セガが展開するドラマティックRPG『龍が如く』の最新作『龍が如く8』は、2024年1月26日の発売から一週間で全世界販売本数が100万本を突破した。シリーズ史上初の記録となるが、その裏に存在する開発スタッフの活躍に光が当たることは少ないだろう。

今回AUTOMATONは、龍が如くスタジオ各セクションメンバーへのインタビュー企画を実施。今回は『龍が如く』シリーズの背景デザインについて、リードデザイナーの鳩山路彦氏とアートディレクターの三嶽信明氏にお聞きした。インタビュー前半にあたる本稿では、近作において過去のレガシー素材をいかに活用しているのかをうかがっている。ぜひ最後まで読んでほしい。

歌舞伎町すべての電灯を調査してライティングにこだわる

――まずは経歴や龍が如くスタジオで、どんな仕事をされているかを含めて自己紹介をお願いします。

鳩山路彦(以下、鳩山)氏:
セガに入社して以来22年間背景デザインを担当しています。『龍が如く』シリーズは初代から関わり『龍が如く8』で11作品目、そのうち5作品で背景リーダーをしています。もともと武蔵野美術大学で油絵を描いていました。在学中にゲーム雑誌で美大出身の方がセガで活躍をしている記事を見て興味を持って、セガに入社することを決めました。


――油絵を専攻されていたとなれば、背景のデザインは楽しそうですね。

鳩山氏:
楽しいですね。ずっとキャバクラを作っていられると思います(笑)フォトリアルな絵を志向していたため『龍が如く』とも相性が良く、プロジェクト参加の運も持っていたなと思っています(笑)会社にも感謝ですね。

――天職ですね。

鳩山氏:
やはり自分の志向性と一致していることを仕事にすると楽しいですし、人によってはさまざまな作品を作りたいタイプの方もいますが、私は1つのものを作り続けられるタイプなので、この点でも相性が良かったなと感じています。

――三嶽さんの自己紹介をお願いします。

三嶽信明(以下、三嶽)氏:
『龍が如く』シリーズのアートディレクターをしている三嶽です。『龍が如く3』まで背景リーダーを担当しており、そのときの背景スタッフが鳩山でした。その後、私がアートディレクターとしてデザイン全体の統括をするようになったため、鳩山が背景リーダーを引き継いだという関係です。


――三嶽さんから見た鳩山さんの仕事ぶりや人となりは、どういう印象ですか。

三嶽氏:
とにかく真面目な人ですね。先ほどキャバクラの話もありましたが、フォトリアルな背景を制作する上で非常に精密に描くのと同時に、本人の頭のなかに見えている理想像に対する追求やこだわりが素晴らしい。

鳩山氏:
ありがとうございます。(三嶽さんが上長ということもあり)そういっていただけて、感動しました(笑)

――(笑)ゲーム本編の話に移らせていただきます。『龍が如く8』が発売されシリーズとしては史上最速で累計販売本数100万本を達成しました。背景チームとしてはどのように感じますか。

鳩山氏:
率直に嬉しいです。初の海外が舞台という点で評価が読めない部分もありましたが、好評でよかったです。毎回どのようなコメントでもありがたいですが、特に私がこだわっている背景の密度感や空気感に対する声は、いつもゲーム制作への活力にさせていただいています。

――ありがとうございます。まずは『龍が如く』シリーズにおける背景素材のブラッシュアップについてうかがえればと思います。たとえば『龍が如く7外伝 名を消した男』で蒼天堀、『龍が如く8』で神室町を見ていくと、初出はかなり前ですが、だんだんと進化していますよね。

鳩山氏:
『龍が如く』シリーズは、過去作と同じ場所で物語が描かれることも多いため、レガシー(過去素材)の活用が基本です。ストーリー展開に応じて修正することもありますが、まずはライティングやカラーコレクションを調整して、作品のイメージに合わせる作業を行っています。


――ライティングによってだいぶ街の見え方が変わっているんですね。納得です。近年の『龍が如く』シリーズのグラフィック進化が顕著なのは、過去素材を作り直しているからではなかったんですね。

三嶽氏:
調整はしていますが作り直しているわけではないんです。それでいうと、少し前の作品になりますが変化としては、『龍が如く6 命の詩。』でゲームエンジンをドラゴンエンジンに変えたのは大きかったのかもしれません。それにあわせて、路上看板も映像を使って動くものを作ったり、電飾系もよりリアルにしたりと、多くの進化がありました。

