絡み合う愛と悲劇を通じて「自分自身のあり方」が問われる。人間の複雑さを抉る傑作ノベル『ファタモルガーナの館』を今こそ遊んでみよう

『ファタモルガーナの館』は2012年に発表された作品ながら、愛と悲劇を通じて「自分自身のあり方」という、現代でも通じるテーマを描いている。

Steamでは日々数多くのゲームがリリースされている一方で、個人や少人数チームによる国産タイトルには大作の話題に隠れながらも、独創的なアイデアや強いこだわりを持つ作品が少なくない。本連載「見逃してない? 国産Steamタイトル発掘録」では、同人・インディーゲームを中心に、国産Steamタイトルを毎回1本ずつピックアップして魅力を伝えていきたい。

4つの悲劇を辿りながら、館に隠された謎を探る

連載第12回となる本稿では、ゲーム開発サークルNOVECT(旧Novectacle)が手がけたビジュアルノベル『ファタモルガーナの館』を紹介。2012年にリリースされた本作は、呪われた館を舞台に、時代の異なる悲劇を辿りながら、館にまつわる謎と「あなた」自身の過去を描いていく。美しい西洋風の世界観や重厚な音楽も印象的で、人間が抱える愛情や憎しみ、孤独、「自分は何者なのか」という問いを、丁寧に描き出している点が魅力だ。2015年には外伝作『ファタモルガーナの館 -Another Episodes-』が発売され、現在では「現代編」を収録したコンソール版も展開されている。

主人公の「あなた」は、気がつくと古びた館の中にいた。自分の名前も過去も分からず、目の前にいるのは自分を「旦那さま」と呼ぶ黒髪の女中だけ。女中は「あなた」の館に眠る悲劇の過去を見せ、記憶を取り戻すヒントを得るため、4つの扉を開いていく。扉の向こうに広がるのは、1603年、1707年、1869年、1099年という異なる時代。ある時代では仲睦まじく暮らしていた兄妹が、別の時代では「獣」と呼ばれる男が、裕福な資産家の青年と妻が、呪われた青年と魔女の烙印を押された少女が登場する。登場人物も時代も異なる4種の物語だが、いずれの悲劇にも人間同士の感情が絡み合っているのが特徴。

『ファタモルガーナの館』の面白さは、4つの悲劇を単純なオムニバスとして終わらせない点だ。それぞれ別の人物が経験した悲劇に見えていた出来事が、読み進めるにつれて館の謎や主人公の正体と結びついていく。プレイヤーは登場人物たちの人生を一つずつ見届けながら、断片的に与えられた情報を組み合わせ、館で何が起きていたのかを考えることになる。また物語の途中で明らかになる事実によって、以前に読んだ場面の意味まで変わっていく。最初は理解できなかった人物の行動に理由があったと分かったり、善意から出た行動が別の人物を追い詰めていたと気づいたりと、結末だけを見れば「悪人」と思える人間であっても、何を考え、何を望んでいたのかを知ることで、プレイヤーの見方は変化していく。

4つの物語を読んでいくと、中心にあるのが「悲劇」だけではないことに気づかされる。誰かを愛しているからこそ失いたくないと思い、失いたくないから相手を自分のそばに置こうとする。相手のためを思っているからこそ、自分が考える幸せを相手にも求めてしまう。愛情は人を救う一方で、執着や束縛、支配へと変わる危うさも孕んでいる。本作が描く悲劇は、単純な善悪の対立ではない。

登場人物たちは自分なりの正しさを抱えて生きており、家族ならこうするべき、恋人ならこうあるべき、愛する相手なら自分を理解してくれるはずといった自らの根底の価値観が、別の人間にとっては苦しみになることも多い。誰かを傷つけた人物にも、傷つけられた人物にも事情がある。事情を知ったからといって許せるとは限らないが、理解することはできる。『ファタモルガーナの館』は、悲劇を生み出した人間を一方的に断罪するのではなく、一人ひとりが抱えていた感情まで描くことで、人間が抱える複雑さを浮かび上がらせている。

「自分は何者なのか」という問い

主人公が記憶を失っており、物語の冒頭から「自分は何者なのか」という疑問が提示されるが、本作における自己認識の問題は、記憶の有無だけではない。親から期待された子供として、恋人から求められる相手として、社会から「こうあるべき」と扱われる人間として、周囲から求められた姿が自分自身の一部になっていく。だが自分が望んでいる姿と周囲が求める姿が食い違えば、「自分は何者なのか」という問いから逃れられない。

本作では、性別や「男らしさ」「女らしさ」をめぐる葛藤も、登場人物たちの人生に深く関わっている。本人が何を望んでいるのかとは無関係に、周囲から役割を決められ、「男ならこうあるべき」「女ならこうあるべき」と期待され、他人から「あなたはこういう人間だ」と規定されてしまう苦しさが描かれている。こうしたジェンダーやセクシュアリティをめぐる価値観も、ゲームがリリースされた2012年当時より社会の中で大きく成熟した。だからこそ今のプレイヤーが本作を遊ぶと、登場人物が周囲から性別や役割を押しつけられる苦しみが、当時とは異なった生々しさを伴って感じられるかもしれない。

『ファタモルガーナの館』は、現代の価値観から過去の人物を一方的に裁く作品ではない。むしろ、誰かに決められた役割と自分自身のあり方が一致しないとき、人間はどう生きればいいのかという問題を、普遍的な物語の中で描いている。自分自身を理解することすら難しい人間が、他人を理解することもまた難しいからこそ悲劇が生まれてしまう。

『ファタモルガーナの館』は、悲劇を並べてプレイヤーを嫌な気持ちにさせるだけの露悪的ビジュアルノベルではない。2012年に発表された作品でありながら、今なお読み継がれている理由も、単なる懐古では説明できないだろう。人間関係のすれ違い、愛情が憎しみに変わる瞬間、自分自身のあり方を他人に決められる苦しさといった問題は、時代が変わっても消えない。プレイヤー自身が年齢を重ね、さまざまな人間関係を経験してから読み返すと、以前は理解しにくかった登場人物の感情に気づく場合もある。読み手によって受け取り方が変わる物語だからこそ、『ファタモルガーナの館』は今も遊ぶ価値があるだろう。

また本編を気に入ったなら、外伝作『ファタモルガーナの館 -Another Episodes-』や「現代編」などの関連作品や、スターシステ厶を利用した派生作品『霧上のエラスムス』『セブンスコート』にも触れてほしい。なおNOVECTは現在、新作推理アドベンチャー『Project Code M』を開発中。『ファタモルガーナの館』を入口に、作品を追ってみるのも良いだろう。

『ファタモルガーナの館』は、PC(Steam/DMM/DLsite)/Nintendo Switch/PS4向けに配信中だ。

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Yuuki Inoue
Yuuki Inoue

RPGとADVが好きなフリーのゲームライター。同人ノベルゲームは昔から追っているのでそこそこ詳しい。面白ければジャンル問わずなんでもプレイするのが信条。

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