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「ゲームをより良い日本語で遊ぶために」開発者へ直談判したゲーマーが、フリーランスのゲーム翻訳者になるまで。“遊んで訳す”仕事、そのシビアな舞台裏を訊いた
数多くのゲームの翻訳に携わってきたToyoch氏に、きっかけやシビアな裏側を訊いた。

フリーランスとして長年にわたり、翻訳家の道を歩んできた「Toyoch」氏。インディーゲームを中心に『UnEpic』『RACCOIN: Coin Pusher Roguelike』などの複数タイトルを一人で翻訳し、その他にも『Far Cry 4』などの大手作品に関わってきた。最近では『Warhammer 40,000: Boltgun 2』『The Occultist』の翻訳にも関与した。
同氏は今までに多くのゲーム作品の翻訳に携わってきているが、実は「FPSの生き字引」と自称するほどのコアなPCゲーマーでもある。今回はインタビューを通して翻訳家への道筋や活動について訊いていく。
Toyoch氏と筆者は2000年代前半、PCゲームを協力して遊ぶ公募Co-opで出会った。その縁から、今回はフリーランスの翻訳家についての詳細なお話を訊く機会をいただき、本人の希望によりテキストでのメッセージのやり取りでインタビューを進めた。
仕事の始まりと今
――自己紹介をお願いします。ジャンルなど、どんなゲームの翻訳を担当されてきましたか。
Toyoch氏:
Toyoch(とよち)と申します。ゲーム翻訳者になり始めて12年近く、PCゲーマーとしては30年近くというところです。
翻訳担当作品はインディー中心となっていますが、AAA規模や有名フランチャイズの案件も何件か関わってきました。触れたジャンルはFPS、ローグライク/ローグライト、パズル、ストーリー重視のADV、バカゲー、トレーラーやイベント、アニメ等の動画まで多岐にわたっています。

――翻訳の仕事は、どうやって得始めたのでしょうか。
Toyoch氏:
翻訳の仕事の始まりは『UnEpic』で、Indie Royaleのバンドルで買った頃の最初期に実装されていた日本語テキストの品質を向上させ、より良い日本語で遊ぶために開発へメールで直談判し、ユーザー投票の末に私の翻訳が採用されて実装された経緯がありました。
その後に『Baldur’s Gate: Enhanced Edition』の翻訳チームに入るよう誘われ、新コンパニオンの一人やジャーナル関係を担当した覚えがあります。その実績から『Far Cry 4』の本編テキストレビュー、吹替録音の立会、DLCの翻訳にも関与し、そこから人脈ができて仕事が増えてきた感じですね。

――現在はどんな風に翻訳の仕事を請け負っていらっしゃるのでしょうか。
Toyoch氏:
ここ2~3年の間はとあるヨーロッパの翻訳会社が主なクライアントで、かなりの頻度で案件が飛んでくるのはうれしいのですが時々分量が大変なことになるときも……。
国内も頻度は少なくなってはいるものの、付き合いが非常に長いクライアントがいますね。翻訳会社とは別にいくつかのインディー開発者とも直接案件を受けていることもあります。
完全に在宅での作業となっていますが、LQA(Linguistic Quality Assurance、言語品質保証)作業で翻訳会社へ出向くことも稀にありました。
――仕事を請ける際には特にゲームやジャンルを選ばずに引き受けるのでしょうか、それとも個人的に期待しているゲームや、得意であったり好きなジャンルを優先的に引き受けるのでしょうか。
Toyoch氏:
案件を受ける基準としては第一にスケジュールが空いているかどうかと、対応可能な分量かどうか、第二にどれだけ事前情報を提供してくれるか、を重視しています。
第二の「事前情報」については多くの場合、NDA(守秘義務)の都合上ぼかす必要があるのは承知しているのですが、打診の時点で「ゲームの翻訳」としか説明されていない案件よりも、「こんなジャンルのゲーム」と少しでも詳細に書かれているほうが判断しやすいと考えています。
また、複数の翻訳会社や開発者、開発会社とフリーランス契約を結んで仕事している以上、スケジュールは自分で管理する必要があるため作業期間の競合には気を使っており、常に突発案件に備える必要がある身としては「毎日か毎週、進捗を記録して分納する」タイプの長期案件は厳しい場合も……。
期待作や得意ジャンルの作品、特にシングルプレイかCo-opのFPS、インクリメンタル、清掃、箱庭サバイバルあたりはできるだけ受けたいですし、インディーであればいつでも英日だけでなく日英の相談にも応じたいところです。

