PS4、Nintendo Switch、Xbox Oneが中国で発売されたのは歴史的快挙だった。政府の「ゲーム規制」が生み出した暗黒のコンシューマーゲーム市場
昨年12月10日、中国にて正規版Nintendo Switchが発売された。中国の大手企業テンセントが代理販売しているものである。これにより、中国国内ではXbox One、PlayStation 4、Nintendo Switchの正規版の発売が出揃った。世界のコンソールゲーム御三家マイクロソフト、ソニー、任天堂の主力ゲーム機がすべて中国国内で正式販売されるのは、中国の歴史上では初。筆者も含め、中国のゲーマーたちは今までにない素晴らしい時期を迎えようとしている。
中国のコンシューマーゲーム市場といえば、おそらく海賊版があふれているというイメージが浮かぶことだろう。中国のゲーマーは、少なくとも一度は自覚の有無を問わず、海賊版のゲームを遊んでいると思われる。その主な理由として「正規版のゲーム機およびゲームソフトがとても高価である」点が挙げられるが、実はその理由のほかに、「中国国内にて14年の間、コンシューマーゲーム機は原則的に販売が禁止されていた」という経緯がある。
正規販売ではなく、海賊版が出回るようになった経緯
2000年6月、中国文化部など7部門の政府機関が「关于开展电子游戏经营场所专项治理的意见」(電子ゲーム経営場所の整頓に関する意見)を発表し、「中国国内向けの電子ゲーム設備およびその付属品の生産、販売をすべて禁止する」と規定した。政府からの正式な発表によると、その理由は「青少年心身の健康を配慮したもの」とされた。それから13年の間、中国国内ではほぼすべての正規版コンシューマーゲーム市場が消え、中国のゲーマーたちは、Wii、Xbox 360、PlayStation 2など世界中で大ヒットしているゲーム機に、正規ルートで触れ合う機会を失った。PCゲーム、ブラウザゲーム、MMORPGが中国国内で主流になるのも、この「意見」が原因の一つになっているとされている(PCは「ゲーム機」として区分されておらず、販売は禁止されていないため)。
しかし、政府からゲーム機の販売が禁止されたとはいえ、中国のゲーマーたちは、「闇市」でコンシューマーゲームの傑作たちと触れ合うことができた。当時は、中国のネット通販大手サイト、またはオフラインのゲームマーケット、電気街などで、主にハックされたコンシューマーゲーム機を購入し、インターネットからダウンロードした海賊版のゲームをプレイすることが主流になった。店側としては、正規版のゲームを仕入れることもできるが、中国語にローカライズされていないか、当時の中国一般市民の購買力と比べて高価のため、海賊版を取り扱う店がやはり主流。「ゲームは無料で遊ぶものである」という認識を中国のゲーマーにうえつけたのも当時だった。その影響は、現在でも残っている。たとえば中国の大手通販サイトタオバオで「ニンテンドー3DS」と検索し購入しようとすると、「中国語化されているゲームを100本以上ダウンロードできるすぐ遊べる海賊版」といった商品ばかりがヒットする。また、筆者が今までに記事で書いた、「禁止されているゲームを売るために隠語や暗号を使う」(参考記事1)(参考記事2)行為も、ゲーム販売が禁止された13年間の知恵から導かれた売り方である。中国では、未だにゲームは無料でダウンロードし遊ぶものという認識が強く、これもまた、ソーシャルゲームのFree to Playの課金システムが中国で早く発展し、受け入れられた原因の一つでもあるとされる。
正規版の販売に向けて各社苦闘
中国国内でゲーム機販売禁止令が敷かれていたものの、例外的に正規ゲーム機の販売が許されるケースもあり、任天堂とソニーは中国国内で正規版のゲーム機で成功をおさめようと努力していたが、いずれも挫折した。2002年、任天堂は中国系アメリカ人の顔維群博士とともに蘇州で神遊科技を設立し、任天堂のコンシューマーゲーム機を正式に販売するよう準備をしていた。そして、2004年には中国版のゲームボーイアドバンス「小神游Game Boy Advance」を発表。当時は複数のゲームのリリースを予定していたが、いずれも販売を果たせず、闇に葬られた。
上の画像は、当時発売する予定だった「小神游Game Boy Advance」の充実したゲームラインナップ。ソース記事の内容によると、正規販売を目指すにあたり、ゲームのほとんどが政府の審査を通ったにもかかわらず、いずれも発売を果たせなかった。その理由は、長い審査期間を経て、販売の準備が整うころには、すでにゲームが世界中で発売されてから数年が経過しており、中国国内の闇市でもゲームの海賊版があふれている状態だったからだ。ちなみに、このようなことは今でも中国のゲームリリースに影響している。中国政府による審査通過を待つ必要があるため、世界的なヒットタイトルでも、中国ではリリースする前に旬が過ぎてしまう可能性があるのだ。なおテンセントが運営している『フォートナイト』の中国版は、まだ政府による承認を得ていないためマネタイズ化できていないが、ゲームのアップデートは続いており、諦めていない状態だ。