鳩山氏:
『龍が如く6』以降だとアンチエイリアス(画面のギザギザを低減させる処理)のプログラムが向上して、画面のジラジラがかなり軽減されて、パッと見た時のクオリティはすごく上がっていますね。

――見た目の変化は、ドラゴンエンジン導入が大きかったと。

鳩山氏:
今でもいろいろと質を積み上げていますね。コントラストを作品に合わせて高めたり低下させたりですとか。見えづらい部分ですが、内部のモデルのもち方もインスタンス(普通に複製するのではなく、元のモデルを参照して複製する手法。計算が速い。)でメモリや処理を稼ぐことで、背景以外のキャラの数が増えたのも『龍が如く8』では実現できていて、絵がリッチになって見えたのだと思います。

『龍が如く8』のわかりやすい変化でいうと、「横浜・伊勢佐木異人町」に「夕方」を追加したことでしょうか。そもそも『龍が如く7 光と闇の行方』に昼と夜はあっても、夕方という時間帯がなかったんです。

――たしかに異人町に夕方はありませんでしたね。

三嶽氏:
イベントシーンでも使われるので、夕日や空模様が印象的になるようライティングなどに力を入れました。そうした点も気づいてもらえると嬉しいですね。


――ちなみに背景チームの方はどれくらいモチーフとされる歌舞伎町や横浜のロケハンをされていますか。……もしや、常日頃から入り浸っているのでしょうか。夜の街に出かけていく、と。

鳩山氏:
そこまでではないです(笑)ただすべての電灯の下に行って明るさのルクスを測り、街の輝度・照度マップを作るくらいには馴染み深い場所ですね。

――すべての電灯で!?それくらいライティングのリアルさは重要なんですね。

鳩山氏:
ライティングは背景制作の最後の工程として私が担当することが多いです。ライティングはとても大事なので。

――いくら高品質なモデルや背景があっても……。

鳩山氏:
ライティングがいまいちだったら、台無しですからね!なので、細心の注意をはらっています。

ライティングのおかげで生き生きとした街に


時代感が合うように映画看板は作品ごとに変更

――ありがとうございます。ここまで過去素材の調整についてお聞きしましたが、新しくオブジェクトをモデリングし直すこともありますか。

鳩山氏:
ありますね。背景が毎回同じだとユーザーが飽きてしまうので、時代設定に合わせてモデリングし直すことも多いです。たとえばゲーム内の時間が進んでいるのに、映画看板が一緒だとおかしいですからね。

――映画看板、毎回変わっているんですか。言われてみれば……。

三嶽氏:
何年もロングランで公開している映画は、現実には存在しないので……(笑)作品ごとに変更しています。

――看板に描かれている映画も、タイトル含めてありそうでなさそうな絶妙なデザインですよね。

鳩山氏:
あくまで架空の映画ですが、実際に見てみたいという声をいただくこともあります(笑)看板を制作する際は、キャラクターデザイナーに看板のモデルとして使えそうなキャラクターや動物を、どこかで作っていないかを確認しながら作っています。


――映画以外の看板デザインも作品ごとに変えているのでしょうか。

鳩山氏:
宣伝されている製品が古く、トレンドと外れていて、変更の必要がある場合は変えています。たとえば消費税も昔とは異なるため表示を直したり、工事現場の完成予定年月を平成から令和に置きかえたりといった、細部まで時代感が合うように調整をしています。

時代の変化も反映


――看板のデザイン変更は、結構工数がかかるのでは。

三嶽氏:
大変です(笑)マップリーダーなどが頑張って管理しています。

鳩山氏:
実は建物のなかで看板が、一番工数がかかる要素なんですよ。

三嶽氏:
実際の例でいうと、初代『龍が如く』開発時はDVDや携帯電話の看板が多かったのですが、今はほとんど見ないため作品を追うごとに消えていきました。『龍が如く8』は時代性に合わせてハイブリッドワークの会社やサブスクの広告を入れています。私が元々広告系のグラフィックデザインを学んでいたこともあり、そのへんは気になるので、「フォントが明朝体で構成されている看板は見たことない」など口出しすることが多いです(笑)

今の時代っぽい電子広告も

――三嶽さんが見てほしいポイントはありますか。

三嶽氏:
そうですね、今はアートディレクターとして統括するポジションですが、街の背景にあるオーロラビジョンだけは毎作私が担当しているんです。あのディスプレイにも時代を映そうとこだわっているのと、実は神室町と横浜では流れている映像が少し違うので、そこもチェックしてほしいです。