翻訳者だからこそ
――ゲームの翻訳を始める前と、始めた後でゲームを遊ぶときの見方が変わったポイントなどはありますでしょうか。
Toyoch氏:
ゲーム翻訳を本格的にやりはじめてからは、クレジットで翻訳者や翻訳会社を確認するようになりました。誰がやったかで品質の半分ぐらいは想定できると考えています。
他作品で評価されているプロの翻訳者が関与していたとしても、分量と納期のバランス、資料の提供量、質問の回答率、テストの有無などの翻訳環境による品質への影響が非常に大きいため、人だけで完全に判断しきれず「半分」としています。
次に「ゲームの母国語が何か」という点ですね。
世界には非常に多くの言語があり、ゲームは必ずしも英語ベースではなく、別言語から英訳されてからさらに別の言語へ翻訳されるケースもよく見られます。担当作から例を挙げると、『RACCOIN』は中国産のゲームであるため簡体字や繁体字から英語、英語から日本語となっています。
2言語間の翻訳ですら、気をつけないと原文または作者が本来表現したかったことから意図せずに離れてしまう問題があるのに、多くの言語を介すると伝言ゲームのような事態になってしまうことも。これを避けるために、開発者や開発会社への質問、いわゆるクエリは欠かせないとみています。
開発者が英語のネイティブでない場合、開発者自身または販売会社による英訳の正確さも担保できないのは、最終的な翻訳先言語の品質にも少なからず影響がある点は、頭の片隅に置いていただけると幸いです。

――ローカライズされたゲームをプレイして「この日本語、なんだか変だな」と思うことが増えたりはしましたか。ゲーム翻訳者だからこそ気になりやすいよくあるミスなどがあれば教えていただけないでしょうか。
Toyoch氏:
日本語ローカライズの品質については今も昔も玉石混交ですね。
AI・機械翻訳は2000年代初頭のものと比べればマシになったものの、テキストをそのまま翻訳するだけではコンテキスト、つまり文脈や状況を理解できないため問題が発生しがちなところは変わりませんね。
人力翻訳でも、ジャンル専門外の人や、翻訳元・翻訳先言語の両方における非ネイティブによる誤訳は未だに見られ、作品が扱うテーマやジャンルをある程度以上知っている人やネイティブチェックを増やせたらかなり改善されるかと。
ヒューマンエラーは誰にでも、翻訳以外でもどこにでも、人がやる限り発生確率を0にすることはできないため、文意が変わらない小さな誤字脱字程度のミスが100~200行や5~6時間のプレイで1、2か所ほど見られるくらいは仕方ないと考えています。
LQAをやったとしても本当にすべてを網羅できない可能性もあれば、LQAやリリース後のアップデートで新しい問題が発生する場合もあります。
メインメニューの誤訳のような開始10分もしない段階で変なところが見られたり、特定言語でゲームが起動すらしないか途中で必ずクラッシュする、色やサイズ変更のタグの閉じ忘れで表示がメチャクチャになる、ひとつの場面で複数回出てくる同じ用語の訳がブレている、みたいな目立った問題があると「LQAしてないなこれ」と思わざるを得なくなりますね……。
ゲームの規模は大小さまざまになっている現状では、インディーでよくある2~3時間規模のストーリー重視作品や同じゲームループを繰り返す、特にローグライク/ローグライトやインクリメンタルの作品から、クリアだけで20時間、サブコンテンツもやるなら3桁時間は必要なAAA級オープンワールド作品もあるので、LQAをとりあえずやれば解決というわけでもない上、予算と作業期間によってはLQA自体ができない場合もあるため、「絶対テストしろ」と強く言えない現実もあります。
最近の日本語ローカライズでよくみられる問題としてもう一つ挙げられるのはフォント周りでしょうか。
テキストは日本語だけど一部の漢字が繁体字のものになっているケースが、インディーかAAAかを問わず頻発しています。フォントの実装周りが原因だと思われる場合が多く、翻訳者よりも開発者側で考慮して対応していただきたいところです。
フォントの選定は翻訳者がやることが度々ありますが、開発費の負担やフォント作者への連絡などの手間を考慮して、無償かつ商用利用が自由なフリーフォントで検討するのが一般的かなと考えています。
とはいえ、選んだフォントで文字化けや豆腐(フォントで非対応の文字が四角で表示されるもの)が発生するかどうかはテストしないとわからないため、本当にLQAが大事ですね。