そして、2012年には任天堂の大ヒットゲーム機ニンテンドー3DSが中国向けに発売された。ただし、ゲーム機としてではなく、「3D映像ポータブルエンターテイメント機」(3D影像掌上娱乐产品)として販売された。利用できるゲームは、『スーパーマリオ 3Dランド』と『マリオカート7』のみだった。
ソニーも、2003年にPS2を中国向けに発売している。2003年11月28日に、中国政府の官僚がPS2の発売イベントに出席したにも関わらず、結局ゲーム機販売禁止令が原因で局部的にしか販売できなかった。当時政府はソニーに対して、上海、広州の2つの都市でしか販売を許しておらず、しかもゲーム機販売の宣伝を一切禁じられた。その結果として、PS2は中国で数千台しか売れなかったと言われている。
そしてゲーム機販売禁止令が敷かれてから14年の年月が経ち、2014年1月6日午後、中国政府から新たな「通知」が出された。内容は上海自貿区にて特別に販売が許される商品のリスト。その中で、中国政府の審査を通ったゲームの販売を許可する旨が記されていた。この発表を受けて、当時任天堂をはじめ、ソニーとマイクロソフトの株価が大幅に上昇した。長年に渡り続いたゲーム機販売禁止令が、いよいよ廃止されたのだ。そして2014年9月、マイクロソフトが中国向けにXbox Oneの発売をアナウンス。同年9月29日、正式にリリースされた。これは、ゲーム機販売禁止令の解除後、初めて発売された正規のゲーム機である。
ゲーム機販売禁止令が解除された後、2015年3月20日、PS4とPS Vitaの中国正規版がようやく発売された。今では中国大陸でもっとも成功した正規版ゲーム機と言えるだろう。
禁止令が解かれても正式販売タイトル数が増えない理由
前述したとおり、今の中国のゲーマーは、すべてのコンシューマーゲームが出揃うという前代未聞の時代を経験している。しかし、中国のコンシューマーゲーム市場が、正常運転しているとはいいがたい。
その理由の一つとして、前述したように、正式版ゲームの発売には、中国政府からの厳しい審査が必要になることが挙げられる。中国でゲームを正式にリリースするためには、中国政府からの審査を通過し、ライセンスを獲得しなければならない。なお中国では、ゲームだけでなく、全ての文化的なものに「18+」の年齢規制がなされないため、あらゆるメディアでは、性的なもの、暴力的なもの、宗教的なものおよび中国国家に反するものの出版および流通が禁止されている。それらを破った場合、最悪多額の罰金と刑事裁判が発生する危険性がある。
中国でのゲームライセンスの獲得は非常に難しく(関連記事)、ライセンスの判断基準も公表されていない。政府の独断と偏見によるものである。ライセンスの発行停止(関連記事)も政府の政策次第で、いつ起きてもおかしくない状態になっている。今中国で広まっている新型コロナウイルス感染症は、民間企業、団体、政府機関を活動停止に追い込んでおり、これからライセンスの発行もどんどん減っていくと見込んでいいだろう。
こうした事情もあり、Xbox OneもPS4もNintendo Swtichも、正式に販売されているゲームの数が驚くほど少ない。ゲームの審査には時間が必要で、しかもいつ審査を通れるのか、審査の基準はいかなるものなのか、すべて不明瞭。ゲーマーとしては、人気ある大作はタオバオなどのネット通販から直接、海外正規版(この場合、香港版が一番多い)を購入するのが一番合理的である。すぐ買えるし、すぐ遊べる。しかも、海外版は中国政府の審査を受けていないノーカット版だ。そう考えると、ゲームを出す側は、高いリスクを負い、中国向けに正式版のゲームを出すメリットがほとんどない。
中国正規版のNintendo Swtichは、発売開始から2か月が経ったものの、現時点で正式販売されているNintendo Switch専用ソフトは『New スーパーマリオブラザーズ U デラックス』のみ。唯一、ライセンスを獲得したNintendo Switch用のゲームだ。PS4は今年で正式販売5年目を迎えているが、正式版のゲームの数はまだ100種類しかなく、その中でも「大作」と呼べるものは『ファイナルファンタジーXV』『Horizon Zero Dawn』『ストリートファイターV』(インターネット対戦が不可能)『真・三國無双8』と、さらに数が少ない。Xbox Oneは今ではほとんどアップデートされておらず、ゲームラインナップも『Halo: The Master Chief Collection』『Forza7』など限られている。
今の中国は、ゲーマーにとって素晴らしい時代を迎えていると同時に、とても暗い時代を迎えている。今までのように、コンシューマーゲーム機とゲームがすべて闇市で販売され、中国国内に流通するならば、ゲーマーはおそらくもっと「安心」していろんなゲームに触れ合うことができるだろう。しかし、正規版ゲームが発売された以上、この「闇市」も公の場に晒し出され、政府の審査機関の目に留まるはず。いつか、「闇市」すら禁止される時代が訪れてもおかしくない。現に、いくつかのゲームは(『バイオハザード』など)すでに名前を提示して販売できる状態ではなくなっているのだ。好きなゲームを正しい方法で購入できる。「闇市」を排除するのであれば、そんなごく普通のマーケットをつくるために、中国政府が「市場形成の邪魔をしない」ことが必要になりそうだ。