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“ひきこもりリスク”とゲーム内での“交流の好み”の関係を調査した「ゲーム研究者」にインタビュー。「一人になりたい」と想う背景は?キャラとの“思い出”にはどんな意味がある?色々訊いてみた
先日弊誌で取り上げた、「ひきこもりリスク」とゲーム内での「交流の好み」の関係を調査した論文の執筆者のひとりにインタビューを実施した。

今年7月、奈良先端科学技術大学院大学などの研究チームが「日本のゲーマーにおける社会的周縁化リスクと社会的交流傾向の負の関連性(Social marginalization risk and its negative association with socialising preferences in Japanese gamers)」と題する論文を発表した(以下、論文A)。この論文Aは、社会的に孤立しうるリスク(社会的周縁化リスク)と、ゲーム内行動の嗜好との関係を統計的に分析したものだ。結果として、社会的に孤立し“ひきこもり”などになりうる心理的リスクが高いプレイヤーは、ゲーム内でも他者との交流を好まない傾向が見られている。同月に弊誌において論文Aを紹介したところ(関連記事)、当該記事のXにおけるポストが200万回以上の閲覧を記録するなど、ソーシャルメディアを中心に大きな反響があった。
そこで弊誌では今回、論文Aの執筆者の一人であるブライアン・コンフェッサー氏にメールインタビューを実施。記事への反応として多く見られた「人と関わりたくない」といった声や、「私の事だ」という当事者意識を強く持つ読者の意見を紹介した。くわえて、「ゲームでの出来事やキャラクターとの関係といった“思い出”がどのような役割を持ちうるのか」といったことや、近年急速に進化するAIを用いたデジタルなコミュニケーションについても見解を訊くことができた。

ちなみに、コンフェッサー氏と研究チームは上述した論文Aのほかに、同じ調査対象を別視点で扱った関連論文を7月末に発表している。こちらは「極度の社会的孤立リスクが関連する物語主導、ストラテジー、協力主体のゲームプレイの好み(Extreme social isolation risk is associated with story-driven, strategic and cooperative-first gameplay preferences)」と題され、精神保健分野の国際学術誌「PLOS Mental Health」にて公開されている(以下、論文B)。今回のインタビューでは、これら2つの論文の違いについても聞いているため、まず論文Bについて軽く触れておきたい。
論文Bでは、論文Aと同様に社会的な孤立リスクを測るNHR(NEET-Hikikomori risk)のリスク評価アンケートをオンラインで実施。その上で、好きなゲームタイトルとその理由にくわえ、シングルプレイやマルチプレイ、オンラインゲームへの意見を自由記述で尋ねる調査を行った。結果として、好きなゲームのタイトルから分類したジャンルの嗜好と、NHRの高低には統計的に有意な関係は見られなかった。好みのジャンルとしてはRPGやアクション、ADV、シミュレーションなどがNHRの高低に関わらず上位に挙がったものの、アクション・パズル・シューティングに関しては低NHRグループでやや多く言及される傾向にあった。また、自由記述の内容分析では、高NHRのプレイヤーは競争を避け、ゲームのソーシャルな面への関心が低い傾向にあった一方、他プレイヤーとの協力や交流そのものには肯定的な意見も存在したという。

黒が高NHRグループを、白が低NHRグループを表している
以上を踏まえ、実施したメールインタビューの内容を以下に記載する。本インタビューを快く受けてくださったブライアン・コンフェッサー氏をはじめ、関係者の方々には改めて深く感謝を申し上げたい。
――お名前と、現在のご所属、そしてご専門の研究分野について教えていただけますでしょうか。また、お気に入りのゲームなどもあれば教えてください。
コンフェッサー氏:
ブラジル出身のブライアン・コンフェッサーと申します。現在は、奈良先端科学技術大学院大学(NAIST/Nara Institute of Science and Technology)の博士後期課程に在籍し、サイバネティクス・リアリティ工学研究室(CARE Lab)で研究しています(※)。
専門は、ひきこもりをはじめとする社会的に孤立した人々を支援するために、ゲームを活用する研究です。具体的には、位置情報ゲーム(Location-Based Game)をはじめとするさまざまなゲームの仕組みが、ひきこもりの方々の社会との再接続や社会参加を促すうえで、どの程度有効なのかを研究しています。
お気に入りのゲームは、Nintendo 64の『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』と、ニンテンドーDSの『すばらしきこのせかい』です。最近は『パルワールド』もかなり遊んでいます。

