「“偽”の任天堂関係者」から権利侵害を主張された人気YouTuberが、チャンネル閉鎖寸前まで追い込まれたとの報道。メールアドレス偽装までする悪質極まる行為
YouTubeなどの動画投稿プラットフォームでは、著作権の所有者が、アップロードされた動画コンテンツで権利を侵害されている場合に、権利者として当該コンテンツに対し、削除申し立てをおこなうことができる。しかしこの制度を悪用して権利者を騙り、YouTuberに対し嫌がらせをおこなう事例が報告されている。今回「任天堂を騙る存在」からの通告を受けたというYouTuberについて、海外メディアThe Vergeが報じている。
YouTubeヘルプページによれば、著作権で保護されている作品の権利者は、自身の作品が無断でYouTubeに掲載された場合、著作権侵害による削除通知の提出が可能だ。ここで、著作権で保護されている作品とは、音声/映像作品や執筆された作品が該当。ビデオゲームやコンピュータソフトウェアもこれに当てはまる。
突如申告された著作権侵害
今回、The Verge誌はドイツのYouTuber、DomtendoことDominik Neumayer氏への取材を通じ、任天堂を騙る偽の権利者の存在を明らかにしている。Dominik氏はYouTube上でさまざまなゲームのプレイ動画を17年にわたり投稿している。同氏のチャンネル登録者数は現在約156万人。動画は計1万本以上アップロードされており、総視聴回数は25億回以上。ドイツのゲーム実況者における代表的人物ともいえる。
そんなDominik氏は今年9月、『ゼルダの伝説 知恵のかりもの』のプレイ動画について、著作権侵害の申し立てを2回受け、一部の動画が削除されたという。なおYouTubeにおいては、著作権侵害の警告を3回受けた場合、アカウントとチャンネルがすべて停止。さらにアカウントにアップロードされたすべての動画が削除されてしまう。同氏のチャンネルは閉鎖寸前だったといえるだろう。
ただ任天堂は、「ネットワークサービスにおける任天堂の著作物の利用に関するガイドライン」を定めている。ガイドライン内容の遵守を求めつつ、YouTubeなどへ動画やキャプチャを投稿すること、および同プラットフォームのシステムにより収益化することについては認めている。これにはDominik氏のおこなう「Let’s Play」動画のような実況プレイなども対象となっている。Dominik氏は「Let’s Play」動画の投稿を主としており、本来であれば特に問題のなさそうなコンテンツに対し、2度も著作権侵害の警告が送られていたことになる。
エスカレートする脅迫
Dominik氏に送られてきた削除申請の送り主はNintendo of America Inc.で、米任天堂からのリクエストであるように見える。しかし連絡先として記載されたメールアドレスは「[email protected]」。Proton Mailという、暗号化電子メールサービスで作成されたメールアドレスからの申請であった。「nintendo.co.jp」などといった任天堂のドメインではないアドレスでの申請がおこなわれていることを不審に思ったDominik氏は、任天堂を騙る偽の権利者からの申請ではないかと考え、対応を取り始めることにしたという。Dominik氏はまずYouTubeに連絡し、動画を復活。ところがその直後、連絡先の人物と思しき「Tatsumi Masaaki」から直接Dominik氏にメールが送られてきた。
「Tatsumi Masaaki」なる人物はDominik氏に対し、米任天堂の代理人を務めていると述べ「(著作権侵害の)通知を送ったにも関わらず、まだ動画コンテンツが表示されている」と連絡。「Tatsumi Masaaki」が実在の人物で、実際に代理人であった場合に備え、Dominik氏は自主的に削除し始めた。だがそれでも「Tatsumi Masaaki」からのメールは送信され続け、ときには1日に数回のメールも送られてきたとのこと。
Dominik氏がThe Vergeに共有したメールでは、10月8日には「任天堂が今後同社の知的財産および著作権で保護された財産を使用することを禁止する」と連絡。10月12日には訴訟寸前であるとし、「過去に住所をすでに把握しており、(もし住所を移転しているとしても)住民登録事務所より新たな住所を受け取る予定だ」との脅迫めいた内容になっていた。
