「日本のゲーム会社は長時間労働で低賃金だった」と海外開発者がこぼし波紋を広げる。ただし賃上げや働き方改革で当時から業界も変化

 

国内ゲーム企業で約12年間勤めていたある開発者が「日本の開発者は低賃金で、長期にわたって長時間労働をしている」との見解を投稿。海外ユーザーを中心に波紋を広げている。一方で現在この開発者は米国を拠点としており、当時の同氏が経験した労働環境から変化した可能性もありそうだ。


日本のゲーム会社の労働環境について言及したのは開発者のJean Pierre Kellams氏だ。ビジネス向けSNSであるLinkedInによると、同氏は日本にて2005年にカプコンに入社し、ローカライズやライターを担当。2007年にはプラチナゲームズに転職し、ナラティブプロデューサーやクリエイティブプロデューサーを務めた。その後2017年にElectronic Artsに転職し渡米。現在はEpic Games傘下のHarmonix Music Systemsにて、リードプロデューサーとしてEpic Gamesのチームと密接に協力し、『フォートナイト』のメタバースに向けた音楽関連のゲームプレイ開発に携わっているという。


海外に報道されない国内ゲーム業界の労働環境

https://twitter.com/synaesthesiajp/status/1708329163948482745

Kellams氏は10月1日、東京ゲームショウが終わるたびに、欧米のジャーナリストは日本のスタジオやデベロッパーを祭り上げる点が腹立たしいと批判。続けて、日本の開発者の多くが驚くほど低賃金で、クランチ(長期にわたる強制的な長時間労働)のような状況で働いているとの考えを述べた。同氏は日本にそうした労働環境があるとの見解をもっており、欧米メディアがそうした状況を報じずに日本の開発元を持ち上げている点を批判的に見ているのだろう。

またKellams氏は当時の状況についても振り返っている。たとえばある時期には、5年間週60時間以上、時には週に80~90時間の就業時間になっていたという。一方でEAに転職して米国に渡ってからは、就業時間は週40時間台になり、賃金は倍になったとのこと。

なおKellams氏は後日の投稿で、2017年以降日本で働いていないことについても言及。労働環境が改善されている部分もあるだろうと述べている。ただし同氏は、日本社会が欧米と比べて長時間労働に対して寛容であり、また(労働者の)保護が十分ではない側面はあるとの見解もあわせて綴っている

Kellams氏の投稿は海外ユーザーを中心に大きな反響を呼んでいる。たとえば日本のゲーム関係のニュースを扱うユーザーのGenki氏は、海外メディアBloombergのJason Schreier氏が日本で記者をしていたら絶え間なく追及される問題だろうと言及。Schreier氏は、欧米を中心にゲーム業界の労働問題について積極的に追及することで知られる人物だ。Schreier氏はGenki氏の投稿に反応を寄せ、「言葉の壁が最大の障害である」とコメント。一部海外メディアも日本のゲーム業界の労働環境には一定の関心があると見られるものの、言語の違いから報じられてこなかった側面はあるのかもしれない。


「働き方改革」のゲーム業界への影響

そのほかKellams氏の投稿には、日本で仕事をしていると見られるユーザーも反応を寄せている。あるユーザーは、日本では長時間労働などの問題はゲーム開発者に限らないと言及。たしかにゲーム業界以外にも、労働環境に課題を抱える業種はあるだろう。たとえば長時間労働に起因する「過労死(karoshi)」は、海外でもしばしば報道されてきたトピックだ。

一方で、現在はそうした環境とは違っているかもしれない。というのも、日本政府は2019年に「働き方改革関連法」を施行したからだ。同法の法律案要綱においては「長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現等」「雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保」などが掲げられており、施行後は同法に基づき法改正がおこなわれている。具体的には、労働基準法においては時間外労働の上限規制などが設けられた。そしてKellams氏が日本で働いていたと見られる時期は先述のとおり2005年から2017年にかけての約12年間であり、同氏の投稿は同法施行以前の経験に基づいている点に留意したい。

たとえばKellam氏が当時働いていたプラチナゲームズでは現在、働きやすい職場環境づくりが掲げられている。土日祝日および22時以降の深夜残業は禁止され、日曜日についてはオフィスへの入室自体が禁止されているという。そのほか任天堂セガといった企業も働きやすい職場づくりへの取り組みを掲げており、Kellam氏が働いていた当時から一部の会社では環境が変化している可能性はある。


なおゲーム開発者向け技術交流イベントCEDECでは2013年より毎年、開発者を対象とするアンケート調査が発表されている。2017年のアンケートでは、1936票が寄せられていた(資料PDF)。こちらでは1週間あたりの就業時間は、通常期で約81%が50時間未満であったのに対し、繁忙期では55時間未満との回答が48%にとどまった。

一方で2022年のアンケートにおいては、有効回答数387票が寄せられたという(資料PDF)。結果をみると1週間あたりの就業時間は通常期で約87%が50時間未満で、繁忙期では約63%が55時間未満とのこと。依然として時期によっては一定の時間外労働がおこなわれている状況が垣間見えるものの、Kellam氏が働いていた当時と比べれば、就業時間が減少傾向にあることを示すデータかもしれない。なお2022年のアンケートの対象者の内訳は、職場での就業年数が3年未満の者が34.1%、3年以上6年未満の対象者が21.2%とのこと。ゲーム産業の経験年数が短い回答者も多く含まれていたという点には留意したい。

そのほか、弊誌でベテラン開発者に広範にわたって話を訊いたところ「働き方改革関連法」が施行された2019年前後で、大手では労働環境が是正された会社も多いとの返答が得られた。しかし、職種・役職の違いのほか、会社によってはまだまだ無理な働き方をしているところもあるという。また長時間労働が改善された環境においては、働き方に制約がついた結果、ゲームの品質を上げるために規則上就業時間を増やすことができず歯がゆいという意見もそれなりに聞かれた。当初のスケジュールどおりに開発を進めつつ品質を上げることが難しくなる、といった状況は一部開発者の新たな悩みとしてあるのかもしれない。


最近では賃上げ傾向も

なお近年業界の各社では、賃金も上昇傾向にある。今年に入ってからでも任天堂やセガ、スクウェア・エニックスといった大手企業ほか、任天堂子会社の開発元モノリスソフトでも賃上げがおこなわれた(関連記事1関連記事2関連記事3関連記事4)。賃上げの背景としては、物価高騰を受けての社員の生活安定のほか、人材確保や持続的な成長といった狙いもあるとされた。そうした状況もあり、労働時間だけでなく給料面でも待遇が改善されている傾向は一部見られる。

長時間労働、特にクランチは国内に限らず海外でもしばしば問題視される。海外では業界やメディアがそうした状況を深刻な問題としてとらえ、是正していく動きが見られる(関連記事)。そして国内においても特に働き方改革関連法の施行後、一部ゲーム会社は勤務時間含めさまざまな側面から働きやすい環境づくりを掲げている。Kellams氏が働いていた当時の課題がすべて解決されたわけではないものの、改善の傾向はあるのだろう。しかし改善されたことによる悩みもあるようで、ゲーム作りの難しさを感じさせる。


なんでも遊ぶ雑食ゲーマー。『Titanfall 2』が好きだったこともあり、『Apex Legends』はリリース当初から遊び続けています。