――「龍が如くスタジオ」内部には、三嶽さんという看板警察がいると(笑)

三嶽氏:
(笑)

鳩山氏:
企業タイアップをしていただいている建物や広告は見本として実物を元に作ることが出来るので問題ないのですが、オリジナルの看板には頻繁に指摘があります。電話番号・住所・商品情報などの構図やあり方など看板の哲学を説明して、チーム全員が看板のデザインができるように指導しています。ゲームの背景制作にはリアルに転写する能力や、グラフィティのデザイン力などさまざまな適性が不可欠なんです。

三嶽氏:
あとストーリー中に立ち寄る店は企画から依頼がありますが、そのほかの街中の店名やテキストは背景チームが考えています。いろんな提案を入れながら街はつくられています。

――企画に毎回、店名やデザインをどうするか聞いていられないですよね。そういえば、看板の統一感などは意識されていますか。

鳩山氏:
統一はしていませんね。一人のデザイナーの感覚で揃えてしまうと、似た看板が多くなってしまいます。そもそも実際の街の看板すべてを同じデザイナーが手がけているわけではないので、スタッフそれぞれの個性をぶつけてデザインした方が、より雑多な印象になり「街」として臨場感が出るんです。


――ちなみに、先ほど時代に合わせたアップデートという話がありましたが、逆に『龍が如く0 誓いの場所』は80年代バブルの昔ということで別の大変さはありましたか。

鳩山氏:
そうですね、取材に行こうにもタイムスリップはできませんから(笑)1988年当時の資料を漁り、数枚の写真から街の様子を想像していました。

――バブル時代らしいデザインにしないといけないですしね。

鳩山氏:
ただ、今の時代に合わせる必要がないということで、完成イメージを共有したら自由にデザインを吐き出せますので、苦労はしましたが、チームのみんなはのびのびと楽しそうに作っていましたね。

「ドンドコ島」はオブジェクトを多数配置するために徐々に広がった

――『龍が如く8』におけるレガシーの活用で特に印象的だったことや、プレイヤーに見てほしいポイントをお聞きしてもよろしいですか。

鳩山氏:
ドンドコ島(※ゴミだらけの島を開拓して一流リゾートを目指すプレイスポット)でDIYできる家具として、レガシーを大量に調整したのが印象深いですね。今までの素材をオブジェクト化するときに、背景用だったので裏面を作っていないなどの問題がありました。そのため基本的に背景制作は〇日~〇ヶ月という工数の組み方をするのですが、ドンドコ島のアセットに関しては、1個あたり〇分で完成するから〇時間で〇個必要などの緻密なスケジュール管理をしていました。


――それぞれに「充実度」や「ジャンル」などのパラメータ付けがされていますし、種類がめちゃくちゃ多いですよね。話に出た裏面がないアセットはどうされたのですか、まさか1つ1つ手作業で……?

鳩山氏:
そのとおりです(笑)、大きくしたり小さくしたり。さすがに作りにくい素材はリストから外してもらったり、優先順位を上げたりしていましたが、本当に大変でした。

――あ、全部が全部アセットを出すわけではなく、選定はしていると。

鳩山氏:
はい。とはいえ、たくさん出していますし、個別にいろいろ調整はしています。

――鳩山さんがドンドコ島に出すにあたって一番苦労したオブジェクトはありますか。

鳩山氏:
オブジェクトよりも、島らしい自然な地形にしつつ、家具を置けるような平地に整えるフィールド調整に苦労しましたね。なんといっても、基本オブジェクトは制限内であればどこにでも置けちゃいますからね。最初ドンドコ島はもう少し狭かったのですが、「たくさんオブジェクトを配置できたほうが面白い」などのアイデアを実現していたら、いつの間にか広くなっていました。

――プレイヤーとしてもたくさん家具を置けて楽しかったです。ありがとうございました。

『龍が如く8』は、PC(Steam)およびPS4/PS5/Xbox One/Xbox Series X|S向けに発売中。背景デザイナーインタビューの後編では、初の海外舞台であるハワイの背景制作について詳しくお聞きしている。そちらの記事もチェックしてほしい(後日公開予定)。

[聞き手・編集:Ayuo Kawase]
[執筆・編集:Yuuki Inoue]