日本語のテキスト、特に長文でついて回るのは禁則処理と自動改行でしょうか。海外の開発者に禁則処理の概念を説明するのは非常に難しく、また日本語はめったに半角スペースを使わないため他言語で見られがちな半角スペースによる自動改行にも頼れないことですね。
よく見られる「改行されずに画面外へはみ出る問題」や「句読点と記号が行頭にくる問題」のどちらも、これらが考慮されていないとよく発生し、翻訳者単体ではどうにもならないため、少しでも多くの開発者に伝わってもらいたいところです。

遊びながら訳すこと
――ゲームジャンルによって翻訳の難しさに違いはありますか。もしあれば得意なジャンルと、その理由も教えてください。
Toyoch氏:
翻訳の難しさはジャンルよりも、提供された作業ファイルの構造が大きく絡みます。話者情報の有無、テキストIDを見ただけで使用箇所がわかるかどうか、一つのファイルに全テキストを入れるのではなくカテゴリでファイルをわけているか、等ですね。そのうえで、ゲーマーとしてゲームプレイを最重要視する私には、テキスト多めなジャンルでもストラテジーやシミュレーションの方が、アドベンチャーやテキストノベルよりもやりやすいかなと感じています。
得意ジャンルは総じてアクション寄り、特にゲームシステム関係のテキストが明確なローグライク/ローグライトと、もともと一番好きなジャンルであるFPSと箱庭サバイバルあたりですね。ローグライク/ローグライトでは『幸運の大家様』『Ballionaire』『RACCOIN』など、FPSでは『Shadow Warrior 3』『Trepang2』など、箱庭サバイバルでは『Zompiercer』を担当しました。

――訳す段階で、そのゲームを遊べるものなのでしょうか。遊べないときにはどんな訳しづらさがありますか。
Toyoch氏:
翻訳作業に取り掛かる前にゲームのビルドまたはSteamキーを提供してもらえるのはインディーでは比較的多く、AAAでは基本的に無いですね。リークやNDAなど、大手には大手の悩みもありますし。発売済みの作品の場合、先に買って気に入ったので翻訳を志望するケースも何件かありました。
ゲームのビルドがなくともキャラクター情報、ストーリーや会話が書かれた台本、アイテムや敵の画像などの資料があれば大変助かるのですが、情報が無く、簡素すぎてパッと見では何もわからないような構造をしたファイルから翻訳せざるを得ないことも度々あります。その場合は開発に質問を送るしかないのですが、これもまた納期までに回答が来る確実性はなく、手探りに近い状態になることも。

――遊びながら訳す場合は、スムーズに翻訳を進めるためにゲームの腕前も重要になるのでしょうか。苦手なジャンルのゲームだと翻訳とは別に、プレイする大変さもありますか。もし何かエピソードがあれば、作品名は伏せていただいて問題ありませんので、ぜひ教えていただきたいです。
Toyoch氏:
提供された開発用ビルドにデバッグコマンド、いわゆるチートコードがあれば腕前や運の影響をある程度は無視できるのですが、翻訳作品のジャンルの基本を把握していることは何よりも大事かと。
私はジャンル的に雑食なほうなので苦手なものはあまりないのですが、対戦や協力プレイだけのゲームとなると、NDAもあってお誘いも不可能なので、人がいない問題があって厳しいかも、と考えています。
また、イベントのスキップがほぼできず、選択肢の影響が大きなアドベンチャーゲームになると、1周では網羅できないし、複数の周回をやると面倒に思えてくるかそもそもLQAの時間が足りない、と感じる時はありますね……。

