イラク戦争FPS『Six Days in Fallujah』は「政治的でない」との主張に、とある開発者が激昂。残虐行為を“ノイズ”とみなす思想では戦争を誠実に描けない

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イラク戦争を描いた『Six Days in Fallujah』にまつわるインタビューが大きな議論を呼び起こしている。同作は、2004年イラクで起きたファルージャの戦いを描いたFPS。かつて2004年に発表されたものの、兵士らの遺族の反対を受けて、当時パブリッシャーを担当する予定だったコナミデジタルエンタテインメントが撤退を表明。一旦お蔵入りになった。その後、先週になってリブートが電撃発表された“幻の”作品だ。イラク戦争はいまだに惨禍の爪痕深いセンシティブな問題。そうした主題をどのように描くのか、注目が集まっていた。そんな中、海外メディアPolygonが本作の制作意図に迫るインタビューを敢行。パブリッシャーVicturaのCEOであるPeter Tamte氏が、『Six Days in Fallujah』の背後にある思想を語った。 

Tamte氏は、『Six Days in Fallujah』は政治的意図にもとづいた作品ではないと一貫して主張した。同作は、イラク戦争そのものの是非を問う作品ではないという。いわく、チームの狙いは、戦闘の現場にいたアメリカ軍兵士や、市街に囚われたイラク人市民への共感を呼び起こすことである。さまざまなインタビューを下敷きに、そこに生きた人々の姿を描くことで、ゲームを遊んだ人に「ファルージャの戦い」という出来事そのものへの興味を惹起する。その上で、戦争そのものの是非はプレイヤーが判断を下すというわけだ。 

同氏へのインタビューでは、ファルージャの戦いでおこなわれたとされる残虐行為や非合法的行為はゲームに含まれないとも述べられた。たとえば対人使用の問題性が叫ばれる「白リン弾」について、作中ではその違法性が問われることはない。一番の理由としては、開発陣が物語の下敷きとしている、兵士たちのインタビュー回答に白リン弾に関する体験談が含まれておらず、語る上で十分な情報が揃っていないことが挙げられた。また、そうしたセンセーショナルな話題を含むことは、「戦場にいた人間そのもの」を描くにあたってノイズとなるからだという。 
 

 
このインタビューに対し、激昂した人物がいた。『Nuclear Throne』などで知られるゲームクリエイター、Rami Ismail氏である。Ismail氏は大量のツイートを通じ、Tamte氏のイラク戦争に対する姿勢を極めて厳しく糾弾している。同氏がもっとも強く反応しているのは、『Six Days in Fallujah』において白リン弾などの「残虐性」が“気を逸らすもの”として排除されている点だ。Tamte氏は、戦場にいた兵士に焦点を当てるため“議論を呼ぶ”残虐性を扱わないと回答した。そうすると、アメリカ軍の兵士をヒロイズム化するプロパガンダになってしまう。すなわち、戦争犯罪を通じて命を落とした大多数のイラク人を無視することになるのだと、Ismail氏は激怒しているのだ。 

たとえば先述した白リン弾について、Tamte氏は「その使用について実際にインタビューした兵士から語られたことがなかった」として、あくまで取材した人々の体験談を尊重したと主張。しかしIsmail氏は、ファルージャの戦いにおける白リン弾の使用と非人道性についてはすでに文書化された事実であり、それら抜きにこの戦いを誠実に描くことはできないと指摘する。また、そもそも「生きた人間の主張」だけを真正な情報として採用するTamte氏のスタンスそのものが、「命を落としていった大勢のイラク国民」を無視する姿勢だとして厳しく批判している。 

このほか、ファルージャから避難を試みた住民のうち徴兵年齢の男性だけが米軍によって退避を禁じられ市内に取り残されたこと、劣化ウラン弾の使用により発がん性の高い子どもが生まれ続けていること。そもそもファルージャの戦いそのものが、4人の米国傭兵がイラクで殺害されたのに対し、2回の包囲・化学兵器の使用・数千人規模の殺害がおこなわれた報復であったことなどを、イラク戦争が非人道的な戦争犯罪であった証拠として列挙した。Ismail氏がもっとも憤っているのは、「人間のリアリティを描く」と語るTamte氏の矛盾である。そこでは、戦場で悲惨な暴力が蔓延した事実はノイズとして抹消されている。すなわちTamte氏の語る「人間」「リアリティ」に、イラク国民が強いられた現実は含まれていない。ここに、Tamte氏の認識の甘さと『Six Days in Fallujah』のプロパガンダ性を見出し、Ismail氏は檄文を記したのだ。 
 

*「この戦争は文字通り残虐行為でした。この戦争を他のものとして描写することはできません。それは戦争犯罪でした。それは数々の戦争犯罪行為を用いて戦われました。戦争犯罪なしにファルージャの戦いを誠実に描くことはできません」 
 

この問題について、業界の他クリエイターも反応。Naughty DogのNeil Druckmann氏は、ゲームが深刻な主題を扱っている場合、それは本質的に政治的であると主張。包み隠さず、可能な限り正直に、完全に扱うために、最善を尽くす義務が生ずるとコメントしている。Druckmann氏といえば、『The Last of Us Part II』における政治的描写で大いに議論を呼んだ人物。自らの作品で実践した人物であるだけに、この発言は重みのあるものといえるだろう。なおユーザーからの、「『ファークライ』とかは政治抜きで、深刻な主題を扱えているよ?」という意見に対しては、「いや、それらの作品も政治的な要素のあるゲームだよ……(溜息)…もう降参するよ、君の勝ちだ」と、うまく理解してもらえず諦め気味なコメントを残している。 
 

 
戦争という主題を描くにあたり、思想の偏りのないフラットな視点を保つことは不可能。厳しい批判に晒された『Six Days in Fallujah』が今後どのようなかたちで世に姿を表すのか、静観したいところだ。 

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