※コンフェッサー氏の所属するNAISTは学部を持たない、大学院教育および研究に特化した国立の大学だ。こうした国立の大学院大学は総研大(総合研究大学院大学)をはじめとして日本に4つ存在し、NAISTはそのうちの1つとなる。情報科学、バイオサイエンス、物質創成科学の3分野を中心に研究・教育をおこなっており、同氏が在籍するCARE Labは、NAISTの情報科学領域に属する研究室だ。主にVRやAR(拡張現実)、MR(複合現実)の技術にくわえ、ウェアラブル端末や機械学習、生体情報処理などを活用し、人間の知覚や身体機能を拡張する研究をおこなっている。
――弊誌にて、7月にPLOS ONEで公開された論文Aを記事として取り上げさせていただいたところ、ソーシャルメディアを中心に多くの反響をいただきました(関連記事)。特に研究内容に関して、自分の事のようだと感じられている方が非常に多かった印象ですが、そうした反応についてどう思われましたか?
コンフェッサー氏:
正直なところ、これほど多くのコメントをいただいたことには驚きました。コメントを寄せてくださった皆さまが、時間を割いてご自身の意見や体験を共有してくださったことに、とても感謝しています。
ひきこもりや社会的孤立は、現代社会において非常に複雑で、さまざまな視点から考え、議論していく必要があるテーマだと思っています。そのため、今回の記事をきっかけに、これほど多くの方が研究内容に関心を持ち、ご自身の経験と重ね合わせながら意見を交わしてくださったことを、とても嬉しく思いました。
――論文AではNHRの高さとオンラインゲームにおいて交流を好まない傾向との間に関連が示されました。ソーシャルメディアなどでも、「ゲームを遊んでいるときくらいは社会から離れたい」といった声を耳にします。一方あらたな研究では、高NHR群であっても協力プレイやオンライン上のつながりを肯定的に語る回答が見られました。一見すると相反するようにも見えるこの傾向と回答はどのように理解すればよいでしょうか?
コンフェッサー氏:
まず、この二つの論文は、同じ大規模なアンケート調査で得られたデータをもとに、それぞれ異なる側面から分析したものです。そのため、一見すると異なる結果に見えても、必ずしも矛盾しているわけではないと考えています。
これまでの結果を見る限り、重要なのは、オンライン上での交流の「量」だけではなく「質」なのではないかと思います。例えば、「なぜその人は交流したくないのか?」という点を考えることが重要です。自分のペースで一人で遊びたい人もいれば、他の人と遊ぶこと自体は好きでも、攻撃的な言動やトキシックな行動のようなネガティブな経験によって、交流を避けるようになる人もいるかもしれません。
そのため、高NHR群の参加者から協力プレイやオンライン上のつながりについて肯定的な回答が見られたことも含めて考えると、単純に「高NHRの人はオンラインでの交流が嫌い」と捉えるのではなく、どのような交流を経験してきたのか、その「交流の質」に注目することが重要だと思います。

――論文Aでは、オンライン上の関係がリアルな社会関係をある程度補完する可能性が示唆され、そこではビジュアルノベルの例も挙げられていました。物語におけるキャラクターとの擬似的な関係によって、デジタルな社会関係資本を獲得・維持できる可能性についての言及です。
また論文Bでも、ストーリーやキャラクターへの愛着にくわえ、一部の参加者からはNPCとの関係を楽しんでいるという回答がありました。実際のところ記憶に残るイベントや、印象的なキャラクターとの会話が“思い出”になっているゲーマーも少なくないと思います。そうした現実とは異なるゲーム内の出来事やキャラクターとの関係性は、どのような心理的・社会的意味を持ちうるのでしょうか?
コンフェッサー氏:
ゲームのキャラクターとの関係には、単に「好きなキャラクターを応援する」という以上の意味があるのではないかと思います。キャラクターの考え方や経験、他者との関係性に自分自身を重ね合わせることで、普段はあまり意識していない自分自身について考えるきっかけになることがあります。「自分だったらどうするだろう」「自分は他人とどのように関わっているだろう」と考えたり、自分の考え方を見直したりすることにつながるかもしれません。
また、キャラクターや物語に「自分のことを分かってくれている」と感じたり、自分と似た考え方や感情を持つ存在を見つけて「自分だけではない」と感じたりすることもあると思います。もちろん、ゲームのキャラクターが実際にプレイヤーを理解しているわけではありませんが、そこで感じた感情や考えたことは現実のものです。そのため、ゲーム内での出来事やキャラクターとの関係も、プレイヤーにとって大切な「思い出」や、自分自身を理解するための経験になり得るのではないかと思います。

