Activision Blizzard訴訟問題まとめ。止まないBlizzard社員への告発、過熱する抗議活動の現状
Activision Blizzardの訴訟問題は現在、英語圏を中心にメディアやコミュニティを含む、ゲーム業界全体を巻き込む由々しき事態に発展している。本稿では、その大まかな経緯を追いつつ、先ごろ新たに報じられた情報をお伝えしたい。
まず、Activision Blizzardについて簡単に説明したい。Activision Blizzardは、2008年にActivision Publishingと、Blizzard Entertainment(以下、Blizzard)親会社のVivendi Gamesが合併して誕生した会社だ。Activision Publishingは『Call of Duty』シリーズの販売で、Blizzardは『Diablo』や『Warcraft』シリーズ、『オーバウォッチ』などの人気作品を手がけたことで知られている。いずれも合併前から北米ゲーム業界を代表する企業であり、合併後のActivision Blizzardは世界有数の規模を誇る一大企業となっている。
訴訟から動き出したムーブメント
Activision Blizzardを取り巻く現状の発端となったのは、米国カリフォルニア州の行政機関である公正雇用住宅局(Department of Fair Employment and Housing、DFEH)が7月20日に同社、および子会社を相手取って起こした訴訟だ。DFEHは約2年間にわたり同社の調査を実施していた。訴状においてDFEHは、同社社内に女性従業員に対する性的ハラスメント、および賃金や昇進機会の不平等などが存在し、男性従業員を中心とした有害な職場文化が根付いていたと主張している。この訴訟についてはBloomberg Lawによるレポートを皮切りに各海外メディアが報じたほか、本誌においてもその内容をお伝えした(関連記事)。
訴訟の報道を受けて、ゲーム業界関係者およびコミュニティには瞬く間に波紋が広がった。元従業員・現役従業員により、ハラスメントや不当な扱いに関する証言がSNSなどを通じて多数投稿され、Activision Blizzardに対してコミュニティおよび関係者による批判を中心とした声が寄せられた。同社広報は急ぎ声明を出し、同社重役も社員向けのメール発信をおこなったものの、いずれも大筋でDFEHの訴訟内容を批判し「現状の社内環境は改善している」と主張するものであったため、火に油を注ぐ結果となった(関連記事)。
Activision Blizzardの対応を不十分なものと見た一部海外メディアは、同社が手がけるゲームに関する報道をボイコットする方針を表明。一部ストリーマーやコンテンツ制作者たちにも、同社が手がけるゲームを扱わない姿勢を示す者があらわれ始めた。
社員たちによる抗議の公開状
その後も関係者やコミュニティによる批判の声は大きくなる一方だった。現地時間7月26日、現役従業員の主導によって連名公開状が作成、開示された。公開状の中身は、先述した重役による社内メールに関する反対意見を示す内容であった(関連記事)。米NBC Newsの報道によれば、この公開状には同社元従業員を含む3100名以上の署名がなされたという。
Activision BlizzardのCEOであるBobby Kotick氏は、同公開状への返答とみられる声明文を発表した。声明のなかでKotick氏は、従業員に対して謝罪するとともに環境改善を約束し、いくつかの具体的な施策を示すとともに、法律事務所WilmerHaleに協力を仰ぐ方針を発表した。しかし、この声明は多くの従業員にとって納得のいく内容ではなく、結果として反発を招いたようだ。後述する従業員ストライキにおいて従業員側が要求していた内容が含まれていない点も、反発の要因となった。上述の法律事務所WilmerHaleに関しては、Kotakuなど複数海外メディアが、同事務所の実績などに踏み込んだ情報を報じている。Kotakuの報道によれば、WilmerHaleは米Amazonにおける労働組合成立を阻止した立役者だというのだ。WilmerHale起用の意図は明らかではないものの、Activision Blizzard上層部が“労働組合潰し”で名を馳せる事務所との連携を決定したことは、抗議の意を示す従業員および支持者たちには強い懸念を抱かせただろう。
抗議はストライキに発展
Activision Blizzardによる対応に不満を持つ同社従業員たちは、現地時間7月28日に、カリフォルニア州アーバインにあるBlizzard社屋でのストライキを決行した。決行にあたり、同じく社内ハラスメント問題を抱えるUbisoftの従業員は連名で公開状を作成し、抗議活動の支持を表明するとともに、ゲーム企業全体の職場環境改善を訴えた。ほかにも、業界関係者およびコミュニティからは抗議活動を支持する声が多く集まっている。
抗議活動の支持者たちは、SNS上で青いハートマークや青一色のアイコンをトレードマークにしているようだ。Twitterでは、「#ActiBlizzWalkout(Activision Blizzardストライキ)」ハッシュタグにストライキ参加者たちへの声援が多数寄せられている。例としては、Blizzardの手がけたゲーム『オーバーウォッチ』のキャラクター「マクリー」を演じる俳優Matthew Mercer氏が抗議の支持を表明した。ほかにも同社内外の開発者や著名人、ストリーマーなどが、抗議活動を支持する立場を明らかにしている。
