilation: TITANS』の資源施設の建設。ドラッグで範囲指定するだけで、建設指定やその順序を自動処理する。前者の古臭くわずらわしいつくりとくらべ、後者は操作量がすくなく、なにより直感的だ。
画像左は本作。資源施設を建設できる場所はきまっており、正確なエイムを要する。画像右は『Planetary Annihilation: TITANS』の資源施設の建設。ドラッグで範囲指定するだけで、建設指定やその順序を自動処理する。前者の古臭くわずらわしいつくりとくらべ、後者は操作量がすくなく、なにより直感的だ。

こういったUIの練磨不足は、ゲーム設計がさだまっていないことを暗にしめしている。エンジンは開発したが、それをもちいた遊びは現在開発中といったところか。今春発売予定だが、これからゲームの設計とUIの練磨をほどこすには、奇跡を要するほど時間がたりないだろう。

 

ゲームエンジン開発という信仰

奇跡や発売延期などで、ゲームの練磨が完了するならよい。危惧すべきは、開発元がエンジンの完成に満足し、ゲームの完成と勘違いすることだ。エンジンを開発したからといってゲームが成功するとはかぎらない。

本作におけるエンジン開発の位置づけは「最重要」だ。リードデザイナーBrad Wardell氏は開発日誌でこう発言した。

“偉大なゲームをつくるために独自エンジンをつくる必要はない。しかし、エンジンは新たなタイプのゲームをつくるための枠組みを創造する。”

ここでの偉大なゲームとは昨年の話題作『Rocket League』・『Kerbal Space Program』・『Undertale』を指す。それらはUnreal Engine・Unity・GameMaker: Studioといったライセンスエンジン製だ。先の発言に悪意をもって揚げ足をとるのは容易だが、好意的に解釈すれば、目的は「新機軸の偉大なゲーム」とよみとれる。エンジンの開発と、ゲームの設計・練磨の両立だ。やすやすとできるものではない。

上記3作はライセンスエンジンをもちいたからこそ、プレイ体験・映像体験・物語体験に注力できた。これこそがライセンスエンジン最大のメリットである。
上記3作はライセンスエンジンをもちいたからこそ、プレイ体験・映像体験・物語体験に注力できた。これこそがライセンスエンジン最大のメリットである。

古典RTSの延長、独自エンジンと、本作に類似する『Planetary Annihilation』はその適例だ。開発者の体験談をつづったコラム「The Journey of a Kickstarter」で、“新エンジン開発のため、スタジオを2倍に拡大した”とある。莫大な開発費と時間を要したものとみてとれる。その結果、2014年9月5日発売当初の出来映えはつぎのとおり。低フレームレート、オフラインモード不可、予定したゲーム要素の未実装、など。発売後のサポート継続と拡張『TITANS』をもってしても、投機者の信頼を回復できず、その矛先であるSteamユーザーレビューは低迷している。

以上を独自エンジン開発のメリット・デメリットとする。メリットは新しいタイプのゲームだが、それで偉大なゲームになるかは別の話だ。そしてデメリットは予算の分散による練磨不足であり、偉大なゲームになる機会を失うどころかスタジオの閉鎖まである。AIによるマイクロ操作の代行、独自エンジンと、本作に類似する『Star Ruler 2』が後者の例だ。先鋭的なゲーム設計であるが、それをもちいたゲーム内容が不足している。開発元は売上の不振をのべ、フルタイムの開発環境を断念した。

エンジンの開発は開発期間でも不利を負う。『ポピュラス』の精神的後継『Godus』はエンジン開発中に陳腐化した。「世界の創造」をプレイ体験の核としたが、『Minecraft』とそのフォロワーによる「創造した世界を自分で探検する」プレイ体験に屈したのだ。さらに述べるなら、ゲーム設計はエンジン開発のメリット「新たなタイプのゲーム」に達していない。
エンジンの開発は開発期間でも不利を負う。『ポピュラス』の精神的後継『Godus』はエンジン開発中に陳腐化した。「世界の創造」をプレイ体験の核としたが、『Minecraft』とそのフォロワーによる「創造した世界を自分で探検する」プレイ体験に屈したのだ。さらに述べるなら、ゲーム設計はエンジン開発のメリット「新たなタイプのゲーム」に達していない。