――論文BではChatGPTのようなAIを活用することで、より複雑なキャラクターや物語を作れるのではないかと言及されていました。最近ではゲームのキャラクターと会話できるサービスが登場するなど、AIの進化によって驚くほど自然な体験が可能になっていると言えます。
それまでは「単なる登場人物」だったキャラクターが、AIによって「リアルタイムに応答する相手」へ変わったとき、プレイヤーがそのキャラクターと持ちうる関係性はこれまでとは違ったものになるのでしょうか。また、それはリアルな人間同士の交流とどのように異なるのでしょうか?
コンフェッサー氏:
AIを活用したキャラクターとの関係は、従来のゲームキャラクターよりも、より深いものになる可能性があると思います。従来のキャラクターは基本的に決められた反応をしますが、AIならプレイヤーに合わせてリアルタイムで応答できます。そのため、「自分のことを理解してくれている」という感覚が強くなり、より強い結びつきを感じる可能性があります。
一方で、AIは人間とは違います。人間にはそれぞれ異なる考えや欲求があり、自分の考えと合わなかったり、反対意見を言われたりすることも自然なことです。それに対してAIは、基本的にユーザーとの良好なやり取りを生み出すように設計されています。そのため、ガードレールが十分でなければ、ユーザーの考えや不安を肯定し続ける「エコーチェンバー」のような状態を作ってしまう可能性もあります。
こうした、AIとのつながりが人との交流とどう違うのか、そしてそれが社会とのつながりにどう影響するのかという点は、まさに現在私たちが研究しているテーマの一つです。特に高NHR群のプレイヤーを対象に考える場合には、AIがどのような形で支援になり得るのかだけでなく、逆に人との交流から遠ざけてしまう可能性についても、慎重に検討する必要があると思います。
――論文Aにおいて、今回の研究結果は統計的な関係を示すものであり、「特定のプレイスタイルだから“引きこもり”のリスクが高くなる」といった因果関係を示すものではないと明言されています。一方こうした研究がメディアで取り上げられる際、意図せず偏見やステレオタイプを助長してしまうケースも少なくありません。これらの研究結果について、一般の読者に誤解してほしくないと感じる点や、伝えたいことがあれば教えてください。
コンフェッサー氏:
はい。まず、論文でも述べている通り、今回の研究から因果関係が示されたわけではありません。ゲームで交流要素を好まないからといって、必ずしもひきこもりのリスクが高いというわけではありません。同様に、高NHR群だからといって、ゲーム内でのあらゆる交流を嫌うわけでもありません。論文Bでも、高NHR群の参加者から、協力プレイや他のプレイヤーとの交流について肯定的な意見が見られました。
そのため、今回の研究から考えていただきたいのは、「高NHRのプレイヤーは何が嫌いなのか」ということだけではなく、「なぜ特定のゲーム要素や交流を好まないのか」という点です。例えば、ゲーム内での交流そのものではなく、他のプレイヤーとの競争や、攻撃的・トキシックな言動、あるいは他者に迷惑をかけてしまうことへの不安などが、交流を避ける理由の一つになっている可能性があります。
こうした点を理解することで、高NHR群を含む、社会的に孤立しやすいプレイヤーにとって、より参加しやすく、負担の少ないゲーム体験をどのように設計できるのかを考えることができます。将来的には、そうしたゲームがプレイヤーの興味を引き出し、ゲーム内で他者と交流するきっかけにつながる可能性もあるのではないかと思います。
――ありがとうございました。
コンフェッサー氏は現在、「どのようなゲーム体験や交流の仕組みが、社会との接点を作ることにつながるのか」という点を調べることに関心があるそうだ。ゲームが社会の入り口として機能し、精神的に困難を抱える人々の支えになり得るようなデザインとはどういったものなのか。同氏の研究は、身近な娯楽であるゲームの可能性を広げる試みであるとも言える。AIの進化によってさまざまな変化がもたらされている昨今、人と人との交流の在り方にくわえ、AIと人、そして社会との関係性について考えることは今後ますます重要になっていくかもしれない。
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