Activision Blizzard側は、ストライキ参加者を有給休暇扱いにして活動を容認する方針を発表した。ストライキは無事に終わったものの、従業員側代表者によれば抗議の結果は不満足なもののようだ。BloombergのジャーナリストであるJason Schreier氏の記事によれば、会社側は従業員との話し合いを持ったものの、ストライキで掲げられた要求については受け入れない姿勢を示しているとのことだ。
“掘り起こされる”Blizzard開発者の言動
Activision Blizzardに対する抗議運動の、現状までのおおまかな流れは以上となる。一方で、個人およびメディアからの告発や追及の手も緩まることはなかった。海外メディアKotakuは、訴状で名指しにてセクハラ行為を告発された『World of Warcraft』元クリエイティブディレクター、Alex Afrasiabi氏(2020年に同社から解雇されている)のものと見られるSNS投稿を報道した。掲載された画像は、Afrasiabi氏による性的ハラスメント行為を、同氏と交友のあった従業員たちが容認していたことを示唆する内容だった(関連記事)。
ほかにも、2010年におこなわれた Blizzard によるゲームイベント、Blizzconでの出来事も取り沙汰された。『World of Warcraft』に関するQ&Aセッションに、女性蔑視的と取られかねない一幕があったのだ。同イベントの該当部分の動画では、ファンの女性が「露出の激しくない女性キャラデザインを考慮してはどうか」という旨の疑問を呈している。登壇した開発者たちは質問を受けて、当惑したような、あるいは苦笑するような様子を見せた。
登壇者のなかには、現Blizzard 社長のJ. Allen Brack氏と、前述のAfrasiabi氏などの姿があった。Afrasiabi氏は質問に対して、女性キャラクターのデザインの多様性を増やす方針については同意しつつも、終始やや茶化した様子で受け答えし、最後は冗談で締めくくっている。
性別の固定観念に関連する質問に冗談めかして答える様子は、少なくとも配慮に欠けているとは言えそうだ。また、この動画が注目を集めた理由としては、加害者として名指しされ注目を集めるAfrasiabi氏が登壇して回答している点が大きいとみられる。いずれにせよ、この動画はBlizzardに根ざした女性軽視傾向の一側面を照らし出すものとして、コミュニティに受け止められたようだ。
社外女性への蔑視発言が報告される
Blizzard社員による社外の女性への不適切な対応も取り沙汰されている。デジタルメディアVICEのゲーム部門であるWaypointが7月31日に報じたのは、サイバーセキュリティ関連イベント「Black Hat USA」で起きた出来事だ。記事によれば、被害女性であるEmily Mitchell氏は2015年、同イベントに参加した。当時職を探していた同氏は、イベントの求職エリアにあったBlizzardブースを訪れたそうだ。Mitchell氏が求めたのは、ペネトレーションテスト(侵入実験)に関する役職だった。これはコンピューターシステムに対して、実際に考えられうる攻撃手段をテストして評価する手法だ。
Mitchell氏に対応したBlizzard社員の言動は、到底適切とは表現できないものだったようだ。まず同氏は、ブースに居たBlizzard社員から「迷子になったのか」と聞かれたそうだ。また別の社員は「彼氏と一緒に来たのか」と聞き、さらに別の社員は「侵入実験が何かわかるか」と疑問を呈したそうだ。また社員のひとりは「Penetration(侵入/挿入)」の意味を性行為になぞらえて「最後に挿入されたのはいつか、挿入されるのは好きか、普段どのくらいの頻度で挿入されているか」などといった言葉を同氏に投げかけたという。
その後、Mitchell氏はデジタルセキュリティ関連企業Sagitta HPC(現Terahash)にてCOOの役職についている。2017年、Blizzardは当時のSagitta HPCにセキュリティ関連の業務委託を打診した。その際、Mitchell氏はSagitta HPC社CEO兼創業者であるJeremi Gosney氏に、Blizzardからの打診を拒絶する意思と、上述の出来事を伝えたそうだ。顛末を知ったGosney氏は、Blizzardへ強い抗議の意思をこめたメールを返信し、社名などを伏せた上でその内容をTwitter上で公開していた。
Twitterへの投稿は2017年当時におこなわれたもので、今年7月に起きた一連の訴訟問題を受けてGosney氏本人が「このメールはBlizzardへの返信だった」と明かしている。メールの内容は、前述の出来事を仔細伝えた上で、依頼を受けるにあたり3つの条件をBlizzardに突きつけるものだ。まずは、「“女性蔑視税”として報酬額を50%上乗せする」というもの。この50%については人権保護団体などへ寄付するとしている。次に、Blizzardがコンピューター関連事業の女性従事者にまつわるカンファレンス「Grace Hopper Celebration of Women in Computing 2017」のゴールドスポンサーになることを要求。そして、Mitchell氏に対する正式な謝罪を送るとともに、Blizzard全従業員が平等性とセクハラ防止に関するトレーニングを受けたと証明することを依頼受諾の条件としている。
