『PUBG MOBILE』を巡ってついに死者が発生。急拡大するインドゲーム市場でいま起きていること

インドでは『PUBG MOBILE』が圧倒的な人気を博している。そんなインドで大人気の『PUBG MOBILE』で、いま悲劇が相次いでいる。同ゲームを遊んだ若者が死亡するという事例が出てきているのだ。

インドでは『PUBG MOBILE』が圧倒的な人気を博している。その人気はすさまじく、YouTubeのPUBG MOBILE公式チャンネルにはインド専用公式チャンネルが設けられている。PUBG MOBILEインディアのチャンネル登録者数は、全世界に向けて発信するグローバルPUBG MOBILEチャンネルの登録者数の約半数にのぼる。それほどインドでの『PUBG MOBILE』人気は突出している。そんなインドで大人気の『PUBG MOBILE』で、いま悲劇が相次いでいる。

 

ついに死者を出してしまったインドの『PUBG MOBILE』熱

弊誌既報のとおり、インドのグジャラート州では加熱する『PUBG MOBILE』の人気を懸念して、州政府が『PUBG MOBILE』を法的に規制する通達を出した。通達後、グジャラート州では大勢の若者が逮捕されるなど社会問題化していた。当初は州政府の大袈裟すぎる対応だと思われていたが(実際、筆者もそう感じていた)、状況は急速に悪化し、現在インドでは『PUBG MOBILE』に関連する犠牲者が相次ぐ事態となっている。

海外メディアTimes Nowなどは、インドのテランガーナ州ジャグティアルで20歳の男性が、45日間プレイを続けたのち首の痛みを訴え、州都ハイデラバードの病院に搬送され5日間の治療を受けたあと、命を落としたと報じている。インドのメディアIgyaanによれば、『PUBG MOBILE』をめぐるトラブルはこの男性だけに留まらない。マハーラーシュトラ州では2人の若者が深夜にゲームに夢中になるあまり、列車にはねられるという事故が起きている。

また、インドのThe Times of India誌が報じているところでは、『PUBG MOBILE』のプレイヤーとして知られる15歳の少年Abhinavさんが、3月11日に家を出たあと消息を絶ったとのことだ。父親でデリーの小学校教諭を務めるRajesh Kumar Jayant氏によれば、Abhinavさんが失踪以前に『PUBG MOBILE』で誰かとチャットしていた記録が残っているという。Jayant氏はシアニ・ゲート警察に対し『PUBG』のチームメイトが少年を洗脳し、誘拐したと訴えている。

また同じくインドのマディヤ・プラデーシュ州チンドワラでは『PUBG MOBILE』をプレイ中の人物が、酸と水をまちがえて飲んでしまうという事故が起きている。さらにパンジャーブ州ジャランダルでは、15歳の少年が『PUBG MOBILE』をプレイするためのゲームパッドを購入する目的で、父親から50,000ルピー(約8万円)を盗むという事件が起こってしまった。

 

インドはPUBGのプレイ時間を6時間までに制限

インド世論の批判の高まりを受けて、『PUBG MOBILE』のパブリッシャーであるTencent Gamesは、インド版『PUBG MOBILE』に6時間のプレイ制限を設けるという対応に出た。プレイ制限はヘルス・リマインダー(健康に関する通知)と呼ばれている。プレイ時間が6時間を超えるとヘルス・リマインダーが通知され、プレイヤーが再度ログインしても「今日は既に6時間ゲームをプレイしました」と表示され、翌日の午前5時30分に戻ってくるように求められるというものだ。改めて年齢確認も行われているといい、一部では2時間や4時間でヘルス・リマインダーが表示されたという声も挙がっている。一連の措置は青少年の保護、長時間および深夜に至るゲームプレイの規制を目的としたものと思われる。
Tencent Gamesは過去にも、人気ゲーム『王者栄耀』(国内では『伝説対決-Arena of Valor-』)で青少年の長時間プレイを規制したことがある。『王者栄耀』では顔認証が導入され、認証をパスできなかった際には12歳以下と認定され、ゲームのプレイ時間が1時間に規制される仕組みだ。(関連記事)今回の『PUBG MOBILE』への対応はそれとよく似ており、いずれ対策が強化される可能性もある。

プレイ時間が6時間を超えると表示されるメッセージ

 

インドとゲーム

なぜこのような事態が生じてしまったのか。背景にはインドに安価なスマートフォンが出回ることで、はじめてビデオゲームの魔力に取りつかれる若者が激増している事情がある。

インドではこれまで、PCや家庭用ゲーム機はごく一部の裕福な家庭でしかプレイされてこなかった。文部科学省によるとインドの主流言語のひとつであるヒンディー語を母国語とする人口は2億3600万人に達する(文部科学省)。にもかかわらずSteam統計では、使用言語をヒンディー語に設定しているユーザーはほとんどいない。そもそもヒンディー語にゲームが対応しているケースも少ない。

しかし、スマートフォンの登場がインドのゲーム事情を一変させてしまった。インドの大手広告代理店POKKTの統計によれば、インドは現在モバイルゲーム市場のユーザー数において世界トップ5に数えられるという。(Economic Times)2年前の2017年でさえ、毎日2億2200万人を超えるアクティブユーザーが1日平均42分をモバイルゲームのプレイに費やしている。インドのソフトウェア開発企業NASSCOMの予測では、インドは今後数年でゲームのダウンロード数でロシア、ブラジルを抜いて世界3位に浮上するという。(Sankeibiz

拡大するインドゲーム市場について、Google PlayのヴァイスプレジデントであるTian Lim氏はGDC 2019で次のように語っている。(Business Insider

