Blizzardは10月12日、先日取り沙汰されたDTCG『ハースストーン』のプロゲーマーChung “Blitzchung” Ng Wai氏、並びに二人の公式キャスターに関する処分の詳細、及び経緯の説明を公式サイトにて公開した。
まずはこれまでの経緯をおさらいする。連日弊誌でも取り上げている(関連記事1)(関連記事2)が、10月7日、ハースストーンの公認代表戦である「グランドマスターズ」シーズン2の試合放送内においてBlitzchung氏が香港デモに関する政治的発言を行ったことに関し、Blizzardは2019ハースストーングランドマスターズにおけるオフィシャルルール6.1に抵触するとして違反処分を降した。その内容とは「グランドマスターズからの降格」「シーズン2の賞金獲得権利の消失」「10月5日時点で今後1年間ハースストーンeスポーツシーンへの出場停止」というものである。また当日台湾の公式チャンネルに出演していたキャスター二人に関してもBlitzchung氏に対し政治的発言をするよう促したとして、今後公式番組への出演停止の処分を降している。当初この処分に関してBlizzardは” 私達は個々の考えや意見を表明する権利を尊重しますが、eスポーツシーンへの参加を選択した選手およびキャスターは、公式のルールを遵守する必要があります”と説明した。
しかし、「処分内容が重すぎる、この処分は彼の態度に反発するであろう、中国側の怒りを宥めるためのものだ」というハースストーン看板キャスターBrian Kibler氏による個人的表明及びグランドマスターズ中の出演辞退や、ブリザード社員達手づからのボイコット、Epic Games CEOを務めるTim Sweeney氏による「私が創業者であり、CEOであり、支配株主である限り、プレイヤーの政治・人権問題に関する発言を罰することは無い」という発言、『オーバーウォッチ』のキャラクター「メイ」を香港デモのシンボルアイコンに仕立て上げようとする運動など、人気選手への処分内容それ自体の重さに対する反発に、イデオロギーの対立や、現在のゲーム市場における、中国が持つ影響力の大きさへの抵抗感などが合わさることで、加速度的に様々な分野へ巨大な波紋が広がることとなってしまった。先日行われたグランドマスターズのプレイオフ放送、公式チャンネルにおけるチャット欄はBlizzardに対する反発や香港デモを支援する文言で溢れ、試合内容に関するコメントは全く見ることができないという有様である。
この事態を受けて、改めてブリザードは処分に関する詳細な説明を公開した。その内容は今回の処分内容がブリザードの掲げる8つのコアバリューのうち「Think Globally」「Leading Responsibly」「Every Voice Matters」に準ずるものであるとして綴られている。なお「Think Globally」の項目は、プレイヤーや従業員の多様性を尊重するもので、「全ての従業員が他者の意見を尊重し、耳を傾け、自身の見解を述べ、批判は優れたアイデアにつながるものとして受け入れることを奨励する」と記されている。
1つは、Blitzchung氏の処分とその決定プロセスに関する内容だ。
Blizzard側はあくまで、大会中のインタビューの場を「競技者が”戦いの興奮”を世界中の視聴者と分かち合う場所」だと説明。故にゲーム内容には関係ない政治的意見を共有しようと試みたBlitzchung氏はルールに抵触しており、試合自体はフェアに戦ったとした上で、ゲームのフェアプレイを行うにはプレイ中だけではなくプレイ後の振る舞いも重要であるとし、罰則を適用するに至ったとしている。「重すぎる」という意見もある処分内容に関しては、ハースストーンeスポーツシーンへの出場停止期間について、当初の1年間から6か月への変更を行っており、謹慎期間後に本人が望むのであればプロシーンへの復帰も可能であるとしている。
2つ目は、政治的発言に協力したキャスター陣の処分に関する内容だ。
これはBlitzchung氏の処分と同様、キャスターの役割とは、観戦者が持つ試合内容の理解度を向上させ、ゲームの興奮をより一層の内容にするものだとし、そのため今回の彼らの振る舞いは求められる役割に則さないという理由で処分を降したとしている。また最初の記事では明らかにされてはいなかったが、今回キャスター二人に課せられた謹慎期間は6か月であると記載している。
3つ目は、今回の判断が上記のコアバリューに基づいていたのかという内容である。
Blizzardの目的は、「世界中の人々が、例えばゲームに対する情熱のような分野でつながり合い、一つのコミュニティを生み出すことを支援すること」であるとし、この度の処分に関して中国からの影響は無く、あくまでルールに則さないが故の処分であると強調した。今後公式放送がゲームに焦点を当てたままであり、社会的または政治的な意見を分裂させるプラットフォームにならないように尽力するとも書かれている。
この度公開された記事は「Blizzardにおける我々の目標の1つは、政治的見解、宗教的信念、人種、性別、またはその他の考慮事項に関係なく、世界中のすべてのプレイヤーが常に安全であると感じ、ゲームプレイに参加できるようすることだ。」というメッセージで締めくくられている。
確かにBlizzardの意見は正しい。ゲームの場に限らず、あらゆる競技シーンにおいて政治的意図が持ち込まれることは許されないというのは周知の事実だ。日本人に馴染み深い例を挙げるとすれば、2011年、『StarCraft II』の世界大会GSLにおいて、韓国のStarCraft II協議会が日本の竹島領有権に関する教科書検証結果発表への抵抗手段として、選手に政治的メッセージ入りのユニフォーム着用での試合出場という方法を採り、ファンコミュニティから強い反感を買った。彼らの政治的行為が許されないのであれば、Blitzchung氏らが採った行動も許容されて良い理由はない。今後このような事態が加速すれば、仮に『ハースストーン』のシーンにおいて中国代表の選手と香港出身の選手(中国リーグは別途で設立されている)が対戦することとなった場合、試合の場に両者の力比べ以上の意味合いが持ち込まれてしまう事態になりかねない。Blitzchung氏と同じく香港出身の『ハースストーン』のプロ選手であるAmaz氏は自身のTwitterにて、「(政治的問題は)適切な場所で議論し、戦わせましょう。」と語っている。
一方で、Blizzardの態度が誠実であるのかと言われれば疑念が残る。中国におけるSNS「Weibo」におけるハースストーン公式アカウントには、「政治的意図に対し断固反対の姿勢を採る」という言葉の後に「我々はいつも国家の尊厳を守ります」という一文が続いており、中国に対する忖度の姿勢は無いという上記の内容に関して疑いの目を向けざるをえない。
香港デモや巨大な中国市場、旧来から続く価値観の差異、さまざまな問題が複雑に絡み合いさらなる混迷を見せようとしている一連の状況に対し、我々が採るべき態度は少なくとも何が白で何が黒かという一義的な価値判断に頼るものではないことは確かだ。