Gosney氏によれば、同氏の知るかぎりではBlizzard側に上記の条件を受け入れる様子はなく、Mitchell氏への正式な書面での謝罪も未だなされていないとのことだ。Gosney氏は一連のツイート中で「通常、取引先の身元を明かすことはありません。Blizzardとはこれまでも、今後も、絶対に取引を持たないため公開しました」とコメント。Blizzardの対応を強く非難する姿勢を示している。
寄せられる関心と証言
また、Waypointは2018年にActivision Publishingミネソタ社屋で起きたという盗撮事件についても報じている。こちらの事件では、同社男性従業員が、男女共用トイレに2つのカメラを仕込んだとして逮捕されたそうだ。警察の捜査の結果、男性従業員が容疑者として浮上し、尋問と自白ののちに逮捕されたとのこと。容疑者は同社を解雇されたほか、セキュリティの強化や従業員へのカウンセリング提供などのサポートがおこなわれたという。こちらは今回の一連の騒動には直接関係ないものの、過去の事件が今取り上げられている背景には、訴訟問題に関連して関心が寄せられていることがあるのだろう。
訴訟問題についての関心は、ゲーム系のメディアだけでなく、一般誌にも広まっている。米国の一般誌The New York Times電子版は早期から訴訟について報じており、現地時間7月29日には複数の女性関係者による証言をレポートしている。そのなかでは「ホリデーパーティーで上司からドラッグを勧められたが断り、それを期に上司との関係が悪化した」という証言や、「恋人が亡くなった数週間後に男性重役から性交渉を持ちかけられた」といった衝撃的な言葉が綴られている。The New York Times以外では、英国の一般誌The Guardianも、電子版にて今回の訴訟、および従業員によるストライキについて報じている。
男性従業員へのハラスメント被害も
また、今回の訴訟とは直接関係ない過去の事例ではあるものの、ひとつ参考にしておきたい出来事が起こっている。Blizzardのeスポーツ部門で勤務していたと主張する男性が、女性上司から人種差別をふくむ嫌がらせを受けたと2019年にSNS上で告発していたのだ。
自身をBlizzardの元従業員とするJulian Murillo-Cuellar氏がTwitter関連の長文投稿サービスTwitlonger上で綴った告白によれば、同氏が嫌がらせを受けていたのは2016年から2018年にかけてのことだ。加害者である女性上司は、同氏が南米系のルーツを持つことを理由に性差別主義者であると決めつけ、嫌がらせメールの送信や叱責に及んでいたという。同氏は精神を病み、複数回にわたり自殺を企図したものの周囲のサポートのおかげで生き延びたそうだ。なお、同氏は告発の時点ですでにBlizzard Entertainmentから離職しているという。
この告発において被害者は、人事部に不当な扱いを訴えたにもかわらず、対策が取られなかったと証言している。また、関係の悪化した上司から、不当に低いと思われる人事評価を受けることもあったそうだ。告発が事実だとすれば、Blizzardにおける人事部の機能不全や、男性従業員に対しても有害な社内風土の存在を示唆するものだ。
また、Kotakuの報道によれば、複数の同社元従業員が男性従業員への性的ハラスメントについて証言している。一例として、男性従業員に対する身体的接触や性交渉の誘いなどがあったとの証言が出ている。そのほか、Blizzardで開発者として勤務していたCher Scarlett氏は、シニアマネージャーを含む複数の男性従業員が「男性器を掴む遊び」をおこなっていたと伝えている。同氏によれば、今回の訴訟の原告であるDFEHには、少なくとも3名の男性従業員による被害報告が提出されているとのことだ。
渦中に立つBlizzardとActivision
訴訟後に続出した告発はそのほとんどが、Blizzard社内における問題を指摘するものだ。この点からは、元は別の企業であったActivision PublishingとBlizzardの間に社内文化の差があったとは考えられる。
しかしながら、現状を見るかぎりでは、Activision Blizzard総体として社内環境改善の取り組みが不足していた可能性は否定できない。相次いで発生した告発と証言は、救済を見なかった個々の被害が長きに渡って蓄積し、いま一斉に明るみに出たものだ。
訴訟に端を発した今回のムーブメントは、Activision Blizzardのみならず、ゲーム企業全体の体質が注目される契機になっている。長期にわたって安定したゲーム開発と運営を続けるには、従業員が安心して働ける環境が必要不可欠だ。訴訟および従業員に対する同社の対応を注視するとともに、この動きが同社内外の環境改善に繋がることを祈るばかりだ。
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