「ゲーム市場としての歴史を持たないインドゲーム業界の急速な拡大は、とても興味深いトレンドで、私たちも注目しています。それは『PUBG MOBILE』の成功によってもたらされたともいえるでしょう。それは、社会現象になったのです」

GoogleのGuy Charusadhirakul氏はGDC 2019で、Googleがインドを今後の重要な市場と位置づけているとしている。余談ではあるが、クラウドゲーミング・サービスである「Stadia」は、新興国など性能に恵まれないスマートフォンが主流な地域を取り込むための戦略であるとの観測も流れている。インドのような新興国では、ゲーム機といえばスマートフォンを指し、インドでゲームといえば『PUBG MOBILE』なのだ。

Xiaomi Redmi 6A

 

インドではゲーム機といえばスマートフォン

スマートフォンに詳しい人の中には、インド=激安スマートフォンというイメージがあるかもしれないが、そのイメージは急速に変わりつつある。わずか3年前、インドで話題になった激安スマートフォンの価格はわずか251ルピー(約399円)だった。しかし、現在インドの低価格帯でもっとも売れているのはXiaomi Redmi 6Aで、価格は約1万1000円だ。

SoCにHelio A22を採用したRedmi 6Aは良く考え抜かれた選択肢で、カクつきながらも『PUBG MOBILE』がプレイできるぎりぎりの性能といえる。日本のゲーマーにとっては残念な性能に映るかもしれない。しかしながら、この現象からはかつて日本で『Minecraft』が流行したころの情景が思い浮かぶ。まだXbox 360版『Minecraft』さえも発売されてないころ、全国の子供たちが“限られたお小遣いで買える、『Minecraft』をプレイ可能なぎりぎりのPC”を探っていたネット上の情景だ。もともとノンゲーマーだった筆者にはよく理解できる。ノンゲーマーは“快適にプレイしたい”のではなく、まずは“とにかくプレイしたい”のだ。このあたりに、いまのインドのゲーム事情がまだまだ萌芽の時期にあるということがうかがえるのではないだろうか。

インドで売れているのは低価格帯のスマートフォンだけではない。高価格帯ではiPhoneやGalaxy S9、Poco F1といったハイエンドなスマートフォンが急速に売上を伸ばしている。世界的にスマートフォン市場が低迷期に入る中、インド市場だけが、昨年も成長を続けている。ギリギリのスペックを求める若者がいる一方で、インドの裕福な若者は、“ゲーム機として”よりハイエンドなスマートフォンを求めているのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=l2GfxtHevfk

※中国のスマートフォンメーカーOppoの提供による『PUBG Mobile』インド大会決勝

 

過去にもあったビデオゲームの洗礼とこれから

今回のトラブルで思い出すのは、日本で『Pokémon GO』がブームになった時のことだ。筆者は『Pokémon GO』の一連のトラブルについて、画面を見ながら歩くというゲームの仕様に問題はあったものの、基本的にはゲームが問題なのではなく「歩きスマホ(ながらスマホ)」が問題だったと考えていた。事実、運転中の「ながらスマホ」は厳罰化されたが、日本で『Pokémon GO』は規制されていない。プレイ中の移動速度に制限を加えたNianticの対応が迅速であったことも関係しているだろう。以前の記事で筆者は『PUBG』の規制を「ナンセンスだ」と書いた。いまでもコンテンツ自体に罪はないという考えは、変わっていない。問題なのはあくまで、コンテンツを利用するプレイヤーの姿勢なのではないだろうか。

過去にも、ビデオゲームに馴染みのなかった国々でゲームが流行する時には、さまざまな問題が起きてきた。日本でも『ドラゴンクエスト』を巡って学校を休む子供が出たり、盗難事件が起きるなど社会問題となった。韓国でも2000年代にネットゲームに熱中するあまりプレイ中に死亡するケースが多発した。近年では中国や香港でも同様の事故が起きている。ゲーム依存はアジア圏に集中しているといわれることもある。英国ガーディアン誌の報道によれば、西欧諸国の若い世代のゲーム障害の割合は1~10%なのに対し、アジア諸国では10~15%にものぼるという。しかし、アジアが特別なのではなく“ビデオゲームに触れたことのない新興国が魅惑的なゲームの洗礼を受けている”とも解釈できるだろう。世界中どこであろうと、ビデオゲーム不毛の地にスマートフォンという黒船とゲーム文化が到来すれば、同様の悲劇が起きるだろう。現在インドは13億を超える人口を抱え、その半数は若年層だといわれている。6億人のインドの若者がビデオゲームの洗礼を受けるのは、まだまだこれからなのだ。

現在ゲームのやりすぎを巡っては、世界保健機関(WHO)がゲーム障害として国際疾病分類(ICD)に加えるなどの対応が進められている。韓国では既に、16歳未満の青少年が午前0時から午前6時までのあいだにオンラインゲームをプレイすることを禁ずる「シャットダウン制」が採用されている。中国でも医学的アプローチからゲーム依存への対応を進めている最中だ。ゲームにはたしかに人を虜にする魔力があるのかもしれない。しかしインドと同じようなトラブルに見舞われた日本や韓国、中国といった国でも、ゲームが文化として根付くにつれて、悲劇は落ちつきをみせはじめている。Tencent Gamesや政府の対応によって、インドでも早急に悲劇が終わることを祈るばかりだ。

Masahiro Yonehara
Masahiro Yonehara

ゲーム世界の散策とスクリーンショット撮影を趣味にしています。コア、カジュアルを問わず、ハードルが低く奥が深いゲームに惹かれます。

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