オンラインRPG『ロストアーク』に“しんどそうな世界”をもたらした音響インタビュー。世界観に深みをもたせた声と音
ゲームオンが運営するオンラインRPG『ロストアーク』。9月23日のオープンサービス開始前から韓国発のオンラインRPGとして注目を集めていた本作だが、実は世界観やシナリオの重厚さも評価されているゲームである。昨今のMMORPGはシナリオ面が評価されているタイトルもあるが、それでもジャンル全体の特徴として、シナリオが評価されたときに「“思ったよりも”シナリオが面白かった」という感想が生まれることが多い。新規タイトルであればなおさらだ。新規MMORPG『ロストアーク』のシナリオが評価される理由はいったいどこにあるのだろうか。物語を支える要素のひとつが、緻密な世界観構成。そして、『ロストアーク』の世界を創り出すにあたっては“あるこだわり”が隠されているという。
村人たちが“しんどすぎる”ワケ
『ロストアーク』の世界観は暗くシリアスだ。“大いなる力”アークを求めて、外界ペトラニアから惑星アークラシアに攻め入る悪魔たち。この悪魔の侵攻を抑えるため、彼らよりも先にアークを見つけ出すことが主人公たるプレイヤーたちに課せられた使命となる。この使命を果たすための冒険の途中にはさまざまな人々と出会うことになるが、ネームドのNPCはもちろん、名前のないモブキャラクターにも個性を感じられるつくりになっている。というのも、彼らモブキャラクターにもボイスが実装されており、クエスト会話中はもちろん、フィールドを歩いている際もこの地に生きる人々の“生の声”が聞こえてくるのだ。
まずは序盤のフィールドであるアルテミスの国境地帯をご紹介しよう。山麓を抜けた先にある開けたエリアで、深い色の草木が生い茂る緑の豊かなマップだ。ところどころに風車が立ち並び、草むらに埋まる荷車やきらめく湖畔がのどかな印象。まさに牧歌的な景色……なのだが、この地帯を歩いていい気分になったプレイヤーはそういないだろう。なぜか。道すがらに出会う住民たちが、とにかく「つらそう」なのである。
アルテミスでは、悪魔によって疫病をばらまかれる被害が発生している。絶望の淵に立たされたこの地の人々は、とにもかくにも苦しそうだ。彼らの困窮ぶりを如実に伝えているのが、NPCたちの生々しすぎる喘ぎ声。歩いているだけでもボイス付きで聞こえる、「もうおしまいだ……」という悲痛な声、咳き込む音、苦しげな嗚咽。バリエーション豊かなしんどいリアクションが耳に入り、わざわざ彼らに話しかけなくとも、痛々しい声が歩いているだけで聞こえてくるのだ。
国境地帯の中心に位置する修道院はさらに悲惨。石畳の美しい建築が見目麗しい心休まる場所だが、現在は疫病に対抗する緊急拠点となっている。人心を鎮めるはずの修道士たちは、物資不足に焦り、困惑と嘆きの声を漏らしている。周囲に集う警備兵たちも警戒心や不信感をあらわにしており、彼らのぼやきを聞いているだけでも「何とかしなくては」という気持ちにさせられるのだ。このように、寄り道せずにメインクエストを進めているだけでも重苦しい雰囲気を如実に感じられ、世界観を言葉で説明しなくとも「しんどそう」と感覚で理解することができる。理屈で説明するのではなく、音響という直感で訴えてくるからこそ、世界の窮状が伝わってくるのだ。
しかし、感じられるのは重苦しさだけではない。フィールドだけでなく、人通りの多い街に入って歩いていると聞こえてくる雑踏の賑やかさは、実際に繁華街を歩いているような気持ちにさせられる。序盤で訪れる都市・レオンハートを見てみよう。華やかなグラフィックもさることながら、安全な市街地で暮らす人々の生活感あふれる声が耳をくすぐるだろう。礼拝の時間を気にする女性。馬車の不調に苛立つ御者のぼやき。「あっちの店より安いよ!」と呼び込みをかけるたくましい商人。街にいる人々の声が生き生きとボイスつきで流れてくる。少し歩いただけで「活気がある都市」だということがわかるのは、音響による世界観づくりが成功しているからだろう。何気ないボイスの積み重ねにより、丁寧に人々の日常が構築されているのだ。