――読者にはこれからゲームの翻訳を目指している人もいるかと思うのですが、率直に言って、ゲームの翻訳で生計を立てることはできると思いますか。
Toyoch氏:
本当に率直なことを言うと、ゲームの翻訳のみで生計を立てるのはこれから厳しくなっていくとみています。
最大の理由はAI翻訳による人力翻訳の需要減で、AI翻訳を人力で修正するMTPE(Machine Translation Post Editing)案件が増え始めています。コストがかかるので人を使えない、作業期間が短すぎてAIや機械翻訳ですぐに用意しなければならない、自分たちでは翻訳先言語の品質を担保できない、等のクライアントの翻訳に対する認識を考え直す必要があるため翻訳者側でできることはあまりなく、ユーザーとして問題のある翻訳に対する改善を要求するか、翻訳のない作品には翻訳したいと志願するか実装するようお願いするしかないかと。
私は純粋に長年のゲーム知識と独力で学んだ英語力、それと運よく築けた人脈で何とか食いつなげているため、自分もこれからどうなるかは心配なところですが……。
――ゲーム翻訳の仕事をしてみたい人は、何から始めればいいと思いますか。
Toyoch氏:
ゲーム翻訳を始めるための技術を培うには、様々なソースから英語に限らない他言語を覚え、読み書きで十分使えるレベルまで鍛えるのが大事かと。会議や海外旅行、ゲームイベントなどで話す必要がない限り、スピーキングは必須ではないかも。字幕なしの音声を聞く必要がある場面はそれなりにあるため、リスニング能力は欲しいですね。
私の場合、ゲームだけでなくネットの影響も大きく、ニュース記事や海外の友人との交流をやりつつ、わからない単語はとりあえず辞書かネット検索、という形で学んできました。
また、翻訳ができてもできる限り適切な文章や言葉を考えて出力できるよう、母国語、つまり翻訳先言語の各種メディアも等しく吸収する必要があるとも考えています。私は前々からゲームのレビューを多く書いてきたので、その影響もありそうです。
翻訳元と翻訳先の両言語のスキルと文章力が自信を持てるレベルになったら、翻訳されていないけど自分がとても気になった作品を見つけて作者に打診してみるか、MODに対応しているゲームなら翻訳MODを作ってみるのもアリでしょう。作品はインディーを推奨します。最初から完璧なものを出せるレベルに達するまで待つよりも、やりながら成長する意識を持って日々努力するのが良いとも考えています。
――ありがとうございました。
自らの行動で翻訳家の道をつかみ取り、12年近くの間に多くのタイトルに関わってきたToyoch氏。今回のインタビューでフリーランスの翻訳家がどう歩んできたのか、何と向き合いながら日々の翻訳の作業をしているのかを垣間見ることができた。その一方で、この間にもテクノロジーは進化をし続け、翻訳の仕事にも大きな変化が起きているようだ。だが、同氏はコアなゲーマーを出自とし、遊べる環境ではゲームをプレイしながら翻訳している。ゲームの翻訳では、そうした複合的な経験や知識を求められるのだろう。日本でもSteamユーザーは拡大しており、日本語で遊べるゲームも増えている。上質なローカライズのゲームに触れた際には、その裏にある翻訳者たちのこだわりに想いを馳せてみるのもいいだろう。なおToyoch氏はXアカウントにて携わったゲームの紹介もおこなっている。ローカライズ品質にこだわる場合は、同氏を含め翻訳者から遊ぶゲームを決めてみるといいかもしれない。
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