本作のリードデザイナーは先の開発日誌で「ゲームの進化に必要な条件」として、資金・エンジン・コミュニティをあげた。筆者はここにゲームデザイナーを加えたい。ゲーム設計だけでなく、それがもたらす遊びをプレイヤーに伝える工夫にも余念がないデザイナーを。本章の締めに、すぐれたゲーム設計とUIで高い世評を得た偉大なゲーム側からの言い分として、Unityを採用する『Endless Legend』の開発者コラム(Making Games誌)から冒頭を引用する。これは本作の命運を分かつものである。

“UIの作成は容易な作業ではない。”

手段は目的とひとしい

『Ashes of the Singularity』は独自エンジンのメリット・デメリットを如実にしめす最新の事例だ。その処理能力と描画能力で照らしたRTSの未来は期待できる。だが、アーリーアクセスゲームの将来性は、それがなされない危険性と表裏一体だ。現バージョンのゲーム設計・UIから得られるプレイ体験は古典RTSの再発明にとどまっている。新機軸の偉大なゲームという目的の片鱗がみえない。本作の真価ことメタユニットを、プレイヤーに印象づける強烈な仕掛けがなければ、Ashes(灰)だけに灰スコアで終わるだろう。

歯がゆいことに、本作は楽しいのだ。ビルドツリー・内政手順を書いた付箋紙をモニタに貼り付けなくとも遊べる。ショートカットで矢継ぎ早に画面を切り替えなくともいい。MOBAのe-Sportsプレイヤーからすれば老人というべき反応速度の筆者にぴったりだ。老人向けRTS?結構。本作は、シニアデザイナーの、シニア開発者による、シニアゲーマーのためのRTSだ。
歯がゆいことに、本作は楽しいのだ。ビルドツリー・内政手順を書いた付箋紙をモニタに貼り付けなくとも遊べる。ショートカットで矢継ぎ早に画面を切り替えなくともいい。MOBAのe-Sportsプレイヤーからすれば老人というべき反応速度の筆者にぴったりだ。老人向けRTS?結構。本作は、シニアデザイナーの、シニア開発者による、シニアゲーマーのためのRTSだ。

「Nitrous Engine」はライセンス提供も視野にある。仮に、本作の目的をエンジンのデモンストレーションとしよう。DirectX 12ベンチマークソフトとして名を残そうにも、手段がともわなねば、未来のUnreal EngineUnityに埋もれてしまう。その手段は、新機軸の偉大なゲームである。つまり、手段と目的は同格なのだ。独自エンジンの価値は、未来のプレイ体験・映像体験・物語体験を実現するためだけにある。ライセンスエンジンの性能向上・ライセンス料改定が進む今日において、独自エンジンが要求するゲームデザイナーのスペックはとても高いものとなったといえよう。

先の例外に日本のメーカーがあてはまるのは面白い。自社内作の開発力が高く、資金面の独立性を有するなら、次の10年を戦い抜く「研究開発」が強みとなる。MGSV「Fox Engine」・DOAX3「やわらかエンジン」・DARK SOULSシリーズのエンジンがそれだ。本作のエンジンも同様で、Stardockにおける次の10年の基幹にある。
先の例外に日本のメーカーがあてはまるのは面白い。自社内作の開発力が高く、資金面の独立性を有するなら、次の10年を戦い抜く「研究開発」が強みとなる。MGSV「Fox Engine」・DOAX3「やわらかエンジン」・DARK SOULSシリーズのエンジンがそれだ。本作のエンジンも同様で、Stardockにおける次の10年の基幹にある。

本稿の締めに、本作の今後の展開をしめしておく。ゲーム設計とUIの不足は開発元も認識している。リードデザイナーはGamasutra誌の記事でゲーム設計の改善をのべた。また、見栄えで認識しづらいユニットのデザインを一新するとSteamフォーラムで回答した。独自エンジン開発の成功例に本作の名があがるよう、さらなる練磨に期待する。

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