同時に平穏な市民の声は、国境地帯をはじめ危機に瀕した人々とは対照的な側面でもある。『ロストアーク』の世界の光と影は、ひとりひとり命を吹き込まれた住民たちの無数の声によって描き出されているのだ。丹念に世界が描き出されているからこそ、プレイヤーは「アークを見つけ世界を救う」という使命の重みを否応なしにつきつけられるだろう。こういった演出を支える名前のないモブNPCのボイスには、映画の吹き替えなどで長年活躍しているような声優を起用しているという。弊誌が過去に行ったインタビューでも語られており(関連記事)、『ロストアーク』がいかに音響演出に力を入れているかがわかる部分である。
アマンとシリアン、重くて濃ゆい関係性
また、シナリオを牽引するメインNPCに実力派声優を起用している点も、『ロストアーク』のシナリオを語るうえで外せない要素である。冒険の道中訪れるルーテラン地方のストーリーでは、アマンを演じる梶裕貴氏とシリアンを演じる中村悠一氏の熱演によって物語がより一層盛り上がったと言えるだろう。
ルーテラン地方のストーリーでは、アマンとシリアンが互いのコンプレックスや弱点をフォローしあいながら友情を深め、摂政シュヘリットに奪われた騎士の国・ルーテランを取り戻すまでの戦いが描かれる。ユーザー全体から見てもルーテラン奪還のシナリオは好評のようで、Twitterなど各種SNSにおいて「熱かった」「見応えがあった」という感想が多く見受けられた。
悪魔と人間の混血という出自から、司祭という役割を自分が担うことについて葛藤を抱えているアマン。摂政による圧政から民を守るために奮起するが、王子としての責任感から多くの物事を自分で背負い込みがちなシリアン。2人に共通するのは互いを尊敬する気持ちと、自身のあり方に自信が持てない自己肯定感の低さだ。彼らが互いを鼓舞し、認め合うことでコンプレックスを克服していくルーテラン編は、ある意味で共依存的とも言える彼らの関係を非常に丁寧に描写している。
そしてそのシナリオを支えているのが、彼らの声優である梶氏・中村氏の熱演である。両氏の共演ということで筆者が頭に浮かんだのは、アニメ「PSYCHO-PASS」3期の主人公2人だった。「PSYCHO-PASS」で精神的に深いつながりを持ったバディを演じていた両氏は、アマンとシリアンのような関係性の2人にぴったりのキャスティングと言えるだろう。モブキャラクターに起用している吹き替え系声優といい、『ロストアーク』はこういった“外さない”キャスティングが非常に上手い。
世界観とシナリオを引き立ててゲームに没入させるための音響演出がしっかりとしており、シナリオでのムービー演出はもちろん、フィールド散策をしていてもその地に住まう人の息づかいや自然の広大さが感じられること。そしてそれを支えるメインNPCやモブキャラクターの声優に、有名な実力派声優を起用していること。『ロストアーク』の世界観やシナリオが評価された理由はここにあるのだ。
弊誌AUTOMATONでは『ロストアーク』日本運営プロデューサーを務める嶋田氏へのインタビューをおこなった。丁寧な音響演出と映画のようなムービー、そして豪華声優陣の起用という3つの相乗効果によって世界観に深みを出している『ロストアーク』。物語への没入感を高める演出の数々はいかにして生まれたのだろうか。
重さと情念のこもるボイス演出
────本日はお話を聞かせていただきありがとうございます。音響についていろいろお伺いさせてください。『ロストアーク』ではクエストを通して、名前のないNPCにもボイスがあることに驚きました。フルボイスではないとはいえ、クエスト中のセリフの多くにボイスをつけるのは大変だったかと思いますが、どういった経緯で実装されたのでしょうか?
元々韓国のほうでもボイスが多数収録されていまして、もちろん削る事も出来たのですが、『ロストアーク』の世界観を壊さないように、ほぼすべてのボイスをローカライズしました。正直、ここまでのボイス量は初めてだったので、苦労した記憶がありますが、今は本当にやってよかったと感じています。
────特に『ロストアーク』のフィールドのモブNPCは一貫して怪我人・病人など苦しげな声を漏らしているのが印象的でした。最初のエリアを歩いているだけでも痛ましい気持ちになりますが、どのような意図でこうした演出にしたのでしょうか?
