海外ゲーム開発者たちは、どのようにゲーム業界に入っているのか?意外なスタート地点あり、十人十色なキャリアの始め方

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Twitterを中心として、海外の業界関係者による「どうやってゲーム業界に入ったか」談義が盛り上がっているようだ。発端と見られるのは、『Fable』や『Control』などの作品に携わったライターのツイートだった。同ツイートには真面目な来歴からおもしろ採用過程まで、さまざまな体験談が寄せられている。


発端となるツイートを投じたのは、ライターのAnna Megill氏。同氏は現在Playground Gamesにて、リブート版『Fable』にリードライターとして携わっている。ほかにも、『Control』ではナラティブリードを務めるなど、複数ゲーム作品に携わってきた人物だ。同氏は1月16日、自身のTwitterアカウントにて開発者たちのゲーム業界入りについて投稿。ゲーム会社で仕事を得るのは難しい、と前置きしつつ「いつ、どうやって業界に入ったか」との質問を投じている。一体いかにしてゲーム会社への狭き門を通ったか、との素朴な疑問だ。


Megill氏のツイートには、業界関係者からの体験談が続々と寄せられることとなった。まず、リブート版『トゥームレイダー』のリードライターなどを務めたRhianna Pratchett氏は、業界入り前は雑誌編集員だったとのこと。同氏はジャーナリズム学位を取得後、2000年より英国のゲーム雑誌PC Zineに編集助手として携わり、後にフリーランスとなった。そして2002年頃には、開発元Larian Studiosによる誘いでアクションRPG『Beyond Divinity』にライターとして携わり、ゲーム開発側としてのキャリアが始まったとのこと。ゲームを伝える側から作る側への転身は、興味深い例ではないだろうか。


Pratchett氏と対照的に、学業からドロップアウトし業界入りした人物の体験談も寄せられている。Arkane StudiosのDinga Bakaba氏の証言だ。同氏は近年では『DEATHLOOP』のゲームディレクターや『Dishonored 2』リードデザイナー/ディレクターを務め、現在スタジオディレクターの座についている。同氏はゲーム関係の学校に通っていたものの学費が高く、学業と企業研修を両立するフランスのシステム「Alternance(アルテルナンス)」の利用も難しかったとのこと。そのため同氏は学校を中退し、人生に迷う日々が続いたそうだ。

またBakaba氏は子供もいたこともあり、苦しい日々を送りながらも小さな仕事をしていたとのこと。きちんと職に就こうにも、情熱を注げる仕事も学歴もなかった同氏は、当時を「人生の行き止まり」のようだったと振り返っている。しかし、ある時奮起したBakaba氏は、子供の頃からの唯一の夢であるゲーム制作に賭けた。「もう何も失うものはない」と必死でモバイル向けのQA業務にありつき、努力を重ねた結果として現在の地位に上り詰めたそうだ。同氏は自身のキャリアについて「己の存在すべてをかけて、現在も戦い続けている」と表現している。こちらは、どん底から地道に夢を追い求め開発者としてのキャリアを掴んだ例だ。


一方で、業界入りにまつわるコミカルなエピソードもある。『Apex Legends』プロデューサーのJosue Medina氏は、自身が目撃した珍採用システムを紹介している。現在Respawn Entertainmentにて要職につくMedina氏のキャリアは、2008年にActivisionのQA(品質保証)スタッフとして採用されてから始まったとのこと。同氏によれば、当時のQAスタッフ採用では「ギター演奏ゲームにて、とある楽曲を高難度クリアすれば面接もトレーニングも免除」なる仕組みがあったとのこと。課題タイトルは、当時Activision傘下だったNeversoftが開発した『ギターヒーロー3 レジェンド オブ ロック』だ。


課題曲は、メロディックスピードメタルバンドDragonForceの楽曲「Through the Fire and Flames」。同作内でも屈指の難易度を誇る楽曲である。これはなにも「無茶振りに応えたら採用」というわけではなく、QA向けに作品をやり込んでいる人材を選別する意図もあったのかもしれない。また、この制度はあくまでもMedina氏による証言であり、同氏の語るまま実在したかは不明だ。しかし、同氏は「クリアしたやつがNeversoftのドアに入ってくのを見た」と伝えている。


インディーゲームを作ることで“業界入り”した例もある。人気RPG『OneShot』にてアーティストやライターを務めたNightmargin氏だ。同氏は「RPGツクールでなんかしてたら業界にいた」と冗談めかして語っている。ほかにも、自らスタジオを立ち上げる“チート”で業界入りしたと語る開発者もいる。インディーゲームシーンが広がった今、自らゲームを作ってしまうのもひとつの道なのかもしれない。


そして、Mod開発者経験が業界入りに役立ったとの声もある。『サイバーパンク 2077』にてシニアクエストデザイナーを務めたPatrick Mills氏だ。同氏はFPSゲーム『Quake 2』の著名Modである「Action Quake 2」を開発した実績がある。同氏は、直接的に同Modが着目されて採用されたわけではないとしつつ、開発経験が役に立ちObsidian EntertainmentにQAスタッフとして採用されたと伝えている。


Megill氏のツイートにはほかにも、枚挙に暇がない数の体験談が寄せられている。背景としても、順調に就職した例から身の振り方に困った例まで十人十色だ。また、QAスタッフから業界入りしたとの声が多数ある点も注目に値するだろう。QAスタッフの重要度とキャリアパスの可能性については、以前から業界関係者によってしばしば意見が交わされている(関連記事)。今回寄せられた体験談は、QAから地道にキャリアを切り開いた好例だろう。いずれにせよ、一連の談話のほとんどに共通するのは「ゲームが作りたい」との意思だった。

新卒・ライター・インディー開発者・Mod開発者のほか「どん底の子持ち」まで。さまざまな背景の人物が、それぞれの方法でゲーム業界に集い、作品を作っている。今後も熱意ある未来のゲーム開発者たちが、業界の門をあちらこちらから叩くことだろう。

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