水彩画ADV『Dordogne(ドルドーニュ)』開発者インタビュー。「日本に15回」来たフランス人アーティストに、絵のこだわりとルーツを聞いた

水彩画アドベンチャーゲーム『Dordogne(ドルドーニュ)』。同作の開発者は日本に15回以上訪れたという。そんな開発者に、アートワークのこだわりを訊く。

Focus Entertainmentより発売中であるアドベンチャーゲーム『Dordogne(ドルドーニュ)』(以下、ドルドーニュ)。先行して公開された紹介記事においては、本作が水彩画をベースとしたアートワークを特徴とした「あたたかみ」溢れるハートフルなゲームであることにふれた(関連記事)。そんな『ドルドーニュ』最大の特徴であるアートワークについて、アートディレクターであるセドリック バブーシュ (Cédric Babouche)氏に対し、簡単な一問一答形式のミニインタビューを敢行した。


── まずは自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。具体的には、名前、出身地、本作の開発における役職や、過去のゲーム開発歴などを教えて下さい。

こんにちは。Cedric Baboucheです。私は46歳で、アニメーション業界で監督とアートディレクターとして17年間働いています。『ドルドーニュ』は私を含め、Un Je Ne Sais Quoi/Umanimationのチーム全体にとって初制作となるゲームです。厳密に言うと20年前、美術を学ぶ学生だったころ、私は一度だけPS2向けのゲーム『Piglet’s Big Game』のテクスチャーを作った経験はありました。ただ当時の私はゲームではなく、アニメーション産業により強い興味をもっていました。

しかし5年前、ゲームとアニメーションを含む、メディアを跨ぐ新たな事業を始めることにしました。何度かゲームジャムに参加したことで私のゲームへの意欲がより重要なものとなり、ゲーム制作に今よりも深く携わろうと決心したのです。『ドルドーニュ』において私は作者でありアートディレクターという立場です。あるいは、本作を映画のように製作したため監督とも言えるかもしれません。私はプログラミングを除くすべての部門を監督しました。私の個人プロジェクトのほとんどは、伝統的なアートの技術と3Dの融合にもとづいています。

── Cedricさんのゲーム経歴を教えてください。お気に入りのゲームはありますか。

私は小さなころからゲームが好きです。7歳の時にはもう任天堂の携帯ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」を持っていました。なんなら今でも所有していますし、少しお金に余裕が出たら新しいモデルをコレクションしようと思っています。思春期のころには、Atari STやPCでゲームを遊んでいました。当時プログラミングの基本にも挑戦しましたが、あまり上手くできず、絵を描く方を好みました。

ゲームとしては『Another World』のほか、Coktel Visionが手がけた『Gobliiins』、ルーカスアーツ社製のゲームなどを遊んでいました。そうした作品に刺激を受けつつ、パソコンを使って絵を描いていました。その後、手に入れたゲーム機としてはPlayStationとPS3を所有していました。貧乏学生だったので、PS2は買えませんでした。このほか、ニンテンドーDS、Wiiも持っていましたし、現在はNintendo SwitchとPS4を所有しています。

これまでジャンルを問わずいろんなゲームを遊んできました。特にパズルゲームが好きです。なかでもAmanita Designやustwo Gamesといったゲームメーカーは名作をいくつも開発していて、私のお気に入りの開発会社です。また、それと同じくらいレベルファイブやNaughty Dogが作るアドベンチャーゲームも好きです。もしお気に入りの作品を一つ挙げるとしたら、上田文人氏のすべてのゲーム……と言いたいところですが、そのなかでも『ワンダと巨像』になるでしょう。ゲームそのものも見事ですが、なによりもキャラクターや世界を巻き込んだ、説得力のある神話を成立させている点が一番好きなところです。ゲームプレイを超えた細部への多くの作り込みを感じます。


── 『ドルドーニュ』に関する質問に移ります。本作は水彩画を用いたアートスタイルが特徴ですが、ビジュアルアーティストとしての開発に参加することになった経緯を教えてください。