こちらについては開発元スタッフから話を聞いています。プレイヤーが運命に呼び出されて到着した『ロストアーク』の世界は、500年間続いてきた長年の平和が破られ、悪魔が登場する時期です。プレイヤーは悪魔から苦しんでいる人々を助け、各大陸の問題を解決していき、世界を救うために自分は何をすればいいか徐々に自覚するようになります。苦しくて不毛な環境の演出は、プレイヤーに世界を守らなければならないという動機を提供し、アークを探す当為性を与える背景となるためこういった演出を加えています。
────確かに、プレイヤーがそこにいるだけで重い世界観が伝わってくるように感じました。そんなキャラクターの「つらさ」を演出する際、どのようなディレクションをされましたか?
ストーリーの情景や、「つらさ」や感情の起伏、演じ方を含めてオーダーを出しました。現場のディレクターさんが冗談を上手くいれつつ「はい、苦しんで~! もっと、もっと!」と、情景に似つかわない明るい雰囲気で収録を進められていましたね。
────つらそう・苦しそうな演出の反面、現場はとても明るかったということですね。ちなみに、声優さんたちはどのような基準で採用していったのでしょうか?
『ロストアーク』は映画のような演出やゲームギミックも魅力の一つですので、基本的に実力のある、かつキャラクターイメージに合っている方々を選出させていただきました。
また、今回ご協力頂いておりますスタジオ「マジックカプセル」さんは、アニメ収録の実績も多数ありますが、映画の吹き替えにも精通しています。『ロストアーク』のコンセプトをご相談し、主要NPC以外にも映画の吹き替えなどを多く行っている声優さんなどに参加してもらうこととなりました。ですので、『ロストアーク』の世界を歩いていると「どこかで聞いたことある声」が話しかけてくるかもしれません(笑)。
────特に主要キャストの声優さんには、アニメや映画吹き替えなど第一線でご活躍されている方が多くいらっしゃいます。キャスティングのこだわりなどはありますか?
アマンやシリアンなどの主要キャラクターの選定は開発元が用意されていたキャラクター設定と希望されている声優さんの名簿を元に、それらに合致する声の方を過去に視聴した映画の吹き替えやアニメ、ゲームなどから探し出して当てはめていきました。元々映像作品に出演する声優さんを調べることが好きだったのですが、そのような事が役に立つ日が来るとは思いもよりませんでした(笑)。
開発元の方々も日本のアニメ・ゲーム文化に慣れ親しんでおり、設定のあるキャラクターほぼ全てに希望する声優さんが記載されておりました。国民的バトルアニメで起用されている大御所の方のお名前から、本当に好きではないと出てこないような方のお名前もあったことには驚きました。
また、一部サブキャラクターは韓国音声版でゲームテストプレイを行ったときのプレイ体験を元に選定を行っています。プレイヤーを盛り上げ、感動させる演出に関わるキャラクターはこちらから声優さんを指名させて頂いております。なので、普段ムービーをスキップされている方は是非スキップせずに見てみてください。
────深い世界観やキャラクター造形が特徴的ですが、これらの情報量をどのように声優さんにお伝えしたのでしょうか?
マジックカプセルさんには事前に全てのムービーやゲームの内容が理解できるよう、全ストーリークエストのスクリーンショットをお渡しして、世界観を深く理解していただきました。そのうえで、声優さんには事前に台本と共にキャラクターの性格や経歴をお伝えしました。収録当日では、収録前にいくつかのパターンを演じて頂き、よりキャラクターイメージに沿った声になるよう調整いたしました。そして、極力映像をお見せしながら収録しましたが、収録中に情景が上手く伝わっていない場合は、都度私共から説明させていただき内容を理解された上で演じていただきました。
────アマンなど、序盤から登場するキャラクターにも重い設定が与えられています。初心者をガイドする役割の親しみやすさとヘビーな内面を両立させるのに工夫した点はありますか?
