「『スマブラ DX』HDリマスターはまず作らないだろう」と元米任天堂社員がコメント。社員時代、『スマブラDX』問題を扱うのは悪夢だった


大乱闘スマッシュブラザーズDX』(以下、スマブラDX)のリマスターの可能性について、「まず作られない」と元任天堂社員のKit Ellis氏とKrysta Yang氏が発言したことが話題になった。その理由の一つに挙げられたのはスマブラコミュニティと任天堂の複雑な関係だ。

『スマブラDX 』は2001年にニンテンドーゲームキューブ向けに発売された『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズの第2作目。20年以上前に発売されたタイトルにも関わらず、シリーズ屈指のゲームスピードが魅力で、2023年現在でも非公式大会が開かれるほどの人気を保っている。


Kit Ellis氏とKrysta Yang氏はかつてNintendo of America(以下、NoA)で広報を担当していた二人。目立った実績としては2013年から2021年までNoA社公式YouTubeチャンネルにて、任天堂のゲームや開発者を紹介する「Nintendo Minute」というショート番組に出演していた。400話以上作られ長年続いたため、英語圏の任天堂ファンには顔なじみの存在だ。そんな二人は2022年にNoA社を退社して自身らのPodcastとYouTubeチャンネルを作り、今も非公式ながら任天堂製ゲームを中心にさまざまなゲームの話題を扱っている。

今回注目したい点は日本時間3月24日に投稿されたPodcastの58話、そこで言及された「『スマブラDX』をHDリマスター版で遊びたい」という意見に対する回答だ。これに対してKit氏は「理に適ってはいる」と理解は示しつつも「(リマスター版の製作は)絶対にありえない」ときっぱり否定。対してKrysta氏も「100%絶対に起きえない」と畳みかけた。

*『スマブラDX』に関する話題は動画46分45秒頃から


いったいなぜこれほど強く否定するのだろうか。Kit氏とKrysta氏は主に『スマブラDX』のコミュニティと任天堂の関係性の問題と、開発側が直面するであろう困難の二点を指摘した。20年以上前に発売されたシリーズタイトルにも関わらず『スマブラDX』は未だに根強い人気を保っている。Kit氏は「もし(リマスター版で)ほんのちょっとでも変更を加えてしまったら、また人々はエミュレーションとブラウン管モニターに戻ってしまう」と指摘。『スマブラDX』の熱心なコミュニティを満足させることが困難であり、より多くのユーザーが最新作である『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』を遊ぶ今、任天堂に『スマブラDX』をリマスター化する動機がないというのだ。

Krysta氏はそれに加え「エミュレーターの闇市場などの任天堂が嫌う要素が関わってくる」うえに、社内で『スマブラDX』が話題になると人々に緊張が走り、今でも『スマブラDX』の話は「過去の嫌な記憶(residual trauma)」が蘇って心臓がキュッとなるという。Krysta氏は「社内での『スマブラDX』に対する認識と対峙するのは悪夢のようだった」として「触れなかったことにするのが一番」といった認識があったことを示唆している。


またKrysta氏は開発面の困難についても言及。『スマブラDX』のリマスターを制作するとしたら、現在ゲーム開発から距離を置いている『スマブラ』シリーズのディレクター、桜井政博氏が開発に戻ってくることになるが、その制作チームを作るのは難しい。仮にそれが出来たところで、桜井氏の「完璧主義的な熱意」は『スマブラDX』の(一部熱心な)コミュニティの間において「有害な関係」になるため「彼の健康のためにもやってほしくない」と発言。さらにBGM周りを始めとする権利関係の契約が、当時どうなっていたのか整理し直す必要もあり、この話題は「考えるだけで心臓がバクバクする」とした。やりとりの端々から両氏にとって扱いづらい話題であったことが伺える。

『スマブラDX』は、前述の通り現在でも根強い人気を誇り、海外を中心に対戦シーンに多くのプレイヤーが存在する。しかしオンライン対戦には対応していないため、人気の高さとは裏腹に、ファンがゲーム機とコントローラーを持ち寄って集まったり非公式な方法でオンライン対戦を実現させたりするような「草の根運動」的な遊ばれ方をしてきたのである。最新作が発売されても『スマブラDX』が遊ばれ続ける理由には、ゲーム性のほかにもそうしたコミュニティの強さもあるといえよう。同作を取り巻く現状を見れば、今回のリマスター化にまつわる意見にも理解ができる。


一方で、コミュニティがとってきたアプローチは、任天堂にとって歓迎できるものではなかった。というのも、『スマブラDX』を好む一部コミュニティはエミュレーターを通してオンライン対戦を可能にするツールやソフトをさまざま開発。任天堂はこうしたツールは迎合できておらずMod「Slippi」を使った大会が2020年に任天堂より中止勧告を受けて騒動に発展したり、2021年には『大乱闘スマッシュブラザーズX』を「DX化」するコンセプトの非公式mod「Project+」の使用を予告した大会に任天堂が使用中止勧告をしたりと、何かと衝突が絶えない(関連記事1 関連記事2)。古くから『スマブラDX』の改造と任天堂をめぐるトラブルは続いているのである。

元々任天堂は同社作品のエミュレーション、および著作物の侵害行為には一貫して厳しい姿勢を見せており、エミュレーション用の違法ロム配布はもちろん、ファンゲームや改造行為に対しても厳しい姿勢を取っている。(関連記事3 関連記事4)『スマブラDX』に関しても静観しつつも必要があれば大会に中止を含む勧告を送るといった介入をしており、それらは任天堂が自社の著作物を守るために下した決断なのだろう。しかし、海外を中心とした『スマブラDX』のコミュニティは「公式でオンラインに対応しないなら自分たちでやるしかないじゃないか」という考え方も根強い。


こうした背景は以前から伝えられていたとおりであるが、元任天堂社員から「『スマブラDX』の扱いについて苦慮していた」と証言が出るのは興味深い。『スマブラ』シリーズはいずれの作品も、ファミリーゲームとしてもガチ対戦ゲームとしても優秀であるがゆえに、そのポテンシャルゆえに、こうした悩みを抱えることになるのかもしれない。とはいえ、実際に『スマブラDX』がリマスター化するかどうかは任天堂のみぞ知ることだろう。あくまでひとつの意見として参考程度にし期待値を下げておくとよさそうだ。