私は14歳のころからずっと水彩で描き続けています。これまで携わったアニメーション製作ではデジタルを使った製作も多く経験しましたが、いつも(アナログな)水彩画を取り入れようともしていました。これを実現する方法の一つは水彩画と3Dを組み合わせることです。私はこの二つの技術を組み合わせる自己流の方法を探すため、多くの時間を費やしました。3Dの光源や、水彩画風に見えるシェーダーを使うのは避けたかったのです。結果、良いアプローチを見つけることができました。同時に、そうした表現にピッタリなストーリーを物語る作品づくりをしたいという思いも強まりました。

最初『ドルドーニュ』は、私がほぼ単独で始めたプロジェクトでした。非常に思い入れのあるゲームであり、水彩画以外の技術を用いストーリーを語ることは考えられませんでした。水彩画は私が30年間続けてきた、ストーリーを語るうえでも大事な表現です。さらに水彩画を使った表現には、プロダクションの財政面でも意義があります。私がこの表現手段を習得しているため、私がほぼすべての(アートワークの)セットを描くことで多くの時間とお金を節約することができるのです。

── 日本人は本作の舞台であるフランスのドルドーニュについて馴染みがありません。ドルドーニュの魅力について簡単に教えてください。

ドルドーニュは素晴らしい地方です。川に沿って作られた古い石造りの村々がある、フランスの田舎の代表例ともいえます。崖に包まれていることがこの地方の特徴であり、崖には何世紀も前に作られた洞窟住居が確認できます。なかでもラスコー洞窟は、洞窟や新たな発見が豊富にある場所で、もっとも海外に知名度のある観光地です。

しかしドルドーニュの真の魅力は、どの村に訪れてもなにかしら目に留まるものがある点だと私は思います。洞窟の地下であろうと、高い崖を登った先であろうと、カヤックでドルドーニュ川を下っていようと、訪れた風景の多様性に心奪われることでしょう。そこは光がクルミの木の匂いと溶け合い、とても親切な人々が美味しいご飯を作ってくれる地方です。ドルドーニュに訪れたら、帰りたくないと思うことでしょう。


── 本作におけるアート・デザインに関して、こだわりを教えてください。

私の目的は対立のないシンプルな物語を扱うことでした。「出自や性別に関係なくもっているような、ありふれた記憶を振り返るため」に。「私たちが真に知り得ることのできない、自身の家族について問うため」に。また、私の目的は我々の思い出を問うことでもありました。思い出というものは私たちが思っているほど素敵なもの、あるいは暗いものなのでしょうか?

これらの考えを起点にしたところ、水彩画を採用することが物語のテーマを語る上で完璧な手段であるように思えたのです。空気感や大気の濃度を感じるような、まるで自然の香りを嗅げるかのような、そんな印象を感じられるように表現しなければならなかったのです。本作ではビジュアルはもちろん、サウンドもこだわっています。Supernaiveが手がける音楽やSylvain Quementのサウンドデザインが作品の根源的な部分に多大な影響を与えています。

どのミニゲームも、どの乗り物もこうした感覚に限りなく近付ける必要がありました。私たちは、プレイヤーに人や物と直接触れあっているかのような印象をもたせることができるよう尽力しました。同様に、ムービーを挿入しすぎることは避けるようにしました。私たちはキャラクター間の重要な情報を、ゲームプレイを通してのみ伝える必要がありました。ゆえに周りの環境から言葉を集めるシステムが作られたのです。言葉たちは水彩画における、まだ塗られていない空白のように、目的地を失っています。こういうゲームシステムによって、プレイヤーが歴史への理解を深めながら探求心と好奇心を抱けるようになっています。

── 水彩画を映像や3Dに落とし込むにあたって行った、試行錯誤について教えてください。

プロセス自体はわりと簡単なものです。私たちは水彩画を低解像度の3Dモデルにプロジェクトできるカメラマッピング技術を使っています。キャラクター以外には3Dの光源やシェーディングを使っていません。まずメインカメラの動きを決定することで、描くべき絵のカメラアングルと大きさの算段を立てます。『ドルドーニュ』では複雑な動きは多くないため描かれた絵を映し出すことは簡単でした。一方でカヤックに乗るシーンなどの複雑な体験は、飛び出す絵本のように見える、異なる技術を使う必要がありました。