アマンについては、梶裕貴さんが演じられましたが、キャラクターの年齢間や声質のみ詳細に打ち合わせさせていただいただけで、収録中はほとんどお任せになってしまいました。梶裕貴さんに限らずですが、皆さん物凄くプロ意識が高くご自身でイメージされている役柄を演じ切れていない時は進んでリテイクされました。シーンに合わせて様々な感情をあらわに演じていただいたので、ユーザーの皆さんには全ての音声を聞いて欲しいです。
圧倒的物量と、繊細な“ニュアンス”の尊重
────ありがとうございます。次は音響演出について聞かせてください。たとえば独り言をぼやいているNPCなどは、キャラをそのNPCから離れさせると独り言もフェードアウトするようになっています。音響演出で力を入れた部分について聞かせてください。
世界観に没頭できるよう、音響効果にもこだわりがあります。ボイス収録といっても、音声を収録してそのままゲーム内に実装、というわけにはいきません。ダンジョンの、例えば洞窟の中では声が反響しますので、空間系のエフェクトをかけたり、巨大なモンスターであれば、声を太く低くするようなエフェクトをかけたりといった編集作業が必要になります。
これを怠ると、一気に現実世界に戻されてしまうので、綿密な作業が必要となるわけです。これらの作業は音声収録後に音響ディレクターさんなどが担当しますが、今でこそ笑い話になりますが、当時はその圧倒的物量に悲鳴をあげていました(泣)。もしいま音声を消してプレイしている方がいらっしゃったら、是非この機会にONにしてプレイしていただきたいですね。
────音響面のこだわりといえば、ひとつ気になったことがあります。脱出の歌などを演奏する楽器はクラスごとに異なっていますが、これらはどのように決まっていったのでしょうか?
開発元スタッフによると、『ロストアーク』の冒険者はそれぞれ異なる背景を持っているので、クラスごとのキャラクターが持つ背景を基に楽器の種類を設定したそうです。不毛で荒涼な大陸シュシャイアー出身のウォーリアは強靭さを象徴するホルンを、スチームパンクを背景としたハンターはアルデタインに合うエレクトリックギターを、ファイターは東洋の趣が感じられる琵琶、マジシャンの場合、パンフルートの音色が神秘的なロヘンデルを表現しました。
────なるほど、腑に落ちました。映像と音響、声優さんの演技の組み合わせにより、シナリオ中のムービーにはかなりの臨場感がありました。こだわりや苦労した点についてお聞かせください。
元々の映像や声優さんの演技、音響編集のクオリティが非常に高く、弊社が手を加えることは無かったのですが、声優さんには細かな息遣いなど拾えるアドリブは全て拾ってもらい、こちらで必要だと考えたアドリブが入れられそうなところはお願いして入れて頂きました。
その中で苦労したところは感情表現のローカライズ部分です。相手に呆れたり、哀れんだり時、日本では「おやおや」とか「ふぅ……」とため息を付くことが多いと思いますが、韓国ではそれを「チッチッチッ」と舌打ちで表現します。これをそのまま演じてしまうとセリフのニュアンスが全く変わってしまいますので特に気を配りました。
────国によって表現のニュアンスが変わる部分もあるのですね。キャラクターの感情表現について、演技や台詞などをローカライズ時に調整した点はありますか。逆に、原語版のニュアンスで尊重した部分はありますか?
こちらは基本的には原語版のニュアンスを尊重しました。開発元から「心血を注いで物語を作ったので、ニュアンスを変えてしまうと伝えたい内容が伝わらない」との依頼があったためです。また、収録後に開発元でも全ての音声を確認しており、ニュアンスがあまりにも違うとファイルのエラーとして確認作業が発生してしまう恐れがありましたので、尺の長さや伝えたい内容を吟味しながら台詞を考えました。しかし、一部遊びが入れられる箇所もありましたので、コミカルな部分については、ローカライズと思ってください(笑)。
────言語をまたいでニュアンスを変えないように調整するのは大変だったかと思います。ローカライズについて、そのほかに難しかった点はありましたか?
やはり圧倒的なボリュームでの日本語化のローカライズ作業と登場キャラクター数が多い点です。ただ日本語化にするのではなく、世界観や物語の情景を理解した上で膨大な量の翻訳を1つ1つしていくのには大変苦労しました。しかし、いざ収録現場においてイメージ以上の演技を声優様に演じていただいた時はそういった苦労を吹き飛ばしてくれました。また、各声優様がうまい具合にアレンジやアドリブを入れていただいたことで、より確かに魂が吹き込まれた実感がありました。
────ありがとうございました。
以上、『ロストアーク』の世界観・シナリオ構築に音響演出が深く関わっていることをご紹介した。インタビュー中にも何度か繰り返されたように、ムービーやボイスはぜひスキップせず、じっくりと見ていただきたい部分である。『ロストアーク』はPC向けに基本無料で配信中だ。