「偽物」との戦い
そうした脅迫のようなメールがたびたび送られている状況下にいたDominik氏。友人やコンテンツクリエイターに相談をしたところ、同氏と同様に、偽の任天堂より削除申請がおこなわれ、メールを受領したというストリーマー、Waikuteru氏がいたことが判明した。Waikuteru氏は自身のコンテンツに対し、これまた「Tatsumi Masaaki」からのメールを受け取っていた。ただDominik氏とのやり取りとは違い、削除申請は日本語でおこなわれており、「[email protected]」と、任天堂のドメインからの申請であったという。ここで連絡を取った「Tatsumi Masaaki」の役職は「任天堂知的財産部」のグループサブマネージャーを騙っていたとのこと。
なお当の「Tatsumi Masaaki」とは別の人物とみられるものの、学術情報データベースJ-GLOBALでは、任天堂の出願するいくつかの特許にて、発明者に辰己真章氏の名が記されている。ただ先述したような役職とは無関係のようだ。つまり攻撃者は、実在する辰己真章氏を騙り、コンテンツクリエイターに対し、嫌がらせや脅迫をおこなっていたと考えられる。
発明者が個別にクリエイターと連絡を取り、法的措置までちらつかせることに怪しさを感じたDominik氏。同氏は疑念を明らかにするため、「Tatsumi Masaaki」からの連絡を受け取っているさなか、任天堂に直接連絡を取ることを決意した。そして任天堂から10月10日には返信が届き、「[email protected]は任天堂が用いている正規のメールアドレスではない」旨が伝えられた。さらに確認のため、Dominik氏は「[email protected]」にメールを送信した。そうすると実際に返信が届き、「現在そのアドレスでは対応していない」というメッセージが届いたという。「Tatsumi Masaaki」から送られてきたメールは、やはり偽物であったわけだ。
そして事態は10月18日に急転する。当の「Tatsumi Masaaki」は同日Dominik氏に送ったメールにて、「I hearby retract all of my precending claims.(これまでの主張をすべて撤回します)」と連絡。さらに「[email protected]」からも連絡が送られてきたが、メールのヘッダーを調べたところ、任天堂のメールアドレスを偽装していたことが判明。さまざまな証拠や状況が積み重なり、最終的には任天堂を騙った行為であることがわかったわけだ。ちなみに本稿執筆時点で、Dominik氏のYouTubeチャンネルは問題なく開設されている。
こうして「偽任天堂」との戦いは終わりを見せた。なお攻撃者はDominik氏が「本当の任天堂」と直接連絡を取り始めことを察知したかのようにすぐさま撤回メールを送付している。このことについて手法などの詳細は不明ながら、念のためDominik氏はパスワードの変更、PCの再フォーマットをおこなったという。Dominik氏の見立てによれば、この攻撃者は同氏の個人用Discordサーバーに潜んでおり、その結果素早い対応ができていたのではないかとのことだが、真相は明らかになっていない。
DMCA(デジタル・ミレニアム著作権法)通告は、権利者によって著作物の保護に用いられることがあるものの、一方で今回のような「偽の権利者」などによる悪用も報告されている。これはYouTubeに限った話ではない。弊誌AUTOMATONでは、過去に虚偽のDMCA侵害申請を受け、X(旧Twitter)アカウントが凍結されたことがある(関連記事)。また『フォートナイト』では、UEFNクリエイターによる“競合潰し”のようなDMCA悪用の事例も見られる(関連記事)。
コンテンツを取り扱うユーザーや企業にとって、虚偽のDMCA侵害申請は常に付きまとうリスクであり、今回は特に悪質な事例が報告されたといえる。プラットフォーム側における、虚偽のDMCA侵害申請行為を防ぐ措置が今後取られていくかも、注目されるところだろう。
最後に重ねて記載するが、今回虚偽のDMCA侵害申請をおこなった「Tatsumi Masaaki」なる攻撃者と、J-GLOBALにて確認できた辰己真章氏には、一切の関係がないことに留意されたい。