私たちは現在、今後のプロジェクトのためにカメラマッピング技術を改良し、手描きの環境で360度好きな方向に動くことができるツールを開発中です。こうしたカメラマッピング技術はシンプルなものであり、たとえばアニメーション製作やVFX産業では長年使われている技術です。ただ私たちの場合は、実際にイラストをそのまま扱うという点でアプローチは異なっています。水彩画を修練することは3Dを扱う方法を学ぶよりずっと時間がかかるのです。私たちは制作陣が水彩画を学べるようにも後押ししています。


── 本作では「写真」と「音」と「香り」が物語の鍵になっていますが、なぜこの3つのモチーフを選んだのでしょうか。

人類はみな何かしらを集めています。意識か無意識か、我々はみな過去の記録を残しています。私はプレイヤーが思い出を呼び起こせるよう、できる限りゲーム内で多くの感覚を利用できるようにしたいと考えていました。写真は我々を「視線」の感覚に、音は聴覚に、言葉は我々がペンで詩を書いている時のような触覚に結びつけます。これらの要素をすべて合わせて本作のアートの方向性に取り入れ、ドルドーニュに訪れて周りの自然を感じられるかのような感覚を作るようにしました。さらに言えば、森、公園や庭、あるいは植物に囲まれて遊ぶだけでも、ゲームが表現している幸福感が現実味のあるものだと気付くでしょう。

── 本作を日本のユーザーにどのように楽しんでほしいですか?

私は日本の町や地方に、少なくとも15回は訪れています。そして、我々の(日本とフランスの)文化は違いますが、内省や家族との時間、自然の位置付けを重んじる点は共通しています。それぞれの国での幼いころからの体験にも、共通する部分があると思います。

私たちは物語を語るために平和で楽しく、時には珍しい思い出をゲームに落とし込もうとしてきました。世界中が共有できる思い出です。このゲームは大人ひとりで遊ぶことができます。一方で友人と共に、かつて訪れた風景を思い返しながら遊ぶこともできます。自分の子供を膝に乗せて、親子水入らずでゲームの各場面を共有することもできます。もしかしたら、『ドルドーニュ』のビジュアルに惹かれて、祖父母がゲーム画面を覗きこむことだってあるかもしれません。『ドルドーニュ』は異なるさまざまな展開をするひとつの体験です。複雑ではなくとも、一歩一歩、「ミミ」の人生についてあなたが知りたくなるような、そんな体験です。制作チームの注ぎ込んだ多くの労力をみなさんに感じてもらえることを願っています。

── 読者のみなさんにメッセージをお願いします。

「焦らずじっくり」です!ストーリーの全貌を明らかにするために、ゆっくり歩き回って隠された要素を探してください。カヤックに乗ったら、心ゆくまで何時間でもそこにいてください!このゲームはそのために作られています。ゲーム内で撮った写真や作ったページは、私たちにもぜひ共有してくださいね!そうしてもらえると非常に嬉しいです。ゲームのボリュームは6時間~10時間ほどですが、歩き回り静かな時を過ごすことでより長い体験を得ることができます。私たち制作チームがゲームに注ぎ込んだ情熱とエネルギーをみなさんに感じてもらえることを願っています。


『Dordogne(ドルドーニュ)』は、PC(Steam)/PlayStation 4/PlayStation 5/Xbox One/Xbox Series X|S/Nintendo Switch向けに発売中だ。

[執筆:Takayuki Sawahata]
[翻訳:Rikuya Melichar]

Takayuki Sawahata
Takayuki Sawahata

娯楽としてだけではなく文化としてのゲームを知り、広めていきたい。ジャンル問わず死にゲー、マゾゲー大好き。

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